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僕は未来に見られてる。  作者: トロンボーン裕一
13/22

13話「何がいけなかったんだよ」

 過去の出来事が、走馬灯のように僕の記憶の中をぐるぐる――


 おそらく、今僕の脳内は、高校一年生の頃を思い返している。僕の人間形成にかかわる、大きな事件があったころを。


――まだこの学校に空井さんもいなくて、ケイジくんとも話したこと無くて、カホやサヨとも友達じゃなくて、タイシとはまだ出会ったばかりだった――三末高校一年生の春、5月のことだ。


 このころの僕は、いわゆる無気力系――というか、そういうのがクールだとか、そんなことは考えたこと無くて――単純に頑張ることが馬鹿らしくなっていた時期だった。原因は高校受験。僕よりも賢かったやつが、受験勉強なんてものを一切せずに偏差値68の高校に進学したもんだから、めちゃくちゃ勉強した僕がバカみたいじゃないか、と自嘲していたころだった。


 部活動でもそうだった。中学の時は野球をしていたけど、レギュラーなんか、小学校でリトルリーグに所属している奴らばかりがもらっていって、そんな彼らよりも何倍も努力した僕が試合に出られたのは、三年生の最後の大会だけ。代打で初球大振りキャッチャーフライ。僕の唯一の打席での思い出だ。


 そんなこともあって、高校での部活動を決める機会があったのだが、僕は『保留』という結論に至った。どうせ頑張ったって何も報われやしない。せめて、誰の迷惑にもならないように無所属でいればいいじゃないか、と。


 そんな僕の、平凡で変哲のない日常を変えようとしていたのは、同じクラスだった女子、宮原友香子みやはら ゆかこ。みんなからはユカと呼ばれていた。


「千田ユウヤくんだっけ? 部活入ってないんでしょ?」


 何もすることが無いから、と購買に向かおうとした僕に話しかけた一人の少女。僕はゆっくりと振り返り、その子を見る。宮原ユカコだった。


「まあ、そうだけど……」

「軽音楽部入らない? 今年作ったばっかりで、人数微妙に足りないんだ」

「……楽器できないよ?」

「だからだよ! 教えることなら私、できるから!」


 半ば無理やり軽音楽部に名前だけ登録した僕。どうせ楽器なんて苦手で、バンドとか組んだとしても、僕が失敗して足を引っ張るんだろうな……と思っていたから、部活にもあんまり参加せずに、名前だけ登録して幽霊部員にでもなっていればだいぶ楽だろう。


「ちょっと、どこ行くの? どうせバイトもしてないんでしょ! 行くよ」


 この呼び止める声が無ければ、僕の放課後は、どれだけ楽で、退屈で、つまらないものになっていただろうか。


 ユカは、初心者で卑屈で、性根のねじ曲がった冴えない僕にでさえも、優しくギターを教えてくれた。彼女の得意楽器はベースらしいのだが、それでもギターの腕前も、僕とは比べ物にならず、ただただ憧れを抱くばかりだった。


 部員は4人。主にベースが得意で、歌も上手く、ボーカルとベースを担当するユカ。音楽に詳しく、ドラムが叩けるヨウ。幼少からピアノの英才教育を受けていたが、グレて軽音楽に逃げてきたキーボードのヤマト。そして初心者ながらユカらにギターを教えてもらっている僕、ユウヤ。4人とも名前の頭文字がYだったから、Ysワイズなんて一丁前に名前をつけたものだった。みんな、僕と同じく、この高校でやりたい部活ことが見つからなかった人だったらしい。


 最初は4人とも仲良く楽しくやっていた。僕が初心者ながら入ってくれた、ということはみんな知っていたから歓迎してくれた。ユカは優しくて、気が利いて明るかった。あとから気づいたことではあったが、僕は彼女のことを好いていた。ヨウはその気になれば何でもできるやつだったが、頑張ることが嫌いだったらしい。僕とは対照的だが、考えは似ていたので気が合った。でも彼には、人を馬鹿にする癖があった。ヤマトは、挫折した過去から、内気で逃げ性なやつで、何ごとにも無関心なやつだった。でも、話していると不思議と落ち着いた。


「ノーミスでできたな」

「ユウヤもだいぶ成長したし、来年の文化祭も、頑張ろうッ!」

「そうだね」

「……良かった……」


 文化祭での軽音楽部のバンド発表後での部室での会話だった。ヨウは僕の肩に腕を回してきてユカを呼ぶ。


「おい、ユカ! 記念撮影しようぜッ!」

「いいね。私も入れて」

「僕も」


 ユカとヤマトも入って、4人で撮った写真――結局その写真をあの日以来見ていない気がする――



 翌日の体育祭で、僕という人間を変える大きな事件が起きた。借り物競争でのこと――僕は『好きな人』というお題の紙を引いてしまったのである。


 当時の僕にとって、好きな人に該当する人物なんていなかった。強いてあげれば、唯一かかわりのあった女子、宮原ユカコ――ユカだった。


「ユカ、来てッ!」


 僕は顔を真っ赤にしながら、ユカを連れて3着でゴールした。ここまでは良かった。でも――壊れたのはここからだった。


「お、おい……お前、ユカのこと好きだったのか?」


 ヨウとヤマトがやってきて、ゴールした二人をいじる。そのときのヨウの顔が、『お前がユカのこと好きだなんて、身の程知れよ』と言った顔に見えてしまったのは、僕の心が卑屈だったからだろう。


「そう……だよ」


「そっか……」


 途端、ユカらの顔が険しくなったことに、僕は気づいてなかった。


「お前がそんなに無神経なやつだとは思わなかったよッ」


 ヨウはその言葉を吐き捨て、僕から遠ざかっていく。何がいけなかったのかわからなかった僕に、ヤマトが言った。


「ユウヤ、もうちょっと君は周りに気を遣った方がいいんじゃない」


 ヤマトも背中を向けて去っていく――残った僕とユカ。ユカは僕に小さな声で告げた。


「ごめんユウヤくん。ユウヤくんにとって、私がそんなだったとか知らずに……」


 走り去っていくユカを僕はただ一人で呆然と見ていた。


「何がいけなかったんだよ……」




 帰りに知ったこと――ヨウがその前日にユカに告白しており、ユカは部活を優先してその話を断ったこと、ユカはその判断に気を病んでいたこと、ヨウも、ショックを隠せずにいながら、気丈にふるまっていたこと、ヤマトはそれらのことをすべて知っていたこと。


 僕の無神経な行動のせいで、ユカは学校に来なくなった。ヨウやヤマトとは疎遠になり、僕は自主退部という形で、軽音楽部を去った。僕のいない軽音楽部なら、ユカはまた学校に来て、楽しく軽音ができるはずだから……と、僕なりの、周りを気遣った風に見せた、逃げだった。


 でも、一度壊れた関係は修復するはずもなく、軽音楽部は廃部になった――僕のせいで、人間関係が壊れてしまったのだ。想いを伝えることは――人間関係を壊すことにつながる。


 僕が想いを伝えたせいで、それなのに、その想いにまっすぐ向き合わない姿勢を取ったせいで、僕も、ユカも、みんなも壊れてしまった。




 僕はあの日から誓ったはずだったんだ。言いたいこと、想いは、心の中に閉じ込めて、みんなに合わせて生きていれば、誰も傷つかない。相手に言われたことも、真剣にとらえてたら壊れてしまうから、自分なりに誰も傷つけない選択を取ればいい。少なくとも、そうしていれば、僕はこの安寧の中に過ごすことができるはずだ――と。

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