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僕は未来に見られてる。  作者: トロンボーン裕一
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9話「僕は逃げてばかりだ」

 ケイジくんの言った、『どんな手を使ってでも』という言葉の意味をようやく理解した僕。しかし、これにはサヨも困惑していた。

 一着となって帰ってきた直後、サヨとケイジくんが、棒立ちする僕の元にやってきた。


「さ、さすがに冗談きつすぎるでしょ……ねっ、ユウヤくん」


 ここで嘘がつけたらどんなに楽だっただろうか。事実、僕はまだサヨのことが好きなわけであって……諦めきれたわけではなかった。そんな僕に対し嫌悪感を露にしていたのは、誰よりもまず、僕だったのだ。

 俯いて目をそらすことしかできなかった僕に対し、ケイジくんは言った。


「俺は……一学期のころから空井ミキを見てた。そして、あいつがユウヤのことを気になっていると知ってから、ユウヤのどこに、空井ミキを惹くだけの魅力があったのか……知りたかったからずっと見てた。でも、そんな特別なものは見つからなかった」


 ケイジくんの言葉は本当だろう。説得力が不思議とある声の落ち着きだった。


「でもその代わりにわかったんだよ。ユウヤは、水野サヨのことをずっと気にかけていたことに……」


 そう、僕のことをずっと見ていたからこそ、彼は僕の想い人について知ることができたのだろう。空井さんですら気づかなかった……僕の想い人を。


「しかし……空井さんも、そこまでしっかり見ていないってことは、大してユウヤのことを好きってわけではなかったんだろうな。何か長期的な目的でもあったんじゃないか?」


 ケイジくんはその整った顔を僕に向けて苦笑を見せた。僕はただただ俯いていた。ここで一番大きな声を上げたのは、ケイジくんに手を掴まれていたサヨだった。


「さっきから聞いてたけど、ケイジくんユウヤくんに対してサイテーすぎ! 何よ『空井さんが惚れるような魅力ない』って! あんたにはわかんなくてもね、私やミキちゃんやカホちゃんやタイシはわかんの! ユウヤくんの良い所がッ! それに、ミキちゃんだってそんなこと百も承知で告白した可能性だってあるじゃん! ケイジくんはユウヤくんだけじゃなくて、ミキちゃんの心まで雑に扱って……結局“ミキちゃんに惚れてる自分”のことが好きなだけじゃない!!」


 僕よりも真剣に、ケイジくんに対して怒っている。こうして他人のために怒れるところとか、凄く好きなんだ。


「……話が逸れてんだよ」


 ケイジは冷静にサヨの言葉を返す。


「……最低よ。人の心散々もてあそんどいて……」


 違う。違うんだサヨ。最低なのはケイジくんじゃない。サヨのことを好きだと思いながらも、空井さんからの告白を断り切れなかった僕も悪いんだ。悪いんだよ……。


「……最低なのは、僕の方なんだよ」


 そう。最低なのは僕。一番悪いのは僕。そうすれば、誰も悪くないじゃないか。これで、丸く収まるじゃないか……。



――あなたはそうやってすぐ自分のせいにしてる。全部自分で背負い込んで。あなたの悪い所よ。


 誰かに言われたことがある気がした。聞き覚えのある声が、確かに――僕の脳内に直接語り掛けてくる。記憶? 追憶? 否、僕はこんな言葉、言われたことが無い。

 遠くなる意識を必死に引き戻そうと苦悩する。そう、この場面は、僕が逃げてはいけない場面だなんだ。僕自身が立ち向かって、解決しなければいけない問題のはずなんだ。


「……ちょっと、話の中心人物が一人、蚊帳の外にされてない?」


 また聞き覚えのある言葉が一つ、聞こえてきた。


「私の気持ちが雑に扱われてる――サヨの言う通りね。ねっ、ケイジくん」


 この現状を打ち破るように現れたのは、話の渦中の人物、空井ミキ。逃げてはいけない場面だとわかっていた僕だったが――脳内に囁き続けるさっきの言葉や、この前に見た夢の内容が、脳内をぐるぐるとめぐり続けて――ぐるぐるぐるぐるぐるぐる……………




 また逃げてしまった。目が覚めたら保健室。養護教員はまたあきれ顔で僕に言ってきた。


「千田くん……あなた日光に弱いキャラが定着してきているわよ」

「……そう、なんですかね?」


 冗談っぽく笑ってみたが、張り付いた笑顔しか作れなかった。


「……僕が倒れるとき、必ず誰かに囁かれるような感覚があるんです」

「ごめん、それはここじゃ診れないわ」


 養護教員の先生は、また呆れた顔で僕にそう言った。張り付いた笑顔のままごめんなさいと謝り、僕はふて寝した。


「せっかくの体育祭で倒れちゃうなんて、あなたも運がないわね」

「いえ……むしろ悪運はある方なのかな」


 ただ僕は、一番運を使ってほしくないところではあった、と思っている。こうやって、何かを選ぶとき、僕は絶対に誰も傷つけない方法を選ぶ。でもそれは、結局みんなを傷つける方法になりかねない。今日になって初めて……そう思うのだった。





 僕が結局復帰したのは、最後のクラス対抗リレーのときだけだった。サヨからバトンを受け取り、ぶっちぎりの1位でゴールしたケイジくんを見ていた僕。隣から空井さんの声がして僕は申し訳ない気持ちがあふれ出た。


「良かった。大丈夫だった? すごく唸ってたけど……」

「ああ、うん……」

「ユウヤくんってほんとに熱中症になりがちだね」


 空井さんがさっきの話題を振ってこないのは優しさからだろうか、それとも単純に僕になんか興味がなくなっただけなのだろうか。


「……僕は逃げてばかりだね」


 俯くと、僕の影が薄くなっていくのがわかった。雲が太陽を隠しているのだろう。晴天も、いつのまにか薄い雲が覆いつくしていた。


「そんなことないよ。追い詰められてもちゃんと何らかの道を選んでる。立派だよ」


 薄い雲の隙間から、太陽の光がこぼれた。その瞬間に視線を奪われたとき――僕のすぐ横にまで空井さんが来ていた。


「ごめん。ユウヤくんはちゃんと真剣に考えてくれてたのに、私ったら……ユウヤくんの気持ちを考えずに自分の気持ちばかりぶつけるばかりだった。これじゃあケイジくんと同じだよね……」


 頭を下げる空井さん。その澄んだ瞳が少し濡れていた。


「そ、そんなこと無いって……俺だって嬉しかったし……」

「いいよ……。ありがとう。やっぱりユウヤくんは……誰も傷つけたくない、優しい人だね」


 違う。違うんだよ。僕が優しいのは間違いなんだ。でも、誰も傷つけたくない、優しくありたいとしているのは、ただ……ただ……。僕のせいで誰かが苦しむ姿を見たくない、僕が誰かに嫌われたり、誰かの苦悩を生んだりするのが嫌なだけなんだよ。



「空井さん……」


 僕が口を開いたとき、空井さんはかわいいと言われる顔を僕にまっすぐ向けてきた。


「……こんな僕を好きになってくれてありがとう。でも……」


 僕は息を整えた。


「僕じゃやっぱり君の気持ちに“まだ”答えられないんだと思う」


 彼女はただ黙ってうなずいていた。


「もっと、君に……まっすぐ向き合えるようになってから、また……向き合えるようになったら、僕が君のこと、本当に好きだと思えるようになったら……」

「うん……」


 彼女の表情は見えない。ただ、たどたどしい僕の言葉に対しても、黙ってうなずいているのだけがわかった。


「……また僕から、好きだって言わせてもらえないかな……だから……」


 だから……


「空井さんの恋人には、なれないよ」


 もうちょっとだけ、待っていてほしい。


「中途半端な態度で、ずるずるひきずってしまってごめん」

「……」


 僕の言葉に、彼女はただただ黙っていた。普段しゃべらない僕が、一方的にしゃべっている。


「……君のこと傷つけたくないからってことをいいことに、僕は決断から逃げてばかりだった。でも、君の言葉のおかげで、こうして自分の気持ちに正直になれた部分はある。ほんとにありがとう。僕のこと、好きだって言ってくれたのは、多分、空井さんだけだったから、本当にうれしかった」


 これで良い。これが、誰も傷つけないはずなんだ。空井さんはただただ俯くばかりだった。苦しいのは今だけなんだ。この先は、もっと傷つかなくて済むはずだから……。


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