2話「そんなわけないだろう」
『もし良かったら、私と付き合ってくれない?』
昨日、空井ミキに言われた言葉が、ずっと頭の中をめぐり続けていた。空井ミキ――彼女は、今年の一学期にこの三末高校に引っ越してきたばかりだったが、綺麗な髪に、整った顔立ち。透き通るように綺麗な容姿と、おだやかで朗らかな性格ですぐにクラスに打ち解けていた。立ち居振る舞いは清楚可憐そのものの、おとぎ話に出てくるような女子だ。バドミントン部に所属している他、文化祭実行委員にも進んで参加する、クラスの中心人物。クラスの中でも、ダントツのかわいい子だろう、とクラスのみんなは口を揃えて言う。
しかし、昨日は、恥ずかしさもあってか、ステージ設営の準備を終えると、すぐに帰ってしまったのだ。空井ミキの告白の返事はごまかしたままだった。
理由は二つある。まずは、空井ミキのことを僕が全く知らないから。彼女がどういう経緯で僕の存在を知り、いつ気になり始めたのか、どこを好きになったのかなど、何も聞かされないまま告白をされたからだ――自分で考えていて恥ずかしくもなるが。もう一つは、僕自身に単純に気になる女子がいるからだ。これに関しては、無二の友人であるタイシにも話していない。こうやって一線を引いて秘密を喋ろうとしないから、僕はこうもつまらない人間なのだろうとつくづく思う。
まさか、本気なわけないよな……と窓から、夢を見るかのように空を見る僕の視界に、また横入りしてきた秋田タイシ。
「よっ、昨日のステージ設営準備どうだった?」
「どうって、大変だったよ」
思い出してしまうのは、あの言葉。もやもやが残る。
「空井さんと二人きりで仕事出来るんだったら羨ましすぎるだろ」
「いや、別に二人きりってわけでは」
「またまたぁー」
相変わらずの大きな声でタイシが話すものだから、周囲のクラスメイト達もこちらを見ている。昨日のことは、できれば多くの人には知られたくない。
何と言っても、誰も信じてもらえないだろうし、笑いものにされそうだからだ。
「おっ、興味深い話してるね」
「やっほー。タイシに、ユーヤくん」
案の定声をかける人が現れた。僕ら二人に声をかける二人の女子――俄然興味を示している方が中山香穂。前髪が眉より上で切りそろえられているのと、お団子ヘアなのが特徴の明るい女子高生。根っからの噂話や恋バナの類が大好きな女子高生である。
「タイシがミキのこと好きとはねえ」
中山はタイシの二の腕をつついてからかう。
「どこに惚れたの?」と中山が問うと、タイシはすぐさま「全部だ全部」と答える。それに対して中山は笑った。
「どうせ顔じゃん」
「バカ野郎! 全部だ全部!」
「はいはいわかった……」
あきれ顔になる中山の横で、隣の女子が口を開いた。
「ユウヤくんもミキのこと好きなの?」
「えっ、いや別に……」
突然聞かれて僕は言葉を詰まらせた。別に話の流れ的に聞かれてもおかしくはないのだが、昨日の今日なので僕は気が気じゃない。そんな僕の様子を見て、中山の隣の女子――水野紗世は笑った。
「えー、違うんだ。ユウヤくんの好きな人、純粋に気になるなあ」
「どうだろうねえ。案外サヨだったりするんじゃない?」
水野の言葉に合わせて言った中山の言葉に、僕はどきりとしたが、真っ先に言葉を発したのはタイシだった。
「それは無いだろ。こんな貧乳女」
「あっ、誰が貧乳だって!? ひどいッ! ねえユーヤ君もそう思うでしょ?」
身体を両腕で隠す水野。細身の体を僕に寄せながら問い詰めるように言った。複雑な気持ちになりながらも「そうだね」と笑って僕は水野から顔を逸らした。何を隠そう、僕の気になる女子は、水野サヨ――目の前にいる彼女なのだから。
「あっ、でもさ……。こないだミキからさ、『千田ユウヤくんのことについて詳しく聞きたい』ってライン来たんだけどさ。もしかして……ミキに好かれてたりするんじゃないの?」
『ないないないない!』と、突然放たれた中山の言葉を即座に否定できない自分が憎い。
「へえ、じゃあ空井ミキの好きな人が、ユウヤかもしれないのか! まあユウヤは優しいやつだからな仕方ない」
「そうだね」
タイシは好きな人の好きな人が自分の友人であるというのに全くへこむ様子を見せない。むしろ嬉しそうなのは、彼が純粋に友達想いなのか、馬鹿だからなのかはわからなかった。僕が気になる女子である水野が同意しているのも、何となく複雑だった。
「そ、そんなわけないだろ!」
身体に冷や汗をかきながら僕は言った。何とかしてこの場を切り抜けたい僕は、授業開始のチャイムが鳴るのを待つ。
「あっ、じゃあ俺が今日の放課後聞いてきてやるよ」
タイシが胸を張って突然言い放った言葉に、僕含め、三人は困惑した。
「そ、そんなことして大丈夫?」
「あんたバカだから、詮索とかできないだろうし……」
「やめとこうって、空井さんにも悪いよ」
「いや、良いんだ。友達のことを好きな奴を応援できない奴は、クソだからな!」
いまいちよくわからない持論を立てて意気込むタイシ。ここでチャイムが鳴って、全員がそれぞれの席へと戻ろうとしていたところだったが、僕は不安で不安で仕方なかった。
そして、運命の時間――放課後がやってきた。タイシは空井ミキを読みだして「千田ユウヤのことが好きなのかどうか」を聞くらしい。僕は色々なことが心配で仕方がない。こんなに噂が広がるくらいなら、早く返事をしておけばよかった……とさえ思う。
「なあ、空井さん。話があるんだ」
教室の隅の方で声がした。まあまあ真剣な顔をしたタイシが空井ミキを呼んでいるようだった。えっ、まさか教室で!? と僕が思うよりも先に声を発したのは空井ミキの方だった。
「あっ、もしかして、昨日のユウヤくんに言った言葉のこと?」
「えっ?」
えっ? 図らずとも僕はタイシと同じ反応を取ってしまったのだ。何で読まれてるんだよ。エスパーかよ。
「ここじゃちょっとなんだし、人いないところで……」
「いいよここで」
教室から離れて人目を遠ざけようとしたタイシの言葉も無視し、空井ミキは話し出した。
「私は昨日、千田ユウヤくんに『付き合ってください』ってお願いしたよ」
すごく満面の笑みで空井ミキは言い放った。目を細めると、長いまつげがより際立つ。えくぼもきれいな歯並びも思わず見とれてしまいそうになったが――
実際問題、見とれている場合ではなかった。何しろ、クラスメイトのほとんどが、空井ミキの今の言葉を聞いていたからだ。一気に、クラスの中でも冴えない部類の僕に視線が集まる。そんな中でも、空井ミキだけは僕の方を見ていない。わざとなのだろうか……
「ええッ!!?」
「マジかよユウヤ!!」
「それ本当なの!?」
一気にクラスメイトが僕の机の周りに寄ってくる。みんな考えることは同じ。言葉の真相を知りたいのだ。こんなに僕がクラスの話題の中心に立ったことはない。初めての体験が、なんだか歯痒かった。
「あっ……ええっと……」
僕が困惑している間にも、次から次へと投げかけられる質問。何で? どうして? 僕が聞きたいことばかりを、彼らは聞いてくるのだ。
「それで……返事を聞かせてもらえないかな、ユウヤくん」
恥ずかしそうに顔を朱くしながら問う空井ミキ。彼女がやっとこちらを向いたとき、僕の心臓の音はいつも以上に響いていた。クラスメイトたちが僕の机を囲って逃げられる状況を無くしていた。その中には、水野や中山もいたし、ごまかせるような状況も無かった。
――いや、この雰囲気は、『YES』と答える以外の選択肢を……無くしていたのである。




