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旅立ちの前に

第四章 旅立ちの前に


     一


 ユテは、聖主ムナカミの襲撃を受けてから、日増しに体調の回復を感じた。皮肉なことに、聖主の治癒がかなり効いたらしい。起きている時間が増え、部屋で少し体を動かせるまでになった。そしてスカイは、帝都の復興へ向けて、さまざまな呪具を創り上げるのに忙しいようだった。ユテの容体が安定したことに、安心したのもあるようだった。

「それで、キャヴァーンじいちゃんたら、ちゃっかり研究所臨時顧問なんて肩書を貰っちゃってね、クロガネさんの部屋に居候までして、毎日お兄ちゃんと、ああでもない、こうでもないって、呪具を開発したり改良したり。急に現れて何なのって感じだけど、まあ役に立ってるし、お兄ちゃんも生き生きしてるから、いいかなって感じで」

 自身も楽しそうに語るケイヴに、寝台の上で起き上がって聞いているユテは、くすりと笑った。スカイが忙しくてなかなか来られないと告げに来ただけのはずだが、話したいことが溜まっていたらしい。ケイヴは寝台脇の椅子に座り込んで、最近のスカイについて、問いもしないのに詳細に話していく。内容には帝都の復興の様子も多く、ケイヴが《天災》の被害にどれだけ心を痛めているかも伝わってきた。

「それじゃあ、また来るわ。ユテさん、幾ら調子がよくても、無茶は駄目だからね!」

 しっかり念押しをして、ケイヴは立ち上がり、《潜り輪》で床に円を作る。

「クロガネさんも、ウツミさんも、いつもありがとうございます。お兄ちゃんも感謝してます。じゃあ、また来ます」

 ケイヴは円の中へ入り、姿を消した。

「彼女も、元気そうでよかった」

 安堵の呟きを漏らしたユテに、クロガネが渋面を向けた。

「――話を戻すぞ」

 ケイヴが来たため中断していた話を再開したいらしい。

「おれの結論は変わらないよ」

 ユテはやんわりと拒否した。クロガネは、先ほどから、ユテの南大陸行きに反対して、何とか断念させようと説得してきている。だが、ユテに諦めるつもりはない。

「行ったことがあるから、気を付けるべきことは分かっている。それに、浄化薬は絶対必要だ。おれと、スカイの未来のために」

「今の生活じゃ駄目なのか」

「おれも、一度はそう考えたけれどね」

 ユテは視線を落とす。スカイは、その先を望んでいる。その望みを、叶えたい。

「でも、諦めたくないんだ。おれも、スカイの子どもが欲しいから」

「――本当に、理由はそれだけか?」

 クロガネが低い声で問うてきたので、ユテは視線を上げた。クロガネは眉間に皺を寄せて、ユテを見据えている。

「あんた、南大陸へ行きたい別の理由があるんじゃないのか?」

 ――あるのかも、しれない。明確に意識はしていなかったが――。

(確かに、おれはもう一度、ミストと辿った道を行きたいと思っている……)

「……そうだね……」

 ユテが認めると、クロガネは溜め息をついて言った。

「どうしても行きたいと言うなら、条件がある。まずは、あんたがもっと元気になること。そして、あの聖主を倒すことだ。その後なら、行けばいい。おれも同行する」

 それらの条件は、ユテも考えていたことだった。

「ありがとう」

 礼を述べて、ユテは寝台から足を下ろした。そうと決まれば、することがある。

「あの二人から、聖主の情報を聞き出してくる」

「あいつらをここへ来させればいい」

 口を挟んで、ウツミが椅子から立ち上がる。

「おれが呼んでくる」

「いつも、すまない」

「おれも好きでやってるんだ、気にするな」

 陽気に応じて、ウツミは廊下へ出る。扉の向こうへ青年を見送り、ユテは思わず呟いた。

「みんな、優しい。何故だろう……」

 ひどく、自分が甘やかされている気がする。と、傍らの椅子に座ったクロガネが、顔をしかめて言った。

「あんたが、いろいろ心配させ過ぎるからだろう。あんたに恩のある奴も多いしな」

「きみに恩を売った覚えはないけれど、きみも、おれに優しいよね?」

「おれは、身勝手な天精族を見ると苛々する。だから、手を貸しているだけだ」

「そう」

 ユテが微笑んだところで、扉が開いた。ウツミに続いて、ニイクガとヒラクガ、そしてオオワタが入ってくる。ウツミは、部屋の隅に並べてあった椅子を次々に寝台の脇に並べて、それぞれの席を作った。

「改めまして、おれはテの血族のユテ。聖教会の聖主について、きみ達が知っていることを教えてほしい」

 ユテが口火を切ると、真っ先にオオワタが応じた。

「あいつの元の通し名はムナヌ。南大陸のヌの血族の者だ。それが、どういう訳か、東大陸へ来て、われらワタの血族を訪ねた。最初は友好的だった。だが、ある日、あいつはわれらの住処の湖に毒を流した。南大陸の毒だ。多くの者が毒に触れたり飲んだりして、死にかけた。われらに対処の仕様はなく、血族は滅亡の危機に瀕した。そこで、あいつは言った。全員の忌み名を教えれば、浄化してやる、と。そうして、われらワタの血族はあいつに下った。その後、あいつは単独で生きている地竜一族のクガの血族を次々と捕らえて、同じように忌み名を聞き出し、従えていった。その内、ワタの血族と野生族の双角一族とを掛け合わせて、雷竜一族などという混血まで創り出した」

「成るほど、やっぱり南大陸出身か」

 ほぼ全て推測通りだ。だからこそ、他の天精族を襲うとか、喰らうという発想ができるのだ――。

「ああ。南大陸の天精族は恐ろしいな」

 オオワタは、話を続ける。

「あいつは、雷竜一族を使って、他の天精族や、夜行族まで襲わせ、毒で、麻薬で、従わせて、使い捨ての戦力にしていった。聖教会の教えを広め、種族間の連帯を断っていった。そうして、己に対抗できる勢力が興らないようにしていった」

「聖教会の教えには、そういう理由があったんだな」

 ウツミが、皮肉げに呟いた。そう、聖主を一番脅かすのは、ミストの考え方なのだ。ユテはくすりと笑って呟いた。

「結局、《勇者》の教えが、一番正しかった訳だ……」

「それで、聖主の目的は、一体何なんだ」

 クロガネが、核心を突いて問うた。

「さあな」

 オオワタは首を傾げる。

「聖教会を大きくすることしか考えていないように見えたが」

「つまり」

 ユテは推測を述べる。

「種族間の交わりを忌避する聖教会の教えこそが、彼女の信念なんだろうね」

「それなのに、雷竜一族を創り出したのか?」

 呆れた口調のウツミに、ユテは目を向ける。

「その経緯には、もしかしたら、彼女の意図しないことも含まれていたのかもしれない」

 長く生きていれば、意図しなかったことなど幾らでも起きる。それらとどう付き合っていくのか。天精族や地老族には、そういった力が求められる。

「何か、彼女の生い立ちの中で、種族間の交わりを忌避し、交わって生まれてしまった者は庇護する、動機となることがあったのかもしれないね」

「随分と、同情的だな」

 クロガネが不服そうに言った。

「同じ南大陸出身と分かったからね」

 ユテは微笑む。

「でも、《霊薬》になってあげる気はないよ」

「当たり前だ」

 眉をひそめたクロガネから、ユテはヒラクガへと視線を転じた。

「それで、きみからも、何か教えて貰えると嬉しいんだけれど?」




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