ブラウの決断
今回も短いです。前回からの通しの話となります。
最近本作品のメインヒロインは魔王様なのではないかと思い始めています。
そんな本作品ですが楽しんでいってください、
魔王の寝室。その前に立ち、私とスロノドールと名乗った女性は少しばかり困っていた。
というのも、その部屋にいるはずの主がいなかったのである。
中を確認したわけでは無いが、それでもこんな何の音も無い夜間に、ノックの音が聞こえない訳が無いのである。
だから、スロノドールはその場で立ち往生する事になった。
「おかしいですわね、今の時間でしたら、リジィー様はまだ起きていられるはずなのですが……」
眉根を寄せながら、頬に右手を当てながら考え事をするその姿は、絵画に描かれた女性が、そのまま出て来たのではないかと思わせるほど美しかった。
そんな私の思考はよそに、次に自身の取るべき行動を思案していたスロノドールは、その結論をだす。
「とりあえず、連絡の魔法を使ってみようかしら……」
その一言と共に、スロノドールは虚空に指で魔法陣を描く。起きているかいないか、起きているのならどこにいるのかを聞くつもりなのだろう。
手慣れた手つきで一瞬で魔法陣を作り上げる。それと共に、魔法はその効力を発揮し、すぐに目的の人物の声が返された。
「どうした?何か問題でも発生したのか?」
リジィー・スロード、その人の声であった。空間に響き渡るその声は、昼間の尊大な物言いとは違い、少年の様な物言いだった。
「スロノドールでございますわ。リジィー様、城内にて不審な動きをしている者を捕らえたので、その御報告と、その者の裁定を頂きたく、リジィー様の寝室前までお連れしました。」
相手がこの場にいないにも関わらず。そのドレスの裾を両手でつまみ、軽い礼をしながらスロノドールは先ほどの事件を告げる。
その言葉から、自身が結論を出すのをやめた事が聞いて取れる。
「……ふ~ん。で、どんな奴を捕らえたんだ?」
そんな事情を知らないリジィーは、どうでもよさげな声で聞き返して来た。
「リジィー様が気に入られている。青い髪の少女でございます。」
「………………う~~~ん……そうか~。どうするかな。」
そのスロノドールの答えを聞き、リジィーは何事かを考えている様であった。
もしかしたら、私の処分の方法を考えているのかもしれない……
それを察したのか、スロノドールは喜々としながら進言する。
「リジィー様の許可を頂ければ、この者の首をこの場でへし折り、リジィー様の御手を煩わせはしませんが……いかがでしょうか?」
「いや、迷っていたのはそういう事じゃないんだ……まぁいいか、その子に部屋の中に入って貰って。それで奥まで来るように伝えてくれ。」
リジィーの答えは淡泊である。なら一体何を悩んでいたのだろうか?
それはスロノドールも同じ考えなのであろう、若干困惑しながらも、自身の取るべき行動をする。
「了解いたしました。」
そのスロノドールの承諾の声に、慰労の声を残し連絡の魔法は途切れたのだろう。
スロノドールは此方に向き直り告げる。
「今の会話を聞いていましたわね。そういう事ですので、後はリジィー様の御意思通りに行動しなさい。」
そう言い残すと、自身の仕事は終わったとばかりに、スロノドールは去ってしまった。
取り残された私には、それをリジィーの言葉を拒否するだけの勇気は無かった。
「……失礼します。」
扉を開け、寝室の中に入る。昼間も来たこの部屋ではあったが、そこには昼間に無かった異常があった。
……異空間、言葉にするとそれが一番しっくりくるかもしれない。
まるで空間が避ける様に、部屋の中央に巨大な隙間が出来ていたのである。
それを見た時に、先ほどの奥に来るという言葉が、これなのであると理解した。
そう言われてみれば、奥に来るという言葉は当てはまるようだった。
というのもその隙間の先に見えている空間、そこは白い廊下だったのだ。
隙間に足を踏み込む事に迷いはあった、それでも既にリジィーが私が来ることを知っている現状では、逃げ出す事が出来なかった。
恐怖は隙間を通る時の一瞬のみであった。廊下の、固くしっかりとした感触を足の裏に感じながら、目の前の巨大な扉へ向け歩き出す。
遠目には解らなかったが、その扉は少し開いていた、その隙間から中に入り、リジィーの姿を探そうとした。
だが、その視線は一点に釘付けられる事になった。
綺麗な星空がそこに広がっていたのだ。しかし地面は、何かは解らないが硬質な鉱物の床である。その事から室内であるはずだったのだ。
しかし、その星空は目の前いっぱいに広がっていた。そこだけまるでくり貫かれたかのように、空がそこにはあった……
そしてその空はとても美しかった。一度その光景を目にしたら、一生涯忘れる事が出来ないほどに、記憶に強烈に焼き付き。手が届かないと解っていてもそれでも、必死にその空を手にしようとしてしまうほどに……
「おい、こっちだ。こっちに来い。」
その感動をぶち壊す投げやりな声が私に掛けられた。
だが、それに文句を言える立場では無い私は、急いで彼の下に近寄った。
そこには、床に座り込み、何かの道具らしき物を点検しているリジィーの姿があった。
彼は此方に目もくれず、その道具をあらゆる角度から見まわしている。
「何があった?」
その言葉には何も返せなかった。喋る事のほどでは無いと思ったからだ。
それに少しばかり嘆息を返し、彼は続ける。
「長い付き合いではないが……それでも俺は、ある程度の思考なら読むことが出来る。お前何かから逃げたんだろう?」
「っ何故それを!?」
思わず口に出していた驚愕の声を隠す様に、慌てて口を両手でふさいだが効果は無かった。
リジィーという存在は不思議であった。まるで此方の考えが筒抜けの様に会話をしてくるのだ。それも、彼を信用できない要因の一つであるのだが……
そんな事を知る由も無いであろうリジィーは、その考えを告げる。
「まず第一に、お前は今の自身の立場を理解している。二つ目に、逃げ出すのなら、逃げ道の確認など、もっと下準備をする必要があるだろうから、それは無い。その要因から、部屋から出なければいけないほど、追い込まれる何かがあった……という結論を出した。違うか?」
「……違わない……です。」
リジィーは、私の返事に満足したようだった。
軽くうなずきながら、そこで初めて此方に視線を向けた。
「で、何があった?まさか男子共が夜這いに来た訳でもあるまい。アグリウスには其処ら辺きっちりと指示を出しておいたからな。」
正直を言えば、自身の思いを言うべきか迷っていた。言ったとしてもどうにもならないのである。それと共に、やはりまだ警戒心が残っていた……少しの情報からでも、自身の弱みを握られてしまうのではないかと……
「何でもありません……ただ昔の事を思い出してしまっただけです……」
私は馬鹿なのだろうか……なぜこうもあっさりと言ってしまったのだろうか。相手は魔王なのに……私の事など解るはずもないのに……それでも、誰でもいいから縋りたいと思ったかの様に口は回り続ける。
「昔の……父と母の……あいつらの事を……」
一瞬ちらついたその顔を無理やり頭の中から追い出す。なんで、いらないはずの記憶なのに、こうもちらついてしまうのだろうか……
「……そうか……ならお前はどうしたいんだ?」
復讐……そんな言葉が頭をちらついた。当然だ、それが私の今現在の願い、その一つのはずなのだ……
しかしその言葉は喉からせり上がりこそすれど、決して口から出る事は無かった……
(何を躊躇っているの!!私の……私の願いのはずなのに!!)
なぜこんなにも胸が苦しいのかが解らない。まるで、心臓に小さい針が何本も突き刺さったかのように痛むそれを、必死に手を当てて抑える。
「……少し、ある人物の昔話をしようか。」
リジィーのその言葉が掛けられたのは、何とかその胸の痛むが治まった時である。
彼は、その瞳を上に向け、星空を見つめながらとつとつと語りだした。
「その者には、親がいなかった。物心ついた時には一人で、自身の親と触れ合った記憶すらなかった。それでも、その者はそれを特に苦に思った事は無かった。生きる事には色々と苦労してはいたが、それでも自身で試行錯誤しながらの生活は、極めて充実した物だったからだ……」
その昔を懐かしむ様な声音とその瞳から、それがリジィーの……いや魔王の記憶であるのだと解った。
何故いきなり、昔話を始めたのかは解らない……それでも、その郷愁に満ちた声を遮ることは出来なかった。
「そんな者にも、いつしか友が出来た。一人はその者より頭一つ分大きい者、もう一人は半身ほどしか背丈の無い、人間と大して変わらない容姿をした者だった。3人は、困った事があれば互いに協力し、それぞれの願いを満たしていった……だからだろうか……いつからかその者にとって、その二人の友は、家族と言っても過言では無いぐらいに大切な存在になっていた。」
きっとそれは、今でも鮮明に思い出せる記憶なのだろう。時折その光景を懐かしむ様に、間を置きながら語り続けている。
そんな、自身とは全く違う環境に生まれた魔王が、羨ましく、憎かった。
「だが、それは永遠では無かった、ある時……その者に二人の友は別れを告げたのだ……初めて会った時の約束をほっぽり出してな……」
その瞳は暗く揺れていた。当然なのだろう、それだけその者達が大切であり、信頼していたという事なのだ……
そしてその境遇は、私の姿に重なってしまう。それを必死に振り払おうと、慌てて口を挟んでいた。
「約束……ですか?」
それは、気になる事でもあった。多分だが、例え口約束だったとしも、魔王が約束に固執する理由が、そこにあるのではないだろうか、と思ったからだ。
話の腰を折ってしまったその質問に、魔王は何てこと無い様に答える。
「そう……誰から言い出したのか、俺達は仲間じゃなく家族だ!!っていう下らない約束だ……そういえば、家族だから互いに守り合い、協力するのは当然だって言葉は、それに付け加えられたんだったな……」
……また、胸がじくじくと痛みだす。その悲しそうな魔王の言葉を否定する事はできず。否定できないが故に、その姿が自身と重なってしまう。
似ているのだ……私達は……
信頼していた者に裏切られ、それでもまだ倒れる事無く、理不尽な世界を生きている。
違いがあるとすれば、魔王は既に立ち直っており、私は未だに昔の陰に振り回されている事だろうか……
だから聞きたかった……何故そうも強くあれるのかと、何故そうも前を見つめ続けられるのかと……
だがその言葉を出す事は出来ない、聞けばきっと答えてくれると思う。しかしその答えは、私の希望を叩き伏せる様な気がしたから……
所詮、人間である私と、魔族であるリジィーは根本的に違うのだと、無理やり結論付ける。
それは逃げなのかもしれない、それでも私という小さく非力な個を守るには、それが最善の手だと思えた。
「思えば……その時からだな、どんな小さい約束だったとしても、破ろうとは思わなくなったのは……その所為でスーの件は悩む事にはなったが……」
何故かその声音に苦い物を浮かべていたが、自身の考えが当たっていた事が解った。
そしてそれと共に、リジィーに対して何も思う事が無くなっていった……当然だろう、所詮私と彼とでは考え方自体が違うのだ。
確かに約束を守る事は立派である……しかしそれは彼が魔王だからだ。私には到底届かぬ位置に存在する者なのだ。
なら、そこに必死に手を伸ばそうとするのは、はたから見れば滑稽に映るだろう。
だから、私は自身を否定する。届かぬ夢をもう見る事が無い様に……
「ともかく、その者は……俺は……もう二度とあいつらと会う事が無いだろうな。残念ではあるが、それがあいつらの決めた事なら、それに協力するのが……友であり、家族である俺の……」
もう半ば聞き流している状態だった。だから、その異変に気が付くのが遅れてしまった……いや気が付かない方が良かったのかもしれない……
私は……そのリジィーの姿と、悲痛な叫びにより、自身の考えを改めてしまったのだから……
「ふざけるな!!何が家族だ!?初めから居なくなるのが解っていたのなら、こんな感情なんかいらなかった!!ただただ互いを利用するだけの関係の方が後腐れが無かった!!なぁ……友よ……俺はあと何度自身を騙せばいい!!あと何回届かぬ手を伸ばし続ければいい!?なぁ……俺たちは……家族……なんだろう?……こんなに苦しいのに……こんなに困っているのに……何で……何で助けてくれないんだ……」
その目に涙を溜め、必死に嗚咽を堪えながら、まるで其処にその友がいるかの様に天を見つめ続ける、一人の非力な人間の姿がそこにあった……
彼は……立ち直った訳では無かったのだ、私と同じように自身を騙し、これ以上自身が傷つくのを恐れるが故に、ただただ前を見つめ続けているだけなのだ。
きっと、後ろを振り向けば、その二人の友の姿が映ってしまうのだろうから……
だから、彼自身も理解していないのだろうが、目的を欲したのだろう。人間を滅ぼすという、もう誰も覚えていないはずの、口約束を果たそうとするのも、それが原因なのかもしれない……
そしてこれは推測になってしまうが……家族という言葉が、彼の心を震わせるきっかけになったのだろう……きっかけ一つで、ぼろぼろと勝手に崩れていく姿は本当に……どこまでも私と変わらなかった……
だからだろうか、床に座っていたリジィーに思わず近づいていた……そしてちょうど胸の高さにあったその頭を、ゆっくりと抱き寄せていた。
それをリジィーは拒まなかった、もしかしたら気にもしていないのかもしれない……
それでも、その頭を抱きしめ、その頭頂部に自身の顎を乗せていた……そうするべきなのだと思ったから……
星空を背に、時間など気にすることも無く、その行為は続く……
やがて、落ち着きを取りも出したのであろうリジィーは、私の拘束から逃れる様に首を振った。
「はぁ……すまない。少し取り乱したようだ……まぁ散々言いたい事は言ったが……用はそこまで気にする事は無いという事だ。私でも悩むことも多いが、それでも大なり小なり決断を下しながら生きている。なら、一つの事に捕らわれ続けるのは悪手であろう。」
その言葉には、昼間の尊大な物言いが戻っていた。きっと先ほどまでの会話はリジィーという人間の物で、これからの会話は魔王として発言するつもりなのだろう。
その切り替えも、もしかしたら自身を守る秘訣なのかもしれなかった。
「そろそろ夜も遅いだろう。何か私に相談したい事があるのなら聞くが、無いのならもう私から言う事は無いからな。部屋に送らせるが?」
再度、今まで手にしていた道具を見つめ直しながら、問いかけてくる。
それに対し、何も言う事は無かった。自身が抱えていたつっかえが取れた様な気がしたからだ。
何故かは解らない、それでも、ずっと胸にあった痛みが、無くなっていたのは事実だった。
だから何も相談したい事は無いと言おうとした……しかしそこで、一つだけ自身の意思を示したい事がある事を思い出した。
「一つお伝えしたい事があります。」
彼は道具から目を上げない、しかしその沈黙から彼なりの肯定だと取り、その先を続ける。
「昼間の答えを今ここで言ってもよろしいでしょうか?」
「……別に今でなくても良いぞ。明日までなら十分に対応できるからな、是であれ否であれ、しっかりと考えて答えを出すと良い。」
その此方を気遣ったのであろう言葉に、ますます自身の思いが強くなっていくのが解る。
「いえ、今言いたいんです。」
その一種感情に任せた様な言葉を聞き、リジィーは少し呆れたように答える。
「一時の感情に流されるのは馬鹿のする事だ。後で後悔したとしても、自身の言葉は取り消せないぞ。」
「構いません。きっと今の私すらも否定してしまったら……もう二度と、私は自身を信用できなくなると思うので。」
それは紛れも無い自身の感情だった。もしかしたらこの答えは後悔するかもしれない、それでも、彼と共に歩んでいけば、いつかきっと、自身の求めている答えが解るような気がしたから……
そんな考えまで見抜いている訳では無いだろうが、彼は瞳を道具から離し、此方を見据える。
私の答えを待っているのであろう、沈黙は少しばかりの重圧として圧し掛かってきた。
その彼に、昼間教わったばかりの、礼の仕方を真似ながら、跪き頭を垂れる。
「リジィー様、私は貴方に忠誠を誓います。」
「今ならその言葉、取り消すぞ?」
もしかしたら試しているのかもしれない。きっと、彼が欲しいのは絶対の忠誠なのだ。そんな言葉で揺らぐ程度では、話にならないのだろう。
そう判断し、すぐに返す。
「私の答えに間違いはありません、私は貴方に忠誠を誓います。」
「そうか……ならその忠誠、リジィー・スロードの名において、しかと受け取ろう。」
「ありがとうございます。リジィー様」
もしかしたら、この答えが自身の知る者を手に掛ける事になるのかもしれなかった。
まぁその時はその時だ、リジィー・スロードが私にとってどんな存在になるかで、その答えは変わるのだろうから……
私は……今は少なくとも、この非力な魔王を信用してみたかったのだ……
魔王が友と呼ぶ者が残した世界の中、二人の姿は、空に浮かぶ満点の星に祝福されていた。
(ファンファーレ)ブラウがナカマにナッタ
今後彼女がどんな人生を歩むのか、作者としても楽しみにしながら次回に続きます。
ではまた次回の機会に




