願う少女 ~浅木ゆうな~ 1話
変わらない毎日、平穏な空間。
いつまでもこんな日々が続けばと願い続ける少女がいた。
これは私、"浅木ゆうな"のとある一日を描いた物語だ。
私は、浅木ゆうな(アサギ ユウナ)。
私立鐘鳴学園に通っているごく普通の女の子。
私の一日は自分と父親の朝食作りから始まる。
母は物心がつく前に亡くなっており、ずっと父の手で育てられてきた。
幼い頃から父親である浅木裕二、そしてその娘である私の二人暮らしをしている。
父は仕事と家事を両立しながら行っていたのだが、
仕事に追われる父を見るうちに、私が家事を手伝うようになっていた。
最初は覚束なく失敗する事が多かったが、
今では、ほぼ全ての家事は私が受け持っているほど成長することができた。
裕二が新聞を開きながら、ゆうなに話しかける。
「ゆうな、今日は帰り遅いから夜ご飯は食べておいてくれ。」
父の仕事の関係上、こういう事はよくある。
「うん、わかった。夜ご飯ラップしておくから温めて食べてね。」
私は、いつも通りの慣れた返事をする。
浅木家では、テレビなどを点けずに食卓を囲う。
基本的には近況報告や雑談などを行いながら、食事を行っている。
朝食は、たった二人きりの家族で唯一ゆっくり会話できる場であった。
私はこんな他愛のない、家族の会話が昔から大好きだった。
ゆうなには反抗期はなかった。
反抗しようにも、父が仕事で忙しく、殆ど家に居なかったためもあるが、
男手一つで育ててくれた恩を忘れるほど彼女の頭は悪くない。
むしろ、父親の事をずっと尊敬していたからこそ、反抗期がなかったと言えるだろう。
「じゃあ、いってきます!」
玄関のドアを開けて、眩しい朝日に目を細めながら、私はいつもの待ち合わせ場所に向かう。
家から少し歩いたところで、一人の少女が立っていた。
見た目は完全に外国人だろうか――少なくともこの辺りでは見かけた事のない子だった。
だが私との共通点はあった。彼女は私と同じ制服――鐘鳴学園の制服だった。
彼女が私に気づくと、近付いてきた。
「鐘鳴学園の生徒さん、ですよね……失礼ですが、学園はどちらにありますか?」
と丁寧に私に尋ねてきた。
「え、えーと、そこに自販機あるよね、そこを左に曲がってそのまま道沿いに進めば着くよ。」
急な問いかけに困りながらも私は答えた。
「ありがとうございます。」
彼女は一礼をし、小走りで駆けて行った。
「びっくりしたぁ。でもすごい美人さんだったな……」
私はそんな事を考えながら、いつもの待ち合わせ場所に向かうことにした。
待ち合わせ場所である、駄菓子屋前に着くと一人の少年が立っていた。
私は少年の姿を確認すると、小走りで近寄る。
「ごめんね、待った?」
いつもならば私が先に着くのだが、今日は珍しく少年の方が早かった。
私は毎日、この少年と待ち合わせをして学園へ通っている。
少年の名は――桜庭流斗。
中学の頃に出会ってから、いつも一緒にいるかけがえのない友達だ。
流斗と私の家は近く、中学時代も一緒に登校する事が多かった。
二人きりで過ごせる時間は僅かだったが、その時間が毎日の楽しみでもあった。
学園に近づくと少しずつ見知った顔、いつも一緒にいるグループのメンバーと合流していく。
そんな中である情報が私の元に入ってくる。
『転校生がうちのクラスに編入してくる。』
学園に着き、自分のクラスに向かうと
転校生が来るという情報は既にクラス中に広まっていた。
私は学園に来る間に、考えていた。
――たぶんあの時の女の子だろう。あの子に間違いない。と。
「じゃあ、入って。」
担任である、高見健がそう言うと、
1人の少女が教室に入ってきた。
やっぱりあの時の女の子で間違いなかった。
綺麗な薄紫色の入った白髪、整った顔立ち、小柄な体型、そして青い瞳。
間違えるはずもなかった。今朝出会ったあの子に間違いない。
そう確信し、私は隣の席にいる流斗に視線を向ける。
「ねえ流斗、あの子……」
言葉の途中で私は止めてしまう。
理由は簡単だった。流斗の意識が完全に彼女に向いていた。
私はこの感覚に覚えがあったからこそ、かける言葉がない事に気付く。
歩く姿一つ取っても彼女はどこか育ちの良さを感じる。
そうして彼女は黒板の前に立ち口を開いた。
「初めまして、白宮弥生と申します。本日から宜しくお願いします。」
そう言って礼儀正しくお辞儀をした。
無難で何も特徴のない挨拶だったが、私は見惚れてしまっていた。もちろん恋愛的な意味ではない。
素材そのものの違い、絶対的な人種の差と言うべきであろうか。目の前の少女は明らかに住む世界が違っていた。
女の私ですら見惚れてしまったのだ。
もちろん男子は単純な生き物。――その後は先生が止めたりしたが、隣のクラスから苦情が出るほど騒がしくなるのであった。
私はその状況に半分呆れながら、流斗に話かけようとしたが、やめた。
先ほどの流斗の"目"を思い出してしまい、流斗を直視することができなかった。
"浅木ゆうな"は、世間一般で言う『可愛い』の部類に入るのだ。
流斗と出会ってから、毎日自分を磨くこと欠かさずしている。それでいて何もしていなくても、元々が『可愛い』。
それこそ誰かと付き合ったことすらないが、それなりに告白はされている。
しかし、全ての告白にゆうなは断り続けた。
ゆうなにはずっと一途に想い続けてた人がいた。
その人物はゆうなの隣にいる――流斗だ。