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僕は未来に見られてる。  作者: トロンボーン裕一
16/22

16話「ありがとう」

 僕が今から空井さんに向けて述べようとしているこの言葉は、きっと彼女に届いたとしても、彼女を困らせるだけの自己満足なのだろう。でも、それでいい。僕は、自分自身に正直になれる――それも、全部――空井ミキという、僕とは不釣り合いな女子のおかげで。


「……空井さん」


 改まった僕の表情に、彼女も息をぐっと呑んで僕をじっと見る。目が合うと不思議と顔が赤くなるのは、彼女の顔があまりにもきれいだから――なんてこと今は関係ないか。


「……こんな僕を、好きになってくれてありがとう……」


 僕は、ありのままの想いを彼女に伝えた。


「君が僕にこう言ってくれたから――僕は変われた。何もせずに、やる気も出さずただぶらぶらと過ごしてた僕の退屈な日常が、空井さんのおかげで……一気に明るく、鮮やかになっていったんだ。先生にも言われたんだよ。『お前は変わった』って……だから……」

「だから……?」


 僕はいつになく饒舌になっていることだろう。想いが昂っているのだから仕方ないか。


「本当に、ありがとう!!」



 屋上から望む、この街並みに……この澄んだ青空に、僕のありったけの想いを……叫んだ。


 でも、そんな僕の言葉を聞いた瞬間の、目前に毅然と立つ彼女の顔は、浮かない。


「ううん……。ありがとうって言いたいのは、むしろこっちだよ」


 まぶしいまでの笑顔は、今はない。あるのはただ、俯きがちで、顔に影を落としている様子。まあ僕の自己満足だから仕方もないか――とあきらめかけた僕に、空井さんから意外な言葉が放たれる。


「……私は、ユウヤくんにひどいことをたくさんしたから……まさか感謝されるなんて思ってなかった。こんな私にしっかり向き合ってくれてありがとう」

「そんな……」


 空井さんの俯きがちな表情から放たれる言葉は、一言一言にしっかり重みがあって、僕の心にのしかかる。本音であることに、間違いはないらしい。


「だから、そんな『いい人』なユウヤくんとは、もう私みたいなのが関わらないほうがいいんだって……そう思ったんだ」

「えっ?」


 耳を疑った。


「……ごめんユウヤくん……。私のことはもう……いないものだと思って」



 意味がわからない。



「さよなら」


 僕が本当の気持ちを伝えてから……彼女は、結局僕に目を合わせてはくれなかった。僕から遠ざかるようにすれ違い、屋上から校舎へ戻る背中を僕に見せつけてくる。


「何だよ……いい人って……」


 僕には、空井さんの考えていること、言っている意味が、わからなかった。僕のことを嫌いになったわけじゃないことは何となくだが察しがつく。だったらどうして、僕から逃げるように遠ざかっていくんだろう。


 青空に微かに残る白い雲。走った後に感じる運動不足の祟りが、今さらになって僕の胸を締め付けた。



「いい人……か」



 そういえばあの日もこんな青空だったな――と思い返す日。僕が初めて変な夢をみたときの景色も、こんな澄んだ空だった。まるで、空井さんの笑顔のように、まぶしい陽光があった日の――あの空のよう。もう空井さんは僕にさようならの言葉を告げた。本当に話しかけてくることはないだろう。あんなにまぶしい笑顔を向けてくることも、かわいげのある素振りで僕にあいさつをすることも、放課後に一緒に帰って僕の話を興味ありげに聞いてくれることも――もうない。


「結局、あの夢は……何だったんだよ」


 夢なんだ、と割り切れたら――すごく楽だったろうに。



 ただ夢のように流れていった日々は、あまりにももろく、ただの記憶と化していった。僕にとっては、それが一番真剣に、一番楽しく、一番もどかしく過ごせた日々だったから、余計に、鮮烈に、僕の脳裏に焼き付いているんだ。


「空井さん、雰囲気変わった?」

「わかる……前より、大人っぽくなったよね」


 クラス内で彼女を噂する声がする。これまでよりもひとごとのように、それは小さく遠くから聞こえていた。僕のことを気遣っているのだろうか。


 それよりも、どちらかと言えば、あれから姿を消した、桐谷レイジくんについての方が、僕は気になった。意味ありげな言葉をはいて――姿を消した、彼を。


「ケイジくん」


 僕は背の高い一人のクラスメイトに話しかけた。“彼”は僕に話しかけられることを厭っていたようだった。


「なんだよ」

「話があるんだ。レイジくんについて」


 彼は学校にこそ来ていないが、一応クラスに名前は残っている。ただの不登校とも思えるが、何だか不思議な予感はしていた。


 ケイジくんは、僕を自習室に連れ出すと、おもむろに机に座った。そして、僕とは目を合わさずに、ずっと僕の胸元を見ている。


「なあ、俺の名前は門谷ケイジだろ? んで、あいつの名前は桐谷レイジ。何か似てると思わねえか」

「……名前どころか、顔もスペックも似てるし、むしろ違うのは人柄の――」


 言おうとして寸止めした僕の判断は間違っていないだろう。彼の不機嫌な足元がふらついているからだ。


「まあいい……。俺はあいつが転校して、少し話すようになってから、変な夢を見るようになった。空井ミキにそっくりな女、お前によく似た男、秋田タイシ、水野サヨ、中山カホ……みんなが大人になったみたいな……そんな奴らが夢に出てくるようになった」


 ケイジくんの言葉は、一度訊くとただの変な夢。妄言を語るだけのように聞こえたが、僕にとっては妄言には聞こえなかった。


「そいつらがみんな狂っていく夢だった。とある出来事をきっかけに」

「とある出来事?」


 こんな言葉尻だけ聞いたって、なんの信憑性もないはずなんだけど、なぜか僕には心当たりがあったんだ。僕だって、空井さんにそっくりな女性の夢を見ているから。なぜ、僕とケイジくんだけなのかは、僕にはわからなかった。


「……そう、お前にそっくりな男が、空井ミキにそっくりな女を殺す……。そんな夢を見たのが最初だった」

「そ、その夢って……」


 僕にも……心当たりがある。そう、確かに僕は夢の中で――『私を殺して』と頼まれたのだ。


「……やっぱり……空井さんとレイジくんは何かを知ってる……。でも、どうしたら……」

「空井ミキが口を割るとは思えねえ。この前と違って、お前とどころか、誰ともかかわろうとしなくなった。ま、そこも怪しい一因だけどな」


 ケイジくんの推論は鋭い。さすがハイスペック……


「そこでだ。俺は、桐谷レイジを探し出す。それで絶対に聞きださなければならないことがある」


 彼の目は、いつも以上にキレのある目をしていた。


「お前は……来世の俺なのか――ってな」


 鼓動がどくんと波を打った。こめかみの辺りに、血液が流れているのがよくわかる。そうだ……と核心を突かれた。


「名前も顔も似てる……記憶だけの転移……周りへの影響……いろいろ辻褄があってきた。レイジくんが、初見の空井さんの名前を、ミライと間違えた理由も……」


 僕の記憶が、出来事とマッチしていく。難解だったジグソーパズルのピースが、快音を奏でながらハマっていく。


「空井さんも、未来から来た……空井ミキとは異なる、別の女の子ってことか」

「その可能性は高い。が、まずは桐谷レイジを探し出して聞き出さねえとな」

「協力するよ。いや、させてくれ」


 僕のお願いなんて、以前の彼なら聞いてくれなかっただろう。でも、彼の目はいつになくまっすぐ僕の方を向いた。


「ああ。頼む」


 対立していた僕とケイジ君が、同じ方向を向いた瞬間だった。


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