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前編

前編ですが、もしかしたら中編もでるかもしれません。

いずれにせよ、3話以内で終わらせるつもりです。

よろしければ、おつきあいください。

 教室の中は、異様な緊張感に満ちていた。

「今日こそ頼むぜ、少年!」

「うるせえよ業平。それで失敗したらどーする」

 まだ幼い表情の一年生を、新聞局の面々が文字通り囲んでいたのだ。

「だってよ、もう今日で四日目だぜ。いい加減決着つけたいぜ、こっちもよ」

 愛用のF5を構えたままで、林業平が言った。

 真ん中の少年は、真っ青な顔でスプーンを見つめたまま、ぶるぶると小刻みに震えている。

 萩台高校二階、新聞局部室。

 一年生の鈴木少年は、今ここで、スプーン曲げに挑戦しているのである。

 事の起こりは三月の、合格発表時である。

 校内に張り出された合格者名簿の中に、鈴木道隆の名を発見したのは、物理部超常班の連中だった。鈴木道隆とは、その昔、スプーン曲げで一世を風靡した超能力少年だというのである。超常班は、とにかく一度実演してもらおうと、入学式早々の鈴木少年に頭を下げた。最初はかなり渋っていた鈴木少年も、昔さんざん嫌な思いをしたトリック云々の論争を避けるために、映写機を用意するとの約束に、ついに首を縦に振った。

 だが、実は物理部に映写機などはなく、映研に話しは行ったのだが、あっさり断られた。しかし世の中、捨てる神あれば拾う神あり。この話に乗ったのが、新聞局長の綿貫だったのだ。

 宇宙人の死体解剖といった番組を、熱心に見ているクチの彼は、超常班の溝口がうっかりともらしたその話しに飛びついた。そうして、自宅のビデオを持ち出して、見事に鈴木少年のスプーン曲げを撮影することに成功したのだった。

 しかし、それを信じない人間もいた。

 それが、同じ新聞局の林業平だった。

 校内新聞のトップに載せると言い張る綿貫に、業平はだめだと言った。

 そんな、最初っから信じているお前が撮したビデオなんぞ、当てにならん。たとえ暗闇でなくたって、お前は容易にススキと幽霊を間違える、というのが業平の主張であった。

 一理あった。

 超常現象に多大な関心がある綿貫明良は、確かに喜んでトリックに引っかかるだろう。対して業平は、幽霊もススキと見る実存主義者である。そして、確かに局長は綿貫であったが、持ち回りの編集局長は、業平の番であった。

 かくしてこのスプーン曲げの記事は、三面記事なみの扱いとなり、しかもかなり懐疑的な論評が加えられていた。

 面白くないのは鈴木少年である。

 当然の権利として、彼は新聞局に抗議してきた。

 曰く、最初の話しと違う、決して揶揄するような記事にはしないと約束したではないか。正式に謝罪を求める、と。

 約束したのは綿貫だと、いくら業平でもそこまでは言わなかった。

 それじゃあ、俺の目の前で曲げて見ろ。そうしたら、謝罪記事でも提灯記事でも書いてやらあ。

 提灯記事のなんたるかを知らなかったのか、鈴木少年は、怪訝そうな顔をしながらも、新聞局の部室でスプーンを曲げることを約束したのだった。

 そうして本日で四日目である。

 相変わらずスプーンは曲がらず、立ち会う業平も綿貫も、いい加減緊張の糸が切れかかっていた。何とかつないでいたのは、本当に真剣な表情をする鈴木少年のおかげであった。

「……だめだ……」

 たっぷり十五分は粘った末に、ついに少年は学食のカレースプーンを放り投げた。

「今日は調子が悪かったんだよ、な」

 取り繕うためか慰めるためか、明良はそう声をかけたが、鈴木少年は頭を抱えてうつむいてしまった。

 やれやれとかあーあとか呟きながら、新聞局の連中が機材を片づけ始める。

 深い深いため息をついた鈴木少年がいささか気の毒に思えたか、業平が、明良の隣に立って言い出した。

「ま、あれだ、昔は確かに曲がったのかもしれないが、今は曲がらなくなったんだろ。もう、いいだろ、これで。謝罪記事は載せねえが、インチキだとは言わねえよ。それでいいな」

 口惜しそうに、鈴木少年は業平を見上げたが、もう何も言いはしなかった。


「ああ、もう少しだったのになあ」

 いかにも残念そうな声を上げて、明良は足下の石を蹴り上げた。

「何がもう少しなんだよ。どの辺がもう少しだったのか、俺にも理解できるように説明してもらいたいものだね」

 その背中に向かって、業平はあきれた声で言った。

 鈴木少年のアフターケアを終えたところで本日の活動を終わりにして、二人は下校の途についた。

 公立萩台高校は、山の中腹を切り開いて建てられている。

 山裾の方にまばらに建つ民家は、これ全て教員住宅である。

 学校の裏の方は本当の山で、春になると、好奇心にかられた新入生が山に入り、そのまま戻って来られなくなる事故が、毎年一件は必ずあるという、冗談のような土地柄である。秋のマラソン大会はこの山で行われるのだが、まさにサバイバル、授業なもんだか軍事教練なもんだかわかったもんじゃないと言うのが、巷のうわさであった。

 学校前の坂を十分も下ると、バス停がある。しかし、裏山の道なき道を十五分ほど登って、観光道路という名の未舗装市道を三十分程度歩くと、神社の境内に出る。ここから大きな乗り換えの駅までは、ほんの五分少々である。これを、萩高の生徒は、山越えコースと呼び交わしていた。

 二人がとったのは、この山越えのコースだった。

 たぶんバスで帰るであろう鈴木少年と顔を合わせない方がいいという、明良の判断であった。

「だって、あのスプーン、すごい熱くなってたぜ。おまえ触った?」

「いいや。あんなに懸命に握りしめてりゃ、熱伝導もするだろうよ」

「そんな風に言うなよ。俺本当に見たんだってば。確かに、曲がったんだよ、この前は」

「ああ、ああ、わかったわかった」

 両手を、まさにお手上げといった形に上げて、業平はすたすたと先を急いだ。 そうして観光道路を半分ほど歩いた頃だ。

 崖側を歩いていた明良が、ぴたりとその足を止めた。

 何を考えるともなく考え込んでいた業平は、最初それに気づかず、五メートルほども行きすぎたところで、やっと明良の不在に気づいた。

「おい、どうした明良……」

「業平、あれ、何に見える?」

 追いつくのを待とうと思った友人に、逆に手招きをされて、業平は首をかしげながら戻った。

 崖と言っても正体は森。木の間から見えるのはやはり木ばかりだが、それでも山裾側なので、いくらかは見通しが利く。

 その一点を、明良は呆然といった風情で見つめ続けていた。業平が横に立っても、そこから目を離そうとしない。

「なんだよ、一体……」

 その視線を追いかけて、一点で止まる。

 それはたぶん、いや絶対に、明良が見ているだろうモノだ。

「な、なんだよ、一体……」

 あの、人に見えるモノは。

 その言葉を、かろうじて飲み込む。

 木の間に見えるそれは、まっすぐに、眠ったように横になり、長い髪を下に垂らしている。

「見てるか、おい……」

 明良の声が、かすれていた。

 返事ができず、業平はつばを飲み込んだ。

 彼らの視線の先、木の間隠れの森の中。

 そこに、まるで手品の空中浮遊のように確かに宙に浮いている、萩高の制服を着た女子がいたのである。


「おはよう」

「早いな林、おはよう」

 翌日は、実によく晴れ上がった。まさに五月晴れ、気持ちのいい朝である。

 玄関先で、クラスメートが次々と、朝の挨拶を送ってきた。それにいらいらと上の空の返事を返していた業平だったが、後ろの靴箱並びに、隣のクラスの仁科耀子を見つけてその腕をつかんだ。

「わ、なんだ、林か。どうしたの」

「ちょっとこっち来い仁科」

「なによなによ」

 そのまま腕をつかんで、階段下の空きスペースまで引っ張る。

「なによ、愛の告白? あたしはだめよ、あたしには綿貫が……」

「そういう冗談は明日にしてくれ。おまえの部に確か、タケ何とかがいただろう」

「誰?」

「ほらあの、髪の長い……」

 昨日の女子である。

 あの後、結局なにも考えることができず、明良と無言のまま帰途についた業平は、うわのそらで風呂に入っているときに、はっと気づいたことがあった。

 あの女、どこかで見たことがある。

 確かにどこかで見たことがある。

 ちゃんと躰を拭けと母親に怒鳴られながら、速攻で二階の自室に駆け戻り、三月の頭に撮影した各部の集合写真をひっくり返した。四月の、新入生の勧誘パンフ用に撮った物だ。わけのわからんクラブが群雄割拠している萩高、その数は三十を超える。

 その中の一つ、ぎりぎりの線で同好会落ちを免れている美術部に、求めた顔があった。

 取り立てて目立つ顔ではなかった。

 可愛いというよりは美人タイプだが、人目を引くほどではない。背中の中程まであるストレートの髪が、珍しいといえば珍しいくらいだ。

 拍子抜けするほど普通である。

 業平は目を凝らしてそれを見つめ続けた。

 五人しかいない美術部の集合写真、問題の女子は、サービス版のプリントの中で、5ミリほどの大きさで写っている。平素マウントを見慣れている業平にとっては充分な大きさであったが、だが、やはり自信はなかった。

 この、いくら見てもどうという事のない女子が、本当に昨日のあの女子なのか。

 いくら考えても、写真を見ただけでは半信半疑のままだ。

 その時、隣に写っている耀子に気づいた。仁科耀子は一年生の時に同じクラスだった。それに、綿貫のカノジョで、何かと話しやすい。

 仁科に聞けば、もう少し何かわかるのではないか。

 業平はそう考え、そう考えつくといても立ってもいられず、朝練の野球部よりも早く学校に行って、玄関先の靴箱で、ずっと耀子を待っていたのだった。

「髪の長いって、ああ、沙那のこと?」

「シャナ?」

「そう。竹盛沙那。違うの? 美術部で髪が長いといえば、あの子ぐらいだけど。あ、それともブラバンの方? ブラバンだったら、けっこういるよお。朔也くんを筆頭に」

 耀子は美術部の他に、吹奏楽局にも籍を置いていた。水村朔也というのは、同じ学年の有名人だ。男子のくせに、腰までの髪を三つ編みにしている。

「いや、そっちのタケモリの方。おまえ、仲良いのか?」

「うん。二年になったら同じクラスになったしね」

「じゃ、詳しいか? 一体どういう奴だ、タケモリって」

「……なによ、なんで知りたいの?」

 不審そうに、しかしにやにやと、耀子は斜に構えた視線を送ってきた。

「いや、ちょっとな。ちょっと気になる事があって……」

 どう思われたかまったく気づかず、業平は深刻な声でそう言った。

「いい子よー。成績は普通だけど、頭は良いと思う。あんまり人の知らない事、というか、考えないような事を考えてる。油絵よりは水彩の方が得意で、うちの部じゃ沙那くらいかな、水彩描くの。趣味は散歩とか、前に聞いたことがある。誕生日はねえ……、あれ、いつだったかな」

「いや、そう言う事じゃなくてよ、」

 ではどういう事を聞きたいのか。

 業平はちょっと詰まった。聞きたいのは、タケモリ某は空に浮かぶことができるのか、という事だが、一体どう聞けばいいのか。まさか単刀直入にいうわけにもいくまい。

 だがその躊躇をどうとったのか、耀子はにやりと笑って言った。

「あ、彼氏のことね。いや、いないと思う。心にそっと秘めた人まではわかんないけどね」

「ちがーう!」

 ここに至ってやっと、動機を勘違いされていることに気づいた業平は拳を握って訴えたが、もはや耀子のにやけた顔が締まることはなかった。

「まあまあ。心配しなくても、明良には黙っててあげる。硬派で売ってても林も人の子、思春期だもんねえ」

「だからちがうというのに」

「照れなくていいって。あたし、紹介してあげようか、沙那に。あんただったら安心だし」

「おまえ人の話しも聞けよ、仁科。これにはわけがあって、」

「それじゃ、どういうわけよ」

 びしっと、指をさされて、業平はうっとなった。

 確かに、それ以外のなんだと言われても、困るだけなのだ。

 不自然な沈黙が、場を支配した。

 何とも居心地が悪く、ともかくもと、業平は口を開いた。

「……つまり俺が知りたいのはだな」

「一時間目が始まるわ」

 予鈴がひびく。

 ひらひらと手を振って、仁科は勘違いしたまま、教室に向かってしまった。

「放課後にさ、部室においでよ、美術部の方。待ってるから」

 脳天気な声で、階段の上からそう言い残して。


「おい業平、お前どうかしたのか、おかしいぞ」

 四時間目が終わり昼休みとなった。今日一日、いったい何回、業平は教師に名前を呼ばれ、それをことごとく無視したことか。明良はその度にはらはらしていたが、さすがに日頃の覚えめでたい林業平、さして叱責されることもなく乗り切っていた。

 業平の背中をぽんぽんとたたいたが、反応はずいぶんと遅れた物だった。

「ああ、明良じゃないか。どうかしたのか」

「そりゃ俺が聞いてんの。お前、どうかしたの? なんか考え事か?」

「……」

 考え事といって、一つ以上のことがある物か。

 その質問にこそ驚き、業平は明良の顔をまじまじと見つめた。

「何だよ、なんかついてるのか、俺の顔に」

「……いや、べつになにも」

「変なヤツだなー」

「明良、お前何にも、気になることないのか?」

 あるいはあれは、自分だけの勘違いなのかもしれない。

 それはないと思いつつも、業平はその可能性をもう一度反芻し、明良に聞いた。今日一日、これだけを、考え続けていたのだ。が、途端に明良はぱっと顔を輝かせて、言った。

「あ、もしかして昨日のことか? いやあ、あれはすごかったな。ありゃ一体、何だったんだろうな。うちの生徒だよな。お前知ってるか、なんか、どっかで見た気はするんだよな」

 あくまでも、口調は明るい。

 業平は軽い頭痛を感じながら、応じた。

「……それがお前の感想か」

「何かあるか、ほかに」

 明良とは、棲んでる世界が違うのだ。

 改めてそれを思い出し、業平は深く深く息を吐き出した。

 超能力云々に対して、業平の態度はあくまでもトンデモ本あつかいだ。だが、明良は違う。どこまで本気なのかは計り知れないところもあるが、あくまでもスタンスは、わたし信じてます、である。

「浮いてたよな、あの女完全に。俺、マジックショーの空中浮遊は見たことあるけど、超能力関係では初めてだぜ。たいてい、インチキだしな。だけど、ありゃあ本物だったと思わないか? だいたいさ、あんなところでインチキする必要がないもんな」

「それを言うなら、あんなところで浮いてる必要はあるのかよ。あのな、あれは仁科と同じ組の女子で、竹盛沙那というんだそうだ。放課後に、引き合わせてもらう約束をした。お前、来るか?」

「当たり前だ! おおおお、放課後が待ちどうしいぜ!」

 天井を仰いで、明良が嬌声を発する。業平はそれをじいっと見つめた。

「……俺はどうして、お前と友達やってられんのかなあ」


 明良が待ちこがれ、業平が複雑な思いで到達した放課後、二人はそろって四階の美術部室に向かった。美術室の後方約五分の一を、教材入れの棚とベニヤ板で囲った空間が、対外的にはかなりの評価を得ている萩高美術部の巣窟であった。真っ黒く塗られたベニヤのドアを、下の方を軽く蹴飛ばしながら引っ張るという、特殊方法で開けて、まず明良が中に入った。

「こんちゃー」

「おや綿貫」

 乱雑な部室――というか空間で、イーゼルに掛けた30号カンバスを相手に木炭を走らせていた部長の桜井が、意外そうな顔を上げた。

「今日はまだ仁科来てねえぞ。珍しい客連れて、どうした、いったい」

 桜井の言う珍しい客というのは、もちろん業平のことだ。

「今来るだろ。待ってろって言ったのは、耀子だから。ええと、業平は知ってるか? 林業平……」

 なれない口調で、桜井に業平を紹介しかけたが、桜井は手を挙げて遮った。

「知ってる。去年の春美展の時に取材しに来てただろ」

 春期美術展覧会は、学生のみならず、プロの人たちの出展もある、大きな美術コンクールである。中学の頃からここの入選常連で、今回も第六席に入った桜井を、業平は取材していた。

「その節は、どうも」

「いやいや、どういたしまして。おれも勉強になったぜ。普通、絵ってどういう風に見られてるのかってあたりな」

 何となく険悪な雰囲気になったのは、業平に原因がある。

 萩台期待の星でもある桜井の去年の出品作は、黒と白をいっさい使わずに、原色のみで描いた自画像だった。大胆な発想と見事な色構成、そして独特の筆使いが高い評価を得たその絵の前で、業平は一言、「やったもん勝ちだなあ」と言ったのであった。

「いや、あれは、俺よく分からなかったもんで……。タケの馬とかなら、分かるんだけどな」

 同じ美術部の竹内は、とにかく馬が好きで、馬の絵しか描かない。

「で、何の用だ?」

 肩をすくめて話しを流し、桜井が明良を見上げた。

「竹盛沙那って、どんな子だ?」

「は?」

 実にはっきりと、明良が切り出した。確かに目的はそれなのだが、何となくはばかられる気分だった業平は、妙に緊張してしまった。

「竹盛、って、別に、どんな子って……。いや、普通だぜ。水彩の方が得意だけど、あんまり部活に一生懸命じゃないな。まあ、そんな奴しかうちにはいないけどな。どっちかってと、ロッカー目的に籍おいてんじゃないか」

 運動部と違って校内に部室のある文化系の部には、中に荷物を置きたいがための幽霊部員も多い。

「そんな事、仁科に聞けばいいじゃないか。仲いいぜ、二人」

「うん、今連れてきてくれるはずなんだ」

「何だよ、どういうこったよ……、はっはあ、わかったぜ。うんうん、なるほどね。そういうことか、林」

「え、おまえ知ってるのか、桜井」

 ぱっと顔を輝かせて、明良が応じた。

「そりゃあわかるさ。なるほどねえ、確かに綺麗かもなぁ。竹盛に目をつけるたあ、林もなかなか……」

「やっぱりそうなのか。竹盛って、俺もよく知らなかったんだけど」

「……いや、そうじゃないと思うぜ、明良……」

 桜井が、耀子と同じ勘違いをしていることにすぐに気づいた業平が、そう言って明良の肩を叩いたときだ。

「ごめんねー、やっぱりもう来てたねー」

 入り口のドアを派手にけっ飛ばして、耀子が入ってきた。

「やだ、明良もいるの? まあ、いつまでも隠してられることでもないもんねえ」

 まだ勘違いしてやがる……。

 だが否定するような余裕はなかった。

 耀子の後から入ってきて、ドアの上の方をがんと叩くという特殊方法で入り口を閉めた女子に、目が吸いついた。

 ちょっと茶色い、しかし天然と思われる髪色の、なるほど、綺麗といえる女子。だが目立つほどではない、見れば見るほど『普通の』女子。

 思わずごくりとつばを飲み込んだとき、それに気づいた耀子がニヤニヤしながら沙那の腕をつかんで引き寄せた。

「じゃ、紹介しよう。これが、竹盛沙那。林のご指名の子よ」

 え、なに、と言いながらちょっと吃驚したように目を見開いて、竹盛沙那が前にでた。

 こいつが、竹盛沙那。あの、女子。

 全体に色素が薄い印象の、中肉中背の、綺麗な足の。

 内気そうな表情をした、美人かもしれないが、次の瞬間には印象が薄れるだろう、女子。

「ほら沙那、挨拶して」

「挨拶って……。あの、竹盛です……」

「あ、俺、林業平……」

 これが本当に、宙に浮いてたあの女子かあ?


 普段冷静な耀子が、珍しくはしゃいだ様子で竹盛沙那について喋っていた。本人を目の前にしながら、明良も耀子に向かって、沙那についての質問を発していたため、その場はまるで外タレのインタビュー場の様相を呈していた。

 業平は、かなり醒めた目で、竹盛沙那を見つめていた。

 どう見ても、ただの女子だ。

 鈴木道隆に感じた胡散臭さの、百分の一も持ち合わせちゃいない。いや、胡散臭くないのは、それはそれでいいのだが、この、全く何も感じないというのは、目的から考えると、かなり奇妙なことである。

 業平は自分の勘というものに、多少は自信を持っている。

 目の前にいる人間が真実を語っているのかウソをついているのか、何か隠しているのかそうじゃないのか、ある程度は見抜けると、自負していた。その自分が、何も感じないのだ。これはやはり、何かの間違い、勘違い、人違いなのだ。

 大体、人間が宙に浮くわけがねえ。

 プリンセステンコーじゃないんだ、この1G下で、そんな事は……。

「なにおっかない顔してんのよ、林」

 目つきがかなり剣呑になっていた。それに気がついた耀子が、怪訝な表情で問いかけてきた。

「あんたが沙那に会いたいって言ったんでしょうが。違うの?」

「ああ、いや、まあ、そうなんだけど」

 なんと言っていいのか、頭の中も混乱していた。会いたかったのは、事実だ。昨日の夜、写真の中に宙に浮いた女を見つけてからずっと、それだけを考えていたのだ。

 だが、それがこの女なのか、業平は全く自信がなくなっていた。会いたいと思っていた女が実際にそうなのか、全然わからない。だから、会いたかった竹盛沙那とこの竹盛沙那が同じ人物か、もう、混乱の極みであった。

「俺たちな、実は聞きたいことがあるんだ」

 しかし、実にすっきりとした表情で、明良は言った。宙に浮いたのがこの竹盛沙那であったと、きっと全く疑っていないのだろう。どうやって浮いていたのか、すでに明良の関心はそれしかないのだ。

 そんな単純な明良に先を超されるのかとむっとした業平は、明良の胸を手で押してそれを止めた。

「あんたさ、昨日、裏山で宙に浮いてたろ」

 ただただ、明良に先を超されたくないだけだった。

 絶望的なやけくその気分、そう表現するしかない気分で、業平は言った。授業中ずっと、もっと上手くやろうと考えていたはずだ。だがそんな物は、すべて飛び散っていた。

「横に、寝たみたいになったままさ」

 耀子が、そしてにやにやしながら座っていた桜井が、かなり怪訝な顔で業平を見つめた。

「ちょっと、なにいってんの、林」

「いや、つまりさ、耀子、」

「どういう事?」

 そして明良が耀子に説明をはじめた時だった。

 竹盛沙那はちょっと肩をすくめると、あっさりと、言った。

「なんだ、見てたの」

 と。


 どこをどうやって帰り着いたのか、業平は覚えていなかった。

 はっと気づいた時には、自室の机の椅子に座って目の前のゴクウのイラストを見つめていたのだ。

 小学校入学の年に、ばあちゃんが買ってくれたコクヨの学習机である。高校三年にもなってドラゴンボールでもあるまいという気はしていたが、スタンドのついている上置きは、慣れてしまうと外せない利便性があった。

「ああ、そんな事を考えている場合じゃないだろう」

 自分で自分に活を入れて、業平は頭を抱え込んだ。

 そうなのだ。

 考えるべきなのはドラゴンボールではなくて、竹盛沙那である。

 なんだ、見てたの。

 あの言葉は、はっきり肯定である。つまり竹盛沙那は、自分は宙に浮いたと、空を飛んでいたと、認めたのである。

 業平としては、知りたかったことを知ることができたのだから、何も悩むことはないはずである。

 しかし事はバイトの時給とは次元が違うのだ。知りたいことを知れて、よかった良かった、というわけにはいかないではないか。

「とにかく、あれが竹盛で、宙に浮いてたことははっきりしたわけだ」

 はっきりしても、何もできることはない。

 大体、俺はそれを知って、どうしようと思ってたんだ?

 宙に浮いていた。

 うむ、そうか。

 それで、それからあとは?

「あとも何もあるかよ。人間が、宙に浮いたんだぞ、宙に!」

 もう理論だったことはなんにも考えられない。

 まるで宙に横たわるがごとく浮いていた沙那と、きょとんとした沙那と、なんだ見てたの、の沙那と。それがぐるぐると頭の中を駆けめぐり、めまいを感じてきた。

「業平ー、電話よー、明良くんー」

 いい潮だった。

 母親が階下からそう叫ぶ声がした。

「わ、わかった、いまいく!」

 慌てて立ち上がり、すべり落ちん早さで階段を下って、業平は茶の間のカーボナイトの黒電話を取った。

「はい、もしもし、俺だ」

『あ、おれおれ。お前どうしたの? いきなり帰っちまって』

「いきなり帰った?」

 なにしろ業平には、どうやって帰ってきたのかの記憶はない。

「俺、一人で帰ってきたのか」

『何をとぼけたことを……。結局竹盛のこと全然わかんなかったよな。お前いきなりあんな事言い出すんだもんだから、耀子怒ってたぜ。なんのつもりだって』

「は?」

 明良の言っていることが、今ひとつよくわからない。

 どうやら自分は、竹盛沙那の返事を聞いたあと、いきなり帰ってしまったらしい。しかし明良の言い方では、竹盛はまるで、何も返事をしていないかのようではないか。あんなにはっきりと、自分の疑問に答えていたというのに。

「わからなかったって、明良、竹盛沙那ははっきり言ったじゃないか、なんだ、見てたの、って」

『何言ってんだよ、竹盛は吃驚してただけだぜ。だいたいお前さ、あんな単刀直入な聞き方して、相手が素直に答えると思うか? 事が事だぜ』

「待て待て待て、ちょっと、待て」

 頭が混乱してくる。

 竹盛は、確かに答えたはずだ。なんだ、見てたの、と。はっきりと肯定の返事を、まるでなんでもない当たり前なことを聞かれたように。コンビニで雑誌を買うところを見られていたかのように。

 囁いたわけではない。

 業平の側で言ったわけでもない。

 あの場で、普通の声量で、言ったはずだ。

「違うのか?」

『お前、なんか幻聴聞いたんじゃないの。そんな事、竹盛は、ひとっことも、言っとりません』

「……」

『当たり前だろう? 耀子はともかくさ、お前とか俺とか、そうだ、桜井だっていたじゃねえかよ。あんなところで誰が認めんだよ。だって、空飛んでたかって、そう聞いたんだぜお前は。早い話が』

「って……」

『まあ耀子も竹盛も、俺が何とか取りなしたから。明日にでももう一回会おう。そうだ、お前桜井にも礼いっとけよ。一緒になだめてくれたんだからな、怒れる耀子を。もしもし? 聞いてんのか? 業平?』

 聞いちゃいなかった。

 今時探しても見つからないであろう黒電話の受話器を耳に当てたまま、明良の声は鼓膜の表面を滑るのみで、脳に届いてはいなかった。

 確かに言ったのだ。

 竹盛は、確かに言ったのだ。なんだ、見てたの、と。

 幻聴なんかじゃない。

 だが、だんだんに業平は、確信を持てなくなっていた。

 しかし次の日、放課後になるのを待ちかねたように教室のドアを開けたのは、業平でも明良でもなく、なんと沙那だった。

「林くん、いる?」

 教科書をまとめていた業平は、その声を信じられない思いで聞いた。まさか、竹盛本人が自分を訪ねてくるとは、考えてもいなかったのである。

「ちょっと待って」

 後ろドアの近くにいた男子が、業平を呼んだ。

「いま行く!」

 あせって叫び、クラスメートが「おお」と感嘆を上げる早さでその前に立った。

「……そんなに慌てなくても……。林くんだっけ」

 竹盛沙那は吃驚した顔でそう呟くように言うと、耳元に顔を寄せ、囁いた。

「あんたに、話しがあるの。あんたもあたしに話しがあるはずよね。今日、これから、ちょっと付き合ってくれない?」

「なに……?」

 信じられない思いで、竹盛沙那の顔を見る。昨日の、内気そうな表情を浮かべた沙那ではなく、それはあっさりと認めた、あの沙那だった。

「別にどっか引き込もうってわけじゃないから、安心して。あんたも、はっきりさせたいでしょ、あの事を」

 どのみち、業平に断る道はなかった。面と向かってそう言われて、まさか逃げ出すわけにも行かない。

 胡散臭い感じはかなり漂っていたが、それこそ、求めていた雰囲気ともいえる。

 業平は腹を決めて、言った。

「……そっちからそう出てくれると、話しも早いぜ。わかった、付き合おう」「それじゃあ、裏門の前で」

「五分で行く」

 不敵な笑みを返して、沙那はきびすを返した。それを見送り、小さく息を吐いて教室に振り返った業平は、男子どもの注視に迎えられる事になる。

「な、なんだ?」

「なんだじゃねーよ林。おっまえ、いつの間に竹盛と親しくなったんだよ」

「どこが親しいんだよ、どこが!」

「十分親しげだったじゃねえか。お前気ぃつけろよ。竹盛狙ってた奴はけっこう多いからな。特に放送局の香山。あと二年の一杉だろ、四組の佐々木、それからオレじゃ、ばかやろう!!」

 にやにやと取り囲んでくる級友たちをかき分けて、業平は鞄を取った。

「そんないい話しじゃねーんだよ川端。どけ」

「じゃあどんな話しよ」

 だがもちろんそれに答えるわけはない。業平は、にたりと嫌みに笑うと、一言いった。

「ひ・み・つ」

 ばかやろーてめえふくろにしてやるもどってきやがれえ、という川端の怒声を応援に、業平は裏門へ向かったのだった。


 公立萩台高校に、裏門という物はない。大体、表門すらないのである、裏門のあろうはずがない。

 だが、生徒の間で裏門と称される物はあった。

 それが今、業平が立っている、立派な桜の木であった。

 校舎の裏側、ちょうど格技場の裏手に生えた二本の桜の木は、位置取りといい、大きさといい、まさに門柱の風格があったのだ。ずいぶん昔は、ここから桜の群生があったらしいが、観光道路を通すためにだいぶ切り倒されたという。もっとも、すぐに切り立った崖となる地形では、群生とやらも知れているであろう。

 竹盛沙那があらわれたのは、業平がそこに立って一呼吸おいた頃だった。

「待ったあ?」

「いいや、今来たところだ……って、おまえ! なんでそんなににこやかなんだ!」

 語尾にハートマークでも付いているかのような明るい声に、かなりの違和感を感じて業平は怒鳴った。この会見は、そういう物ではないはずだ。

「そんな、怒鳴んなくてもいいじゃない。それじゃあ、行こうか」

「どこに行くんだ」

「黙ってついてきて。そうじゃなきゃ、あたし一言も喋んないからね」

「う……」

 そう言われれば、弱い。

 仕方なく、業平はその後について歩き出した。

 裏門を出て、崖を大回りするように細い小道を通っていくと、やがて獣道のような坂があらわれる。ここを登り切ると、観光道路に出ることができた。沙那は、躊躇なくそのコースをたどり、観光道路に出るまでの約一五分間、全くの無言で歩きとおした。そこを行けば、いずれ沙那が浮いていた、ように見えた場所にたどり着く。

 なるほど、現場で話そうという気か。

 合点がいき、業平は少し緊張を解いた。

 もしも山の中、いきなり森の中に走られでもしたら、追いかけるのは至難の業である。そんな事はしないだろうと思いつつも、業平は警戒していたのである。

「……あんたがあたしを見たのって、そこね」

 やがて例の地点で沙那は立ち止まり、まさにその地点を指さした。

 実際なんて言えばいいのかと迷っていた業平は、その言葉に救われた思いで口を開いた。

「そうだ。俺と明良と、二人で見た。それじゃおまえ、宙に浮いていたこと、認めるんだな」

「それは昨日も言ったじゃないの。あーあ、あたしもドジったなあ。まさか人が見てるとは、思いもしなかった」

 まるでぺろりと、舌でも出しそうな軽い口調である。

 自分の思いとのかなりのギャップに混乱しながら、業平は何とか、一番聞きたいことを言い出した。

「い、一体、どうして、いや、どうやって浮いていたんだ?」

「どうしてって、」

 その問いに沙那は、やはりあくまでも軽い口調で、しかしとんでもない事を言いだしたのだ。

「だって、あたし、魔女だもの」


 意識を取り戻すまで、ややしばらくかかったと思う。

 失神したわけではもちろんないが、しかし頭の中が、まさに真っ白になったのだ。業平は、もう自分ではわからない時間の後で、やっと一言を絞り出した。

「まじょ?」

 そして頭に血が上った。

「お前自分は魔女だって言うのか? 適当なことを言うんじゃない! 魔女だと? そんな事で納得いくか!!」

「そうよ、魔女。何でそんなに驚くの? だってあんた、あたし浮いてんの見たんでしょ? それで、どうしてだか知りたかったんでしょ? 何だったらよかったのよ。何だったら納得したわけ?」

 今にもくすくす笑いだしそうな軽やかな声で、沙那は歌うように言う。

「あんたが否定した超能力者? あらあら、魔女はだめでも、超能力なら納得するの? おかしいわねえ、それにいったい、どんな意味があるわけ?」

「う……」

「あんたの舌触りがいいようには、世の中できちゃいないのよ。あんたが信じられなくても、やっぱり地球は動いてるんだし、そこの石は宙に浮くのよ」

 と言って、なにやら一言二言を囁き、沙那が指さした、その、先の石が。

「……!」

 まさに、彼女の言葉どおり、宙に浮き始めたのである。

 ゆらゆらしたとか、ほんの数センチとか、そんなケチな話しではない。ゆっくりとではあるが間違えなく、直径四センチほどの玄武岩は、身長百七十二センチの業平の目の前を横切り、すーっと、沙那の差しだす手のひらの上に納まったのだ。

 もう、何も言葉になるはずがない。これをどう考えるのかとか、何か仕掛けがとか、そういう理性は、超自然現象の前には吹っ飛んでしまうのだ。

 ヒトの本能が、ひれ伏してしまうのである。

「あんまり人にご披露するものでもないんだけれど。でも、浮いてるところを見られちゃったんじゃあ、しかたないわ。これで、納得した?」

 何をどう納得しろというのか。

 何も納得なんぞ、できるわけがない。

 だが沙那は、もう当然の事のように業平の横に立ち、にっこりと笑ってその顔をのぞき込んだ。おっかなびっくり、動物園の大蛇を、毒はないから大丈夫と差し出されたかのような表情で、業平は見つめかえした。

「あなたのご要望には、お答えしたつもりよ。だから今度は、あたしの要望に、応えてもらうわ」

 うなずくしかない。

 なにしろ相手は、直径四センチもの石を、思いのままに操る怪物なのだ。

 いったい何を要求するつもりなのか。

 精神的にはかなり追いつめられた業平は、しかしこの後、これまでを上回る衝撃に襲われることになった。

 まさに、獲物を見つけた猫科の目つきで業平をとらえた沙那は、赤い舌をちらりとのぞかせて、言ったのだ。

「あたしと、つき合って」


 まんじりとともしないで朝を迎え、母親の怒号も全く聞こえず、自動プログラムに沿った行動をとっただけの登校を、業平は実行した。友達がおはようといえばおはようと答え、起立といえば立ち上がる。教師が当てればしかるべき答えを述べ、礼と言われれば頭を下げた。

 そんな調子で一日を過ごし、放課後。

「業平、おまえ変だぞ、今日」

「英語ん時に時制変化を聞かれて、ありおりはべりいまそかりって答えたの、覚えてっか?」

「スガワラ、目ぇむいてたぜ。おまえじゃなきゃ間違えなく叩かれてたな」

 心配した友達に回りを囲まれて、額に手など当てられた。

「熱はねえな」

「おーい、きこえてるかー」

「戻ってこーいミズシマー」

 しかし芳しい反応は全くない。川端が、肩をすくめてこめかみのあたりを人さし指で軽くたたいたとき、教室の後ろのドアが軽やかに開き、竹盛沙那が現れた。

「林くん、いる?」

「うわああああああああ!!」

 まさに、化け物にあった反応。

 業平は椅子をひっくり返して立ち上がり、そのまま後ずさるという真似までしでかしていた。

「……しっつれいねえ……。今日ね、あたし、耀子と映画見に行く予定なのね、で、綿貫くんも行くっていうから、林くんも行こ?」

 にっこりと、沙那は微笑む。

 業平の回りを囲んだ男子は、ねたましげな視線で睨めつけ、言った。

「業平、てめーなあ、竹盛さんに、そういう態度はねえだろ」

「すまないねえ竹盛さん、今そっち行かせますから」

「ほら立てよ裏切り者」

 川端がつま先で業平の背中をつつく。

「やめろ、おまえらにはわからないんだ、あの女はな、」

 しかし何を説明すればよいのか。思わず口ごもったそのすきに、業平はみんなに押しやられてしまった。

「ほい、よろしくね」

「あ、はい」

 まるでかわいらしくほほえむ紗那は、業平にとっては恐怖刺激以外の何物でもない。

 どうしてこうなってしまったのだ。

 映画館で4人横並びな自分を、ひとり冷水を浴びせられ続けている気分で認識しながら、業平はひたすらそれだけを呟いていた。

 どうしてこうなってしまったのだ。

 どうしてこうなってしまったのだ。

「どうしてこうなってしまったんだ」

 あはははと、画面に向かって無責任に笑う親友を、そしてどうしても視線の端に入ってしまう沙那を、業平は絶望的な気持ちで見やるのだった。


 しかしそれから、何か変わったことが起きることはなかったのだ。

 あいかわらず、竹森沙那は業平を、いわゆるダブルデートに誘い続け、否やもなく業平は従い、季節は移ろうとしていた。

 同じお化け屋敷で、二度は驚かないように、人は恐怖刺激に慣れていく。

 そうして業平も、沙那に慣れはじめ、二人きりでも自分を保つことができるようになってきたある日、鈴木少年が、再チャレンジを申し入れてきたのである。



 

    

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