8話「来て」
文化祭のような楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。ただ、いつもと違ったのは、めちゃくちゃかわいい女の子と、模擬店を回ったことくらいかな――と、空井さんと帰路をたどりながら思案していると、また分かれ道に辿り着いた。
「楽しかったよ……ユウヤくん」
「うん」
「また、こうやって……遊びたいね」
クラス1の美少女でなくても、頬を朱く染めた女の子が言ってくれるのであればやはり嬉しい。恋愛経験に乏しい僕は、そんなくだらないことを考えながら、「そうだね」と答えて別れた。
「ばいばい!」
笑いながら手を振る彼女。僕はそれに笑って返した。そして、明日は体育祭。しかし僕は憂鬱だった。何故なら、帰り際、ケイジくんからこんなことを言われたからである。
『明日の体育祭、覚えてろよ』
それは、敵意むき出しの宣戦布告と言うより、僕をライバルと認めたからこその挑発とも取れ、言われたこと自体は嬉しかったのだが、いかんせん僕には運動センスというものがない。身体能力も抜群なケイジくんとは雲泥の差ってやつである。
片や体育祭に限らず、部活動でもヒーロー。片や部活にすら参加せず、日々をただ無為に過ごしていただけの凡人。去年の体育祭の思い出なんて、借り物競争で『好きな人』のくじを引いて連れて行こうとした同じクラスの女子に拒否され、大恥をかいたことくらいだ。
「はあ……。でも今年は、そんな心配もいらないか」
珍しく独り言を言った僕。これは、僕自身に言い聞かせるためもある。今年はタイシやカホやサヨと同じクラスになって、みんなと友達になった。ケイジくんも一年のときは全くかかわりがなかったのに、今はこうして普通に話す仲になった。というか、空井さんに告白されたあの日から、僕のクラスでの立ち位置は少しずつ変わり始めていた。――去年よりは、楽しい体育祭になるかな。
僕は淡い期待を抱きながら、家へと入っていくのだった。
そして体育祭の日がやってきた。空は雲一つない晴天。日差しが強い中でも、外は微風が吹いていて陰にいると十分涼しい、そんな気候。
「体育祭だなあ」
「……よっしゃあガンバローゼ!」
この学校の体育会系は俄然盛り上がっている。それは、うちのクラスも例外ではなかった。
「よっしゃ、頑張るぞ!!」
サヨはバドミントン部の自称エースらしい。空井ミキともそれがきっかけで仲が良いんだとか。盛り上がる彼女に同調するクラスメイト。こうやってみんなと一致団結して頑張れるところも彼女の良い所……
「ほら、何ぼーっとしてんの! ユウヤくんも、ほら!」
「お、おー!!」
彼女にとって、一緒に頑張るというのは僕も例外じゃないらしい。去年に比べると随分とやりにくくて、居心地のいい体育祭になったもんだ。
今日僕が出る競技は、借り物競争だけ。昨日、僕に宣戦布告してきたケイジくんはクラス対抗リレーと、スウェーデンリレーに出るらしい。
「それじゃ、借り物競争に出る方は集まってください!!」
係りの人の呼ぶ声に、僕は重い腰を上げて向かった。その隣には、タイシがいる。
「今年もやってきたな。話題の人やモノを持ってこさせる、借り物競争。去年は『好きな人』を引き当てて赤っ恥をかいたユウヤなわけだけど……」
「その話はもうやめてくれないかな……」
無粋なタイシの言葉を、右耳から左耳へと流しつつ苦笑した僕の顔を察してか、タイシは話題を変えた。
「あっ、なんか……ケイジがヤスと借り物代わったらしい。何でかな」
「……へえ」
ケイジくんは借り物になんて出なくたって、大活躍できる場がいっぱいあるのに――
僕は彼の行動の意図を読み取ることがまだできていなかった。
「……よっ」
僕とタイシの元に、ケイジくんがやってきた。
「何でヤスと借り物代わったんだ?」
そういえばタイシはケイジくんのことを敵視していたっけ。タイシは眼光を鋭くしてケイジくんの方を見た。
「いや、ヤスが体調悪かったらしいから代わってやった。不満でもあるか?」
「い、いや……」
タイシもこれには何にも言い返せない。
「なんか良からぬこと企んでるんだったら、ユウヤが許さねえぞ! 空井さんは渡さねえからな!!」
お前が言うのかよ、と僕もケイジくんもあきれ顔をしていた。
「ふん……俺はもうすでにその件に関してはユウヤに宣戦布告ってやつをしてんだよ。お前には関係ねえな」
「な、なに……」
むきになるタイシを押しのけ、僕の前に立つケイジくん。
「どんな手使ってでも振り向かせてやる。見てろよ」
「空井さんに言ってくれよ……」
ちょっとだけ、雲行きが怪しくなっていた。
「それでは、三末高校体育祭、借り物競争の始まりです!!」
僕は第一走者として走ることになっていた。僕らは蒼組。B組は毎年蒼組になるという決まりなのだ。去年よりは楽な気持ちでスタートラインに立つことができた。
「よーい、スタート!」
一斉に走り出す三人。他のクラスの二年生は、普通に足が速い。僕は足で数歩出遅れてお題の紙を開いた。
「……自分のクラスの一番運動神経が良い女子?」
真っ先に思いついたのは、サヨ。うん。自称バドミントン部のエースらしいし、動きは身軽だし、球技は全体的に得意ってカホも言ってたような。
お題に従って、僕はサヨの元に行き、声をかけた。
「自分のクラスの一番運動神経が良い女子、だってさ。来て」
「おっけ!」
体育祭ガチ勢のサヨは乗り気で僕の手をぎゅっと握った。僕の顔が赤く染まったのは、言うまでもない。
「ほら、遅れてんだから急いで!」
「ああ、うん!」
情けない話、足取りの軽いサヨの足を引っ張る形で二着ゴールした。
「全く……。昨日から浮かれてるからそうなるんだよ」
「情けないね……はは」
「ふふっ、でも私のおかげで2位だね! ありがとうユウヤくんッ!」
朗らかな笑顔でハイタッチを求めるサヨ。そのふるまいから何からかわいいと感じてしまうのは、単純に僕が女子と触れ合う機会が少ないからとかそんなんではないことだけはわかっていた。
「着順は……紅組のA組、蒼組のB組、黄組のC組ッ! 第二走者の注目は、急遽出場、ビビコン最優秀賞の超イケメン、B組の門谷ケイジ君だッ!」
僕らがゴールした横で、歓声を受けているのはケイジくん。彼はサッカー部のエース。歓声など慣れているらしい。
「それでは、よーい、スタート!」
ピストルの音と同時に走り出す走者三人。ケイジくんはやはり頭一つとびぬけて速い。すぐさまお題の紙をめくる。
「……」
お題の紙を見て、にやりと笑うケイジくんの顔が見えた。まさか――。
そんなケイジくんだったが、走る方向は、空井さんのいる蒼組ベンチではなく――ゴール直後の僕とサヨのいるところ。
「水野サヨ……。来て」
「えっ、また私?」
お題は何だろう、と僕ら二人が思ったところで、ケイジは口を開いた。
「同じ色の第一走者の、好きな人」
完全な不意打ちだった。僕の口がぽかんと開くよりも早く、状況が理解できていないサヨを連れて、ケイジくんは走り出した。
「ちょっ……どういうこと? ユウヤくんの好きな人って……」
「……空井さんじゃない。お前だよ」
困惑するサヨに、ケイジはとうとう言ってしまった。そのまま一着でゴールテープを切る二人。呆然と立ち尽くしている僕がいた。さきほど怪しくなっていた雲は、いつのまにか青空の半分くらいを占めているのだった。ケイジくんの不敵な笑み――
そうか、そういうことだったのか……。――どんな手を使ってでも。こういうことだとは、まさか夢にも思わなかったな……。




