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第92話 それでいいの?

加筆修正分割分です。

「本当に偶然とは怖い物だ。我が家から美都勢さんの為に派遣している専属医療チームからの報告では『言葉まで同じ』だったそうだよ。会った直後は写真のお陰で、それが牧野くんと言う事に気付かなかった様だけど、家に帰って来てから気付いたようだね。その怒りはまるで烈火の如く激しい物だったらしい」


 芸人先輩の口から語られた事実に皆が言葉を失い顔面蒼白になっている。


「自宅に帰った美都乃さん達はすぐに自室に軟禁されたようだ。勿論理事長含めてね。早朝に隙を見て何人かには電話や携帯で連絡を入れる事に成功したようだけど、言伝を受けた我が家の手の者によるとそれも取り上げられたとの事だ。君は本当に数奇な運命の元に生まれたようだね」


 そんな……。

 俺はあまりの絶望に膝から崩れ落ちた。

 皆が俺の元に駆け寄って何かを言ってくるが、何も聞こえない。

 まるで闇の中に堕ちてしまった様に、皆の慰めの言葉は俺の心には何も届いて来なかった。


「これは、他の事と同じく何も知らない君にとって不可抗力な事だ。しかし、美都勢さんにとっては遺言より大事な事だったんだ。当たり前だよね。だって心が囚われる程に愛した人との大切な出会いの思い出なんだよ」


 そうだ……、夢の中での美都勢さんは、あの手紙を見てさえ頑なに自分の愛を貫いたんだ。

 それだけの想いを踏み躙ったんだ。


「これが牧野くんじゃなかったらそのまま仲良くなっていただろう。でも君は美都乃さんを誑かし、偽物を演じて遺言を蔑ろにした牧野会長の息子だった。それが今度は同じ外見で、同じ台詞を、思い出の木の下で言ったんだ。偶然だろうが何だろうがそんな事は問題ではない。そんな事は美都勢さんには関係無いんだ」


 芸人先輩の言葉だけは、俺の心に突き刺さるように聞こえてくる。

 あぁそうだよ。

 あの夢が現実かどうかなんて分からない。

 でもあの夢の中の二人の想いが真実なら、金曜日の出来事は美都勢さんにとって、どれだけ傷付く事だったんだろうか。

 その怒りは逆に言えば想いの強さだ。


 そう、偶然だろうが何だろうが関係無い。


 何故あの時あの木の下に行ったのか、何故あんな事を言ったのか、自分ではどうしようも無かっただけに、このぶつける先の無い後悔の深淵に俺は飲み込まれた。


「美佐都の部屋からはずっと泣き声が聞こえているそうだ。時折、『巻き込んでごめんなさい』と言う謝罪の声が聞こえて来るそうだよ。君宛てだろうね」


 そんな……、巻き込んだのは俺だろう。

 俺が美佐都さんを助けた?

 そう皆は言ってくれるけど、違うじゃないか。

 俺は美佐都さんの心の鎧を剥ぎ取っただけだ。

 そんな無防備の心に、俺の所為でこんな目に合わせてしまった。


 どれだけ傷付ける事になるんだろう?

 また心を閉ざしてしまうんじゃないか?

 もしそうなったら、もう誰も彼女を救う事が出来ない。


 そう思うと、俺の目から止め処なく涙が零れ出て来た。

 遠くから大声で泣く声が聞こえる。

 おそらく俺が声を上げて泣いているのだろう。

 もうそれすら分からなくない。


 どうすればいい? どう償えばいい?


 いや償う事なんて出来ないんじゃないのか?



「それでいいの?」


 突如俺の心に光が届いた。

 誰だ?


「こーちゃんは、このままで良いと思っているの?」


 俺は届いた光に向かって顔を上げると、そこには目に涙を溜めながらも俺を熱く見つめる宮之阪の姿があった。

 このままで良い? そんな訳が無い。


「このままじゃ、御陵先輩も藤森先輩も、そして……創始者も誰も救われないわ」


 そうだけど、もう遅いんじゃ……?


「私は知ってる。こーちゃんはこんな所で挫ける様な人じゃないわ」


 !!


 宮之阪のその言葉が俺の心に温かく広がっていく。

 この街から出ていく前の、俺が忘れた俺を知っている宮之阪がそう言ってくれた!

 その温かさと共に俺の周りに光が帰って来た。


 見回すと皆が俺を宮之阪と同じように、涙を浮かべながらも優しく見つめてくれていた。

 皆の優しさが俺の心に力を灯してくれるのを感じる。

 そうだこんな所で、めそめそと泣いている場合じゃないじゃないか!


「まだ間に合う。こーちゃんなら何とか出来るわ!」


 そうだよ! 芸人先輩は言っていた!

 今親族による会議が開かれてるって、それによって美佐都さん達の処遇が決まるって!

 まだ終わっていないじゃないか!

 俺は力を込めて立ち上がった。


「俺行かなくちゃ!」


 立ち上がった俺は生徒会室の扉に向かって走り出す。

 御陵家の屋敷に!


「あ~、牧野くん待ちたまえ。走って何処へ行く気だい?」


 走り出した俺を芸人先輩が呆れた声で呼び止めた。


「何処へ? そりゃ美都勢さんの家だよ!」


 俺は力強くそう言い切ったのだが、芸人先輩は頭に手をやり溜め息を付いた。

 え? 俺何か間違ってる?

 顔を上げた芸人先輩の顔は、なぜか真剣な顔付になっていた。

 俺はその顔に息を飲んだ。


「何をしに?」


 その表情のまま、芸人先輩は静かに問い掛けて来た。

 何を? そりゃ決まっている。


「美佐都さんを! いや、橙子さん、学園長、それに理事長。それだけじゃない! 俺の所為で傷付いた美都勢さんを助けに行くんだ!」


「………。ぷっ! あはははははっ! うんうん、いいよいいよ! その言葉が聞きたかったんだ。君のした事は美都勢さんに取っては許されざる大罪さ。でもね、逆を言うと、それだけ(・・・・)君は美都勢さんの心を揺るがす存在でもあると言う事なんだよ」


 芸人先輩が、さっきまでの態度とは打って変わってとても嬉しそうに笑いながらそう言った。


「俺が心を揺るがす存在……」


「ああ、そうさ。 美都勢さんはね、すぐ怒りはするんだが、だからと言ってこんな親族会議なんてせず、独断で処遇を決めるんだよ。こんな誰かのお伺いを立てるなんて事はしない。と言う事はだ、それだけ君と言う存在を自分の中で扱いきれて居ないと言う事さ」


 確かに、萱島先パイも『老いてなおその壮烈さは健在で、いまだに御陵家では頭が上がらない』と言っていた。

 それに学園長の時だって、思惑はどうであれ美都勢さんの言葉は絶対で学園長でさえ逆らえず、美都勢さんの言葉に従わざるを得なかったんだ。


「さっきは、今回の事が無かったら説得出来ただろうと言ったが、それは半分嘘だ。いや説得は出来ただろう。だけど、それは説得出来るだけと言う意味だよ。美都勢さんの心を救うには足りなかった。でもね、今の君なら大丈夫さ。幸一さんの思いは受け取ったんだろ?」


「はいっ!」


 何故俺があの夢を見たのかは分からない。

 でも、一つだけ言える事がある。

 二人の想いを知りながら、今更逃げ出すなんて事は出来ない。

 運命? 宿命? 誰かの手の平の上で踊らされた?


 もうそんなのどうでも良いさ!


 俺は、みんなの悲しむエンディングなんて見たくない。

 それだけだ!


「では! 行って来ます!」


 俺は再び走り出した。

 美都勢さんの家は、坂を下りた旧御陵家の近くだった。

 すぐそこだ!

 

「いや、だから、待ちたまえって!」


 芸人先輩がまた俺を止めた。


「ちょ、なんで止めるんですか、光善寺先輩! 早く行かなくちゃ!」


「はぁ~。あのね? 君は現在の御陵家の屋敷の場所を知っているのかい? 残念ながら現在は引っ越してこの街には居ないんだよ。とても走って行ける距離じゃない」


「へ?」


 この街から引っ越したって?

 あぁ! そうかっ! 今も其処に有るなら、わざわざ坂の上の学園に集まる必要が無いじゃん!

 それに美佐都さん達って学園長の車で通学してるんだった。

 いくらお嬢様だからと言って、麓から程度の距離を車はないよな。


「はぁ、君は()()()()()()()()()()よね。 急がないといけないのには違いないが、被告人扱いの美都乃さんと美呼都さんが、君が来るまでの時間稼ぎをしてくれている手筈になっているから安心したまえ」


 詰めが甘いか……、夢の中で幸一さんがよく言われていたっけ。

 それに美都乃さんと理事長は俺が来るのを信じて待ってくれているんだな。


「私が連れて行くわ!」


 お姉さんがそう言ってくれた。

 それに呼応して皆も口々に一緒に行くと言ってくれている。

 しかし、芸人先輩は又もや呆れ顔で溜息を付いた。


「あのねぇ、さすがに大所帯過ぎるだろ。それに一応私設の警備員が複数居るのでこのメンバー全員で行くのは危険だよ。戦力になるメンバーを選出するべきだろう」


 確かに、芸人先輩の言う通りだ。

 お姉さんやドキ先輩なら兎も角、他の女性陣は危険過ぎる。

 それに、人の家に乗り込むと言う事は警察沙汰になる恐れが有るんだから巻き込めない。


「まぁ順当に大和田女史に千花君。お願い出来るかい?」


 芸人先輩はお姉さんとドキ先輩に声を掛けた。

 二人は力強く頷く。


「任せて! 可愛い息子の為だもん。ママはどこにでも乗り込んでやるわよ!」


「光一! 俺に任せろ! 絶対に守ってやるからな!」


「巻き込んでごめん! でもお願いするよ。あとママじゃないからね」



 他の皆は少しばかり不服そうだけど、仕方が無いと言う顔で納得してくれた。

 と思ったけど、一人だけ納得出来ない人が……。


「私も行きます!!」


 そう声を上げたのは水流ちゃんだった。


「何言ってるんですか先生!」


「私だって戦力になるわよ!」


 戦力って言われてもなぁ。

 剣道部の顧問って話だけど、地団駄で校舎を揺らすほどの嵐を呼ぶ者(ストームブリンガー)と超怪力のレッドキャップの前では一般人に毛が生えたもんじゃないだろうか?


「野江ちゃん、あなたが来てくれるって言うのは心強いんだけど……」


 お姉さんが申し訳無さそうに言った。

 え? お姉さんが心強いだって? どう言うこと?


「野江先生~。さすがにまずいと思うぞ? そりゃ先生の剣の腕なら百人力だけど……」


 ドキ先輩が頭を掻きながらそう言った。

 え? え? ドキ先輩何言ってるんですか? 水流ちゃんですよ?

 なんですかその剣の腕なら百人力って。

 この人って剣道部の顧問(・・)なだけですよね? なんですかその剣豪みたいな言い回し。


「やだやだ~! 絶対に行く~!」


 水流ちゃんが子供みたいに駄々をこねる。

 あなた良い大人ですよね? 子供みたいに愚図らないで下さい。

 二人がそんな褒めるなら付いて来て貰った方が良いと思うけど、なんでその二人が渋った言い方してるんだろう?

 あっ! そうか。


「先生、気持ちは有り難いんですが、あなたを連れて行く訳にはいきませんよ。俺達に任せて下さい」


「いやよ! 私はこの時の為にこの学園の教師になったんだから!」


「それですよ。先生はこの学園の教師じゃないですか」


「あっ……」


 水流ちゃんはやっと自分の立場に気付いた様だ。

 そう、水流ちゃんはこの学園の教師。

 それが雇い主の家に乗り込むと言う意味は軽くない。

 しかも、激怒している創始者の前に顔を出そうものなら、下手したら、いや下手しなくても首の可能性は高いだろう。


「先生。まだ会って日は経っていないですが、先生の事を偉大な先輩として尊敬しています。悔しい気持ちは分かりますが、あなたの立場で創始者の家に乗り込むと言う事は首になってもおかしくありません。今のあなたはクラスの皆、それに剣道部、それだけじゃありません。これからもこの学園に入学してくる生徒達の助け、そして導いて行くと言う大変な使命が有るんです。だからお願いします。ここは()に任せて下さい」


「え? え? 牧野くん……? あなた一体どうしたの?」


 あ……、途中から勝手に言葉が飛び出して来た。

 今のはもしかして幸一さんの言葉だったんだろうか?

 周りの皆もポカンとした顔で俺を見ている。

 芸人先輩だけはにやにやと笑っているな。

 けど、今の言葉は俺の想いと一緒だった。

 うっかりミスする所は有るけれど、野江先生は素晴らしい教師だと思う。

 こんな所で万が一に首になるなんて事が有れば、この学園にとって大きな損失だ。

 だから……。


「あ、あのすみません。え~と、今言った通り俺達に任せて下さい。先生はここで残った皆の事をお願いします。だって引率の先生が居ないと、休日に生徒達だけ校内に残っていたら問題有りますからね」


「私は休日だろうがラボに引き籠ってるぞ?」


「光善寺先輩! 話を混ぜ返さないで下さい!」


「ふっふ~~」プルプル


 ったく、芸人先輩はすぐに余計な事を言ってくるんだから。

 折角いい感じで纏めようとしてるのに。


「ふぅ~。分かったわ、牧野くん。先生ちょっと意地張ってた。そうよね、今の私は責任の有る立場だわ。無責任に辞める事なんて出来ないわよね。ありがとう。あとは任せたからね。大和田先輩、それに千花さん。牧野くんをよろしく頼むわ」


 野江先生はそう言っておれの頭をぽんぽんと優しく叩いてニッコリ笑った。

 そして、お姉さんとドキ先輩に向かって頭を下げた。


「任せておきなさい。コーくんには怪我一つさせないわ!」


「そうだぞ! 光一は俺様が守ってやる!」


 お姉さんは俺の肩に、ドキ先輩は俺の腕を掴んで、野江先生に安心するようにそう言った。

 

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