松賀騒動異聞 第十五章
第十五章
「官僚の仕事というのは恐いものです。今、マスコミで中央官庁の官僚の仕事の無責任さがよく取り上げられていますが、これは何も、中央官庁に限ったことでは無く、地方官僚の仕事にも腑に落ちない仕事はたくさんあります。一つ、例を上げましょうか。今、住んでいるこの泉でも、良い例と言うか、悪いと思われる例があります」
こう言いながら、小泉さんは少し皮肉っぽく笑いながら、私に語り始めた。
「それは、下水道工事なんです。下水道工事というのは公共工事の代表的なもので、道路を掘り返して下水管を入れて埋め戻し、再舗装し、その後、新築の家が出来るとか下水道新規加入の家があれば、家の汚水管を道路に埋設してある堰にジョイントするといった土木工事が長々と続く事業なんです。勿論、工事には巨額の工事費がかかり、且つ、汚水の集中処理にも維持費用等が延々とかかっていくことになります。下水道敷設工事には利用者負担分と共に、市民の税金が使われることとなり、下水道への繋ぎ込み後は維持費用として毎月水道料と共に下水道利用料金も使用する水道量に応じて料金がかかってきます。
当然、役所と関連土木業者との凭れ合い、癒着も論議されるところで、全国でも必要の是非が論議され、一部では下水道化反対運動も起こっており、反対運動が激化しているところでは裁判闘争にまで発展しているところもあるくらいです。勿論、下水道化に伴う市町村としての収支バランスも大切なところで、工事費・維持費、税金負担分、利用者負担分等を考慮して、事業としてペイしなければなりません。通常は、住宅密集地で人口も五万人以上の街で無ければ、合併型の浄化槽と比べ、非常に割高になるという話です。ああ、今、合併型浄化槽という話をしましたが、実は面白い話もありましてね、下水道法は昭和も四十年あたりに制定された法律で、その当時は、浄化槽は無く、トイレ等の屎尿は汲み取り方式だったんですね。その汲み取り方式を水洗化して、それを下水道に流し、どこかで集中処理をするということを狙った法律だったんです。その後、屎尿に関しては浄化槽で処理をするという単独浄化槽、次いで、屎尿と、台所及び風呂といった生活排水も一緒に処理するといった合併浄化槽といった高度技術を持つ浄化槽が開発されてきたと云うわけです。結果、人口密集地には下水道、郊外の住宅には浄化槽といった汚水処理の棲み分けが出来てきました。人口密集地以外の地域では、汲み取り便所は水洗化して単独浄化槽に、単独浄化槽は生活排水も処理出来る合併浄化槽にすれば、何等問題は無いんです。
さて、泉は下水道化の工事が始まっています。私自身は、泉程度の町ならば、下水道化する必要は無く、合併浄化槽を推進すれば間に合うと思いますよ。しかし、市当局は下水道完備地域にしたいんですね。一生懸命、道路を掘り返して、下水道管を埋設しています。そして、受益者負担金と称して、合併浄化槽を持ち、下水道に繋ぎ込む意思の無い人にも上納を強いているわけです。例えば、百坪の土地の所有者は、一種の特別住民税として十四万円程度徴収されるということになるんです。そうそう、忘れていました。下水道は昔の省庁で言うと、建設省都市局が責任部署であり、合併浄化槽は厚生省と建設省住宅局が責任部署ということで、例の官庁の縦割り管轄の典型的な例で、合併浄化槽を導入した住宅に対しては下水道法は適用されないということですよ。その内、数年もしたら、下水道料金も今設定されている料金より値上げしてくると思いますよ。ペイしないということでねえ。税金の無駄遣いと住民負担増の悪い例にならなければいいですけどね」
小泉さんは苦笑しながら、このように私に話した。
「このところ、官僚、中でも中央省庁の高級官僚の天下りとか渡りによる巨額退職金がマスコミで賑やかに取り上げられていますね。高級官僚による組織的詐欺行為としてね」
小泉さんはうんざりしたような口調でさらに話を続けた。
「確かに、在職二、三年程度の期間で普通のサラリーマンが三十年以上働いて漸く手にするほどの退職金を貰って、次から次へと政府系独立行政法人、財団法人の理事とか理事長クラスを渡り歩き、都度巨額の退職金を手にする官僚の姿は実に醜悪そのものですなあ。日本という国家の屋台骨を喰い荒すシロアリと言われてもしょうがないと思いますよ。でも、これは日本ばかりじゃなく、政治の質、国家の質が劣る先進国、或いは、国家として未成熟な中・後進国になればなるほど、官僚は腐敗し、政治家も堕落するものなんです。独裁国家なら、尚更ひどくなります。よく言うじゃあありませんか。絶対権力は絶対的に堕落する、と。私は、かつて、まあ今からは四十年ほど前、メキシコに一年ほど滞在したことがありましたが、当時のメキシコも御多分に洩れず、役人天国でひどいものでしたよ。大統領を始めとして、役人が在職中に金を稼ぐのは当たり前でしてね、大統領になると、その任期六年の間に、孫子の代まで贅沢に暮らせる金を蓄財してしまうとよく言われていたものです。まあ、六年の内、良い大統領でも三年は真面目に働くが、後半の三年は鵜の目鷹の目で精力的に蓄財に励むという噂でしたよ。しかも、これは自由主義国家だけの問題では無く、社会主義・共産主義でも同じで、ロシアしかり、中国しかり、政治家・役人官僚は金を稼ぐ人種であると思われてもしかたがないというくらい、金は権力に集まってくるものなのです。カストロのキューバ、カダフィのリビアはどうでしょうかねえ。例外があってもいいと思いますけどねえ。」
その後、小泉さんはさらに続けた。
「いずれにしても、政治家及び官僚に対しては強力な権限を有するチェック監視機構が無いと駄目ですな。仕事振り・仕事内容に対するチェック監視と共に、金の流れ・収入の全てを明らかなガラス張りにしない限り、自分たちの利益を追求し、自分たちに都合がいいように法律・政令を勝手に決めてしまい、後は粛々と実行してしまいますから」
そこに、美智子さんがお茶を持って現れた。
「また、あなたの持論が始まったのね。木幡君、小泉の毒気に当てられたら駄目よ。このところ、テレビを見ながら、卑しい・卑しい、日本人の品性は卑しくなった、と罵ってばかりいるんだから」
美智子さんは笑いながらそう言って、キッチンに戻って行った。
「二、三年ほど勤務しただけで、退職金が数千万円なんていうシステムを根絶しない限り、日本の官僚国家は無くなりません。大体、会社でもそうですが、偉くなればなるほど、自分の金は使わない、つまり、身銭は切らない、周りも切らせない、という状況になるんです。また、出世すればするほど、高齢まで会社に居られるというのも考えてみれば、おかしな話です。偉くなれば、収入が増えるのは当たり前のことであり、同時に、定年を早めても、お金の面での老後の心配は無くなるものなのです。高齢の役員をそのままのポジションで勤務させておく必要は本当のところは無いのですから。以て余人に替え難し、とか何とか言っても本当のところはそんなことではないんです。元上司に対する敬意と遠慮なんですね。大企業の社員が子会社の役員に転出し、また、更に孫会社の社長に納まって行くなんていうことはまさに、官僚の天下り、渡りと同じです。一方、老齢になっても、働かなければ食っていけないという人には定年を延ばさなければなりません。六十五歳過ぎても現役の社長、七十歳で会長、七十五歳で顧問なんていう会社のシステムは撤廃しなければなりませんなあ。思い切って、役員は五十五歳定年、社長は六十歳定年というふうに、上級の役職社員に関しては定年を早め、非役職社員は六十五歳定年にするといった、従来の発想を変えた定年システムにした方がリーズナブルであると思いますよ。さて、政治家、官僚に関してはどうでしょうか。現在は、立法・行政・司法という三権分立システムに一応はなっていますが、国民、換言すれば有権者の審判を受けるということで、立法組織、つまり国会が最上位に来ることは当たり前であり、その国会という組織の中に、政治家・官僚・裁判官に対するチェック監視機能を持たせることは出来ませんかね。つまり、政治家に関しては清潔な金の流れかどうかをチェック監視する機構、官僚に対しては税金の無駄遣いが本当に無いかどうか、官僚の・官僚による・官僚のための仕事になっていないかどうかを厳重にチェック監視するための機能を備えた組織を作り、官僚の目付役になると共に、官庁の見直し再編の検討も不断に仕事として行わせるということは果たして夢物語でしょうか。現在は、衆議院・参議院と二院制となっていますが、どうも参議院の影が薄い。参議院をこの種の専門チェック監視組織にしたらどうだろうかねえ。全員が党籍を離脱、個別の監視委員会のメンバーとして選任され、専任することとする。また、老害防止のため、年齢制限を設け、六十歳を定年とする。人員も一県で二名とし、県単位で選ぶ。任期は三年とし、多選は認めるが、定年の関係上、五十七歳を立候補上限年齢とする。当選後、二年経ったところで、県民による実績査定が行われ、実績が無い議員に関しては罷免するといった制度も盛り込む。出来れば、改革の理想に燃える大学等の教官になって欲しいと思うね」
その内、美智子さんも私たちの話に加わり、ああだこうだと、政治家・官僚に対するチェック監視システムに関するお喋りを交わした。