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彩色される瑪瑙の断面ではなく

作者: 蠍座の黒猫

確かに生きていることは年輪を残す

例え年若くとも深淵へ届くころに

 不確かさを確かめようとすることは愚かであると、流布する流言に騙されてはいけない。姿なき亡霊のようなもの。仄かに燐光している八面体のフローライトのごときもの。或いは、居眠りする午後の穏やかさに潜むもの。それらの不確かさに心惹かれるのではないのですか。壮大な交響曲の残響であり、あなたの好きな作家の名作の読了後の余韻であるものに。それこそが言葉の発露。唯無作為に口走る音を言葉と呼ぶにはあまりにおこがましいのです。本当の言葉とは。あなたの耳に聞こえる人の声は、その半分以上を嘘として、そしてその半分を思い違いとして、そしてその半分を思い込みとして、そして……無限小数の果てに残るゼロでないもの。それが本当の言葉です。但し、今現在では割り切れることが美徳とされようとしていますが。

 反抗期があるとすれば、それは今この時からかも知れません。言葉への反抗期。生得の言葉への死別を通り、我らは取得します。本当の結晶となる言葉を。あなたがそれを恐れるならば、この先へは進まないことをお勧めします。この先は、もう引き返せない黄泉の旅路です。黄泉の供物を口にしたならば、振り返ることは出来ないのです。


 さて、宜しいですか。この先は先人達の血の跡を辿る道筋です。暗澹として暗く、曇天は海さえ鉛に染めるような。覚悟が出来たなら、お進み下さい。


 世は黎明を迎え、黄金が頭上に輝いたころ。今は既に去り、鈍色の重りだけが頸木として我らに与えられている。わたしたちにとって信じられる価値とは、貨幣経済の恩寵のみであるか。人皆平等であり、隣人を愛するか。

 否。愚かさこそ美徳を打ち破る槌。言葉とは挨拶を頂点とする沈殿する慮り。ならば、隣人は盗み見る姑息であり、それでこそ本来の壁。土地を区切り、私有化し、壁を作り、視界を遮り、私的会話を遮るもの。一族のために、他族を貶めることこそ美徳である。頂は己であり、他は見下ろすべきものとして競争は背を押すが、思い知るのは圧倒的輝きへの劣等感。序列は見えるように現れ、従うことが美徳として、世界を鉛色に染めていく……

 支配はこころに及ぶ。忍び寄る夕暮れのように密やかではなく、もっと直接的に。今、目の前を見渡してください。壁がありますか。或いは、言葉がありますか。或いは視線が。誰かがあなたを見ている。その誰かとは、あなたの中に住み込んんだジャミング装置。ノイズを発して、本来の響きをジャミングする者。

 さて、目を閉じて。こころを閉じて。耳を澄まして下さい。

 聴こえますか。いいえ。もっと奥で。そして、もっと小さな声で。

 それは、あなたが幼いころに聞いた声ではないですか。一人きりの部屋で遊ぶときに。きっとはっきりとしない声です。或いは歌のような。或いは絵本のような。しかし、鮮やかな音でしょう。これこそが、あなたの声です。本当のあなたの声です。誰もが己に語りかけています。それは、深い海の底から立ち昇る泡のような声。押し込められた想いから、揮発した純粋な音。紛れもなく、それはあなたの声です。そして、失われた面影たちの響きを帯びている。もしも、速やかに思う横顔があるのなら、彼の、彼女の声は、その泡の中に詰まっているのです。そっとこころの水面を静かにして、待つならば、ぷかりと弾ける泡の音を聴くでしょう。響きです。歳月を超え、仄かな温度として伝わるものとして。それは、最後の言葉ですか?それとも、引っかかり続けて外れない棘のような言葉ですか?それとも……何れにしても、それは感情という色に染められた茜です。決して夜明けではない夕暮れの金色です。あなたはあなたに従うのです。他の誰でもなく。それが自律です。決して直線的に善でなくてもいいのです。愚かであっていいのです。鈍い己をそのままに磨くのです。ダイヤモンドペーパーの2000番で鉛を磨くならば、ハンドクラフトのいい味が出るように、それなりに細かい目の言葉で己を磨くのです。さあ、準備は出来ましたか?

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― 新着の感想 ―
[一言] 言葉に抗っていくこと、自分にとっての原初に帰ること、それは革命的なようで、本当はとても穏やかで自然なことなのかもしれませんね。夕暮れの金色、というイメージがしっくり来ました。 追伸:レビュ…
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