ヒトビトは迷い、
伏せたまま、薄く開いた瞳から溢れる光の屑。
それを包み込むような、柔らかそうで長い睫毛。
潮の匂いのする風に吹かれてなびく、黒く美しい髪。
懐かしんでいるような、切な気な表情。
少年は文字通り目を奪われた。
名前もわからない、自分を見つめ続けていた、その少年に。
二人の間に沈黙が流れる。
いくらか時間がたったとき、先に口を開いたのはジークだった。
「……はは、ほとんど初対面の人間にこんなこと言われるなんて気持ち悪いよね?ごめんね」
ジークは眉を下げて困ったように笑う。だが実際困っているのは少年のほうだ。気持ち悪い、なんて。じゃあ今自分が思っていることを伝えたら、気持ち悪がられるだろうか。
それでも、その言葉は口から零れてしまう。
「……………………綺麗」
「…え?」
「……はじめて何かを、綺麗だと思った」
ジークは混乱した。一体何のことを言っているのかわからない。少年の透き通った茶色の瞳にはジークの姿が映っている。ジークの姿だけが、映っている。
「……それは、俺のことだって受け取っていいのかな」
しばらく見つめても少年の瞳に別のものは映らなかったので、ジークはそう言うしかなかった。自惚れだったらどうしようか。
「世界は…………………汚いものだらけだって、思っていた…でも、」
少年は一歩、ジークのほうに足を踏み出した。
「………君は、…」
もう一歩、二歩、三歩。
「なんでそんなに、綺麗でいられるの」
いつの間にかジークの正面まで来ていた少年は、ジークの細く長い指をそっと握っていた。
その行為はジークの不安を解消するのと同時に、
彼ら二人のこれからの運命を決めてしまっていたのかもしれない。