14話「自分のことも考えろよ」
そんな僕が、なぜ今こうして、ただの冴えない男子高校生のように振舞っていられるのか、それは、何を隠そう、僕の無二の友人、秋田タイシのおかげに他ならない。
「……」
高校一年生の秋が深まるころ、冬服に衣替えが完全に終了し、全員がブレザーで教室を埋める。僕はただ一人、秋空を見ていた。
「おいおい、ユウヤッ! また空ばっかみてどうしたんだよ?」
「……タイシィ……ユウヤのことはほっとけよ」
「一人が好きなんだろ、こいつ」
僕の視界に横入りしてくるクラスメイト、秋田タイシ。そんな彼の周りにいた、僕の理解者たちはタイシが僕に話しかけるのを止めていた。
「そうか? だったら何で、そんな悲しそうな顔してんだよ」
タイシの言葉は、ナイーブで素直な感じを思わせた。
「……はは、秋田くん面白いこと言うんだね……」
僕は適当に流す。もうどこかに行ってくれ、そう思っていた。
「だろ? タイシでいいけどよ。んじゃ、もうちょっとしゃべろうぜ。どんな子がタイプなんだ?」
秋田タイシは、遊び慣れている感じのするチャラい男。女の子によく話しかけにいっている明るいやつだ。でも、文化祭が過ぎたあたりから、だんだんと人間関係は、広く浅くから、深く狭くに変わっており、特定の友人や女子らとしか話すことはなくなっていた。
「……」
多分、人の事情も考えないで無神経にずかずかと心の問題へ踏み入ってくるところが受けないのだろう。僕は偏屈に考えながら、しばらく彼を無視する日々が続いていた。
タイシが僕に興味を持ちだしてから、何日か経っただろうか、気づけばタイシの周りの友達は、タイシに愛想を尽かし始めていた。当然だ。僕みたいなやつと関わるからだ。しかし、彼は僕にこんなことを聞いてきた。
「お前って俺のこと迷惑だと思ってねえの?」
「は?」
思わず受け答えしてしまった。しかも、凄く険しい顔で。慌てて表情を戻し、適当に謝った。
「いや、別にいいけどよ。全然邪険にしねえし、無言でずっと俺の話聞いてくれるし、お前良いやつだよな」
まあ、別に無害そうだったから――それよりも、僕のことを良いやつだと言った彼の独特の人柄に、僕は不思議と惹かれていた。
「きゃははッ! よくよく考えたら俺無視されてただけ? それは萎えるわー」
完全にその通りだ、と突っ込みたくなって思わず口元が緩んだ。そこを見逃さなかったタイシ。
「あッ……やっと笑った。ずっと変な顔で考え事してっと……ロクなこと起きねえぞ」
ああ、そういえばそうかもしれないな……僕が考えたって、良い答えはどうせ出ないことはわかってる。だったら、いっそ、開き直ってもいいじゃないんじゃないのか……?
これが、僕とタイシの出逢いのきっかけである。
今の僕があるのは、間違いなく、高校一年生の、軽音楽部――ユカたちとの出逢いと、無二の友人、タイシとの出会いのおかげなのだ。そして――そこに、空井ミキという、超美人な女の子の名前も入っているのは、間違いない。
だから僕は知りたいんだ。彼女が、どういう経緯で僕のことを好きになったのか、どういう目的があって僕を好きになったのか。そして、意識を失う前の――あの言葉の真意は、なんだったのか……。
――やっぱりあなたは優しい人ね。
――もうあなたにしか頼めないの。
――私を殺して。
――あなたのことは、何でも知ってるはずなのに。
夢の中や、倒れる直前に聞いた言葉が、僕の頭の中を巡っている。一つ一つ、声色から状況を読み取る限り、ただならぬ状況に立たされている僕の夢の中の女性。彼女は、とても空井さんにそっくりで、誰よりも僕のことを信頼しているようだった――
『だから記憶だけの転移はやめとけって言ったんだよミライ。“他にまで”影響が渡るから』
レイジくんの最後の言葉は、支離滅裂な言葉に想えたが、一つの仮説を立てたら、辻褄が割とあってしまう。
「空井さん――同一の記憶を持った、二人の女の子が存在する?」
僕が目覚めた場所――それは、病院のベッドの上だった。
「……ユウヤ!」
「あっ……タイジ……」
僕の声は掠れていた。タイシとカホとサヨの三人が、僕のことを心配して診に来てくれていたらしい。体の節々が鈍っている感覚がどうしてもあった。
「僕は一体……」
ふとカレンダーを見ると、意識を失ってから2日経っていることがわかった。
「心配したぞユウヤ」
「全く、あんた最近倒れすぎじゃない?」
「病弱キャラ定着だね」
僕が意外と元気そうなので、彼らも割と朗らかだ。
「そういえば、空井さんとレイジくんと、一緒にいたはずなんだ。2人がどうなったか知ってる?」
僕の質問に、カホが答えた。
「……レイジはあれから会ってない。空井さんは学校には来るようになったけど、私たちとはどこか距離を置いてる感じ――よくわからない」
「あと、ケイジはやたらレイジのことを目の敵にしていたぜ」
久しぶりにケイジくんの名前を聞いた気がするな、と僕はタイシの補足に、思わず苦笑いした。
時計は19時。空は暗くなっている。制服を着ている3人は、学校が終わってから、僕のことをずっと見ていてくれたみたいだ。
「あっ、私バイトあるから、ユウヤのことは頼んだわ」
カホがカバンを担いで、僕に右手を振った。
「ばいばーい」
「おう、おつかれ」
「……がんばってね」
3人に見送られながら去っていくカホ。何かを抱え込んでいる様子があった。今度2人のときに話を聞いてあげよう。
「……おーっと。俺も合コンの予定ありー。わりーけど、サヨ、頼むわ」
「はぁっ!? ちょ、バイトならまだわかるけど、合コンはユウヤのことバカにしすぎッ!」
急ぎ足で去っていくタイシを、僕は苦笑いで見ていた。彼のウィンクに、余計だな……とあきれるばかり。同じくあきれ顔をしたサヨが僕の方を向いたところで、僕は思わず口を開いて話し始めた。
「……僕って……情けない男だよ。会いに行った女の子の家でぶっ倒れるなんて」
「……うん」
僕の弱弱しい言葉を、サヨはしっかり聞いてくれている。
「もっと、聞きたいこととかいっぱいあったのに、何も聞けなかったんだ」
「……うん」
小さく、何度も頷きながら、しっかり耳を傾けてくれている。
「いっぱい傷つけたし、いっぱい裏切ったし、ちゃんと向き合えないこともあったんだ」
「……うん」
僕の情けない言葉にも、彼女はしっかりと向き合ってくれている。
「傷つけないように、優しくするように、誰かに当たり障りなく接していれば大丈夫だって思ってたんだ」
気づけば僕の目には涙が集まっていた。ふがいなさに天井を見上げる。
「ごめん、何の話してるんだろ……僕」
「うんうん……そうやって、みんなのことしっかり考えて行動できるユウヤくんは優しいよ。自分のしたことをしっかり反省してさ、これ以上過ちを繰り返さないように頑張ってるところとかもね」
彼女の言葉は、僕の心に優しくしみ込んでくる。
「……ミキちゃんのこと、気になってるんでしょ? 付き合ってみても、良いんじゃない?」
「え?」
サヨから意外な言葉を聞き、僕は思わず聞き返してしまった。
「……ミキちゃん悪い子じゃないし、かわいいし、むしろすごくいい子だし。ユウヤ君のことも本当に好きみたいだし。ユウヤくんも……わからないこととかいっぱいあると思うけど、付き合ってから徐々にお互いのことを深く知っていくっていう方法もあると思う。ユウヤくんとミキちゃんなら、安心して見てられるし――」
サヨの顔は、どことなく浮かない顔に見えたが、最後に満面の笑みで僕の方を指さした。
「ちょっとは、自分のことも考えろよっ。このバカ優男」
僕は深く頭を下げた。感謝の意もそうだが、サヨの顔を見ていられなかった、という意も……確かにあったのだ。