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僕は未来に見られてる。  作者: トロンボーン裕一
6/22

6話「奪ってもいいか?」

『私を殺して』

いつの日にか見た夢の中で、空井ミキそっくりの女性が言った言葉だ。結局僕は、あそこで、どうしたんだっけ――――


「ん?」


 視界が暗い。そうか、僕は意識を失っていたんだ。すぐさま目を開けて、身体を起こすと、そこは保健室だった。


「あっ、目ェ覚めたかよ」

「良かった……」

「大丈夫ユウヤくん?」


 保健室のベッドに横たわっていた僕の様子を見にきていたのであろうタイシ、カホ、サヨの三人がカーテンを開け、声をかけてきた。僕の体を起こす音に反応したのだろう。


「軽い熱中症だったかな? 9月になったとは言ったってまだまだ暑いんだから、体調管理しっかりしなさいよ」


 養護教員が少し胸をなでおろしたかの様子で僕に言ってきた。先生も心配してくれていたのだろう。なんだか申し訳ない。そんな中、いつものメンツの中に、一人普段見慣れない空井さんも一緒にいるのが確認できた。


「あっ、ユウヤくん……大丈夫だった?」


 目が合った瞬間に僕のことを心配する言葉をかけてくれた空井さん。右手にはスポーツドリンクが握られていた。僕は「大丈夫だよ」と答えると、彼女から手渡されたスポーツドリンクを受け取った。


「……カホちゃんから聞いた。頑張りすぎないでね」

「ああ、うん」


 さっき見た夢――そういえば、あの声も、空井さんそっくりだったなあ。



「早く戻るよ。あんたのおかげでせっかく作業進んでたのに、また間に合わなさそうな感じになっちゃうでしょ!」


 カホが目覚めたばかりの僕の腕を強引に引っ張り、再び教室に連れ戻した。



 再び教室で作業を始める僕ら。今度はしっかりとタイシも手伝ってくれていたが、先ほどとは打って変わって、タイシは無口になっていた。僕を熱中症で倒れさせてしまうほど忙しくさせてしまったことを申し訳なく感じているのであれば複雑ではるが――


「タイシ元気ないじゃん。どうした?」

「えっ? そうか……?」


 取り繕った様子を見せたタイシだったが、僕にはわかる。


「だって、おかしいもん」

「そうか……」


 僕の疑う様子に観念したのか、タイシは厚紙を切る手をそのままに、周りを見渡しながら、話し始めた。


「……実はさ。さっき教室にいなかったの、空井さんに呼ばれてたからでさ」

「ああ、うん。それで何してた?」


 元気がないのは、向こうで手伝わされたことがよっぽど大変だったんだろう。そう思った僕だったが――


「実は、空井さんには口止めされてんだよ」

「え?」

「でも、お前にだから……お前だから話そうと思う」


「……空井さんが……、お前の情報を凄く欲してた。好きなものは何か、好きなアイドルはいるのかとか。趣味とか、タイプとか、色々」

「……はあ」


 タイシは嬉しそうな顔をして話していた。僕は複雑な気分だ。何故なら、どうして直接聞いてこないのだ、と。


「全く、空井さんはシャイでかわいいな畜生! お前に取られたのが悔しいなッ!」

「は、はあ……」


 さっきまで元気がなかったのはそのせいか……。と思いつつも、タイシの本音に、僕は苦笑いするしかなかった。

 思い出すのは、ケイジくんの言葉――一学期から同じようなことを調べてはいるようだが――


「んー、それは、空井さんに直接話すよ。また、帰り道、一緒に帰った時にでもね」

「……ナチュラルに惚気るんだなお前」

「……ははは」


 僕の笑いに合わせるタイシの顔が、なんだか固く思えたのはなぜだったのだろうか。僕にはまだ理解できていなかった。


 文化祭が近づく9月の中旬。まだ僕は、彼女のことを全然理解していないらしい。もっと知りたいと思う。彼女が僕のことを、知りたがっているのと同じように……。






 そして、文化祭当日――――。僕はたまたまビビコンの衣装着付けの担当をすることになり、ケイジくんと二人で、ケイジくんの身にタキシードをつけるのを手伝っていた。背が高くてイケメンの彼は、どんな衣装でも似合う。


「やっぱり決まってるなあ」

「……そうか?」


 僕の口から出た褒め言葉に、ケイジくんは特別照れる様子も嬉しそうにする様子もない。きっと言われ慣れているのだろう。このこなれた感じが羨ましい。


「なあ、ユウヤ」

「どうした?」


 ケイジくんはYシャツのボタンを閉めながら、口を開いて僕に問う。


「空井ミキのこと、好きか?」

「んー。かわいくて素敵な人だとは思うけど、好きとはちょっと違うかな。今は、気になるって感じ」

「そっか……。友達だもんな、まだ」

「うん」


 僕の言葉に、ケイジくんは安堵した表情を見せた。この前は、あんなに忠告するかのような態度だったのに……。


「……んじゃ、行ってくるわ」

「おう。アガんなよ」

「ああ。任せろ」


 そう言って、控室を出て体育館のステージへと向かうケイジくん。その背中を見て、僕は彼とは違う人間なのだなあ、としみじみ思わされた。



 文化祭の美男美女コンテスト、通称ビビコンが始まった。各クラスの美男美女が軒を連ねる中、うちのクラスのケイジくんと空井さんも、引けを取らない仕上がりっぷりだった。


「どう、ミキのメイクしたの私なんだよ」


 カホが自慢げに言ってくる。確かに、このステージに立つ空井ミキの顔は、いつもよりも数倍魅力的に見えた。化粧映えの良い血色のいい顔に、はっきりした目鼻立ちが理由だろう。


「……ほかの男たちに取られちゃうかもねぇ」


 またしてもカホは僕をいじってくる。僕は苦笑いした。


「だから、僕はまだ友達だってば……」


 そんな僕の会話を聞いていたのかは知らないが、ケイジが僕に視線を送ってきた。僕は親指を立ててケイジを賞賛した。



 ケイジくんと空井さんのいつもと一風違う姿を見られて、僕は何だか満足だった。控室に戻ったであろう二人に、とりあえずねぎらいの言葉でもかけに行こうと向かった先の廊下で、ケイジくんと空井さんが向かい合って立っているのが見えた。二人とも緊張している面持ちだった。


「ん?」


 僕は何を思ったか、少し離れ、物陰からことを見守ることにした。


「……空井。ちょっと聞いてほしいんだけどさ、ユウヤのこと、マジで好きなの?」

「え?」


 ケイジくんに言われ、拍子抜けしたかのような表情を見せた空井さん。


「ど、どうしてそんなこと聞くの?」


 空井さんと全く同意見の僕。この先に不穏な言葉が出てくる気がしてならなかったのは、空井さんも、傍から見ている僕も同じなのだろう。


「……お前のこと、好きだから」


 衝撃が僕の全身を駆け巡った。硬直して動かない足。う、嘘だろ……。

 僕の中でいろいろな思考が働いたが、一つの結論に至るのには、そう遅くはなかった。


――ああ、だからあんな嘘の忠告を……。


「……ごめん。ケイジくんとは、付き合えないよ」


 空井さんは、一呼吸おいてケイジくんにそう告げた。「どうして?」って顔をするケイジくん。


「俺の方が、絶対ユウヤよりもお前を幸せにできる自信があるッ……あいつよりもいい店だって、おしゃれな服や雑貨だってたくさんある場所知ってるッ……。なんでなんだよ」

「……何でって……ケイジくんには関係ないじゃん。私はユウヤくんにことが……」

「本気じゃないんだろ? 俺は知ってるんだよ。何であいつの前でだけは、シャイ装ってんだよ」


 ケイジくんの口から、次々に核心に触れそうな話題がぽんぽんと出てくる。僕が気になる話題も数多くある。


「……ケイジくんは、知らないほうが良い。っていうか、誰も……」


 そういって僕のいる方向とは逆の方向へ駆け出していく空井さん。その場から立ち去るように走っていく彼女を、思うように動かない両足で思わず追ってしまった僕――廊下に出て、ケイジくんと目が合ってしまった。


「あっ……」

「……ユウヤか」


 ケイジくんは、特別悪びれる様子もない。それもそうだ。僕と彼女はまだ、「友達」だから。しかし、空井さんが僕の前でだけシャイを装っていることや、たくさん情報を知りたがっていること、これらのことをよく知っている彼は本当にすごい。空井さんのことを好きなわけだと……


 じゃあ僕のことをよく知っている彼女もまた、僕のことが好きなのだろうか――でも、さっきの二人の会話を聞いていると、とてもそうは思えない。さっきまでは、嘘など存在しえなかった“僕の中で”の“彼女の好意”が、途端にメッキが剝がれていくかのように感じられた。


 そんなわけで呆然と立ち尽くす僕の肩を叩き、ケイジくんは言った。


「わりぃな……嘘ついちまって。でも、……俺はまだ諦めてねえんだよ」


 ケイジくんの身長と、綺麗にまとまった男前な顔が近づいてくる。


「空井ミキのこと、本気で――奪ってもいいか?」


 彼から真剣な表情が伝わってきた。


「うん……」


 疑心暗鬼に陥った僕は、もうどうとでもなれと言った気分だった。

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