7話「バカなこと言わないでよ」
文化祭は思ったよりも盛況だった。二日目以降の、一般公開した中での模擬店。シンプルなカフェということもあって、落ち着いた客が多かったが、ビビコン最優秀賞を飾った二人を客寄せに使った宣伝効果もあり、模擬店の接客業は忙しかった。
「レギュラーコーヒー二つです」
「はぁい」
祖父の家が喫茶店であるカホは、昔からちょくちょく手伝いをしていたらしく、慣れた手つきでお湯を注ぐ。
「はい、落ち着いて運んでね」
「おけ」
クラスメイトたちの手際もよく、全く問題が無いといった様子だったが、僕の心の中は、問題ありまくりだった。
――本気で奪ってもいいか?
そう、ケイジくんの心の本音を知ってしまった僕。空井さんの僕に対する好意に疑心暗鬼になってしまっていることもあってか、もうどうとでもなれと言った自棄が、僕の心身を埋め尽くしていた。僕みたいな男が――と、みんなはせいぜい僕を見下すかもしれない。でも、どう考えても、ケイジ君と空井さんの方がお似合いだし、誰も損をしないはずだし、丸く収まるはずで……
「――ヤ、ユウヤ!」
大声に反応して僕は肩を縦に揺らす。
「……あっ、タイシ」
「交代の時間だろ。回って来いよ、空井さんと」
「あ、ああ……ありがとう……」
彼なりの気遣いだったが、僕にはそれがおせっかいに感じた。でも、少し僕には休憩と言うものが必要なのかもしれない。彼の言うことに、素直に従うことにした。
客寄せをしている空井さんに声をかけ、模擬店を回らないか、と誘うことにした僕。普通なら、こんなにカワイイ女子高生と文化祭の模擬店を回るなんて、できないんだろうな、と僕は考えつつも、もっと複雑な思考が、その奥を占めていた。
見つけた。カフェの店員のようなスーツみたいな服装に、ちょっとメイドっぽいエプロンが非常に似合っている。やっぱり彼女は、見栄えが良い。
「あっ、ユウヤくん」
「お、おす……」
先に彼女が僕を見つけ、声をかけてきたので僕は少しペースがつかめない。
「交代の時間? 一緒に回ろっか」
今日の晴天よりもまぶしい笑顔で言うものだから、僕は無言で首を縦に振った。
「へえ、かき氷って全部同じ味なんだあ」
まだ暑いので、僕らはかき氷を販売している模擬店へと向かって、イチゴ味とレモン味を一つずつ購入したところで、僕のくだらない雑学にも親身に耳を傾けてくれる彼女と、僕はベンチで座りながらかき氷を食べていた。僕は暑さのせいで溶けたかき氷のシロップ味に染まった水を、ストローでずっと飲み続けていた。
「そうだよ。鼻つまんでごらん」
「ん? こう?」
鼻声は悔しいくらいにカワイイ。そのまま自分の持っていたイチゴ味のかき氷を食べる空井さん。
「ん、味あんまりわかんない。ただただ甘いよ。あっ、レモン味ちょうだい」
そういって僕の持っていたストローを奪い取るように右手に持ち、底に溜まっていた溶けた氷とシロップが混ざった甘い液体を吸う。
「んー。確かに味変わんないね」
狙っていたのか違うのか、僕が先ほどまで吸っていたストローを彼女は抵抗なく口にくわえるものだから、僕は次の一口を始めづらい。と、そんな戸惑う僕の様子に気付いたわけでもない彼女は、僕の持っていたレモン味と、自分の持っていたイチゴ味を交換した。
「ユウヤくんもやってみなよ」
「あ、ああ……うん」
付き合っているわけでもないのに、デートをしていることが不思議でならなかった。あくまで友達として接しているはずなのに、なんだか夢のようで――――
「空井さん」
僕と空井さんが二人でいるところに、空井さん“だけ”を呼ぶ声。声の主は、僕もよく知っている彼だった。
「あっ……ケイジくん」
ケイジくんを見た瞬間、空井さんの朗らかだった顔が少し険しくなった。眉尻を下げる僕の顔を一瞥して、彼女は立ち上がった。
「……何?」
「一緒に模擬店回らねえか?」
イケメンは、僕のことなど眼中にないらしい。特別憎いという感情は湧いて出てこなかったが、なんだか切なかった。
「見てわからない? 私、ユウヤくんと一緒にいるんだけど」
「好きでもないのに、か?」
僕の胸が一瞬止まったかのような気がした。目の前の美男美女二人は、お互いの顔をじっと見つめたまま動かない。僕だけが蚊帳の外にいるような感じもしたが、確かに2人の絶妙に緊張した息遣いだけは聞こえてきていた。
「……バカなこと言わないでよ」
表情一つ変えないで、彼女は言った。僕の前では一度も見せたことのない顔だ。仲裁に入るべきなのか迷う僕が口を開こうとする前に、ケイジ君は言い返した。
「ユウヤに失礼なんじゃねえの? 自分隠して相手のことばっかり調べて、何がしたいんだ?」
「……」
この質問には、彼女も沈黙を貫いていた。そして、僕が一番気になる話題でもあったため、僕も口を挟もうとするのをやめていた。
「ユウヤは、空井さんのこと全く知らないし、告白されてどうしたらいいかわからないながらも、友達から始めるって、お前のこともっと知っていきたいって、興味はあるんだって、言ってくれてるってのに。空井さんにはそういうのが感じられないんだよ。だったら、俺が相手でもいいじゃねえかって……」
ケイジくんの口ぶりから察するのに、彼は別に、僕のことを憎んでいるわけでも、振り向いてくれない空井さんの様子にイライラしているわけでもない。ただ、空井さんが僕を好きでいる理由が理解できず、それなら自分と付き合ってくれてもいいじゃないか、という半ば子どものようなエゴを押し付けているようにすら感じられた。自分に自信があるからこそできる考えだな、と僕は少し嫉妬した。
「違うの……ケイジくんじゃないの。私はもう……ユウヤくんって決めてるの!」
空井さんが珍しく大きな声を出した。おとなしい立ち居振る舞いからは、少し想像できない様子に、僕もケイジくんも困惑している。
「ごめんユウヤくん……いこ」
僕の手を引いてベンチから去ろうとする空井さん。でも、このまま僕が黙っているままでいいとは思えなかった。僕の思っていることを、ここでちゃんと言わなきゃ、そう思った。
「……空井さん」
僕の呼び止める声に、彼女は気づいているのだろうが、早くケイジくんから離れたい一心で足を緩めない。
「……僕は、そこまで空井さんに想われるほどの人間なのかな――って思ってるんだ」
僕の最低なこの言葉に、空井さんは足を止めた。
「……んで……何で」
空井さんは明らかに取り乱している。いつものお淑やかな様子とは違うことは冴えない僕にでも容易に察しがついた。
「何で誰も私の気持ちをわかってくれないの……? ねえ……」
うん。僕は空井さんの好意を遠回しに否定した。でも――
「いや、僕は……君の気持ちがわからないわけじゃない。納得ができないだけだよ。だから……君に相応しい男になりたい。そのために、君のことをもっと知りたいだけなんだよ……。君が僕を好きになった経緯を、理由を、過程を……。こんな僕で良いって、君が思った理由が知りたいだけなんだ」
「……ユウヤくん」
僕の言葉に彼女は振り返り、僕の顔を見た。初めて空井さんが僕の顔を見てくれた気がする。
「んじゃあ……。全面戦争……だな」
少し離れた場所に立っていたイケメンは、腰に手を当て呆れながら言った。
「取り合いになるな。俺が圧倒的に不利だけど」
「どうかな……傍から見たら僕が不利なんじゃない?」
ケイジくんは、やっと僕に初めて、宣戦布告をしてくれた。僕も初めて、彼の気持ちを理解できた気がする。そして、僕の気持ちも――――




