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再び会うために

第五章 再び会うために


          一


 鳳で追ってきているという相手から、馬車では逃げ切れない。この真っ昼間に、純血の夜行族であるヌバタマを連れて走って逃げることもできない。スカイも、絶対にユテを抱えていくだろうから、逃げたとしても足は遅い。

(ここで迎え撃つしかない)

 クロガネは荷台の上、幌の陰の中で、長刀の柄に手を掛け、待ち構えた。

「クロガネ」

 外からウツミの声が掛かる。

「最初はおれが仕掛ける。おまえは、それで生じる隙を突け」

「分かった」

 クロガネは低い声で応じた。ウツミの戦闘力は不明だが、水竜一族の力は当てにできる。しかし相手も二人、しかもウツミやクロガネ以上に天精族の血が濃い《混ざり者》達だ。そして、こちらには足手纏い達がいる――。

「わたしのことは気にするな」

 ヌバタマが背後から囁く。クロガネと同じ思考を辿ったらしい。

「自分の身くらい自分で守る。足手纏いにはならない」

「おれは――」

 スカイが、再びユテを抱き上げながら、苦しげな声を出す。

「ユテを守りたい。――守ってほしい」

「言うな。分かっている」

 クロガネは、呟くように答えた。

 やがて、鳳の羽音が近づいてきた。二羽分の羽ばたき。そうして、なだらかに起伏する村外れの風景の向こう、地平線の上の空に、二羽の鳳が姿を現した。目を凝らして見れば、それぞれの背に、一人ずつ《混ざり者》が跨っている。

「真珠色の二本の角、真鍮色の髪、青玉色の双眸、あの姿、話に聞く雷竜一族だ」

 ウツミが幌の外で言う。

「つまり、雷竜一族ってのは、純血の天精族じゃなく、《混ざり者》だったって訳か」

「問題は、奴らがどう出てくるか――ユテをどうしようとしているかだ」

 クロガネは、どんどんと近づいてくる《混ざり者》二人をじっと見据えた。二人の雷竜一族は、馬車の近くまで来ると、手綱を引いて盛大な羽音とともに鳳を舞い降りさせた。

「漸く追いついたね」

 華奢で、頬にかかる程度に髪を伸ばしたほうが、鳳の背から中性的な声で言った。

「全く、油断も隙もないこそ泥どもめ」

 肩幅が広く、髪を短く刈った、精悍な外見をしたほうが応じて、先に鳳から下りる。

「出て来い、泥棒ども! その天精族は、われらの所有物だ。大人しく返して貰おう」

「何を……!」

 スカイが、腕の中にユテを抱えたまま、血走った目をして幌の外を睨んだ。

「抑えろ」

 クロガネは、低い声で制した。怒りは分かるが、ここで声を上げられたり出ていかれたりしては、こちらが余計不利になる。その程度のことは、スカイも理解しているのだろう、唇を噛んで頷いた。代わりに二人の追っ手に対峙したのは、馬車の陰から進み出たウツミだった。

「一体、何のことだ? おまえら、いきなり何なんだ?」

「とぼける必要はないよ」

 華奢なほうが、鳳から下りながら言う。

「あなた達が、あそこの地下牢から風竜一族を連れてったことは、気配で分かったから。ぼく達、気配を読むのはとても得意なんだよ。あなたと一緒で、野生族と天精族、両方の血を引いてるからね」

「――成るほどな」

 ウツミは不敵な声音で答え、クロガネが初めて感じる濃さで、精気を練り、力を高めていく。

「だったら、全力で抵抗するぜ。所有物なんかじゃない。長年の、友達だからな」

「やはり、この西大陸の奴らは、温いな!」

 精悍なほうが、威圧的に言い放つ。

「純血の天精族など、東大陸では最早、五族にすら数えられない、《竜》と呼ばれる家畜だ。守られて増やされて、利用されるだけのな。そいつらは、爪の先から髪の一筋まで、いい薬、いい宝飾、いい道具になる。そして、いい《聖罰》になる。ただ、増やすのに時間がかかるから貴重なのだ。返せ」

「断る!」

 ウツミは、怒鳴るとともに、練った精気を一気に広げた。途端、氷が二人の追っ手に纏わりつく。大気中の水がどんどんと雷竜一族達の体の表面で凍りついて、その動きを止めていく。

(水竜一族の力――)

 クロガネにとっても、初めて目にするウツミの全力だ。精気の扱い方をクロガネに教えていた一ヶ月の間も、ウツミは己の全力を見せようとはしなかったのだ。

(さすがに、純血の天精族ほどではないが、相当なものだな)

 ユテのような圧倒的な力ではない。しかし、発展途上のクロガネの炎より、威力が上なのは確かだった。

(ただ――)

 クロガネは両眼を険しく細める。

(雷を使う奴ら相手に、水竜一族の力が、どの程度効果があるか、だ)

 雷は、水を伝わる。威力を損なうことはできない。だからこそ、ウツミも仕掛けを担当すると言ったのだろう。戦うには、相性が悪いのだ。けれど、負ける気もないらしい。どんどんと拡大する氷は、雷竜一族達の手足の動きを封じると、次には、顔を――目や口や鼻を塞ぎ始めた。使いどころのいい、最大の効果を狙う攻撃だ。

「っあ」

 うめいて、華奢なほうが膝をついた。線の細い顔が、半ば氷に覆われ、手足もまともに動かせなくなっている。

「ニコ!」

 精悍なほうが、広がる氷をばきばきと割りながら、華奢なほうへ手を伸ばした。瞬間、青白い閃光が細身の体から溢れ、その体表を覆う氷を、粉微塵に砕いた。

「大丈夫。ちょっと、力を溜めるのに時間がかかっただけ。それより、そっちは大丈夫?」

 立ち上がりながら、華奢なほうが尋ねると、精悍なほうも同じように雷光を放って、氷を砕いた。

「おれを誰だと思っている」

「雷竜一族随一の強面コワカミ様」

「茶化すな、ニコカミ」

「はいはい」

 答えつつ、ニコカミというらしい華奢な雷竜一族は素早く動いた。ウツミをかわし、一気に幌馬車へと距離を詰める。荷台の後ろから上がろうとしたその鼻先へ、クロガネが長刀を一閃させた。

「おっと」

 楽しげに呟いて、ニコカミは後ろへ跳び退り、間髪入れず両手に雷光を閃かせて、クロガネへと放つ。放電は長刀に纏わりつき、クロガネは咄嗟に離した両手の間に炎の玉を作って、雷竜一族へと放った。

「火竜一族の力を見るのは初めてだな。東大陸には、あんまりいないんだ」

 言いながら、華奢な雷竜一族は更に後ろへ跳び退った。つまり、雷で火は防げないということだ。

(いけるか?)

 クロガネがニコカミを追って幌の中から跳び出した時、入れ替わるように横から跳び込んでくる影が見えた。視界の隅を過ぎったのは、真鍮色の短い髪。ウツミと戦っていたはずの、コワカミとかいう雷竜一族――。

「しまった!」

 ウツミの声を聞くまでもなく、クロガネは事態を把握した。自分は、幌の中から――ユテの傍から釣り出されたのだ。クロガネは空中で体を捻って幌の中へ戻ろうとしたが、一瞬の隙は、取り返しのつかないものだった。

「やめろ!」

 スカイの叫び声に続き、幌の中から、クロガネへと、ヌバタマが吹っ飛ばされてくる。受け止めて着地したクロガネは、脱げかけた少女の頭巾を慌てて被せた。

「済まない。あいつに普通の接近戦は無理みたいだ」

 詫びた少女に怪我がないことを確かめると、クロガネは幌の中へ目を向けた。瞬間、ウツミが幌の中へ飛び込んでいく。が、直後、幌全体が青白く光り、弾けるように破れて、ウツミとスカイが投げ出されてきた。

「ユテを離せ!」

 スカイが、地面に倒れながら、悲痛な声を上げる。幌が破れ飛んだ荷台の上には、コワカミというらしい雷竜一族が立ち、その片手が、ユテの胸倉を掴んで、半ば持ち上げていた。後ろへ頭を仰け反らせ、白い咽を晒したユテは、編んだ髪と両手、それに下半身を引き摺られる格好だ。僅かでも体に傷ができれば死に至る純血の天精族を扱うにしては、乱暴だ。

(傷をつけても、治癒できる自信があるということか――)

 結界を張れるほどに精気を扱えるなら、治療も浄化も含む治癒ができるのだろう。

「ユテを傷つけるな!」

 スカイが叫びながら、立ち上がろうとして倒れた。感電したのだろう、がくがくと全身が震えている。ウツミも同じ状態だ。そして――。

「せっかく《休眠》しててくれた純血を、起こしてしまったんじゃない? 無闇に雷使うから」

 ニコカミというほうが、荷台に跳び乗りながら言った。その言葉を裏づけるように、ユテの口が微かに開き、確かに呼吸するのが見えた。

「ユテ!」

 スカイが、這いずるように馬車へ近づきながら、その名を呼ぶと、ユテの睫毛が震えて、細くうっすらとだが、目が開いた。覗いた瑠璃色の瞳が、暫く彷徨った後、スカイのほうを見る。ユテもまた感電し、その衝撃で目覚めたということらしい。

「ユテ……!」

 再度呼んだスカイの声に反応して、ユテが何か言いかけた時、その体を、乱暴にコワカミが肩に担いだ。

「急ごう。ここで《天災》になられたら困る」

 ニコカミが言い、先に鳳へと走った。

「行かせるか!」

 クロガネは、もう一度炎の玉を作ってニコカミへと投げつけた。けれど、それを軽々とかわして、ニコカミは二羽の鳳の轡を取る。そこへ、一跳びで、ユテを担いだコワカミが追いついた。同時に、辺りに雷光が放たれ、クロガネを阻む。やはり、天精族の血が濃い分、精気を操る力がクロガネ達より上なのだ。

「命が惜しいなら、追ってくるな」

 コワカミというほうが、ちらと振り向いて言う。

「これから、かの町に、《大聖罰》が下る」

 そうして、鳳を舞い上がらせて去っていく雷竜一族二人と、攫われていくユテを見ながら、クロガネは唇を噛んだ。一人で追っても、勝ち目はない――。

「ユテ……!」

 スカイが、無理矢理立ち上がり、追おうとする。その背中へウツミが言った。

「馬車から馬を外して、乗ってけ。おまえが真っ先に追ってけ。行き先はあの町だ。ユテは、きっとおまえを待ってる! おれ達は、後から追ってくから」

「分かった……!」

 スカイは頷いて、草を食んでいる馬のところへ足を引き摺りながら歩み寄り、馬車と繋ぐ馬具を外し、馬車用の長い手綱を掴んで、その裸の背に這い登るように跨った。

「ユテは、あの頭環を着けてる」

 ウツミは、起き上がりながら、スカイを見上げて告げる。

「あれを着けてる限りは、《天災》にはならない。けど、それに気づかれて外されたら、まずい。急げ」

「はい!」

 スカイは答えて手綱を短く持ち、馬の腹を蹴って、二人の雷竜一族の後を追っていった。

「おまえも行け、行ってくれ、クロガネ」

 ウツミが、振り向いて言う。クロガネは、眉をひそめた。

「おまえ、その手――」

 ウツミの両腕が、黒く焦げている。雷にやられたのだ。コワカミを止めようと、余ほど無茶をしたのだろう。

「気にするな。おれも天精族の血を引いてるんだ。時間をかければ治せる。だから、スカイを、ユテを追ってくれ。スカイを助けてくれ。ユテを、死なせないでくれ……!」

「わたしのことは気にするなと言ったはずだ」

 腕の中で、ヌバタマも促した。クロガネの心中など、お見通しなのだろう。

「頭巾を被っていれば、何ということはない」

「分かった」

 クロガネは立ち上がった。全力で走れば、馬になど負けない。荷台にそのまま落ちていた自らの長刀を拾い、頭巾を目深に被って、クロガネは来た道を走っていった。


          二


 なだらかに続く丘の向こうの空に、まだ鳳を駆る雷竜一族達の姿が見える。離されてはいない。

(ユテ、ユテ――)

 親友の名を胸中で繰り返し呼びながら、スカイは馬を走らせた。ユテは確かに目を開いた。スカイのほうを見た。ちゃんと生きていたのだ。そのことが何より嬉しい。だが、二人の雷竜一族は、ユテを《天災》にさせ、《聖罰》にするつもりなのだ。何故そんなことを考えたのかは知りたくもないが、絶対に、その前にユテを取り戻さねばならない。

(あの頭環を着けてる限り、ユテは大丈夫だ。そして、ユテを《天災》にさせるつもりなら、あの二人はユテから離れるはず)

 ウツミから聞いた《天災》の話からも、実際、ユテが結界の中で放置されていたことからも、それは確実だろう。

(その隙を狙うしかない。結界を張られるなら、一緒に中に入ってやる。何が起きようが、おれはもう二度と、おまえの傍から離れない――)

 歯を食い縛り、スカイは一心に馬を駆った。



――「ユテ」

 呼ばれて目を開くと、大きな岩陰に狭く張った結界の外、夕焼け空を背に青年が立っていた。翠玉色の双眸に、気遣う色を湛え、真っ直ぐにユテを見つめている。

――「おれの顔を見たくないのは分かるが、姿が見えないと、心配になる」

 率直に告げられて、ユテは座ったまま青年から視線を逸らし、答えた。

――「身を守る結界くらい張っている。問題ない」

――「その結界で、おまえの気配が感じられない。せめて、見えるところにいてくれないか。……おまえまで、失いたくないんだ」

 青年の懇願に、ユテは険しく顔をしかめた。半ば以上は、敵に対するというより、この青年に気配を悟られたくないから張っている結界だ。ニギテを失ったところだというのに、その原因となったこの青年に、心配などされたくない。優しくなどされたくない。だが、結界でも抑えつけられぬ感情は、自らを裏切り、涙となって両眼から溢れてしまった。心が崩れると同時に、精気で保つ結界も崩れてしまう。滲んだ視界の中、青年は無言で歩み寄ってきて、手を伸ばし、ユテの頬に触れた。ユテができる限り顔を背けたにも関わらず、頬を伝う涙を拭った青年は、そのまま腕を伸ばす。

――(やめろ……)

 ユテの思いは声にならず、大した抵抗もできなかった。青年も――ミストも、泣いていたからだ。

――「ごめん。全部、おれのせいだ……」

 ミストは、両腕でユテの肩と頭をそっと抱き寄せ、体から直接響く声で詫びた。

――(そうだ。全て、あなたのせいだ)

 思うと、また、両眼から涙が溢れた。

 地老族、夜行族、そしてマホラ王国との同盟を取りつけた《勇者》一行に脅威を感じたアース帝国は、軍を以って攻撃を仕掛けてきた。激戦の最中、ニギテはミストに《加護》を与え、そうして体力が落ちていたところを、アース帝国軍兵士の野生族に殺された。つい昨日のことだ。

――(許さない)

 ユテは、ミストの腕の中で、唇を噛んだ。知っている。この青年に責任はない。ニギテが心奪われたのも、命を落としたのも、この青年に責のあることではない。だが、紛れもなく、この青年が原因なのだ。

――(おれは、あなたを許さない)

 固く両眼を閉じて、ユテは誓った。決して許さない。決して心許さない。ニギテが愛し、命を懸けて守ったこの青年を、終生、心安く思うことなどしない――。

【ユテ、大丈夫か? クレヴァスだ】

 懐かしい声に、ユテは、ふっと過去の夢から目覚めた。同時に、まどろみの直前の記憶が蘇る。そう、悲痛な声で自分を呼んだのは、ミストではなく――。

(スカイ……!)

 一気に頭が覚醒して、ユテは目を開いた。自分は、太い腕に後ろから抱えられて、鳳の背に乗せられている。鳳はほぼ滑空しながら、時折羽ばたいて高度を保っている。背後の気配は、あの精悍な外見の雷竜一族だ。――声の主の姿は見えない。

【今は声だけだ。こいつらに気づかれる訳にはいかないからな。あたしは、今おまえが着けてる頭環に宿ってる。この頭環は、《天災》になるのを防ぐために精気をほぼ封じる呪具で、スカイが着けさせた。二千年前にも、あたしが着けろと言った代物だ。覚えてるか?】

 ユテは、鳳の羽ばたきの揺れに紛れて微かに頷いた。覚えている。それをずっと、チムニーが持っていたことも知っていた。

(道理で、体が異様にだるい訳だ……)

 純血の天精族は、単純に体を動かす時にさえ、無意識に精気を使っている。それが使えないとなると、最早、弱々しい真人族にすら劣る存在だ。

【こいつらは、おまえをどこかへ連れてって《天災》にさせる気らしい。後ろから、馬でスカイが追ってきてるが、こいつらは強い。精気を使えないおまえが逃げられる機会は、こいつらが離れた時だろう。この頭環にさえ気づかれなければ、その機会は充分狙える】

(確かに)

 ユテは鳳の羽ばたきの揺れに紛れて、また頷いた。再びユテを結界の中に閉じ込めて、この二人は傍を離れるだろう。《天災》を知っていれば、傍にいるという選択肢はない。ただ、追ってきているのがスカイだけでは、結界を破れない。精気を使えないユテも結界を破れない。

(結界を張られたら、ウツミが来るまで待つしかないか)

 ウツミは、結界を張ることこそできないが、破るのは巧い。逃げられる可能性は充分あるだろう。問題は、頭環の働きに気づかれた場合だ。頭環を外されれば、今の自分はすぐにでも《天災》となってしまうだろう。それほどに穢れを溜め込んだ感覚がある。その場合、《天災》の威力で結界は破れるが、自力では後戻りできなくなり、巨大な竜巻となって死ぬだけだ。

(その時は――)

 ユテは、目を閉じた。スカイには、《加護》を与えてある。傷ついても、死ぬことはない。その他大勢は巻き込んでしまうかもしれないが、スカイだけは守れる。

(――おまえに、《加護》を与えておいてよかった)

【……そう言えば、おまえ達、スカイに、伝説の呪具師クレヴァスの血を引いてるんだって、伝えてなかっただろう!】

 また、クレヴァスが話し掛けてきた。そう、故意に隠していた。スカイが、《勇者》に憧れるのを防ぐために。

【あたしが言ったら、きょとんとしてたよ。全く、感動の対面が台無しだった】

 拗ねたように告げてから、クレヴァスは、しみじみと言う。

【でも、スカイ、やっぱり、あいつに似てるな】

 〈あいつ〉――ミスト・レイン。そう何度も頷く訳にもいかず、ただ聞き流すユテに、構わずクレヴァスは話し続ける。

【あいつ、本当はおまえのことが好きだったんだ】

 何を、と思わず訊き返しそうになって、背後の雷竜一族に悟られないよう、ユテは言葉を飲み込んだ。こんな時に、クレヴァスは一体何を言い出すのか。

【ニギテのことがあったから、あいつは生涯、その思いを隠し通した。おまえに、受け入れられるはずもない、と――。あたしは、その思いを知ってて、それも含めて、あいつのことが好きで、あいつの子どもが欲しかったから、一緒になった。ただ、あいつの思い、やっぱりおまえに知っといてほしかったんだ】

 今更、そんなことを知って、どうしろというのか。

【あいつの分まで、スカイを、そして自分を、大切にしてほしい――】

 クレヴァスは一方的に話を締め括り、代わるように、隣で鳳を駆るもう一人の雷竜一族が口を開いた。

「何か、そいつ、大人しいね」

「《休眠》明けで朦朧としているんだろう」

 体が接している背後の雷竜一族が、低く響く声で答えた。しかし、納得しない口調で、隣の雷竜一族が言った。

「まあ、穢れも限界まで溜め込んでるんだろうし、感電の影響もあるかもしれないけど、それにしても、ちょっと大人し過ぎる気がする」

「おれ達二人相手に逃げようとしても仕方ないと観念したか」

「そんな殊勝な性格かな……?」

 呟くように疑問を口にしたきり、隣の雷竜一族は黙った。



「ひどい傷だな」

 頭巾と外套で全身を覆った少女が、ぽつりと話し掛けてきた。

「まあな」

 ウツミは、両腕に精気を集中させて、じわじわと火傷を治療しながら苦笑いする。

「けど、さすがにあいつは大して怪我してなかったな」

「スカイ?」

「ああ。おれ以上に雷竜一族に向かってってたのに、感電だけで済んでた。《天精族の加護》を受けてるって凄いな」

「《加護》?」

「ああ。あいつの中に、天精族の精気が感じられるだろう? あれだよ」

「妙な気配だと思っていたが、そういうことか。だが、おまえも、追わないといけないんじゃないのか? また結界を張られたら、おまえが必要だろう?」

 ヌバタマに真面目に問われて、ウツミは微笑んだ。

「勿論、この傷を治療したら行くさ。でも、多分、悠長に結界を破るとか、そんな余裕はない。あいつらは、《休眠》のことまで知ってる様子だった。純血の天精族について、おれ達より詳しいんだ。そんなあいつらがユテの状態を観察してたら、すぐに精気を使えないことに気づいて、あの頭環の役割を知るだろう。そうして、頭環は外され、ユテは《天災》になる」

「防げない、と?」

「そこからが、スカイの出番なんだよ。スカイにしかできないことがいろいろあるんだ。本当に、いろいろな。クロガネは、そんなスカイをできる限り助けてくれるだろう。おれの出番があるのは、雷竜一族が頭環に気づかなかった場合だけ。その時は、少々遅れてっても、ちゃんと間に合うよ」

「――いろいろ考えているんだな」

 ヌバタマに、無表情なまま感心したように言われて、ウツミはにっと笑った。

「まあ、これでも二百年以上生きてるんでね」

「――それを言うなら、純血の天精族はもっとだな」

 微かに目を細めたようなヌバタマの返しに、ウツミは相好を崩す。確かにそうだ。

「成るほど。二千年生きてるユテも、一筋縄じゃいかないはずだな!」



「一日鳳に乗りっぱなしで、いい加減、お尻が痛いよ」

 再び口を開いたニコカミの言葉に、コワカミは鼻を鳴らした。

「馬より随分速い。それで充分だろう」

「きみは、結構何でも素直に受け入れるよね」

 ニコカミは呆れたように言って微笑んだ。

「何か悪いか」

 憮然としてコワカミが応じると、華奢な青年は首を横に振った。

「いや、羨ましいな、と思って。ぼくは、何でも捻くれて受け取ってしまうから」

 コワカミは、眉をひそめて、ニコカミの横顔を見遣った。この華奢な青年は、時々、訳の分からないことを言う。恐らく、自分よりも物事を深く考えてしまう性質なのだろう。

「別に、それも悪いことではないだろう?」

 コワカミが問いかけるように言うと、ニコカミは振り向き、にこりと笑った。

「ありがとう。きみは、身内には優しいよね。いずれ、みんながきみの身内になるといいな、と思うよ」

 やはり、訳の分からないことを口にして、またニコカミは前を向いた。コワカミも前を向き、片腕で抱えた風竜一族の様子を窺う。まだ、意識がはっきりしないのか、力なく目を閉じたままだ。もうすぐ、あの穢れた罪深い町に戻る。そこで、この《竜》を《大聖罰》にして、今回の任務は完了だ。

(そうすれば、聖主様の理想が、この西大陸にも更に広がっていく)

 聖主ムナカミ。聖教会を束ねる貴い存在。純血の天精族水竜一族の血筋でありながら、《竜》達とは一線を画し、コワカミ達混血の側に立って、自ら雷竜一族を名乗った心ある人。二千年生きていながら、少年のような麗しい姿を保った、まさに神。

(必ず、あなた様の御期待に添います)

 誓いを新たにして、コワカミは手綱を操り、鳳の飛行を速めさせる。隣のニコカミも同様に鳳を駆る。背後から、あの真人族と地老族との混血が馬で追ってきているのが気配で分かる。その後ろからは、あの天精族と夜行族との混血も追ってきている。余ほど、コワカミの腕の中の《竜》が惜しいのだろう。

(警告はした。後はおまえの責任だ)

 あの少年も、《混ざり者》と呼ばれ、混血であることに苦しんできたはずだ。聖教会の教えが広がり、〈正しい〉五族協和がなされて不幸な混血が生まれなくなれば、世界はもっと幸福になるだろう。

(将来の世代のために、理想が実現されるまで、われらは躊躇しない――)

 それは、西大陸を出た時からコワカミの胸の内にある熱い思いだった。


          三


 雷竜一族二人に続き、スカイがあの大きな町へ入っていくのが、気配で分かった。

(もう少しで追いつくんだが)

 クロガネは顔をしかめて、町までの残りの道程を急いだ。だが、後少しで町に入るという辺りで、心の臓を掴まれるような感覚に襲われた。

(これは――)

 ユテの精気だ。だが、尋常ではない濃度と量と拡散。クロガネは、胸を押さえ、膝を着きそうになる足を踏ん張る。

(これが、純血の天精族――)

 眩暈と吐き気を堪え、見上げた先、町の中心部に、立ち昇るように細く渦巻き始めた竜巻が見えた――。



(何なんだ、この力は――)

 スカイは、呆然として、やや宙に浮いたユテを見つめた。眩い光として目に映る――可視化するほどの、凄まじいとしか言いようのない量の精気が、その全身から暴力的に放たれ続け、周辺の大気を支配して、風を巻き起こしていく。

(これが、《天災》――)

 全ては一瞬の出来事だった。町の中心部にある広場へと、ユテを連れて鳳で飛んでいった雷竜一族達。馬で追っていったスカイが見たのは、華奢なほうの雷竜一族が、鳳に乗ったまま、すっと手を伸ばし、隣の鳳に乗ったユテから頭環を外した光景だった。直後、ユテの全身から爆発のように精気が放たれ、雷竜一族達は鳳ごと吹き飛ばされたが、二人とも鳳から飛び降り、精気を使って巧みに着地すると、そのまま連れ立って走り去っていった。周りにいた人々も、何事かと驚きつつ、慌てふためいて逃げていく。軽い物はあっと言う間に吹き上げられ、重い物も、地面の上を、少しずつ押されるように動かされていく。建物は軋み、端から吹き飛ばされるようにして、徐々に崩れていく。

(畜生――)

 スカイは、恐怖に嘶いて暴れる馬から下り、どんどんと風圧を増していく竜巻の中心へ、ユテの許へと、歩き始めた。逃げるなどという選択肢はない。

(おれは、二度と、おまえから離れない――)

 例え、待っているのが絶望だとしても。

(おまえと一緒に、絶望するから。おまえを独りにはしないから)

 自分でも侭ならないのか、磔にされたように宙に浮いたユテが、こちらを見て、懸命に何かを言っている。けれど、風が凄まじ過ぎて、声など聞こえない。きっと、来るなとか、逃げろとか言っているのだろう。

(そのくらいは、分かるよ)

 苦く笑った途端、体が浮きそうになり、瞬間、目深にしっかりと被っていた帽子が飛ばされた。スカイは慌てて地面に両手を着いて、姿勢を低くする。何が何でも、ユテの許に辿り着く。それだけは、曲げられない。丁度近くへずるずると滑ってきた倒れた銅像に、スカイはしがみ付いた。そして風向きに対して縦に滑ってきたそれを、横向きにして、竜巻に向かって転がし始めた。力はいるが、飛ばされないよう盾にして、しがみ付きながら進むには打ってつけだ。

(ユテ、待ってろ……!)

 段々と強くなる風に、目を開けるのもつらくなりながら、スカイは親友目指して一歩ずつ進み続けた。



 こんな時だというのに、何故、涙とともに笑いが込み上げてくるのだろう。

(おまえといると、飽きないな)

 ユテは、じりじりと近づいてくるスカイを見つめながら、両眼を細める。スカイと生きていきたい。諦めたくない。

(スカイ、おまえに、背負わせても、いいだろうか……?)

 スカイなら迷わず、背負う、と答えるだろう。ユテの懸念や心配など、簡単に跳び越えてしまうのだ。

(後は、おまえが間に合うかどうかだ)

 体から加速度的に精気が拡散していくせいで、少しずつ気が遠くなっていく。スカイが辿り着いた時に、ユテの意識が残っているかどうか、それが最後の勝負だ。

(多分、おれは、他の純血の天精族より、長く意識を保っていられる)

 今だ解けずにいる髪の先端で無茶苦茶に揺れている飾り筒。それは、遥か昔、ホールが作ってくれた呪具。その効果は、《天災》となる天精族の精気の暴走をできる限り抑えること。二千年前から続く、ホール家始祖の祈りだ。

(だから、早く来い、スカイ)

 ユテは、じっと、幼い頃から見守ってきた少年を見つめる。

(おまえが間に合ったなら)

 今までなかった選択肢。スカイには背負わせたくないと、避けてきた最後の手段。

(おまえに、おれを預けるよ……)



(イツクカゼ――)

 爆発的な気配に、血の気が引いていく。

「あの馬鹿……!」

 風竜一族の里、東方里門で、ヒタネは虚しく声を上げた。最も危惧していたことが起きている。ユテの精気が拡散していく様子が、如実に感じられる。けれど、自分は行けないのだ。この里の外へは出られなくなった。飛び立とうとすれば、頭の内で、破金のように響く声がある。

【タダナルオト――、里から離れず、里を守れ】

 忌み名を以って命じられたことには、背けない。それに、今から行っても、ここからでは間に合わないだろう。近づけない。

(もう、おまえに、会えないのか……?)

 物心付いた頃からの友だった。生き方は違っていても、離れて暮らしていても、心は近くにあった。絶対に失いたくない親友なのだ。

「スカイ、クロガネ、ユテを、助けてくれ……!」

 ヒタネは堪らない思いで、親友の傍にいるはずの仲間達へ叫んだ。



【クロガネ!】

 町に入る直前、聞き覚えのある声に名を呼ばれた気がして、クロガネは足を止めた。真人族や《混ざり者》達が、我先にと逃げ出してくる騒ぎの中、確かに届いた声。もう一度聞こえないかと澄ました耳に、前方から、話し声が聞こえてきた。

「たった一人で、これだけの力を持ってるなんて、純血の天精族は、本当に化け物だね……!」

 愉快そうに言いながら人込みの中を走ってきたのは、あの華奢な雷竜一族。

「ぼく達が大きな力を使おうと思ったら、あの台地でやったみたいに、既にある雷雲を突っつく感じで利用するしかないのに、何にもないところから、これだけの竜巻を生み出せるんだものなあ!」

(あの雷――)

 物陰に隠れながら、クロガネは長刀の柄に手を掛ける。

(あの時、風竜一族の里を襲っていたのは、こいつらか――)

「いきなり頭環を取るから、驚いたぞ」

 もう一人の精悍な雷竜一族が並んで走りながら、華奢な雷竜一族に応じる。

「一歩間違えば、おれ達まで吹き飛ばされていたところだ」

「ごめん。でも、怪しいなと思ってたんだよ。あいつは精気を全然使わないし、この穢れた町へ入っても、全く《天災》になる様子がないし、何かあるなって。で、以前のあいつから変わった点といったら、あの頭環だからね」

 華奢なほうの説明を受けても、精悍なほうは釈然としない顔だ。

「それにしても、もう少し準備をしてからでよかっただろう」

「追っ手が来てたからね。それに、早く見てみたかったんだ。話に聞く《天災》を。やっぱり凄いよ……!」

 うきうきとした口調で語る華奢な雷竜一族に対して、精悍な雷竜一族は、硬い口調で言った。

「羨ましいなどとは、少しも思わないがな。人ではあり得ない。まさしく《竜》の、過ぎた力だ」

「まあ、そうだね……」

 複雑な笑みを浮かべて、華奢な雷竜一族はちらと竜巻を振り返る。

「でも、あれを見てると、天精族の血が騒ぐのか、わくわくするよ……!」

 ぎり、と歯を鳴らし、クロガネは長刀を抜きざま、細身の雷竜一族に斬りかかった。大気に満ちたユテの精気のせいで気配が紛れていたのだろう、完全に不意を突いた。狙ったのは、華奢な雷竜一族が纏った、着物の懐――。

 かちっ。金属音がして、切り裂いた着物から、見覚えのある頭環が転がり出た。予想通りだ。素早くそれを拾いながら、クロガネは片手で長刀をもう一閃させる。が、細い首を狙った長刀の刃は、反射的に身を屈めた雷竜一族の角の一本に当たって弾かれた。

「っ痛……!」

 顔をしかめて地面に尻餅を着いた雷竜一族の襟首を、もう一人の雷竜一族が掴んで引き寄せ、背に庇う。クロガネは頭環を己の懐に仕舞いながら、雷を警戒し、距離を取って長刀を構え直した。

(何故、あいつが、きさまらなどのせいで)

 怒りなのか、悲しみなのか、よく分からない感情が体を震わせる。加速度的に大気へ拡散し、放散していくユテの気配。このままでは、いずれ、最後の精気まで出し尽くして、死んでしまう――。

【腹は立つが、今はとにかく、ユテの許へ】

 懐の頭環から、先ほども聞こえたクレヴァスの声が響く。

【この膨大な力を、どの程度抑えられるか分からないけど、でも、ないよりはましだ!】

「あれを、また《竜》に着けさせる気だ」

 華奢な雷竜一族が低く叫ぶ。

「取り戻して!」

 応じて、精悍なほうの雷竜一族が、拳で殴りかかってくる。クロガネは拳をかわし、伸びた腕へと長刀を振るった。しかし雷竜一族は腕の手甲で刃を受け止め、弾き返す。よく見れば、天精族の鱗が綴られた手甲だ。間髪入れず、殴りつけてきたもう一方の拳をかわし、クロガネは再度斬りかかった。そうして数合、もどかしい思いで撃ち合った時だった。急に、別の嫌な気配を感じて、クロガネは跳び退った。その鼻先を、何かが掠めて、目の前の雷竜一族の手甲に当たる。途端、手甲が砕け、その下の腕に、すっぱりと切り口ができた。

「コワカミ!」

 庇われていた華奢な雷竜一族が声を上げる。

「もっと離れないと危ない。強過ぎる風が、空気に極端な密度の差を作って、見えない刃を生むんだ。頭環はもういい。こうなれば、彼もどうせ近づけない」

「まさしく《天災》だな……!」

 顔を歪めながら吐き捨て、精悍な雷竜一族は、華奢な仲間を庇いつつ身を翻して、クロガネから離れていく。その間にも、見えない刃が幾つも襲ってきて、戦闘どころではなくなっていた。

「くそっ……!」

 クロガネは口の中で毒づいて、逃げ去る雷竜一族達から竜巻へと、視線を転じた。自分は、頭環を届けなければならない。スカイを助け、ユテを救わなければならない。暴走するユテの力のせいで、気配は探りにくくなっているが、まだスカイは無事でいる。無数に襲ってくる見えない刃と、圧倒的な暴風を、身を低くして潜り抜けながら、クロガネはスカイ目指して走り始めた。



 重石にし、盾にしている銅像に、次々と深い切り傷のようなものができていく。

(これも、ユテの力なのか……?)

 一体、純血の天精族は、どれだけの力を秘めているのだろう。スカイは畏怖を感じながらも、それを上回るユテへの思いに突き動かされて、進み続けた。深い切り傷は、いつの間にか、自分の顔や腕にもでき始めた。しかし、それらの傷は、見る見る内に治って、跡形もなく消えていく。

(これは――)

 《天精族の加護》。理由は、それしか思いつかなかった。

(ユテ――)

 涙が、両眼から溢れ、風に吹き飛ばされていく。自分は、やはり、守られてばかりだ。

(せめて、おまえの許へ行くから――)

 息を切らせ、絶え間なくできては消える刹那の傷から血を流しながら、決して立ち止まらず、スカイは前進を続けた。



(スカイ――)

 漸く視界に捉えた姿に、クロガネは言葉を失った。全身を切り刻まれながら、ぼろぼろになった銅像に掴まり、転がして進んでいく少年。切り傷は、見る間に治りながら、また新たにでき、僅かずつではあっても、絶えず血が流れていく。しかし少年は、怯む様子一つ見せず、竜巻の中心へ――光るユテへと向かっていく。

【《天精族の加護》――内なる結界が、スカイを守ってる】

 懐の中で、頭環に宿ったクレヴァスが呟く。

【愛された者だけが、《天災》に近づくことができる。昔、そんな言い伝えを聞いたことがあるよ。こういうことだったんだな】

(《加護》……)

 ユテから《加護》を与えられたと、スカイの口から聞き、その精気の気配は如実に感じていたが、これほどの効力があるものだとは思わなかった。威力と密度を増していく暴風と見えない刃の中を、スカイは全く足を止めることなく進んでいく。けれど、辿り着いた後はどうするのだろう。

「頭環を、あいつに渡さないと」

 覚悟を決めて、無理矢理進むクロガネの足に、次々と見えない刃が当たり、黒い筒袴が切り裂かれていく。腕にも頬にも切り傷はでき、頭巾もぼろぼろになって、曇天からの弱い陽光がクロガネの肌を焦がしていく。少しでも気を抜けば、体が浮き、上空へと吹き上げられそうになる。

【おまえには無理だ】

 クレヴァスが気遣う口調で言った。

「だが……!」

 反論したクロガネに、クレヴァスは硬い声音で告げた。

【もう、この頭環でも、この暴走は抑えられない。ただ、まだ望みはある。ユテが、スカイのことをどう思ってるかに懸かってるけどね……】



 足元に近づいてきたスカイを、ユテは霞む目で見下ろした。スカイはやってのけた。ユテの意識のある内に、辿り着いてくれた。

「ありがとう」

 感謝の言葉は、風に攫われたが、口の動きで分かったらしい。少し浮いたユテの足にしがみ付き、見上げたスカイは、泣き顔で怒って言った。

「礼なんか言うな! おれは、結局、おまえを守れなかった……!」

 流れる涙を次々と風に飛ばされるスカイに、ユテは微笑み、思うように動かない体を捩って、何とか手を差し伸べようとした。意図を察したスカイも、血の滲む片手を伸ばし、ユテの手を掴む。同時にスカイは、ユテの足に掴まっていたほうの手を離し、吹き飛ばされそうになりながらも、繋いだ手を引いて、一気に抱きついてきた。

「ここまで来ることしか、できないんだ、おれは――」

 片耳に口を寄せ、涙声で告げた親友に、ユテも告げた。

「おれを救えるのは、おまえだけだよ、スカイ」

「救えるのか……?」

 驚いたように問い返した少年に、ユテは頷き、その耳へ囁いた。

「おまえに、おれを預ける。おれの忌み名は、イツクカゼ。この忌み名を呼んで、おれに命じてほしい。おまえが、おれに相応しい呪具を作って着けるまで《休眠》しろ、と」

「忌み名って……! それに、呪具なんて、おれは……!」

 混乱した様子の親友に、ユテは優しく囁いた。

「純血の天精族の忌み名を知るということは、この力を巡る争いに巻き込まれるということだ。それでも、おれと生きてくれるというなら、この名を呼んでくれ。――呪具のほうは心配ない。チムニー殿が教えてくれる。おまえには、ちゃんと伝説の呪具師の血が流れているから、大丈夫だ。思い出してみるといい。どんな道具も、例え本来の用途とは違う使われ方をしても、いつもおまえの求めに応じた結果を出したはずだ」



 それは、初めて認識した己の力だった。言われてみれば、思い当たることばかりだ。特製香辛料も、ムクロに投げつけた道具達も、ユテの手を切り裂いてしまった小刀も、岩壁を登るために使った道具達も、そして、先ほどの銅像も。全て、その瞬間瞬間のスカイの求めに応じて、結果を出してくれていたのだ。

「――分かった……!」

 スカイは、決意を固めて、親友の顔を見た。縦に細い瞳孔を持つ美しい瑠璃色の双眸が、信頼の眼差しで自分を見つめてくれている。また暫くの間、この瞳を見ることが叶わなくなるのだ。そう思うと、新たな涙が溢れてきたが、先ほどまでの絶望の涙とは、明らかに違った。

「ユテ」

 呼び慣れた通し名を呼んで、そっと親友を抱き締め――、その翡翠色の耳へ、スカイは囁いた。

「――イツクカゼ、おれがおまえに相応しい呪具を作って、おまえに着けるまで、《休眠》して待っててくれ」

 ユテの全身がスカイの腕の中で強張り、そして、力が抜けると同時に、光が――精気が収まり、吹き荒れていた風が、嘘のように凪いだ。どさりと、ユテを抱えたまま地面に着地したスカイは、そのまま座り込む。

「ユテ」

 呼びかけても、最早返事はなかった。親友は目を閉じ、呼吸も何もかも止めて、力なくスカイの腕に体を預けている。また《休眠》したのだ。だが、今朝とは全く違う、穏やかな、微笑んでいるような寝顔だった。

「必ずおまえに相応しい呪具を作って、おまえを目覚めさせるから」

 ぽっかりと円く全てが吹き飛んだ青空の下、スカイは誓った。


          四


 体が重く、だるい。疲れが溜まっている。等間隔に設置された角灯が照らす官舎の廊下を、足を引き摺るようにして歩き、与えられた自室の扉の前に辿り着いたスカイは、纏った軍服の詰襟を寛げ、首に紐で下げた鍵を取り出して、鍵穴に差し込み、開錠した。次いで取っ手を握り、暫し目を閉じて祈る。それから、おもむろに取っ手を回して扉を開け、暗い部屋の中へ入った。蝋燭に火は灯さず、窓の隙間から差し込む月明かりを頼りに、部屋の奥に置いた天蓋付きの寝台へ歩み寄る。天蓋から下がる帳を潜ったスカイは、そこに眠る親友の顔を――変わらない微笑みを、微かな落胆を持って見つめ、そっと手を伸ばしてその頬に触れた。

「……冷たいな、ユテ」

 ぽつりと語りかけ、スカイはそのまま崩れるように床に座り込み、掛布の下にあるユテの肩へ頭を寄せるように、寝台の端へ突っ伏した。今日も、祈りは届かなかった――。

 あれから、五年が経った。最初の一年間は、希望に満ちていた。〈大おじいちゃん〉の許で、頭環に宿ったクレヴァスの助言も受けながら、呪具製作の修行を積んだ。そして僅か一年で、クレヴァスが作ったものを凌ぐ呪具の頭環を作り上げ、あの蟻の巣のような洞穴の一室に寝かせていたユテに着けさせた。が、親友は目覚めなかった。呪具の出来が悪かったのかと思い、幾度となく作り直して着けさせても、親友は目覚めなかった。二人きりになった部屋で、忌み名を呼び、目覚めてくれと懇願したこともある。それでも、親友は目を覚まさなかった。その理由を、風竜一族の里にいるヒタネのところまで独断で訊きに行ったクロガネは、三つのことを教えられて帰ってきた。一つ目に、《休眠》というものは、周りの環境が純血の天精族にとってよいものにならなければ、明けないこと。二つ目に、ユテ自身の体に溜まった穢れが多過ぎて、目覚めの妨げになっているだろうこと。三つ目に、《休眠》中は、五感が全て閉ざされているので、触覚も働いておらず、忌み名を呼んで命じた条件――スカイがユテに相応しい呪具を作って着ける――が、認識されないということ。聴覚も働いていないので、《休眠》中に忌み名を呼んで新たに何かを命じても、やはり認識されないということ。更に、ヒタネは付け加えたという。

――「雷竜一族の雷で、ユテの《休眠》が一度破られたのなら、最後の手段として、彼らを頼るか使うかすることを考えるべきかもしれない。とにかく、早く目覚めさせたいなら、何か刺激が必要なんだと思う……」

 スカイは落ち込んだ。雷竜一族を頼るのは論外で、採れる選択肢ではなかった。しかし、絶望はしなかった。できることからしていかなければ、と思った。まず、周りの環境がユテにとってよいものになるように、穢れの原因となるものをできるだけ排除して、自分自身もあまり傍へ行かないようにした。本当は、風竜一族の里へ帰すのが一番だと分かってはいたが、目覚めても会えなくなる可能性が高いので、踏み切れなかった。その代わり、ウツミにユテに溜まった穢れをできる限り浄化して貰い、その上で、穢れを少しでも除くための呪具を考えて作った。それは白金の腕輪として完成し、今もユテの両腕に嵌めてある。けれど、それでもユテは目覚めなかった。呪具製作を学び始めてから、二年が過ぎていた。今度こそ絶望しそうになったスカイを救ったのは、妹の一言だった。

――「ここはアース真人帝国よ。ユテさんにとってよい環境が整ってるとは言えないわ。もっと他に、できることがあるんじゃない?」

 確かにそうだった。〈周りの環境〉の範囲や意味を、更に考える必要があると思えた。そこから続く人生は、ユテがスカイになってほしくないと言っていた《勇者》の生き方に重なる気もしたが、それでいいと思った。もともと、《勇者》には憧れていたのだ。

 十七歳のスカイはレイン村を出て、帝都ソイルに行った。〈周りの環境〉を整える、即ち〈帝国を変える〉には、まず帝都を見なければと思ったからだ。そして、丁度募集が行なわれていた帝国の軍隊に入った。ユテとクロガネに仕込まれた刀捌きで、入隊試験に合格できるという勝算があったのもあるが、何より、手っ取り早く帝国の中枢に関わっていけると考えたのだ。

 軍隊に入って三年。スカイの目論見は当たった。スカイには、刀捌きの他に、呪具を作れるという強味がある。真人族の中にあっては、特異な力だ。スカイは、その力を惜しみなく使い、帝国軍の研究開発部で出世して、三年間で少尉という地位を与えられた。軍の中で、ある程度の発言権も得た。その力と発言権を利用して、スカイは、汽車を段階的に〈気車〉に替えていく事業を行なってきた。〈気車〉とは、専用の呪具を備えつけることにより、蒸気ではなく、精気で動く列車だ。汽車――蒸気機関車よりも速度が出せ、制御が簡単で、呪具さえあれば、燃料の確保が容易いという利点がある。難点は、その呪具を作れる者が、今のところスカイしかいないことだった。だからこそ、スカイは少尉という地位とともに、何人かの部下――地老族と真人族との混血を与えられて、日々、彼らに呪具製作を教えつつ、呪具の改良や研究を進めているのだ。

「ユテ……、おれは、頑張ってるんだ……」

 呟いて、スカイは寝台から顔を上げた。床に座り込んだまま手を伸ばして、枕から寝台の敷布の上に落ちている、編まれた白銀色の髪をそっと掬い上げて、顔を寄せる。森を吹き抜ける風そのもののような匂い。天精族という存在は、本当に自然そのもののような気がする。自然の一部が、偶然、人型をしているだけのような――。白銀色の髪の先は、白金と瑠璃で作られた飾り筒に収まっている。それもまた呪具なのだと、呪具製作を習っている時、チムニーから教えられた。ホール家始祖のホールが作って、ユテに渡したものなのだと。恐らく、その効果で、ユテは《天災》となりつつも、スカイが辿り着くまで意識を保っていられたのだろうと。瑠璃の上に象嵌された、白金の繊細な唐草模様が、確かな技を、熱い思いを、伝えてくる。自分は、そのホールの血を引いている。誇りを持って、希望を持って、働いてきた。

「いずれ大いに軍のためになるって媚びながら、石炭で動く蒸気機関車を精気で動く呪具機関車に変えて、穢れの排出を少しでも減らして……。今は地老族との混血だけだけど、真人族の社会の中に、少しでも他の種族が入るようにして……。東大陸じゃ政治に関与してる聖教会に対抗できるように、軍備の増強も考えて……。五族協和への――おまえが目覚めるための環境を整える、一歩になるように……」

 けれど、時々、耐えられなくなる。純血の真人族を第一として、他の種族や混血を迫害する帝国の、その軍隊の中にあることに。その行動規範に従わなければならないことに。そして、何より、ユテと話せないことに。

 スカイが帝都に出てきた後も、ずっとユテの体はチムニーの洞穴の一室に寝かせたままにしていた。顔を見られなくなるのはつらかったが、穢れが蔓延する帝都になど連れてこられないと思ったのだ。しかし、少尉の地位を与えられ、こうして研究開発部の官舎の中に立派な一室をあてがわれたのを機に、とうとうスカイは、内密に、研究資材に紛れ込ませて、ユテを運んできてしまった。そうしなければ、心が壊れそうな気がしたのだ。

「毎日おまえの顔が見たくて、無理してこんなところまで連れて来ちゃったけど……」

 スカイは、白銀色の髪を敷布の上にそっと戻し、のろのろと立ち上がると、枕の両脇に手を着いて、ユテの顔を真上から見下ろす。白銀色の髪がかかる白い額には、菱形の水晶が光っている。スカイが作った、精気を抑える頭環の飾り。せっかく作ったのに、それ以外にもあらゆる努力を積んでいるのに、ユテは目覚めない。

「欲望っていうのは、限りがないよな……。もう、おまえの寝顔を見てるだけじゃ、満足できない。つらいんだ……」

 スカイは囁くと、身を屈め、枕の上にある翡翠色の耳へ、唇を寄せた。硬質な冷たい鱗に、五年間待った――二十歳になった己の熱を伝え――。

「おい」

 閉めた窓の外から声がかかり、スカイはゆっくりとユテから体を離して、振り向いた。彼が来たことは、声がかかる前に、気配で分かっていた。外が透けて見える帳越しに、両開き窓の隙間に外から細い刀身が差し込まれ、掛け金が外されるさまを眺める。慣れた様子で窓を開き、月光を背に現れた姿は、ほっそりとした少年のもの。五年前よりすらりと手足が伸びたが、まだまだ少年だ。

「何をしている」

 問う言葉に、スカイは問いで返した。

「日光の影響を中和する呪具を渡したはずなのに、何でおまえは夜行性のままなんだ? 大体、窓っていうのは出入りする場所じゃないって、前にも教えただろう?」

「いつ活動しようと、どこから出入りしようと、おれの勝手だ」

 答えた少年の首には、丸い紅玉が嵌まった飾りが一つ下がる首輪が着いている。律儀に、二年前スカイが渡した呪具を身に着け続けているのは彼らしい。夜行族吸精一族と天精族火竜一族の混血であるクロガネ。彼は何故かスカイについて来て、この帝都で暮らしている。そして時折、こうして顔を見せる。

「それより、そいつに何をしようとしていた?」

 改めて問われて、スカイは微苦笑した。どうやらクロガネも、ユテのことが気になって仕方ないらしい。

「別に。ちょっと顔を眺めてただけだよ……」

 適当に告げて、スカイはずるずると再び床に腰を下ろし、帳の外に頭を出して、ユテの寝台に背中で凭れた。疲れた。頑張ることに疲れてしまった。それでも、朝が来れば、自分はまた頑張るだろう。ただ、夜はもう駄目だ。心が崩れて、理性が保てない。このままでは、本当に、ユテに何かしてしまいそうだ。

(ああ、そうか)

 唐突にスカイは悟った。クロガネが気に掛けているのは、ユテ一人のことではなく、スカイも含めてなのだ。心配して、ずっと様子を窺ってくれているのだろう――。

「――なあ、おまえも、帝国軍に入らないか?」

 ふと浮かんだ思いつきを口にすると、窓枠に座った少年の気配が、少し険しくなった。

「夜行族は、他種族には使われず、従わん。それが掟だ」

 硬い声の返答に、スカイはまた微苦笑した。五年前は、〈夜行族の問題〉としか言ってくれなかった事情。クロガネの心なのか、夜行族自体なのか、どちらにせよ、変われば変わるものだ。

「使うとか、従うとかじゃない。協力だよ」

 スカイは、穏やかに説明する。

「おれは、この国を、アース真人帝国じゃなく、アース五族協和国にしたいんだ。そのためには、五族が、互いに相手を知らないといけない。個人と個人で知り合わなきゃいけないんだ。その第一歩として、おれは真人族と地老族との混血を部下として招いてる訳だけど、おまえにも、剣術指南役か何かで、軍の奴らに関わって貰えたらなって思うんだ」

 暫し黙ってから、クロガネは言った。

「――考えておく」

(進歩だな……!)

 スカイは、驚いてクロガネを見つめた。火竜一族の血を引く証である尾を、ずっと隠していたクロガネ。夜行族に命じられるままに動いていたクロガネ。そんな、出会った当時のクロガネからすると、本当に変わった。

「ありがとう。期待してるよ」

 礼を述べて、スカイは立ち上がり、天蓋から下がる帳を元通りに整えて、ユテの寝台を離れた。そのまま部屋の真ん中にある自分の寝台へと歩き、倒れ込むように寝転ぶ。靴を床へ投げ捨てるように脱ぎ、軍服の上着も脱いで椅子へ放り、掛布を被った。

「おやすみ、クロガネ」

 一方的に告げて、目を閉じる。寝台へ体が重く沈み込むような感覚。溜まった疲れが、余計なことを考える間もなく、すぐに眠りへと引き摺りこんでくれた。



「スカイは大丈夫そうか?」

 背後の木の上に現れた少女の言葉に、クロガネは首を横に振った。

「もうそろそろ限界だろうな」

 呟くように言い、クロガネは窓枠から部屋の中へと下りる。音もなく歩いて、ユテの寝台へと近づき、天蓋から下がる帳を潜った。寝かされたユテの、相変わらずの、微笑んだような穏やかな寝顔。

(確かに、こんなものを毎日落胆とともに眺めていては、気が狂うか)

 思いながら、クロガネは掛布の下へ片手を入れ、ユテの手を探って握る。少し目を閉じ、ウツミから習ったように、精気を送り込んでみた。しかし、ユテに変化はない。今度は、寝台に手を着いて、先ほどスカイがしていたように身を屈め、五年前にしたように、ユテに口付けた。吸精の逆の方法で精気を送り込んでみたが、やはり変化はない。

(駄目か……)

「――難しいものだな」

 夜風がそよぐような気配で窓まで来たヌバタマが、溜め息とともに呟いた。クロガネは身を起こし、ユテの唇を指先で拭ってから、帳の外へ出た。五感が閉ざされていても、精気の刺激ならば届くはずと思いついて試してみたのだが、効果がなかったようだ。

(あんたが早く目覚めないと、スカイがもたんぞ)

 ちらと、眠りに落ちた青年のほうを見遣り、クロガネは窓へ戻る。ヌバタマとともに木の上へ跳び移り、慣れた手つきで窓を閉め、引っ掛けておいた糸で外から鍵も閉めて、官舎を後にした。

 三年前から、クロガネはヌバタマとともに帝都に住んでいる。住み処は、とある居酒屋の屋根裏部屋で、ついでにそこで料理の下拵えや用心棒紛いのこともやっている。そこの主人は、真人族白肌一族の血に夜行族吸精一族の血が四分の一入った《混ざり者》で、二人に対しても理解があった。そう、探せば、《混ざり者》――種族間の混血も、結構いるのだ。スカイが目指す五族協和の土台がない訳ではない。

 建物の屋根伝いに居候先の居酒屋へと帰りながら、クロガネはヌバタマに言った。

「帝国軍に勤めないかと誘われた」

「そうか」

 ヌバタマはいつも通り無表情に応じる。

「おまえがいいなら、受ければいい。一族のほうは、これまで通り、わたしが黙らせておく」

 伝説の巫女ツゴモリの孫であるヌバタマは、吸精一族の中で、次期族長と目される立場にあり、それなりの発言権を持っている。今は比較的自由に行動しているが、その内、一族の掟に縛られた生活を余儀なくされるようになるだろう。だからこそ、今はこうしてクロガネにくっ付いて、縄張りの外で見聞を広めているのかもしれない。

「いつも、すまん」

「気にするな。わたしも、いろいろ楽しんでいるんだ」

 長い黒炭色の髪を靡かせた少女は、クロガネのほうを見て、微かに両眼を細めた。



「ホール少尉、顔色悪いわよ。ちゃんと食べて寝てる?」

 朝の光の中、官舎の食堂できびきびと働く少女に言われて、食卓に着いたスカイは苦笑いした。

「ちゃんと食べてるのは、いつも見て知ってるだろう?」

「だからこそ、よ。昨日の夜は食べに来なかったじゃない」

「ちょっと、実験が長引いてね。途中で止める訳にもいかなかったから」

「でも、体壊して働けなくなったら、元も子もないわよ?」

 容赦なく言えるのは、家族だからだろう。少女の名はケイヴ。十七歳になったスカイの妹だ。彼女もスカイを心配してだろう、二年前にレイン村を出てきて、この官舎の食堂で働き始めたのだ。今では持ち前の可愛らしさと気の強さで、食堂を利用する兵士と士官の間で人気者になり、逆にスカイに気を揉ませるほどである。

「分かってるよ」

 優しい味の野菜煮込みを匙で掬って啜りながら、スカイが頷くと、ケイヴはすっと近づいてきて、小声で問うてきた。

「――ユテさん、まだ……?」

 ケイヴには、内密にユテを運んできたことを知らせている。スカイは、無言で小さく頷いた。何度となく繰り返してきたこの遣り取りはつらいが、一つ救われることがある。祖母や両親は、今だにユテのことを〈様〉付けで呼ぶが、ケイヴだけは、〈さん〉付けで呼ぶ。それが何だか嬉しい。

「そう……。あのね」

 更に声を潜めて、ケイヴは言う。

「あたしも、いろいろ情報を集めたり資料を読んだりしてるんだけど、昔話にもあるじゃない? 《眠れる森の美女》って。あれって、《休眠》した純血の天精族のことじゃないかと思うの」

 スカイも、その物語は聞いたことがあった。確か、森の中の城で一人眠り続ける美女に、とある騎士が口付けをしたところ、目覚めたという話だったはずだ。

「だから、ね、一回試してみたら?」

 妹に、少女らしく、やや頬を赤らめて勧められ、スカイは昨夜のことが思い出されて、自分も頬や耳が熱くなるのを感じた。夜の自分はどうかしている。ユテには例の腕輪を身に着けさせているとはいえ、日常生活の中で知らず知らず穢れを纏っている自分が、触れるべきではないと分かっているのに――。

「――もしかして、もう試したの?」

 妹に怪訝そうに訊かれて、スカイは大きく首を横に振った。

「じゃあ、やっぱり試してみるべきだと思うの」

 ケイヴは、きらきらと翠玉色の双眸を輝かせて囁く。

「何しろ、お兄ちゃんは、《加護》を貰った、特別な人なんだから……!」

 それは、それこそ雷竜一族の雷撃のような示唆だった。

(そうか。おれの体内には、大量にユテの精気がある……!)

 いつか、クロガネも指摘していた、その精気を、ユテに僅かでも返すことができれば、目覚めを誘う刺激となりはしないだろうか。

(精気の送り方なんて、分からないけど……)

 脳裏に浮かんだのは、昨夜も現れたクロガネの顔。

(あいつに教えて貰えれば)

 クロガネが二日続けて訪れたことは今までないが、あの義理堅い性格を考えれば、入隊してほしいというスカイの依頼の返事を、今晩にでも伝えに来るはずだ。スカイは、久し振りに希望の光を見た思いで、夜を待った。



 居酒屋ファイヤーで下拵えの仕事を一通り終えたクロガネは、後をヌバタマに任せ、黒い上衣を纏って外へ出た。スカイに、昨夜の返事をしなければならない。それに何より、スカイが気掛かりだった。

 前は、あれほど嬉々として呪具製作に向き合っていたというのに、今では死んだような目で、ただ仕事として呪具製作に携わっている。それでもまだ、毎日働き続けているのは、偏にユテのためだろう。

 クロガネは、高い建物の屋根から屋根へと跳び移って、帝国軍の基地へ向かいながら、首元の紅玉が嵌まった飾りを触る。

――「クロガネ、これ使ってくれよ」

 そう言って、二年前にスカイが笑顔で渡してきた呪具の首輪。お陰で、昼間でも皮膚を焼かれる心配なく外出できるようになった。

(あいつが目覚めないのは、おまえのせいじゃない)

 気に病むな、と何度も言ったが、スカイは、少しずつ少しずつ、精神的に病んできている。

(おれが、軍隊で働くことで、少しでもおまえの気が紛れるなら)

 そんなことを思いながら、官舎の庭木の枝まで来たクロガネは、そこで、目を瞠った。スカイの部屋の、いつもは閉ざされている窓が、何故か開かれている。いつもはもう少し帰りの遅いスカイの気配が、既に部屋の中にある。

(まさか、あいつ、何か思い詰めて――)

 急いで部屋の中へ跳び込んだクロガネは、あまりに静かに、自分の寝台に腰掛けている青年の姿に、一瞬、言葉を失った。窓から差し込む月光の中、まるで彫刻のように見えたのだ。

「待ってたんだ」

 既に軍服の上着を脱いでいるスカイは、柔らかな表情で言った。クロガネは一呼吸置いてから、答えた。

「返事は、入る、だ。おまえの話、受ける」

「そうか。ありがとう。凄く、嬉しい」

 どことなくぼんやりとした反応に、クロガネは眉根を寄せた。

「おれの返事を待っていたんじゃないのか?」

「いや……、待ってたんだけど、もっと別のことも教えてほしくて……」

 僅かに目を泳がせて、スカイは言う。

「精気の、送り方を教えてほしいんだ」

 クロガネは、スカイの意図を察し、そして告げた。

「それは、おれが昨夜試した。それでも、あいつは、目覚めていない」

「――え……」

 スカイは、両眼を見開いて、クロガネを凝視した。驚かせ、傷つけることは分かっていたので、できれば黙っていたかったが、嘘は吐けない。

「済まん。期待させて裏切ることはしたくないと思ったんだが、無断で勝手をしたことは詫びる」

「いや、そんな、いいよ……」

 スカイは、複雑そうに微笑んだ。

「おまえが、ユテのことも、おれのことも、ずっと心配してくれてるのは、分かってるんだ」

 穏やかに言ってから、青年はふと真剣な顔になる。

「でも、もう一回、試したい。おれの中のユテの精気を、ユテに少しでも返したいんだ」

 成るほど、とクロガネは思った。それは盲点だったが、やってみる価値はあるだろう。しかし――。

「おまえは、天精族でも、夜行族でもない。精気の扱いがそう巧くできるとは思えん」

「うん。分かってる。それでも、思いついたことは、全て試したいんだ」

 月明かりを受けた翠玉色の双眸が、真っ直ぐクロガネを見つめる。小さく溜め息をついて、クロガネは、今まで秘めてきたことを、さらりと口にした。

「おれの天精族としての通し名はマホ。忌み名はマコトノヒという」

 さすがに驚いたらしい、スカイは暫し絶句した後、慌てて言った。

「お、おまえ、何言ってるんだ! そんな大切なこと、口にするなよ!」

「何の問題もない」

 クロガネは、スカイを見つめ返して教える。

「おれを、忌み名で縛ることはできん。それは、おれにこの二つの名を与えた天精族火竜一族の奴らが証明済みだ。天精族は、忌み名で縛れるか否かで、天精族かどうかを判断する。夜行族の血が半分入ったおれに、忌み名は無意味だった。だから、おれは、天精族じゃないんだ」

「――それで、おれは夜行族だって、あんなに言い張ってたのか」

 スカイは、納得したように呟いた。そう、クロガネには、夜行族吸精一族という選択肢しかなかったのだ。

「おまえがやろうとしている五族協和は難しい」

 クロガネは、低い声で言う。

「血に因る違いや、その混ざり具合でできる差は、努力で乗り越えられるものじゃない。違いは断絶を生み、差は嫉妬を生む。おまえが幾ら努力しても、ユテに精気は返せんかもしれんし、協和は成せんかもしれん。それでも、やるのか?」

 寿命の短い真人族であっても、二十歳ならば、まだ、幾らでも人生の選びようがある。スカイ・ホールは、他の生き方を選ぶことができる。いつ目覚めるかも分からない天精族のために、一生を費やす必要などないのだ。

「やるよ」

 スカイは即答し、静かに微笑む。

「おれの生き甲斐は、ユテだから」

「――分かった」

 希望は、大きければ大きいほど、上手く行かなかった時、深い絶望へと変わる。だが、ここまで確認しておけば大丈夫だろう。

「協力する」

 クロガネは、スカイへ真っ直ぐ手を差し伸べた。ユテを目覚めさせることに。五族協和に。それは、自分もまた望むことだから。帝国軍に入ることを手始めとして、スカイの進む道を、ともに歩む――。

「ありがとう……」

 スカイは、少し湿った声で言うと、手を差し出して、クロガネの手をぎゅっと握った。その手を強く握り返し、引っ張って、クロガネはスカイを寝台から立ち上がらせる。

「来い」

 先に立って、クロガネはユテが眠る寝台へ歩み寄った。天蓋から垂れた帳を潜り、ユテの寝顔を見下ろす。呼吸のない、五感の閉ざされた、静謐な眠り。精気すら、無生物のそれのようになっている。傍らへ来たスカイへ、クロガネは説明した。

「精気は、天然に存在する万物に宿る力。生きているものにとっては、命だ。それを分け与えるやり方は、一般的には二つ。手当てと口付けだ。おまえも、精気を感じることはできるんだから、自分の体内の精気をこいつへ流すように意識するんだ」

「分かった」

 頷いて、スカイは、掛布の下へ手を差し入れ、昨夜のクロガネと同じようにユテの手を握った。夜行族は、熱感知にも優れているので、クロガネには、全てが手に取るように分かる。スカイの手から、体温がユテの体へ伝わると同時に、僅かずつ、精気が流れて移っていく。けれど、それはスカイ自身の精気であって、その体内で結界を作っているユテの精気ではない。やはり難しいのだ。

「ユテは、どうやっておまえに精気を渡したんだ?」

 問うと、スカイは少しばかり頬を赤らめて答えた。

「口付けで」

「なら、口付けで、その時の精気の流れの逆を意識するのが一番いいかもしれんな」

 クロガネが助言すると、それまでユテばかり見つめていたスカイが、困ったようにこちらを向いた。

「――ユテに穢れを与えてしまわないか、心配なんだ」

「そのための、おまえの呪具なんだろう? もっと、自分の力を信じろ」

「――分かった」

 もう一度頷くと、スカイは決意した顔で、寝台に手を着いて、ユテへと、そっと身を屈めていった。その背中を見つめながら、クロガネは精気の流れを感じる。先ほどと同じようにまずは体温が伝わり、スカイの精気が流れ込んでいき――。遅れて、金色の光のように感じられるユテの精気が、ほんの僅かだが、スカイの体内からユテの体内へと、流れていくのが分かった。

「上手くいっている」

 クロガネが小声で教えた後も、暫くの間、スカイはユテに口付けていたが、やがて静かに体を起こした。けれど、やはり、ユテは動かない。スカイから返された精気も、その冷たい体内で、少しずつ、光が萎むように、静謐な眠りへ溶け込んでいってしまう。

「――諦めるなよ?」

 つい、言わずもがなのことを口にしてしまったクロガネに、スカイは背を向けたまま答えた。

「大丈夫だよ。ユテはおれの生き甲斐――おれの人生そのものだから」

「――そうだったな」

 クロガネは相槌を打って、帳の外へ出た。ユテの顔を見下ろし続けるスカイの背中が、今夜は、もう一人にしてくれと語っている。

「……また来る」

 告げて、クロガネは月明かりが差し込む窓へ行き、庭木へと跳び移った。

「――つらいな」

 上のほうの枝に腰掛けて、少し前から待っていたヌバタマが呟いた。

「覚悟は、していただろう」

 応じてから、クロガネは問うた。

「――店のほうは?」

「急いで戻らないといけない」

 ヌバタマは抑揚に乏しい声で答え、先に枝を蹴って、店へ帰り始めた。

(心配されているのは、おれも同じか)

 微苦笑して、クロガネは少女の後を追った。



(ごめん、ありがとう、クロガネ)

 遠ざかる少年の気配を感じながら、スカイはユテの冷たい頬に触れた。穏やかな表情を湛えた、五年前から変わらない寝顔。

「おれは、おまえを諦めないから」

 静かに告げて、もう一度口付ける。できる限り、体内にあるユテの精気を返せるよう、意識する。一度では足りなくても、少しずつでも、回数を重ねれば、いつかは、ユテの目覚めに届くかもしれない――。

 自分の精気のほうを多く送り過ぎたのか、それとも溜まった疲れのせいか、頭がぼうっとしてきたので、スカイは体を起こして、寝台の端で靴を脱いだ。

「今夜は、ここで寝かせて」

 ユテに囁き、掛布の下へ入り込む。五年前のあの《大聖罰》事件の後、ヌバタマが着替えさせた白い長衣を纏ったままの華奢な体に身を寄せ、枕に一緒に頭を乗せて、端正な横顔を見つめた。

「そう言えば、おまえ、おれが大きくなってからは、いっつも寝ながら待ってたけど、おれがまだ小さい内は、何か、あの木の下に腕組みして立って、おれのこと待ってたよな。やっぱり、心配してくれてたのかな」

 多分、自分が知っている以上に、ユテは、スカイのことをずっと見てくれていたのだ。

「――おれ、おまえと話したいことが、いっぱいあるんだ」

 つい、泣き言が零れる。

「早く、目覚めてくれよ……」

 涙まで零してユテの枕を濡らさないように、スカイは固く目を閉じた。暗闇の中、疲れが、枕へ、敷布へ、体を沈み込ませていく――……。

 風が、吹いている。

 青空の下、穏やかな風が、辺りに生えた草を優しく撫ぜている。

「それで、ユテが《天災》にされたあの町はどうなった?」

 柔らかな男の声に問われて、スカイは答えた。

「壊滅は免れたけど、やっぱり被害は酷くて……。人の意見も分かれました。それ見たことか、《聖罰》が下ったって主張する人と、天精族――《竜》を討伐すべきだって言い始めた人と、それから、現場を目撃してて雷竜一族について調べ始めた人と、大きく三つの派閥に分かれて、町の復興という面では協力しながらも、互いに意見を戦わせてる状態です。しかも、その意見の隔たりは、帝国中に広がりつつあって、それに乗じて、聖教会が勢力を拡大してる始末です……。おれが幾らあちこちで言っても、聖教会を信じる人達は、雷竜一族が聖教会に属してることを信じないで、おれを異端者扱いしますし……」

「五族協和は、難しい、か」

「――でも、不可能じゃない」

 スカイは断言して、傍らに座る男の顔を見る。金茶色の髪に多く白いものが混じり、端正な顔にも多く皺を刻んだ男は、しかし、少年のような煌きを翠玉色の双眸に湛えて、スカイを見つめ返した。その眼差しに励まされ、スカイは言葉を続ける。

「実際、多くの種族間の混血の人達が、真人族と一緒に暮らしてる。おれも、クロガネやウツミ、ヌバタマと分かり合えた。雷竜一族には、まだわだかまりがあるけど、あいつらにも、きっと《混ざり者》だからこその事情があるんだと思う。五族協和は、決して不可能じゃないんです」

「協和の仕方にも、いろいろある。きみの目指す協和とは趣の異なる協和を、正しいという人々もいるかもしれない。何が正しいかは、人それぞれだから」

 穏やかに別の見解を示した男を見据え、スカイは熱い思いを込めて言った。

「個人と個人が分かり合い、交わり合う五族協和を、おれは諦めません。だって、それを実現した〈あなた〉にこそ、人々は〈困難に負けず、正しいことを成す者〉――《勇者》の尊称を贈って、二千年、語り継いできたんですから。――ミスト・レイン」

 男は、そよぐ緑の中で微笑んだ。

「ただ一人への思いは、何より強い。――ユテを、頼む」

 風が吹いている。

 少し寒い。窓が開けっ放しになっているのだ。

 目を開くと、朝の淡い光の中、額に触れる位置に、ユテの髪の先の飾り筒があった。

(クレヴァスさんと同じで、この呪具に、ミストさんの意識が宿ってたりするのかな……)

 今見た情景は、単なる夢とは思えない。ホールが父親のために、呪具に何か細工をしたのかもしれない。大いにあり得ることだ。

(だったら、いいな……)

「――そんなに端で寝ていると、風邪を引く……」

 不意に声を掛けられて、スカイはびくりと体を震わせた。懐かしい、透明な響きの声。寝台の端ぎりぎりで丸めていた体を動かし、恐る恐る、ユテのほうを見る。澄んだ瑠璃色の双眸と、目が合った。ユテが、枕に頭を乗せたまま、優しい眼差しで、スカイのほうを見ている。目覚めている。

「――ユ……!」

 声を詰まらせながら、スカイは両手を伸ばしユテに抱きついた。

「おまえ、大きくなったな」

 言いながら、ユテは、さわさわとスカイの髪を撫ぜてくれた。涙が溢れて、止まらない。ユテの肩に顔を埋め、スカイは泣いた。ユテの声を聞いた途端、ユテの瞳を見た途端、心の中に溜まっていた澱のようなものが、全て洗い流される気がした。いつもこうだ。諦めかけ、絶望しかけても、ユテのお陰で、自分は、もう一歩を踏み出せる。ユテがいるから、強くなれる。全て、ユテのために。

「ずっと、傍に、ユテ……」

 嗚咽で途切れる言葉で伝えた思いに、親友は、柔らかな声で答えた。

「それは、おれの望みでもある、スカイ」

 そのまま、ユテはただ優しく、スカイが泣き止むまで、頭や背中を撫ぜ続けてくれた。




 西大陸から、東大陸へ、果ては南大陸まで渡り歩き、二度目の五族協和を成し遂げた《勇者》スカイ・ホールの名は、忘れ去られることなく、のちの世へと語り継がれた。地老族、天精族、夜行族といった、寿命の長い種族達や、その混血達が、真人族や野生族と途切れることなく交わり、〈正しい〉行ないと、それを成した者の名を、意識して伝え続けたためである――。

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