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第96話 襲撃

「ちっ! 面倒臭い!」


 お姉さんが苦虫を噛み潰したと言う表情で、そう吐き捨てた。

 何故かと言うと、あれから暫くの間、俺達は相変わらず御陵家の屋敷を目指して猛スピードで道路を駆け抜けていたのだけど、そりゃ、こんな走る道交法違反だからね、現在見事にパトカーに追いかけられていたりする。


『そこの軽トラック! すぐに止まりなさい!』


 パトカーはサイレンをけたたましく鳴り響かせながら、スピーカーから停車命令を出してきた。


「お姉さん! どうしよう」


「安心しなさい! こんなの大した事ないわ」


 いや、既に安心とか言う問題の話じゃないでしょ?

 警察だよ? ポリスメンだよ? 捕まっちゃうよ?

 大した事大有りだよ!

 後ろの空手部の先輩達なんか、全員三角座りで縮こまって、顔を膝に埋めて震えてるし、なんかいきなりゲームオーバーな予感なんだけど?


 とうとうパトカーは軽トラに並走する位置までやって来た。

 うぅぅ、完全アウトじゃね?

 と、その時、お姉さんは何を思ったか窓を開け顔を出した。


 何してるのこの人? なんで警察にガン付けしてるの?


『あっ! 大和田さんでしたか! すみません!』


「は?」


  え? 今の聞き間違い? 警察の人、お姉さんの顔見た途端に謝ったよ?


『大和田さんが、そんなに急いでおられると言う事は、余程の事。何をされようとしているのですか?』


 おいおい、聞き間違いじゃないよ! むっちゃ敬語だよ。

 なんでなんだよ! お姉さん何者なんだよ!


「正義の執行!」


 ぶっ! おい! 何だそれ! 警察に喧嘩売ってるのか?


『は! 分かりました! 私が先導します! 場所は?』


 え?


「御陵家の屋敷!」


『と言う事は理事長の? もしや……、あの件(・・・)? 分かりました! 任せて下さい!』


 えぇぇーーーっ!!


 なんかパトカー先導させちゃったよ……。

 と言うか警察の人の話振りからすると、うちのOBなのか。

 それよりなんだよ『正義の執行』って!

 そりゃ学生時代に『正義の味方』って呼ばれていたらしいけどさ。

 それで通じる警察の人もどうなの?


 その後、更にパトカーが合流して来て、前後合わせて4台のパトカーに護衛されての行軍状態となっている。

 ハハハ、こりゃどれだけスピード出しても、そうそう事故らなくて安心だね……。

 サイレンのお陰で赤信号でも関係無しで交差点に入れるね。


 って、どんなVIP待遇だよ!


 まるで、来日した何処かの首相を護衛してるかのようだよ!

 しかも、このお姉さんの爆走を付かず離れずで、完璧に先導出来ている警察の人も一体何者なの?



「あんたら! ここまでで良い! サイレン鳴らしてちゃ邪魔だ! あとはあたしに任せな」


 しばらくそんな状態で走っていると、急にお姉さんが窓から顔を出してパトカーに向かって叫んだ。

 すると、先導していたパトカー二台は道を譲る様に路肩に停車した。

 そして、すれ違いざまにスピーカーからエールが聞こえて来た。


『大和田先輩! ご武運を祈っています』


 ……お姉さんが俺の想像以上に伝説レジェンドだった件。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「さぁ、もう直ぐ着くよ! コーくん達覚悟は良い?」


「もちろんだよ!」


「いつでもいいぜ」


「チューーー!」


 俺達は気合十分だ!

 ……なんか途中色々有りすぎた所為で覚悟完了済みだしね。


 周囲を見ると、ここは少々田舎な感じで高い建物は少なく、所々田んぼや畑も多いので、結構遠くまで見渡せる。


 あっ、向こうの方に学校の様な建物が見える。


 あれが幼稚舎から中等部までが有ると言う刻乃坂学園の分校か。

 その少し手前に立派な門構えの和風な建物が見えた。


「もしかしてあれがそう?」


「ええ、そうよ!」


 お姉さんはそう言うとアクセルを更に踏み込んだ。


 夢の中の住まいはもう少し小さい屋敷だったのに、えらく大きな屋敷を建てちゃって……、ちょっと複雑だなぁ~。


 あれ? このままこのスピードでまっすぐ行くとあの門にぶつかっちゃわない?

 さすがにそんな事は……?

 いや、多分今からブレーキ掛けたって間に合わなくない?


「お姉さん! もしかして門に体当たりする気? 死んじゃうって!!」


 俺は思わず声を上げる。

 ドキ先輩も恐怖でガチガチに固まっているようだ。


「大丈夫よ! コーくん達は舌噛まない様に口閉じてなさい! 空手部! 合図したら全員飛び降りなさい! モグも助手席の窓から飛び降りて! 出来る?」


「お、押忍!」


「チュ?、チューー!!」


 えぇぇぇーーー! 何する気? それに先輩達やモグに何させる気?

 良く分からないけど、良くない事だと言うのは良く分かった!

 俺はドキ先輩がシートベルトの隙間から飛んでいかないようにギュッと抱き締めた。

 ドキ先輩はそれで少し落ち着いたのか緊張が少し解け抱き締めた俺の手にしがみ付いてくる。


「さぁ行くよぉーーー! いまだ! 飛び降りなさい」


 お姉さんがそう号令すると空手部の先輩達は荷台から飛び降りた。

 モグもその声に合わせて助手席の窓から飛び降りていく。

 6人と1匹が居なくなった分、急に軽くなったもんだから軽トラは加速し出した。

 これ本当に大丈夫なの?

 見る見ると近付く御陵家の門。


「あっ、軽くなる分を計算に入れて無かったわ」


 お姉さんの口から何やら聞きたくなかった言葉が飛び出した。


「ちょっとーーー! それ怖いんですけどーーーーー!」


「何とかして見せるから! 掴まっておきなさい! あと口はちゃんと閉じて! 本当に舌噛むわよ!」


 何やらまたお姉さんがギアをガッコンガッコンすると、ハンドルをぐるぐると回しだす。

 それによって急激なGが体全体を締め付けながら車が回転し出した。

 フロントガラスの先には超高速で360°パノラマ写真のように風景が流れていく。

 

 ひぃぃぃぃぃーーー死ぬぅぅぅ!


 ギャギャギャギャギャーーーーキキィィィーーー! ブンッ!

 

 あまりの恐怖に途中から目を瞑り、この回転に成すがままに身を委ねるしかなかったが、体を駆け抜けるとてつもない制動エネルギーの猛襲の果てに車は何とか止まった。

 止まった瞬間、一気に横方向にGが掛かった為、ドキ先輩がすっぽ抜けになりそうだったので、必死に体を掴んだ。


 車体に何かがぶつかる衝撃は無かったので、どうやら壁に激突! と言う事は無く、無事? に停車する事が出来たようだ。

 恐る恐る目を開ける。

 右手前方に門が平行した形で横手に見えた。


 え? 先程まで真正面に見えていたんだけど?


 白壁が門より俺達の方に延びている。

 俺は恐る恐る運転席の窓を見る。


「うわ! 壁スレスレじゃないか!」


 恐らく車体と壁の間には数cmの隙間も無い程、綺麗に平行して停車していた。

 これアレか! 映画とかでCMとかである、ドリフトターンでくるくる回りながら最後ピタって停車する奴か!?

 あぁ空手部先輩達が羨ましい!


 こんなん傍から見てたら絶対かっこいい奴じゃん!


「ちょっと無茶しすぎたわね……。屋敷の前の道が広くて助かったわ」


 さすがのお姉さんも息絶え絶えと言った感じで、ハンドルに突っ伏していた。


「本当だよお姉さん! 皆を助ける前に俺達が死ぬ所だったよ! 千花先輩大丈夫ですか?」


 俺はお姉さんに文句を言いながら千花先輩の様子を伺う。


「おっ、おう……」


 目を回しながらも何とか返事をしてくれた。

 取りあえず苦しいだろうからとシートベルトを外し、車外に出た。

 あぁ地面に足が着くこの感触!!

 時間的に30分位だったんだけど何十年ぶりと言う程の懐かしさを五体全てで噛締める。


 あーーーー生きてるって素晴らしい!!


 抱っこしていたドキ先輩を名残惜しいけど地面に立たせてあげた。

 ドキ先輩も同じ心境だったようでピョンピョンと跳ね回って足が大地に付く感触を堪能しているようだ。


「牧野! 大丈夫かぁーー!!」


 リーダー先輩率いる空手部の皆も俺の元に駆け寄って声を掛けてくれた。


「ええ、なんとか生きていますよ」


 九死に一生を得たって、こう言う事を言うんだろうな。


「チュッチュチューーー!」


 モグが鳴きながら顔に飛びついて来た。


「大丈夫だよモグ! お前も怪我はないか?」


「チューー!」


 皆でお互い無事だった事を喜び合っていると、門の方から物音が聞こえてきた。


「コーくん、警備員が出て来るわよ。私達が引き付けるから、その隙に親族会議の部屋まで走って」


「え? いきなり戦闘前提なの? 交渉して通して貰うって手段は無しの方向?」


「そんな時間は無いわ! それに交渉している間に無理矢理終わらせられる恐れも有るしね。こう言うのは騒ぎを起こして、そちらに気を取られている隙に直接親玉の部屋に乗り込むってのが定石なのよ」


 それってどこの世界の定石なの?

 とは言え、お姉さんの言う事も一理有るか。

 俺達が来た事を美都勢さんが知ったら、幾ら学園長と理事長が時間を引き延ばそうとしても、強制的に終わらせる可能性が高い。


「それに安心して! これは身内の恥みたいな物よ。さっきも言った通り創始者は生徒達には甘いわ。表立って警察沙汰にはしないと思う。それに美都乃ちゃん達が体を張ってでも、最悪停学程度にしてくれると思うわ」


 身内の恥か、確かにそうだろう。

 それに学園長や理事長が辞任する事によって生徒達の身の安全を保障する事は考えられるな。


「でも、お姉さんはもう卒業した身なんだから、最悪全部の罪をお姉さんに被せてくる事も考えられるよ?」


 先程まで警察の人達を味方にしていたとは言え、さすがに通報されたらお姉さんと言えども捕まっちゃうでしょ。

 お姉さんを心配してそう言うと、お姉さんは笑い出した。


「そうなったら、光にぃに責任取って正妻にして貰うわ。元々光にぃが、あたしやコーくんにちゃんとこの事を伝えていなかったのが原因みたいなものだしね!」


「え? 最初からそれが狙いだったの?」


 汚い! お姉さん本当に汚い!


「ふふ、冗談よ。あたしはコーくんのママよ? あなたの事を誰よりも信じているわ。コーくんが創始者の説得に成功したら全て解決よ」


「ぐっ、分かったよ。皆の為に俺も頑張る。あとママじゃないからね」


 俺がそう言うと、お姉さんは愛しそうな顔で俺を見詰め、頭をぽんぽんと優しく撫でてきた。


「期待しているからね。それと千花ちゃんとモグ。二人はコーくんに付いて行って守ってあげて」


「わかったぞ!」


「チューーーー!」


 モグは俺の肩に乗り、ドキ先輩は俺の前に立って声を上げた。


「空手部の皆! 何も分からないと思うけど、要はコーくんを無事に創始者の所まで送り込めればあたし達の勝ちよ!」


 創始者と言う言葉に一部で動揺の声が上がったが、リーダー先輩が静かに腕を上げると皆は押し黙った。


「我が空手部の諸君! 我々の顧問である蛍池(ほたるがいけ)先生が敬愛している大和田様の頼みなんだ! いつか大和田様に頼って頂けるこの日が来る事を先輩達も含め待ち望んでいた筈だ! 四の五の考えるのは後にして一丸となって頑張ろうではないか!」


 リーダー先輩の言葉に呼応する様に他の空手部先輩達も雄叫びを上げた。

 え? 今、蛍池って言った?

 さっきお姉さんが言い掛けた人の名前なのか?


「げっ! あいつ、今学園で先生しているの? しかも空手部顧問? うわ嫌だ、それって変な貸し作っちゃうわね。う~んあんた達今すぐ帰りなさい」


「ええ~そんなぁ~」


 お姉さんが嫌そうな顔をして先輩達に帰れと言うと、先輩達が情けない声を上げる。

 お姉さんの態度からすると間違いないみたい。

 もしかしてその人が原因でお姉さんは空手部を嫌っているのか?


「お前達! 何やっているんだ!」


 門の中から警備員と思われる厳つい人達が次々と出て来た。

 ひぃふぃみぃ……、6人か、それにまだまだ奥に控えているようだ。

 何か思ったより多いぞ!


「ちっ、仕方無いわね。あんた達! 行くわよ!」


「押忍!」


 そう言って出て来た警備員に向かって走り出すお姉さんと空手部の先輩達。

 走り去る最中、お姉さんがちらりとこちらを見て、後ろ手に軽トラと塀を指した。

 恐らく門で警備員を引き付けている内に軽トラの荷台から塀を越えろと言う事らしい。

 その意図を理解した俺は無言で頷き、車の陰に隠れる。

 隠れる瞬間に見たお姉さんの顔は笑っていた。


「あんた達! 二人か三人一組で一人と当たりなさい。残りは引き受けるわ!」


「え? そんな卑怯な事……」


「相手はプロよ! 学生が一人で勝てる訳無いでしょ! 前後左右別の方向から攻めるのよ」


「お、押忍……」


 お姉さんは、そう指示を与えている。

 先輩達は渋々とそれに従う声を上げる。


「なっ、お前達! 何するつもりだ! くそっ、おい襲撃だ! 他のもこっちに回せ!」


 警備員のリーダーっぽいのが門の奥の方に向かって叫んでいる。

 ここまではお姉さんの作戦通りだな。

 後は隙を見て屋敷に忍び込むだけか。



 こうして俺達の創始者説得作戦が開始された。

 俺とドキ先輩とモグは息を潜めて、車の陰から警備員の注意が逸れるその時をじっと待つ。


『お姉さん、殺したらダメだからね?』


 なんて心配を抱きながら。


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