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孤独の空間 ~白宮弥生~ 3話


――夢を見てた。永く苦しい夢。過去の記憶。

何度も忘れたいと思った記憶。

繰り返されるように続く夢。


こっちに来てからは見る事がなかった夢。

忘れたと思っていた。……吹っ切れたと思ってた。


思い当たる節があるとすれば――昨日。彼女、浅木ゆうなとの関係を持ったからだろう。


朝からすごく気分が悪かった。

体調はすこぶる快調だったが、問題は精神面。

深くまで抉られたような感触にはとても不快感があった。


朝食を摂るいつもの動作さえも覚束ない。

昔はよくあった事だが、久しぶりの感覚にどこか懐かしさを覚える――不快感の方が強かったが。


いつもよりもかなり早い時間だったが、

家にいてもやる事がなかったので早めに学園へ向かう事にした。


「これで……よし」

鏡を見て跳ねていた髪の毛を直した。


特に誰かと会うという事ではないが、身だしなみを整えるのは忘れたことは無い。

身だしなみが汚いと、自分自身がなんとなく落ち着かない。


準備を終え、リビングに飾られている写真に挨拶し学園へ向かう。

――それが私、白宮弥生のいつも通りの一日の流れだった。


「行ってくるね――クロ」



外は雨が振っていた。

大降りではなかったが、傘を差さないとずぶ濡れになるくらいには降っていた。

水溜りに気を付けながら、いつもの通学路を歩く。


――雨は、好きだ。孤独の寂しさを掻き消してくれる。

一定のリズムで変わる事のない雨音は癒しの音だった。




学園に着き、少し濡れてしまったスカートをタオルで拭きながら教室に入る。

教室に入ると、何人かのクラスメイト達が談笑していた。


その中には、浅木さんがいた。

そんな様子を観察していると、浅木さんと目が合った。


「おはよう、白宮さん!今日は早いね」

浅木さんが笑顔で挨拶をしてくる。


「……おはよう」

ぎこちない挨拶をし、自分の席に鞄を掛ける。

浅木さんは再びクラスメイトと談笑していた。


……。

自分の席に座ると、いつもとは違う何かを感じた。

孤独、一人ぼっち。そんな感情。


知り合いがいる上で、教室で一人ぼっちだと余計に孤独を感じてしまった。

今までもずっと一人だったが、

浅木ゆうなという"知り合い"ができてしまった事によって、

私は言葉では言い表せない孤独を感じてしまう。


――ここには居たくなかった。

今までは、教室か屋上で本を読んで時間を潰していた。

しかし雨で屋上は使えない。

……ならばしょうがない。図書室へ行くことにしよう。

普段あまり立ち寄らない場所だが、それでも"ここ"よりはいいはず、と考えた。



昼は勉強熱心な生徒で埋め尽くされている図書室だが、

朝の図書室とても静かだった。

こんな早い時間に来たのは初めてだから知らなかった。

意外な穴場を見つけた事に、私は少し喜びを覚えた。


図書委員らしき人が忙しそうに図書館を駆け回っていたが、特に気になる程でもない。

彼女達は仕事をしているだけであって、他人と交流をしているわけではない。

そんな事にもどこか安心感を感じた。


私は、窓際の一番端の席に座り、家から持ってきた本を開く。



数ページ読み進めていたところで、頬に何か柔らかい感触が当たった。


「白宮さん、何読んでるの?」

何者かが、後ろから私の両頬に手を当てながら言った。

私の事を『白宮さん』と呼ぶ人物は一人しか思い当たらない。


「……浅木さん?」

「うん、私だよー」


「……何か用?」

「白宮さんとお話したかったんだけど、出て行っちゃったから追いかけてみた」


「別に話す事なんて……ないでしょ」

「ほら、昨日の帰りみたいにさ、お話したいなって……」


「ごめん。私、そんな気分じゃないの」


朝の件もあるからか少しきつく当たってしまう。

――浅木さんは何も悪くない。そんな事は分かっている。

私はただ、八つ当たりをしているだけだった。


「……確かに図書室だからねー、じゃあ私も本読む!」


自分の中では追い払ったつもりだった。

……しかし彼女は予想外の行動に出た。


浅木さんはどこか立ち去ったかと思ったが、一つの本を持って帰ってきた。

そして、私の隣の席に腰掛ける。


「その本……何?」


彼女が持ってきた本は、ピンク色を基調とした本、表紙には二人のキャラクターが描かれていた。

そしてA4ノートくらいの大きさだろうか。

嫌でも目が付く

……というよりも図書室にこんなファンシーな本が置いてあったのか、そう思ってしまった。


「これ?これはねぇ……絵本だよ!」

「え……絵本?」


少なくても私達の年齢で、見る本ではない事がわかった。


「今ネットで話題なんだよ?とある国の平民が、王国のお姫様に恋をするお話。

やがて相思相愛になった二人は、立場上絶対に結ばれない事を知ってしまう。

二人は、一緒に逃げる事を決意するの。

けれども平民は、お姫様と逃げる前に命を落としてしまう。

――そんな悲恋のお話なんだけどね、今すごく評価されてるの」


「……」

――記憶が、また繋がってしまった。

これは偶然なんだろうか。多分偶然じゃない。運命かもしれない。


「その本、見終わったら私にも見せてくれない……?」

「え?うん、いいよ」


朝のHRまで時間がなかったため、その本を借りることにした。

……ちなみに借りる時はかなり恥ずかしかった。

教室で読む勇気もない。――見た目がとにかくファンシーすぎるのだ。





昼休みのチャイムが鳴った。

いつも通り菓子パンを持ち、屋上へ向かう。


まだ外では雨が降っていたので、屋上は使えない。

雨が降っている日は、屋上へ続く扉にある踊り場で食べている。

狭い空間ではあったが、誰も来ないので構わない。むしろそこを重視している。

雨が降った日は、代ヶ木君もここには来ない。




「白宮さん」


突然、後ろから話しかけられて驚いた。体が跳ねるほど驚いた。

それもそのはずだった。ずっと一人だと思っていた場所に他者の侵入。


正しくは、代ヶ木君がいたのだが、お互いに何も話さないし関わりが一切ないため、

彼という『存在』をもはや認識していなかった。


訪れた人物は検討が付く。――彼女以外ありえない。


「今度は何の用なの。……浅木さん」

私は、彼女に背中越しにそう言った。


「お昼一緒に食べないかなーって……」

「もう付いてこないで……私に話しかけないで」


一人になりたかった。

今朝の"夢"や教室での出来事で私の心は疲れきっていた。


――独りになりたかった。誰かと関わる事で孤独を味わいたくない。

誰かと関わって、親密になって……そして、必ず来る別れ。


夢――いや、過去の記憶でわかっていた。

思い知らされた。忘れていた。誰かと関わる事の"意味"を――。


素直に他者と関われる事を喜んでしまった自分もいた。変わりたいと願っていた。

過去の自分(シロ)と、今の白宮弥生(じぶん)……矛盾する想い。心は不安定だった。


トラウマは簡単には切り離せない。

(クロ)を失った事で、私の全ては崩壊していた。


何をするにも生気を失い、感情が表に出なくなった。

全ての物事がどうでもよかった。……どうでもよくなった。

クロのいない日常に意味など見出せない。


変わらない、何も変わらないクロのいない日常の崩壊を望んでいた。




屋上のドアを開け、外に出ると勢いよくドアを閉める。

雨が降っていたが、濡れようが最早どうでもよかった。

私はドアノブを手で固定し、開かないようにした。


「白宮さん!白宮さん!!」

浅木さんが私の名を呼びながら、ドアを叩く。


「……帰って」

その一言しか告げなかった。


「どうしたの……何があったの……」

「……」


「白宮さん、今朝からつらそうな顔してた……」

「……大切な人を失ったの……何よりも大切。自分の命よりも」


一呼吸置くとそう言った。こんな事を突然言われれば大抵の人は困るだろう。

彼女を困らせる――というよりも帰らせるためにそう言った。


「……私もね、小さい頃にお母さん亡くしてるんだ」


びくっと身体が震えた。雨に濡れた寒さからじゃない。

浅木さんの――その返答に。


「物心付く前だったけどね。家で一人で過ごす事も多くて、

転校が多かった私は友達もいなくて、一人でいることが多かったの」


……。


浅木さんが一人でいることが全く想像できなかった。

彼女はいつも誰かに囲まれている姿しか思い浮かばない。


「一人は嫌だった。寂しかった。誰かに嫌われるのが怖かった。

だから私は人と繋がろうと、取り繕っていた。

表面上の友達は沢山できたよ。でも本音を話せる友達はいなかった。

……辛かった。本当は誰かに甘えたかった」


――彼女には絶対、私の気持ちはわからないと思ってた。

悩みなんて無縁な存在だと思ってた。

それだけ、彼女は笑顔に溢れてた。幸せそうだった。


「苦しい……つらい。生きてる意味を考えた。

一人だとそんな事ばかり考えてた。……白宮さんなら、まだ間に合うから。

だから、試しに私でよかったら頼ってみて。一度でいいから試してみて。

それでも……それでもどうしても他人が受け入れないなら、私を恨んでいいから」


彼女の心の声が聞こえた。何も知らなかった。彼女がどんな想いで私に接してきたのか。

様々な想いを抱えながら、無意識にドアノブを握る手を緩めた。


そして浅木さんはゆっくりと、優しい手つきでドアが開く。


「浅木さん、私……」

「話は後で、ね。とりあえず体拭かないと」


浅木さんに保健室に連れて行かれた。

保健室に向かう途中で会話は一切なかった。

浅木さんは私を逃がさない様にするためか、

別の意味があったのかもしれないがずっと手を握ってくれた。


――温かかった。体温以上の温かさ。浅木さんの強い想いを感じ取れた。



保健室で浅木さんにタオルで頭を拭かれる。


「風邪引いちゃうからね。夏場といえど濡れたままじゃダメだよ」

「……どうして、どうしてそこまでしてくれるの」


わからなかった。彼女には冷たくしてきた。

嫌われてもおかしくなかった。……嫌われるように仕向けたつもりだった。

それなのになぜ……ここまでしてくれるの。



「私に似てたから……かな。放っておけなかったの。

時々、みんなを眺める寂しそうな目。気丈に振舞っていた頃の私と同じ。

でもね、私には救ってくれた人がいた。……すごく嬉しかった。


『自分のままでいていい』って言われて、心が軽くなった。

昨日の白宮さんの"笑顔"、素敵だったから。

あなたの本心に少しだけ、触れられた気がしたの。

今度は私が――あなたを救ってあげたい」




「私と白宮さんはもう――『友達だから』」




ふと彼の声が聞こえた気がした。浅木さんとクロの声が重なった気がした。

それがきっかけになり、一筋の涙が私の頬を伝わった。

そこからの決壊は早かった。


「わたし……くろに……お別れいえなかった……っ」

「もう……失うのが……こわいの……」


浅木さんは、何も言わずに私を抱きしめた。

私が泣き止むまで抱きしめてくれた。

両親の前でさえ、甘えた事や泣いた事などなかった。

――人の優しさに触れたのは、クロを除けば初めてだった。


たくさん泣いた。何年も溜め込んでいたものが一気に溢れ出た。





「授業……さぼっちゃったね」

気付けば昼休みと午後の授業は終了していた。


「私、カバン持ってくるね。……今度はいなくなっちゃだめだからね!」

浅木さんは小走りで保健室を出て行った。


……多分、一人で考える時間をくれたんだと思う。

浅木さんが帰るまでの間、考えた。

泣く事で気持ちが落ち着いていた。今なら冷静な判断が下せる。





「お待たせ、……白宮さん?」

窓から外を見る私に、浅木さんは不思議そうに見つめた。


「外……晴れたね」

今の私の気持ちを表しているかのように晴れ渡っていた。

彼の事は忘れる事はできそうにないが、気持ちはかなり楽になった。

これからは自分とちゃんと向き合える。そんな気がする。


自分自身の事は信じられなくても、浅木さんを信じてみよう。

雨上がり、綺麗に架かる虹にそう決意した。


「じゃ、帰ろうか白宮さん!」

「……うん」


「いやー晴れてよかったね」

浅木さんは手を広げながらそう言った。


彼女の制服の裾を軽く引っ張った。


「あの……ありがと、ね」

「いいよいいよ、気にしないで!」

浅木さんはいつもの笑顔に戻っていた。


「それと……ね、私の事、名前で……弥生って呼んで……」

私は勇気を出して彼女に言ってみた。


本で読んだ事がある。親しい間柄になりたいなら、

お互い名前やあだ名で呼ぶ、と。



突然こんな事を言われたからか、浅木さんは驚いていた。

でも、すぐに太陽の様な笑顔を私に向けた。


「わかった!……弥生。えへへ、なんか照れちゃうねこういうの」

「ありがとう。……ゆうな」


いつか私も彼女のように笑えるだろうか。

その日が来たら今の想いはどう変わっているだろうか。


そしていつかは、彼女の……ゆうなの優しさに報いたい。


――私には、笑顔は作れない。

今できる精一杯の感情を彼女に向けよう――向けてみよう。

それが、これからどう繋がっていくかわからない。

それでも、それでも変えてみたい。

この日常を。つまらなくて変わらない、私の日常を変えてみたい。



――心からそう願った。

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