願う少女 ~浅木ゆうな~ 2話
ゆうなは父の転勤で中学の頃に鐘鳴市に引っ越してきた。
転勤が多く、友達を作ってもすぐに別れてしまうゆうなは、次第に塞ぎ込みな性格になっていた。
ゆうな自身もこの性格自覚していたし、治そうと努力しようとしていた。
いつもの転勤――引越し、別れ。
このままではダメだと思い、新しい中学校に入る事を機に、
『暗くていつも独りの自分』を捨て、
『明るくて優しい自分』という仮面をつけることに決めた。
彼女は幼いながらも良く出来ていたと思う。
昔から周りの状況を判断する、観察眼に長けていたのだった。
結果としては、ゆうなには友達がいっぱいできた。
常に笑顔を心掛けて、何を行うにしても相手の顔色を伺って行動していた。
――それは自我が、ないものだった。
"自分"を捨てた結果、上辺だけの友達がたくさんできた。
だがそれは、本心をさらけ出して話し合える友達などいないことも示している。
少しずつ疲労とストレスが溜まっていくのが、近しい者であれば感じ取る事ができたはずだ。
しかし、上辺だけの友達は彼女の本心を知らない。
誰一人もして彼女に気をかける者はいなかった。
そんな中、"彼"に出会った。
同じクラスだった"彼"は上辺だけの笑顔を向ける彼女に対し、
拒否反応を示していた。実直な性格な"彼"らしい理由だった。
"彼"――桜庭流斗は彼女に問いかけた。
「なんでいつもそんな顔してんだ?」
ゆうなは一瞬焦った。――顔に出ないようにすぐにいつもの作り笑顔を彼に向けた。
「えっと……桜庭くんだよね?ごめんね、何の事かな?」
ゆうなはすぐに平静を保とうとしたが、彼の真っ直ぐな瞳に見つめられて動揺してしまった。
「何をそんなに無理してんだ?」
彼に言われてさらにゆうなは動揺してしまった。
――初めてだった。父以外の人物にここまで言われたのは。
友達が多くなかったゆうなにとって彼以上に踏み込んで来た人物は他にいなかった。
だからこそ、口では彼のその一言を否定していても、彼女自身の心は惑わせなかった。
ふと、彼女の瞳から一粒の涙が零れた。
それが引き金となり、ゆうなは今まで溜まってたものを吐き出すように泣いた。ひたすら泣き続けた。
子供の頃から大人ぶっていても、彼女はまだ子供だった。
そんな彼女を泣き終わるまで何も言わずに見守ってくれたのが、流斗。
ゆうなの心を救ったのは正確には流斗とその友達だが、
ゆうなに取っては流斗こそが救いだった。
彼女はずっと自分が自分でいれる場所を求めていた。
彼の『そのままでお前でいいんじゃないか?自分を偽るなよ』
という言葉がゆうなが一番欲しい言葉だった。
自分が自分のままで生きていいと肯定されることがどんなに嬉しかったか……簡単には表現できないだろう。
そして、ゆうなは自分自身が気付かぬまま、彼に"初恋"をしていた。
その後、少しずつ流斗達と過ごす日が増えていった。
最初こそぎこちなかったが、ゆうながクセで愛想笑いや他人の顔色を伺ったりすると、
流斗はすぐにあの日くれた『言葉』を何度も繰り返してくれた。
何度も――何度も彼らと関わっていくうちに自分が変わっていくのがわかった。
まずは自然に笑えるようになること、そして心を許しなんでも話せる友達ができたこと――。
楽しくて新鮮な毎日。
これも全部全部流斗がくれたかけがえのない時間。
何度感謝しても足りないだろう。
私は学園から帰宅後、今日の事を思い出しベッドに顔を埋めた。
転校生……白宮弥生、そして桜庭流斗。
彼らのことが、一日中頭の中から離れなかった。
授業中、何度も考えた。このもやもやが何なのか。
何度も何度も色んな可能性を信じ、結論を付けては自分を納得させていた。
でも本当はすぐにわかってた――いつも流斗の傍にいた自分は心の内ではわかってた。
気づかないフリをしてただけだ。
ううん、認めたくなかっただけ。
流斗が初めて彼女を見る目、だってそれは私と同じだったから。
一目惚れだった―― 私が初めて流斗に出会った日と同じ。
私が流斗にずっと向けていた想い。
それはたぶん"恋"なのだろう。
誰よりも流斗を知る彼女だからこそ分かってしまう。
だからこそ気付きたくなかった。気付かない方がよかった。
だってそれは自分の"恋"の終わりを示すと分かっていたから。
「あーあ……終わっちゃったなぁ、私の恋……」
「全然私の事見てくれないんだもん……これでも結構頑張ってきたんだけどな……」
浅木ゆうなは、流斗に振り向いてもらえるように精一杯の努力を重ねていた。
最新のファッション、流斗が好きだと言っていた髪型。
毎日の美容から、一緒に志望した高校、果てには生き方さえ流斗のために生きてきたと言っても過言ではない。
それでも彼が向ける自分への視線はいつだって、一番信用できる"幼馴染"、或いは親友だろう。
きっとこれからも変わる事はない。誰よりも彼の事を知っているのは間違いなく自分なのだから。
彼に告白する?――そんなのは結果は見えている。
流斗を困らせてしまうだけ。それだけではなく、
今までの穏やかな日常は確実に壊れてしまう。
どうしようもない不条理で覆せない状況――
彼女は自分の"失恋"をひしひしと感じ取り、一晩中泣いた。涙が枯れるほど泣いた。
気が付いたら、朝を迎えていた。
夜飯を作る事すら忘れ泣いていた私に、父は一切責めることをせず、風邪を引かないようにと
布団をかけてくれていた。
涙で濡れ腫らした目を拭き、キッチンへ向かう。
いくら辛くても、悲しくても今日という一日は来る。
娘が自分から相談するまでは一切その事は触れずに、いつも通りの笑顔をくれる。
それが父の精一杯の優しさであり、強さだった。
私は覚悟を決める事にした。
私は流斗を応援することにした。彼に恩返しがしたかった。
流斗に恩返しがしたい、なんて言ったら流斗は怒るだろう。
彼にとっては当たり前の事をしただけなのだから。
それでも彼に救ってもらった。彼に人生を救われた。
だから今度は私が彼の助けになりたかった。
流斗がそれを"恋"だと気付いた日には全力で応援したいと思う。
私達はもう子供ではない。ふとした出来事で、
今までのような関係はもう築けなくなる日も来るだろう。
壊れてしまった日々は取り戻せない。
きっとこの日々はいつか壊れてしまう。それはきっと避けられない。
私はその日が来ても、いつまでも流斗の味方であり続けると誓った。
そして、私はいつもと"変わらない"場所、
彼がくれた、"変わらない"自然な笑顔で彼に挨拶をする。
「おはよう、流斗!」
私はこの穏やかな毎日が少しでも続くのを願い、
いつもと同じ一日を彼と共に迎えていく。
ゆうなの物語は機会があれば、また書きたいと思っています。
しばらくは別視点の話を書いていくと思います・・・