終わりにして、始まりの物語
一般的な序章と変わりません。
いろいろと間違った使い方の文、文法、そして数多くの誤字があると思いますが、そんな物は気にせずに楽しんでいただければ幸いです。
後、残虐表現は人間世界に侵攻するまでほとんどありません。
最初の方はもっぱらコメディーチックに進行していきますのでご了承ください。
「このゴミ虫がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その絶叫が響き渡ったのはこの世界の最果て、魔王城の玉座の間であった。
発したのはこの世界では魔王呼ばれている存在、その異形の人外はその日から100年ほど前、人間に……世界に対して宣戦布告をした。
「跪き、慈悲を願うのであれば滅ぼすのだけはやめてやる。」
絶対的な強者としての発言、事実魔王は、その驕りにたるだけの自信と実力を兼ね備えていた。
そして、魔王自身だけでは無くその配下、10魔族と呼ばれる魔王の傍らに立つ臣下も、それぞれが魔王に遠く及ばないながらも、単騎で一国を相手取って戦えるであろうだけの実力を持っていた。
多くの魔族、そして人間までもが……その圧倒的な腕力、魔力の差に、直ぐに魔族の勝利という形で決着はつくと思った。
しかし、人間達の想定異常の反撃にあい、魔族と人間の全面戦争は長く続くこととなった……
それでも、魔族は自軍の勝利を信じて疑わなかった。
それは一種の嘲りでもあった、彼らは人間という種族を長く見てきており、その種族が同族同士でいがみ合い、潰し合う愚かな種族であると認識していたためだ。
もしかしたら……この人間という種の存亡の危機になっても、未だに互いに争い続けるのでは? と魔族は思ったほどだ。
結果を言うならば、いかに対立していようとも スアー公国、シオン王国、マクジ共和国、クルガ帝国の4国は互いに手を組まざるをえなかった。
各国の統治者は、すぐさま魔王という存在を全世界共通の敵とみなし、半ば強硬的に反対意見や日和見主義者を押しのけ、魔王を討伐するまではという条件付きで、その時点で行われていた、大小を問わない人間間での戦争を無条件で締結させた。
そして、互いの持つ技術を寄せ集め、魔王に対する反抗の狼煙を上げる事となる……
それ自体は魔族、並びに魔王自身も想定していた事ではあった、反撃事態も想定以上とはいえ、決定打となり得る程のものでは無く、それもまた戦争の泥沼化という事態に一役買ってしまった……
時間にして実に100年……その戦争はとても長く……とても過酷な戦いとなる。
だが、先にも言った通り魔族と人間の差は明白であった。何とか保っていた均衡は段々に崩れ始め、次第に人間は劣勢へと追い込まれていく。
それに伴い士気はどんどん低下し、気が付けば戦わずして戦線を離れる者もいる始末である……
後10年もすれば、魔王の勝利でこの戦争は終わっていたであろう……そう確信が持てる程には、人間は既に諦めていた……
……彼らが現れるまでは……
4英雄、後世にまで語り継がれる事になるその4名の人間は、4国がその国の中で一番の実力者であると判断した者の集まりであった。
彼らの働きは目覚ましく、各国の領地にまで攻め入っていた魔族は、瞬く間に殲滅されていった。
そしてその4英雄の働きにより、地の底を通り越し奈落にまで落ち込んでいた人間の士気は天井知らずに回復。
今までの長い戦争が嘘の様に勢いづいた人間達は、破竹の勢いそのままに魔王城まで進撃をすることになる。
そしてオルド歴500年、その日ついに魔王は自身の終焉を知る事となる。
突き刺さった魔法の矢を引き抜き魔王は苦痛に顔を歪める.
ふざけるな!!
その怒りに頭の中を埋め尽くしながら、それでも頭は冷静に次の一手を考える。
目の前に立つ4英雄を前にして……
「ここまでだ魔王!!」
声を発したのは4英雄の内の一人。
剣を構え、前衛を務めているその姿から、スアー公国の英雄だと思われるその人間は、リーダー然とした態度で此方に告げる。
「終わりだとぉぉ?」
思わず口の端が笑みの形に歪んでいくのを感じながら、魔王は嘲笑する。
「何が可笑しい!!」
その嘲笑に反応したのは剣士のすぐ後ろに立ち、此方へ弓に矢をつがえ突き付けている男の物だ。
魔王の知識の中から、その表に出している武器と腰に纏っている様々な道具などから、それがシオン王国の英雄だと判断する。
「終わりとは一体なんだ?」
未だに此方の発した言葉の意味、そして嘲笑の意味に気が付かない人間共は、困惑に顔を歪めている。
酷く無知な存在だ……こんな奴らに我が軍は大敗したのか……と、少しばかり後悔とも羞恥とも取れない感情を抱きつつ、未だに気が付かない英雄共に教鞭を振るってやることにする。
「まさか、この程度の攻撃魔法で我を倒した気でいる訳ではあるまい?」
そう、この程度では私は殺せない。
たとえこれが毒の矢だったとしても結果は変わらないだろう。
何故なら、そういった諸々の対策は既に終えている。
単純な能力強化に始まり、精神強化、体内状態の固定化……
自分が習得しているありとあらゆる魔法を、一部の制限はあれど、自身に付与しているのである。
現に既に魔法の矢を抜いた部分は治癒が完了している。それは今の自身にとって、この程度の一撃が致死に繋がる様な物ではない事を指示していた。
そしてその事実に気が付いたのであろう、4英雄、そのそれぞれが顔に苦い物を浮かべているのが見て取れる。
「リュー、いつでも魔法の準備は出来ている。」
その言葉はこの部屋に入るとほぼ同時、宣戦布告も宣言も無しに突如として魔法の矢を放った者の言葉だ。
その言葉に剣士、リューという名の人間が頷きを返しているのを眺めながら、魔王は自身の胸中に渦巻く私怨に悶える。
(ただでは済まさぬぞ!!小娘ぇぇぇ!!)
内心で燃え上がる怒りという感情そのままに、マクジ共和国の英雄であろう魔法使いに、憎しみにすら近い感情を向ける。
魔王は戦いが好きであり、魔王なりの決まりを持って戦いに当たるのが自身の美学であった……
その一つが宣戦布告……例えそれがただの虐殺になるのだとしても、手を出す前に宣戦布告という宣言をするのだ。
人間からしてみれば笑いの種にしかならないであろうそれは、魔王にとっては独特の美学なのであった。
それを汚された
最初の怒りも、人間という虫に向けた物よりかはその魔法使いに向けられた怒りの割合が大きい。
故にその怒りのままに、魔法使いは全力を持って弄んでやるという並々ならぬ意思を込め睨む。
……と、それを遮る様に一人の男性が魔法使いの前に立つ。
神官とも見て取れるその服装から、クルガ帝国の英雄だと思われるその男は……
「私も準備はできています。」
魔王という存在を前にしながらも、取り乱す事無く他の英雄に声を掛ける。
その声を聴き剣士、リューは残りのシオン王国の英雄へ視線で確認をとる。
それに対する答えは首を微かに縦に振るという物であった。
既に言葉はいらないのであろう、頷きを確認したリューが此方に向く……その視線には固い信念と決意が見て取れ、いよいよ待ちに待った戦いの瞬間が訪れるのだと魔王は理解した。
「まずは、おめでとうという言葉を君たちに贈らせてもらうとしよう。」
口をついて出たのは賛辞の言葉。魔王は流暢な人語を用い、自身の前に立つ英雄達へ向け賛辞を述べる。
それに対し、突然の魔王の賛辞を受けた4英雄の面々は、驚きと懐疑に彩られる。
一体何を考えているのか? 瞬間的に理解できるその疑問を受け流しながら、英雄達の反応には大して興味もわかない魔王は淡々と言葉を続ける。
「君達は強い、それもこの私の目の前に立つことができる位に……」
お世辞などでは無い、心からの本心で彼らに言葉を投げかける。
そこに敵意が未だに見えないという事もあるのだろう。彼らは訝しみながらも口を挟もうとはしない。
「この世界で、君達の上に立つ事が出来る者はいないだろう……たった一人を除いて……」
その最後に付け加えられた言葉で、英雄達の顔に理解の色が浮かぶのを目にし、畜生程度には知恵があるのであろうと評価を改める。
そして、魔王は一つの提案を告げた。
「我の配下となれ、貴様らが望む物を約束しよう。」
それは魔王の強者への賛辞の言葉であった。
何も本気で下につけと言っている訳では無い、それだけ自分が相手を認めており、それでも自身が上だと自負しているだけの話である。
だからこそ戦う前に提案する、私に着くのなら、命だけではなく褒美も与えてやると。
「「「「断る」」」」
4者4様、それでも一糸乱れぬ拒絶の言葉が返ってくる。
その言葉に対し、特段悲しくは無いが……それでも少しばかり勿体ないと思いながらも、すぐに思考は切り替わっていく。
戦いへの渇望、享楽へと。
「そうか、それは残念だ……」
言葉では残念がりながらもその声音に狂気的な喜色が浮かんでいるのが自身でも解る。
自身の声音に戦いの気配を感じたのであろう……n4英雄、その各々が手にした武器を構えなおす。
「我は魔王、この世の全てを壊し、全てを支配し、全てを創造する者なり。」
それは魔王による英雄達へ向けた宣戦布告であった。
「ゆえに宣言しよう、貴様らはここで朽ち果てるのだ!!」
それが世界の命運を賭けた戦いの始まりを告げる声だった。
戦いは激戦を極めた
剣士は魔王を相手取り、一歩も引かずに耐え忍び、神官がその身に神の加護を与え続ける。
魔法使いは隙あらば魔法で魔王を叩き続け、魔王が其方に意識を向かせても連携を乱さずに動き続ける。
弓矢による牽制も生きる、いかに大した事が無いと魔王が評価したとしても、それがいくら食らっても構わないという事には繋がらないからであり、何らかの対応を迫らせる事に成功していたからだ。
そして、それとは別に数多くの道具と魔法道具の存在もあった、英雄達は無数にあるそれらの効果を熟知し、最適な瞬間を一瞬で判断し、躊躇なく使用する。その思考の速さも勝利を掴む一因となったのは固くない。
それでも魔王は強かった。
どれだけ切り付け、突き刺し、数多くの魔法を受けてもひるむ事は無く。
英雄たちの連携に攻めあぐねこそすれ、英雄たちにも決定的な瞬間を掴ませる事は無かった。
とても長い時間、魔王と英雄の戦いは続く……
しかしそれも永遠ではない。
一瞬、それもほんの一瞬、刹那とも取れるようなその瞬間だけ魔王は英雄たちに隙を許してしまったのだ……
もしその一瞬を逃していれば、きっと4人の英雄は敗北していたのだろう。
だが英雄はその瞬間を逃さなかったが故に英雄で在ったとも言える。
まず、矢が活路を切り開いた。
咄嗟につがえられ、放たれた一撃、それ故にその一撃は大した威力を持ち合わせていなかった。
故に魔王は迷った、いや迷ってしまった。
叩き落とすなり回避するなり、どちらだったとしても行動を起こすべきだったのだ。
次に魔法使いが動いた。
「ディレイスペル・サンダーボルトアクセレーション!!」
放たれた矢に追従する様に放撃たれたのは雷の中級魔法。
それはこの英雄達との戦いの中、魔王が何度も見て来たものだった。
それ故、その魔法が決定打にはなりえないと魔王は判断する。
それでも、わざわざ自身へ向かってくる攻撃を無視する意味も無いだろう、魔王は一瞬の思考の後に矢と魔法を迎撃すべく魔法を紡ぐ。
ちょうど一直線に連なるその二つを一度に迎撃すべく貫通力を持たせた一つの魔法を。
魔王が放った魔法は瞬時に矢へ到達する。しかし、ここで魔王は自身の失態を理解する。
矢が掻き消えたのだ
忽然と突然に……いや、矢が消えただけならば問題は無かった。
問題は魔王の魔法と一緒にという事。
考えてみれば酷く当たり前の話だ、奴らも魔王に対する対策をしてきただけの事。
そして、今魔王の魔法と一緒に掻き消えたそれは、英雄達の切り札であるという事なだけだ。
だがそこまで考え、尚更迫る魔法を無視する訳にはいかなくなってしまったのが事実でもあった。
当然だ、そこまで守り通すという事は、その魔法には何かしらの価値があるという事だという事……
一瞬ブラフかとも考えたがその考えを破棄する
なぜなら、今までの戦いの中で英雄達の戦いは一貫していたからである。
剣士が前衛で魔王の動きを封じ、弓矢と魔法による継続的な攻撃と共に、残った一人が終始回復などのサポートを続ける。
互いが互いの役割を徹底し守り、誰も折れずに直向きに自身の役割を貫き通し、それと共にどこかが崩れそうなら他者がそれをカバーする。
鉄壁……そう呼んでも過言ではない布陣がそこにはあった。
自身でも称賛を送る程の布陣を前にし、魔王自身もなかなか戦局を変える事が出来ない状況だった。
だがそれは相手も同じなのである。一番前に立つ剣士の役割は囮と防御……其処に攻撃の目的は無く、修終始防御に専念しているからこそ、今の均衡を保てているという事でもある。
そう考えれば、英雄達も簡単に今の布陣を壊す事が出来ないはずだ……
その前提が在ったからこそ魔王は躊躇わず動く。
この魔法を叩き潰せば自身の勝ちだという事を確信したが為に……
「スピードスペル・マジックアロー」
その短縮詠唱が終わると共に一本の魔法の矢が迫りくる雷を迎撃する。
雷は魔法の矢にたやすく引き裂かれ空中に霧散する。
その結果に満足した魔王は、そこでさらに自身の浅はかさを痛感させられた。
剣士が動いたのだ……
今まで、徹底して防御と共に魔王の動きを封じていた剣士は、大きくこちらに一歩踏み込み、腰だめにした剣を全体重と重心の移動を駆使し突き出してきていた。
魔王の守りは間に合わなかった
「ぐぉぉぉぉぉぉ!?」
悲痛な悲鳴が口から漏れ出るのは仕方のない事だろう、だが魔王はそれでも負けては居なかった。
剣士の全力を込めた渾身の一撃、確かにそれは魔王の体に届き、穿ちはした……だが魔王の……ひいては全生物の急所である心臓に届かなかったのだ。
それでも、魔王の筋力と魔法による増強を受けた体に、その直前までとはいえ剣を突き入れたのである。
もし、もう少し……魔王の力が……魔力が足りなければ届いていた……
もし、もう少し……剣士の力が強ければ届いていた……
そんな一撃を受けきって尚、魔王は焦っていた。
英雄達に絶望が欠片も見る事が出来なかったからである。
彼らの目にあるのは闘志のみ、まだ勝負を捨てていないのだと解る程に、明確に燃え盛る炎が見て取れる……
それはつまり……
神官が動く
魔王は自身の敗北をその瞬間に悟った……その神官の考え、並びに英雄達の考えには簡単にたどり着けてしまったが為に。
酷く簡単だ、足りないなら足せばいい。
神の加護により筋力の増強を得た剣士は、既に筋肉の間に埋もれ固定されていた剣を再度押し込む。
「っかぁはっ!!」
胸の内部、心臓に痛烈な痛みが走ると共に体から力が抜けていく。
剣士は勝敗が決したのを感じたのだろう。胸から剣を引き抜き魔王の最後の悪あがきに対処できるよう、ほかの英雄の近くへ退避する。
その手際の良さに感嘆の念を覚える。
愚かだと思い侮っていた……
非力だと思い油断していた……
人間だからというだけで無条件で勝ちを確信していた……
その結果がこれである。
別に後悔は無い、ただあるのは魔王に勝つという奇跡を起こした者達への称賛。
(いや、勝つべくして勝ったのだこの者達は……)
万全の準備を尽くし幾多の道具を駆使し数多の作戦を遂行し続けた。
本当に素晴らしい……
できればこのまま、この者達に敗れた魔王として華々しく散りたい、そう思わせる程には魔王は4人の英雄に魅了されていた。
「……やっと……やっと終わるのか……」
英雄達への感嘆の念のまま、ぽつりと漏れ出たその言葉……それがどういう感情から漏れたのかは理解できない……それでも、穏やかな気分のままにその感情に身を委ねようとし……
だが、それは許されない。
突如として感情を黒く塗りつぶしたその一言に吸い込まれるように、意識が現実へと引き戻される。
「そうだ……許されない……私は……多くの者を……犠牲にしたんだ……」
そうだ、ここに至るまでの間に多くの者を犠牲にしのだ……
末端の魔兵士達は元より、今もまだ私の勝利を信じ、これ以上私に負担を掛けまいと城の至る所で戦い続ける10人の臣下とその部下達……
「そう……だ、私は……勝利を約束……したのだ……」
ごぼごぼと口から溢れ出す血液など気にもせず声に出して再度宣言する。
その既に死に体にも関わらず、迫力を撒き散らす魔王に気圧されたのか、英雄達が半身引いたのを視界の端に映しながら魔王は最後の魔法を練り上げる。
「なら……私は……勝利……せねば……なる……まい……」
もし英雄以外の人間がこの場にいれば、きっとその者は魔王が放つ重圧のみで事切れているだろう。
それほどの重圧を依然、無秩序に発し続けながら魔王は独り言をつぶやき続けた。
英雄達は動けない、未だ底が見えないがゆえに、それでも何か在ったのならば即座に対処できる様に意識を張り詰め続ける。
「見事だ英雄達よ!!」
突如魔王から爆音が発せられた。一体その瀕死の体からどうやって出しているのか? その声は世界に響き渡る様に城全体を震わせる。
「今世の私は貴様らに敗北した!!」
それは魔王の敗北宣言だった。しかし、英雄達には困惑が広がっていく。
その声を発するだけの力があれば、英雄達に最後の一撃を放てたはずだと理解したからだ。
「だが、我の事をゆめゆめ忘れるな!!いずれ我はこの場に帰ってくる!!絶対にだ!!」
その困惑を無視し魔王は続ける。
いや、既に英雄達には意識の欠片も割いては居なかった。
なぜならこれは、自身を信頼する部下に対する宣言だったからだ。
「それまでしばしのお別れだ!!また会おう!!」
その最後の宣言の後、魔王は意識を失い、命を失うと共に一つの魔法が発動された……
オルド歴500年、100年にも渡り人間を苦しませ続けた魔王は、4英雄によって確かに討ち滅ぼされた。
◇◆◇◆◇◆◇
リジィー・スロード、それがその少年の名前だった。
オルド歴984年、スアー公国領ソルエ村という、周りを平原に囲まれた牧歌的な小さな村に生まれ8歳まで両親の仕事(主に畑仕事だが)を手伝いながら。独学で剣術並びに弓術を習得。
彼が周りを驚かせたのはその上達速度
次から次へと知識を吸収し発展させていくその姿は、子供の姿をした仙人なのではとソルエ村の住人に思わせたくらいだ。
ともかく、独学にも関わらず目覚ましい上達を見せるリジィーに、ある時両親は言葉を掛けた。
「お前がやりたい事をやりなさい」
それはソルエ村以外の村民が聞いたとしたら驚くべき言葉だった。
当然だろう、いくら才能があるとしても小さな農村では、たとえ子供だとしても男手がほしい物なのである。
それを自分から言い出したのであればともかく、両親自ら子供にそう告げるのは理解できない事であった。
しかしソルエ村の村民は納得が行ってしまう。
確かに、この村の中で腐らせておくにはもったいない才能だ……と
結果、その両親の言葉にリジィーは感謝の言葉を残し、数日後その村からリジィー・スロードは旅立ったのであった。
その後、まず初めに向かったのはスアー公国領、幾多もある都市の中の一つ、城塞都市グ・ラムスであった。
リジィーがこの都市を選んだ理由は、ソルエ村から近くそこそこでかいという事、それとは別に冒険者による組織が存在する事が大きかった。
ギルドと総称されるそれは旅人はもちろん、一定の区域でのみ活動する荒くれ者達の生活にとって無くてはならない存在であった。
そのギルドについて簡単に説明すると……
ギルドが組織として大なり小なり無数の依頼を集め、精査し、報酬を定め、ギルドと契約した者達へ発注する。
依頼を受けた者がその依頼を完了させると、ギルドはあらかじめ依頼者から受け取っていた報酬から、発注手数料が引かれた金額を渡し。
失敗した場合は、報酬として受け取っていた物はその全てが依頼者に返され、その際の補てんに必要な金額は、失敗した者が支払うという酷く簡単な仕組みの機関である。
いろいろと荒があるこのギルドという機関だったが、それでも多くの腕に覚えのある者達が利用する機関でもあった。
だからリジィーは何のためらいもなくギルドに所属する契約を交わし、グ・ラムスを拠点として、約二年の間その都市で暮らすことになる。
当時のリジィーを知る者に彼の評価を聞いたとするのならば、全員が全員、程度の違いが在れど同じ言葉を口にするだろう。
化け物だよあいつは……
断っておくがリジィーは紛れもない人間である。
大して優秀とは言えない両親の元に生まれ、牧歌的という言葉が似あう村で育っただけのただの人間である。
なら何故そう答えるのか?
答えは至極簡単、異常に強いのだ。
その小さな体の何処から出しているのか? 多くの者が口にした疑問の一つがそれである。
さすがに大の大人には負けるものの、それでも将来有望だと多くの者が思っていた。
まぁそれだけなら他にも例がある為、化け物扱いまではされなかったかもしれない……
それに加えて頭が切れるのだ。
1を語れば10を悟るかのように行動する……そういう人間だった。
結果として彼に関わろうとする者は多くは無かった。
当然だ、誰が好き好んで得体のしれない化け物の傍に近寄りたいと思うだろうか?
そんな評価を受けていた彼ではあったが、彼が十歳の半ばを過ぎた時、転機が訪れる。
とある一つのチームに誘われたのだ
チームを組む事自体は特段珍しくは無かった。同じ目的(主に金銭)を持った者たちが自然と徒党を組むこと自体は可笑しくない。
むしろ他者がいる事でできる事の幅は格段に広がり、より報酬の高い依頼を受ける事が可能となるため、メリットの方が大きいというのが大多数の考えだろう。
ではなぜ今まで誘われる事が無かったのか? まぁこれは先ほどのリジィーの評価を考えてくれれば自ずと解るだろう。
ともかく、その誘いに対しリジィーは大して迷った素振りすら見せず、了承するのであった。
そして、メンバー3人にリジィーを含めた計4名のチーム、チーム名「コプレーション」はその名をスアー公国内に轟かせる事となる。
リジィーが15歳を迎える頃、彼は突如としてチームの脱退を申し出る。
もちろん他メンバーは強く引き留めたが、それでもリジィーの中に信念らしき物を感じたのか、最後は泣く泣く折れてくれた。
そして送別会と称した別れの儀式を行った後、リジィーはとある場所を目指し旅に出る。
そこは世界の最果てとも呼ばれる通り、とてつもなく遠い場所であった。
しかしリジィーは、今までの蓄えを食い潰しながら半ば強行軍で移動する。
そして約一年後
彼はようやくその場所にたどり着いた。
目の前に聳え立つ巨大な門を前にし、リジィーは静かに目を細める。
その目に映るのは郷愁か、はたまた何かに対する期待か?
眺めたのは一瞬、リジィーは……かつて討ち滅ぼされ、既に人の歴史の中では忘れ去られた存在となった魔王は門を開き中へ入った。
◇◆◇◆◇◆◇
魔王城玉座の間、目の前に鎮座する巨大な玉座を前に、一つの影が静かに片膝をつき頭を垂れていた。もし彼の姿を見た者がいるのならば、全員が口を揃えこういうだろう。
悪魔……と
そう、彼はその言葉通り悪魔であった。
頭は牡牛の姿に似ており、その立派な巻角は羊を思わせる。
悪魔と言う種族に個体差はあれど、その言葉から、一般的に思い浮かべる事が出来る様な姿である。
その彼は今、忠誠を誓うかのように空席の玉座へ向かい、黙したままその体勢を崩すことは無かった。
……どれだけの時が立ったのだろうか……長い黙祷の末、瞳を静かに開けた悪魔はゆっくりと立ち上がる。
「どうしましたか?シュリ」
その声音はその凶悪な外見とは裏腹に爽やかな青年の様な声だった。
悪魔は後ろへ振り向きつつ、後ろで待っていた少女へ声を掛ける。
シュリと呼ばれた少女は、その短い金髪を揺らしながら出入り口の扉から悪魔の元へと近づいていく。
年のころは10歳を超えたぐらいだろうか、短く切りそろえられた艶やかな金髪は、収穫間近の小麦畑を連想させる。そして、未だ幼さが残るその顔は、子供ながらに整っており、将来絶世の美女になるであろう事は簡単に想像できる程可愛らしい。
シュリの姿はまさしく人間のそれである。対面に立つ悪魔と違い、人間と何ら変わらない容姿をしている彼女ではあったが……ある一点だけが彼女が人間でない事を表していた。
それは耳である。異常に耳が長いのだ……それはこの世界ではエルフと呼ばれる種族の大きな特徴の一つであった。
「王は本日も来られていないのですね……」
シュリの声は子供の独特の特徴的な高さで在った。
しかしその抑揚は落ち着き払い、とても長い時間を生きた存在なのではないかという疑問を、聞く人がいたのであれば抱かせるだろう。
悪魔はシュリのその言葉に玉座を一瞥すると共にそこにかつて存在した王に思いをはせる。
圧倒的な強者、それが彼が崇拝する王への評価だった。
だからこそ、今でも王が人間共に敗北したという事実が信じられなかった。
それでも……この玉座が未だに空席である事実が、それを現実として悪魔の前に叩き付けられている。
「アグリウス……すみません」
それはシュリの謝罪の言葉だった。
そしてその言葉は幾度となく聞き、自らも言った言葉であった……
故その後悔と謝罪に対する答えも既に出ている。
「誰も……誰も悪くはありませんよ……」
それがアグリウスを含む魔王の側近達、10魔族の総意だった。
そう……誰も悪くは無いのだ……
全員が全員、全力を尽くしていた。
10魔族は元より、かつてこの魔王城にいた幾万もの兵士も……
それでもアグリウスは……他の皆もだろうが……時々思うのだ。
もし、あの時4英雄の誰かでも足止めできていれば……と
足止めは出来なくても相打ち……もしくは多少の傷ぐらいは与えられていればと……
今更どうしようもない事だという事は解っている、だがそれ故に後悔は止めどなく溢れて来てしまう。
「もう行きましょう。」
アグリウスは後悔を断ち切る様に、シュリに声を掛け玉座の間を後にする。
それに続く様に自身の後ろをとことこと歩く存在を知覚しながら、アグリウスはふと今の年号を思い出す。
オルド歴1000年、奇しくも、今から丁度500年前に我らが偉大なる王は英雄に敗北したのだ。
瞳を閉じれば今でもその時の事をありありと思い出す事が出来る。
「見事だ英雄達よ!!」
王のその声を聴いたのは殺到する人間共に、無差別の死を振りまいている最中だった。
その賛辞の声に、初めは我が王の勝利で戦いが終わったのだと思ったのだが、続く言葉でその思いは叩き潰された。
「今世の私は貴様らに敗北した!!」
理解できなかった……我が王が人間なぞに敗北している姿が見えなかったからである。
それでも、王は自ら敗北を宣言した……それは何らかの意味があるからだと、混乱しながらもできる限りの思考を働かせる。
事実その時の予想は当たっていた。
「だが、我の事をゆめゆめ忘れるな!!いずれ我はこの場に帰ってくる!!絶対にだ!!」
その言葉を聞いた時心が震えた、なぜならこれは、人間に対する宣言ではなく我々、今もまだ魔王に忠誠を尽くしている者達への言葉だと理解したからである。
そう……我が王は戻ってくるといったのだ!!ならそれを待つのは我々、臣下の務めのはずだ!!
その思考が頭の中を支配した瞬間には撤退の準備を始めている。
人間に背中を向け、負け犬の様に逃げるのには何の躊躇いもなかった。
当たり前だ、王が返って来た時出迎え、すぐにでも王の意思を叶えるのが最も正しい事だと判断したからだ。
「それまでしばしのお別れだ!!また会おう!!」
「はっ!!我が王もお元気で!!」
我が王に別れの挨拶をし、アグリウスは魔王城を一時的に後にした。
それが500年前の話である。
あれからずっと待ち続けているが……今日もまた王はご帰還なされていない……
「王は喜んでくださるでしょうか?」
その問いかけに、意識を過去から現実に引き戻されながらアグリウスは答える。
「勿論です。我らが王は懐が寛大な方だ、我ら10魔族だけしか残らなかったとはいえ、その忠誠にはしっかりと答えてくださるだろう。」
シュリに対しそう答えはしたが……それは内心アグリウスも不安に思っていた所であった。
初めの一年ほどは色々と城内を荒らし回る各国の人間がいた様だが、それもやがて沈静化し、立地が悪いという理由もあるのだろうがすぐに人間共は去っていった。
そこから生き残った魔族達を、私とシュリを含む10魔族が主導となり集めなおしたのだ。
始めの内は魔王城にいたほとんどの者が戻ってきた、それでも時間の流れは残酷だ。
やがて一人、また一人と城を去る者が現れたのである。
引き留めればよかったのかもしれないが……彼らにも生活があるのだと、10魔族内での幾度の会議の末、そう結論をだし。去る者は自由に去っても構わない事とした。
(結果残ったのは我ら10魔族のみとはな……)
もちろん全員が実力者である。それでも、王が戻ってきた際すぐに行動を起こすという、500年前の誓いは叶えられそうにはない
自嘲ともつかない笑みを顔に浮かべながら、今後の行動を後ろについてくるシュリへと告げる。
「シュリ、私はこのまま正門前の大広間を清掃しようと思います。」
王がご帰還なさるまでやる事が無く、ただただ暇を持て余すばかりだった為、時間を少しでも有効に活用しようとした結果始めた掃除という行為は、既に日課の域を超え、趣味になっている事は後ろを歩くシュリも知っている事である。
私の自由気ままな言葉にシュリは少し間を置き、私もご一緒します、と返事を返しついてくる。
(暇を持て余しているのはシュリも同じか……)
きっとシュリもやる事が無いのだろう、少しばかり同情を覚えながらも大広間へ向かうと、一つの人影が存在する事に気が付いた。
一瞬、ほかの10魔族かと思ったが……その姿が人間の物だと把握すると共に、即座に敵だと判断する。
「……殺すか」
アグリウスに躊躇いは無い、いくら敗北したとはいえ人間は依然として彼の中では最下級の評価でしか無く、それでなくても王の居城に無断で入る侵入者を許す訳が無い。
故にその行為に対し、特段何かを思う様な事は無く……しいて何かの感情を覚えるとすれば、その人間を殺すことで掃除の仕事量が多少増えるであろうという事だけしかない……酷く淡泊で希薄な思いしか感じない。。
故にアグリウスは、特に何かしらの特別な感情は無いままに、人間に近づいた。
……その人間に一つの影が重なるまでは……
一瞬見間違いかと思った。それどころか一瞬でも下等な人間なんぞにその影を重ねた事を恥じる。
それは有りえない事だと必死に否定の感情が沸き上がる。それでも目の前の人間からその影は離れる事は無く、足を彼へと進めるたびにその影は大きく、こくなり続ける。
どうして、何が間違えば人間なんぞになるのか解らない。これがそこら辺を行くスライムのほうがまだ理解できる、なのになぜ……憎き人間なのか!!
頭は混乱し続ける……それでもその人間の前にたどり着いたアグリウスの体は自然と跪いた。
それが答えだ。
「お待ちしておりました。我が王。」
静かに頭を垂れ相手の言葉を待つ、いつの間にか隣にはシュリも並んで同じように頭を垂れている。
その場を何も知らない物が見たとすれば目を疑うような光景だっただろう。
人間の敵だとも言える悪魔が跪き、その横にはどんな宝石でも敵わないような少女がそれに倣い絶対の忠誠を誓う。
そして、その絶対の忠誠を誓う二人を前に、16歳の少年は物怖じせず彼らに向けこう答えたのだ。
「待たせたな、アグリウス、シュリ」
◇◆◇◆◇◆◇
「すみません我が王!!」
500年越しに座った玉座の座り心地に若干違和感を覚えながら、リジィーはアグリウスの言葉に耳を傾ける。
「全ては私の監督不行き届きであります!!」
一瞬その言葉が何を意味しているのかが解らなかったが直ぐに合点がいく。
右手を鷹揚に掲げ、アグリウスに言葉を返す。
「よい、10魔族全員が私に忠誠を尽くし、残っているだけでも私には嬉しい話だ。」
お世辞でも何でもない、俺自身には16年の……それも自我が目覚めるまでの時間を除けば、より短い時間しか経っていないが……あれから既に500年経っているのだ。
懐かしい魔王城に戻ってきたはいいが、中を見てみれば誰も残っていませんでした。という結果ははっきり言えば想定はしていた。
それでも、誰も残っていなかったとしてもこの城には戻って来はしたが……
俺の言葉に感激したかの様に頭を垂れ震えているアグリウスを尻目に、俺はもう一人の10魔族へと目を向ける。
「アグリウスはともかく、シュリもあの時のまま姿が変わっていないな……」
それは大広間で二人に再開してから思っていた疑問だ。
いくらエルフとはいえ、さすがに500年もの月日が立てば老婆の姿に変わっていても可笑しくないはずなのだ。
その疑問に対するシュリの答えは予想していなかったものであった。
「これは我が王の御力による物ではないのですか?」
「……えっ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れてしまったが慌てて、かつて魔王として生きていた時の記憶を掘り返す。
その結果、一つのマジックアイテムの存在を思い出す。
「そうか、あれか~あれの所為か。」
思わぬ情報が舞い込んできた。この魔王城に無理をしてでも戻って来る事にした複数の理由、その内の大きな目的の方が問題無い様で、俄然気持ちが盛り上がる。
そこで、今の今まで二人が頭を垂れ続けている事に気が付き、慌てて彼らに頭を上げる様に指示を出す。
そしてもし……本当にもし、誰かが残っていてくれたらしようと思っていた質問をする。
「アグリウス、貴公に一つ質問がある。」
「はっ!!何でございましょうか?」
「貴公から見て我の力量はどう見える。」
そう、その部分が疑問だったのだ。
あれから約500年、予想外だったとはいえ、人間として転生した利点を俺は精いっぱい利用したつもりだ。
その中で一番驚いたのは、人間の生活が全然進歩していなかった事。
可笑しな事に500年前から何ら変わっていなかった。
まぁ始めは、小さな村までは行き届いていないのだと考えた、だがそれなりに大きい都市でさえも同じであれば進歩していないのだと結論づけるしかない。
そして、二つ目に驚いたのは武力の低さ。
ギルドとかいう機関に所属して解った。人間の力は依然ゴミのままだという事を。
初級魔法すら上手く扱う魔法使いは少なく、中級魔法のほんの初歩に片足を突っ込むことが出来れば国が取り立て、エリートとして将来安泰だという始末。
これをゴミと言わずして何といえばいいのか解らない程度には呆れ果てていた。
もちろん、自分の本当の力を出すへまはしなかったがそれでも、今このままの状態でも一国位なら互角に近い勝負ができると思っている。
それゆえに今まで何度も、このまま魔王として復活宣言してやろうかなと考えたのは、目の前の二人には内緒の話だ。
少し回りくどくなってしまったが、何が聞きたかったのかというと……
「我が王、私の思う処を隠す事無く言いますが、決して気分を害される事が無い様お願いします。」
「よい、貴公が思ったままに話せ、」
「では……はっきり言って雑魚です。」
「英雄共が泣いているぞ!!人間共ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
悲痛なリジィーの声が玉座の間に木霊する。
「何でだよ!!何であれから500年も経つのに何の進歩もしていないんだよ!!自我が芽生えた後、今の年号を知った時の焦りを返せよ!! 村という小さい世界の中で、「より手強くなった世界を相手にどうやって征服してやろうか……」とか本気で考えていた俺の時間を返せよ!! 生活技術もだよ、何で俺の城からいろいろ持って行ったはずなのになんも進歩していないんだよ!!何?満足したの!?満足しちゃったの!?現状で満足せずもっと上を目指せよ!!しかも、極めつけは魔法技術だよ、下手したら昔よりも劣っているんじゃないのか!?本当に憎たらしいけど、4英雄の魔法使いの魔法をあいつらに見せてやりたいよ!!中級魔法の初歩の初歩に片足突っ込んだだけで英知を極めた気になってんじゃねえよ!!」
一通り髪を掻き毟りながら暴れ回るかつての魔王の姿がそこにはあった。
やがて落ち着きを取り戻したリジィーは、二人の臣下にかねてから謝罪をしなければいけないと思っていた事が在ることを思い出す。
「アグリウス、シュリ、他の者は今この場にいないから、汝らにのみ先に謝罪させてもらう。」
二人は軽く頭を垂れリジィーの次の言葉を待つ。
先の戦争の開始……といってもお前たちにとっては600年も前の話か……の事なのだが。
そう前置きし、リジィーは二人に語り始める。
「何故人間に対し戦争を吹っ掛けたのか……話してはいなかったな。」
そう、これは誰にも話したことが無かった話だ。
話す必要が無かったと言えばそれまでだが、俺の謝罪にも深く関わる話でもあったため、二人にはしっかり聞いてもらう事にする。
「実を言うと、私は人間という種族に恐怖を感じたのだ。」
その言葉に、二人が信じられないという顔をする。
しかしそれは事実であった。
「当時、人間の生活技術並びに魔法技術の発展は目覚ましかった。」
そう、今思い返しても素晴らしいと思うぐらいだ。
始めは鉱物を加工するのにも長い時間をかけていたのが気が付けば、未だ長いと言える時間が掛かるとはいえ初めの頃よりもより効率的に、より生産的になった。
初めは初級の中でも本当に初級、それこそ入門といえる魔法を出すのにさえ四苦八苦していたのが、どんどんと要領を掴み、私が討たれる時には初級魔法程度なら有り触れた物となっていた。
その進歩の速さに恐怖したのだ。
「今思えば馬鹿な話だ。不可抗力とはいえあれから500年の月日が流れ、本当に驚いた……何ら進歩しない、成長していない!!これならば後300年を準備に期し、一瞬にして磨り潰した方がもっと楽で被害も少なかった!!」
二人から息を飲み込む音が聞こえてくる。
きっと俺が何を謝罪したいのか察したのだろう。
本当に優秀な部下だ、馬鹿な俺には勿体ないぐらいの……
「私の所為で、汝らの多くの友を死なせた。そして、汝らにもいらぬ傷を負わせてしまった。それを許してほしい。」
謝罪の言葉と共に頭を下げる。
そう、それは純然たる事実であり、それに対し俺は何かで償えと言われるのならば、差し出せる物はこのちっぽけな人間としての命しか無いのもまた事実であった。
だから俺は思う、もしこの二人のどちらかが少しでも俺に対し死をもって謝罪の旨としろというのであれば、何の躊躇いもなく俺はそれを受け入れる覚悟があると。
それが、かつて魔王として彼らを支配し、傷つけた馬鹿な俺にできる最大限の謝罪だと思うからだ。
「「顔をお上げください!!我が王!!」」
そんな一種悲痛とも取れる覚悟を知ってか知らずか、かつて俺の下に集い、俺が死んだ後もこの地に残り続けていたこの二人の反応は、俺が想像をしていなかったものだった。
アグリウス、シュリ、その両名が上げた顔の先で跪いていたのである。
「我ら10魔族は今も尚、我が王への忠誠の心を忘れてはおりません!!」
「解っている、だが私は思うのだ……私にその資格があるのかと……」
「勿論です!! 私は500年前、この耳で我が王の最後の宣言をしかと聞き届けました。そして、我が王はその宣言を違える事無く、今、この場に再度現れました!!それが……いや、それだけでも我々10魔族には何よりも嬉しい事なのでございます!!」
「そ、そうか……?」
「はい!!」
突如として始まったアグリウスの演説は鬼気迫る物があり、それに対し何かを口出しするのは、いらぬ問題を巻き起こそうだと思い、軽く肯定するだけにする。
その姿に気を良くした訳では無いだろうが、シュリが追随する。
「我が王、確かに我々は500年前人間に敗北しました。ですがそれは一時的な物で有るという事を、私は最後の宣言から承りました。」
「そうだな、その判断で概ね間違いあるまい。」
「なればこそ、我々はこの瞬間を待ち望んだ居たのです。それを支配の資格などというそんな悲しい事を言わないでください。我が王はただ思うがままに命じ、我らの命を使い潰せばいいのでございます。」
「あ、ああ……」
そんな曖昧な返事になってしまったが、彼らが言いたい事は十分に理解できた。
許してくれる……いや、そんな事気にする必要が無いという事の方が正しいか?
それだけの忠誠を……500年もの間、ずっと待っていた相手に対し持っていてくれたのである……これを嬉しいと思わない存在はこの世界の何処にもいないだろう。
胸の奥深くに生じた温かい感情もそのままに、少しばかり二人の忠誠を試した自身の浅はかさが恥ずかしくなる。
はっきり言えば命を取られる事さえ覚悟していた。それは紛れもない事実ではある。
だがそれとは別に、さっきのアグリウスの評価の事がある。
別にアグリウスの評価が気に入らない訳では無い……むしろその逆、彼の俺の力量に対する評価は正当な物であり、今この場で一番非力なのは自分であるのは重々理解している。
だがそうなると、昔の様に力が忠誠の依代になりえない事を意味していた。
そうなると裏切ろうと思えば簡単に裏切れるのだ、それだけの力量差が人間の俺と、魔族の10魔族全員にはあるだろう。
だから口実を与えてみた。俺が支配者として君臨するのは間違っているという。
裏切る可能性があるとするのなら、命までは行かなくても何らかの要求をしてくると踏んではいた。
だが結果はそうならなかった。
「顔を上げよ」
その結果に内心小躍りしそうな位嬉しく思いながらもそれを隠し二人の臣下へと声を掛ける。
「汝らの忠誠、私には勿体ないくらいだ。だが、今はありがたくその忠誠を受け取らせて貰おう。」
「「ありがたき幸せ!!」」
二人のその言葉を聞きリジィーは静かに玉座へ立ち上がる。
懐かしい宣誓の儀を行うために……
俺のその姿を認めたアグリウスとシュリには、この後に行われる儀式を理解し、歓喜の表情が現れているのが見て取れる。
それだけ待たせてしまったのだ……
少しばかりの後悔を胸に覚えると共に、それを払拭出来るように、彼らに未来を見せるための言葉を考える。
これからやる儀式はそれ自体は簡単な物だ、臣下は俺の、王の宣言にただ了承の言葉を返すだけ……
それでもその儀式の意味する事を知るであろう二人には、精一杯の夢を見せる事とする。
「諸君!!我々はかつて人間に敗北をした!!そうだな!?」
「「はい、その通りでございます。」」
打てば響くような二人の賛同を耳にし、次の言葉を続ける。
「ならなぜ負けた!?我々は人間よりも優れていたはずだ!!違うか?」
「「はい、我々は人間よりも優れていました!!」」
そう、我々魔族は人間と比べ、腕力、魔力、その両方が優れていたはずだ。
ではなぜ負けたのか?
「なればこそ我は考える、我々には知恵が足りなかったのだと!!」
「「はい、知恵が足りませんでした!!」」
そう、我々は人間に知恵で負けたのだと思う。
4英雄がかつて行ったあの連携……全てが計算されていたかのような連携を思い出しながら、それを成す下地となったであろう、無数の作戦と判断力を称賛する。
そして……それを知ったのならばどうするべきか?
「だが、我々は先の大戦でそれを認識した!!ならば今度は負けるはずがない!!そうだな!?」
「「はい、負けるはずがありません!!」」
そう、ならば我々も知恵を付ければいい。
奴らに負ける事の無い程綿密で、周到な作戦を築き上げ。万全の準備と共に叩きのめす!!
そうすれば、今度こそ負けるはずはないのだという確信と共に宣言する。
そこまでの儀式を終え。久方ぶりにも関わらず、まるで示し合わせたかの様に乱れる事無くその儀式が進行した事に、高揚した気分のまま二人の臣下に向け、昔成す事が出来なかった約束を再度宣言する。
「ならば、我は宣言しよう!!今度こそ人間共を討ち滅ぼし、この手に勝利を掴むと!!」
その宣言により、二人の顔が歓喜に満ちている事を確認し、右拳を天に掲げ最後の締めくくりをする。
「さぁ、人間共にリベンジマッチと行こうじゃないか!!諸君!!」
オルド歴1000年、かつて現実として存在し、過行く時間の中で忘れ去られた魔王が復活した事を、今はまだ誰も知らない。
だが、その人間にとって信じたくない事実は遠くない未来、この世界を生きる全ての人間が理解することとなる。
これはかつて人間に敗北した、一人の魔王と、その忠臣達の復讐戦の物語である。
楽しんでいただけたでしょうか?
いろいろと荒が多いですが今後ともよろしくお願いします。