12話「ほんとに良かった」
結局来てしまった。空井さんの家。喫茶店にて、サヨに電話をかけたら、快く教えてくれたのだ。しかも、「がんばって」と後押しまでされてしまった。
「僕は本当に情けないや」
インターホンを鳴らす。後ろからレイジくんとタイシが着いてきていたのが、心なしか心強かった。
「……こんにちは」
『あっ、ミキのお友達? わざわざ心配してきてくれたのね』
母親の声だろうか。綺麗な声だった。
「……いらっしゃい。ミキを呼ぶわ。上がって」
「お、お邪魔します」
何か聞き覚えのある声に、見覚えのある間取り――気のせいだろうと言い聞かせる。確かに、空井さんとその母親の声は似ているとも感じ取れた。
リビングにあがるだけで、空井さんのにおいがした。僕ら三人は、肩を固くしながら、授業中よりもきれいな姿勢でソファーに座っていた。母親の声が遠くから聞こえてきていた。
「ほら、ミキのことを心配してきてくれたのよ」
「うん……」
力ない返事と共に、リビングで待っていた僕らの前に現れた空井さん。目を奪われるかのように現れた彼女を前に、僕は呆然としていた。
「……元気してたかよ」
タイシが当たり障りないように言った。
「あっ、今日転校してきた桐谷レイジッ……隣の席だから、プリントを届けるのに……」
少し気まずそうに言ったレイジくん。空井さんは冷たい視線のままプリントを受け取った。僕らはそのついでだよ、と言いたかったけど、口をつぐんだ。
今思えば、レイジくんとケイジくんは顔が似てるから、空井さんが見間違えた可能性もあるのかもしれない。
「あっ……あのさ……。空井さんが来ないと、学校寂しいからさ。来てよ」
タイシがいつになく口をこもらせながら言った。空井さんは俯いたまま、僕らとは目を合わせようとしない。
「お、そ、そうだよ! せっかく転校してきたのに、ミライちゃんが来なかったら退屈だしなッ! な!?」
「……」
「ミライじゃねえってッ!」
レイジくんの言葉に黙ってしまった空井さんを見かねて言葉を発してしまった僕。恐る恐る空井さんの方を見る。
「……」
彼女の口元が少し綻んでいた。彼女が学校に来てなかったのは、おそらく僕のせい。……僕が彼女の気持ちに、真剣に向き合わずに、ぶらぶらと間で行き来をしていたのが理由なんだろう。
でも、彼女は僕の言葉に笑ってくれた。それが何だか嬉しかった。
「……初めまして。“桐谷レイジ”くん。私は空井“ミキ”です」
「あ、ああ……」
苦笑いするレイジくん。僕も肝を冷やした。
「あと、ごめんね。タイシくんも、ユウヤくんも。わざわざ来てもらって……こうして心配して会いに来てくれたの……嬉しい」
彼女のまぶしい笑顔が、僕らの視界を埋め尽くす。やっぱり吸い込まれそうになる。
「……ユウヤくんは、やっぱり……私が思っていた通りの人だった。ほんとに良かった――」
うん。僕は強く頷き、彼女に笑顔を向けた。タイシは気恥ずかしそうな顔をして、席を外す。
「ちょっとトイレ借ります」
「あっ、おい!」
呼び止める間もなく去っていくタイシ。困り果てた僕に対し、空井さんは言った。
「……それでも、私の思い通りにならないなんて、何でだろう。ユウヤくんのことは、何でも知ってるはずなのに――」
刹那、僕の頭をぐらんと揺れる感覚が襲う。
――あれ?
僕の意識は徐々に遠くなっていく。不思議と空井さんやレイジくんが心配する声も聞こえてこない。ただ聞こえてくる会話は、妙なものだった。
『だから記憶だけの転送はやめとけって言ったんだよミライ。他にまで影響が渡るから』
『っていうより、何で来たのよ……桐谷レイジ』
どういう会話だ? なんてことを考えているうちに、僕は意識を失った。
でも、それと同時に思い出したことがある。僕が彼女と会っていなかったこないだまでの一週間――僕は意識が飛ぶことも、変な夢を見ることも、一度もなかったんだ――――