第29話「悪意の胎動」
小惑星の地球衝突という最悪のシナリオを解決したのは、たった一人の人間・広瀬涼と、彼女を支える仲間たちであった。
多くの組織が動けない中、民衆の一部の動きだけで、大規模な作戦が決行できたのだ。
それに対する、社会の、我々の答えは―――。
ずっと、心に残っていた。
皆が戦っている間、何をしている。
命を懸けて、大事なものを守ろうとしている姿が、目に焼き付いて。
自分から、ついていくことを志願した。
だのに、現実はどうだ。
たったひとりの、戦う力を持たない人間に何ができる?
「―――ックソ……!」
小さく悪態が漏れる。
通信などもう届かない。
目の前の脅威が、巨大な小惑星が、少しずつ崩壊を始める。
力のある人間が、全てを解決する。
力のない人間は、何ができたのか。
自爆も同然に見えたその光景を、シャトルを操縦していた由希子も、操縦席に出ていた春緋も、アルエットも、言葉を失い固唾を呑みながら見守っていた。
違っていたのは二人だけ。
悔しげに、感情を抱えていらだっていた総一と。
「……ねえ、そーいちにーさん」
それに気づき、覗き込むナルミの二人だけで。
「どうして、そんなにくるしそうなの?」
「……戦えないからだ」
「どうして、たたかいたいの?」
「……助けになれないなんて、おかしいだろ」
その問答に答えはない。
程なくして、小惑星は消滅し……。
『無敵のヒーロー』の活躍により、世界は救われた。
―――救われてしまったのだ、と。
Flamberge逆転凱歌 第29話 「悪意の胎動」
広瀬涼は、無事地球に帰還を果たした。
地球で大破したガイメールを除き、全ての機体が残存し、小惑星を破壊するという非現実的な戦いは終わった。
夜明け空は青空に変わり始め、世界はまた新たな一日を迎える。
少し経てば、輸送船は港に着き、日常に戻るための帰り支度が始まるだろう。
―――その前に。
「お前には、話したいことが山ほどある」
船の甲板、振り返って陽光を背にした俊暁。向かい合う銀髪の人間……カストロ。
「出来る限りは答えるよ」
二人で話したいという提案に逃げることもなく、カストロは俊暁と共に、二人きりで甲板の上に居た。
「お前は誰だ? 広瀬関係ってことは、普通じゃあないんだろう」
「今はカストロって名乗っている。誰かさんの遺伝子を作って作られた、コピー人間さ」
「……クローン?」
俊暁は知らない。この者とそっくりの風貌をした存在を。
涼はその人物と対面していたが、あくまで小惑星内のことであり、そこまでを知ることはできない。
「そう。彼女達とは違って、完全に目的の為に造られた存在だ」
だからこそ、後天的な手術の必要なく、能力を扱うことができる。
生まれた時から、『カストロ』は超人としてこの世界に在った。
そのカストロを知るために、真っ先に訊かなければならないことが、一つあった。
「……広瀬とは、どういう関係だ?」
「昔の彼女を知っている。その時にお世話になった。
……神代ひなたに関しても同じだよ。最も、施設の中では話すことはなかったケド」
やはりか、と頷く。旅行前に涼に話を聞いていたこともあり、俊暁もそこまでは察していた。
「施設の中、なるほど。それ以降には?」
「彼女に道を与えたくらい。彼女があそこまで馴染んでくれるとは思わなかったのが正直だケド、感謝しているよ」
何かを隠している様子はなかった。
結果的にひなたが救われたのは事実であり、細かい話は突っ込まないでおく。今の本題はそこではない。
「お前は、広瀬に何をしたいんだ?」
ここで俊暁が切り出すのは、彼が気にかけていた本題だった。
明らかに何かを見越して、カストロが涼に接触していた。なれば、その真意を知らなければならない。
「……」
逡巡の果て、息を吐いて、吸って。角川俊暁という男に面と向き合って、カストロはその目を見て、真意を伝える。
「僕は、広瀬涼に死んでほしくない。本心からの願いだ。
だから打てる手は全て打っている」
何の仕掛けもない、ただただ純粋な願い。少なくとも俊暁には、そう感じられた。
「……力を試し、見守り、世界を滅ぼされないために打てる手を打つ。行動には全て筋が通っている。
だったら一つ訊こう。お前は、何を知っている?」
「まだ終わっていない」
そう告げたカストロは、俊暁に背を向けて。
「……世界は救われてなんていない。破滅の未来は、ここから始まる。
僕のすることはたった一つ、彼女を守ること。彼女が死ぬ未来を『壊す』ことだ」
「そうか」
俊暁は、それ以上話を訊くことはなかった。
だが、一つだけ、やらなければならないことがあった。
「今回の件、そちらの協力がなければ、広瀬どころか地球が滅ぶところだった。
ご協力に感謝する」
「……してるんだったら、守ってあげなよ。あの子を」
そう言い残したカストロの目の前に、黒と銀の機体が立つ。
甲板に着陸したそれに、ひょい、と身軽に飛び乗れば、あっという間に立ち去ってしまった。
「言われんでもわかってるよ」
それを見送りながら、俊暁は一人呟いて。
その陰で。
「何言ってンだ、あの人ら……?」
「ちょ、ちょっと総一、そろそろどーいーてー……」
入口から覗きこみながら、一部始終を覗き見ていた、二人の少年少女が居た。
―――――
―――
――
広瀬涼が死ぬ未来。
天城総一は、確かにその言葉を聞いていた。
帰ってきてからも、ずっと気にしていた。
まだ何も終わっていない。世界は救われていない。
「そりゃそうだよ」
結局、今回のテロに対し、有効な対策を打てる組織は居なかった。
個人個人が集まり、形を成した、現時点での地球最高の質という暴力で、漸く収まった程度だ。
滅びそうな世界に強引に介入し、何とかした。
そのままであれば、地球は確実に崩壊するところだった。
それに対する世界の答えは。
『広瀬涼、マッチポンプ』
『世界の脅威はフランベルジュだった』
『ファルコーポレーション、テロリストに加担!』
床に散乱している紙面が、嫌というほど示していた。
「世界が救われるワケがなかったんだ。
守られている連中がこれだから……!」
広瀬涼が世界を救ってから数日後。
人々が疑ったのは、新聞で告知されたひとつの事実だった。
何処からともなく現れた小惑星は、真っ直ぐ地球に向かって進んでいった。
遠くから近づいてくる、そんな予兆はなく、突然現れてから近づいていったのだ。
人々は、ある説を立てた。
この小惑星は、何処からか『転移』してきたのではないかと。
そして、その『転移』を可能にしていたのは、これまで様々な物を、人前で転移させ続けてきた、ライズバスターのシステム。
即ち、このテロ騒動にファルコーポレーションが一枚噛んでいるのではないか、と。
人々は激怒した。
全ての悪はファルコーポレーションにあり、その社長は広瀬涼と個人的な繋がりがある―――紙面の情報を真実と受け取った結果、人々は急激に掌を返し、その二つを全ての元凶と喧伝し、行動を開始したのだ。
疑問を抱いた声もなくはない。
しかし、怒り狂った人々にその声は通用せず、やれ信者だのやれ火消し業者だの、レッテルを貼り付けては意見を封殺し。
『真実』は闇に葬られ、信じたい『事実』が其処に存在した。
大炎上という他なかった。
「俺達が背負わせてるんだ……脅威から世界を救うって大仕事も、『その事態に陥った責任』も、全部、広瀬涼に、岩村由希子に!!」
孤児院ポインセチアの中には、教会も存在し、時折人々が来ることもある。
今日其処に居たのは、子供たちに自分の本音を聞いてほしくなかった天城総一。
そして、普段人々の懺悔を聞いていたアルエット。事情を知る二人だけの空間だった。
「俺達は何もできていない。あの人らに守ってもらってたのに、俺達は何もできていない!
ただ苦しめて、迫害するような真似だけで……これじゃあ嫌でも理解できるわ!
広瀬涼がいつ死んでもおかしくない!!」
ひとしきり悔いて、頭を抱える。
天城総一は無力だ。この局面において、できることが本当に何もない。
「―――いいや違う。『民衆』が彼女を『殺す』んだ……!」
ただただ、無知な人間の罪を、たった一人に背負わせる。
それを実感していた天城総一にとって、今この時は、耐えがたい苦痛という他なかった。
「……そうねー」
懺悔室、互いに顔だけが見えない中、ふいにアルエットが口を開く。
「多分、何言っても納得しないんでしょ、今」
「……」
現状を理解しているからこそ、慰めの言葉はかけられない。
天城総一は現状の己を分かっている。何をやっても成果を出せないという事実も。
だからこそ、アルエットはその答えに関して何も言わない。
「一つだけ言うなら。何かをするとき、怯えちゃダメよ。
もし駄目だったら。自分ができなかったら。そういう弱気に負けたら、また今のように後悔する。
……負けたくないから、ここに来たんでしょう?」
「……はい」
再び訪れた静寂。それも僅かであり、意を決したのか、総一は立ち上がる。
「……行ってきます」
「行ってらっしゃい」
―――――
―――
――
「どこ行くんだ」
総一が孤児院を発つその時、後ろから声がかけられた。ひなただ。
「病院。今日は面会日っスから」
「あー。総一の母さんか」
それで理解できた。ずっと荒れっぱなしだった総一が、教会を出た時には少し落ち着いて。
……荒れた状態で、面会に行きたくなかったのだろう。
「ひなさんはどうしたんです?」
「あー、差し入れ。昼前だからレイフォンに届けねーと」
そう言って、ひなたは弁当の包みを総一に見せる。
包みを持つ指、生傷は目に見えて減ってきている。ひなたに料理を教えた甲斐があった。
「泊まりでしたっけ」
「そう。あの事件の時、堕ちてきた物体の調査だーって」
小惑星の破壊直後、いくつかの破片と思わしき物体が地球に落下していた。
完全な消滅に至らなかったのか、或いは破壊を見越しての策だったのか。それも含めて、全ては現在調査中、としか言えない。
それを買って出たのはファルコーポだった。
無論、それすらも民衆にとっては批判対象であり、絶賛炎上中。
……落下物を危険視し、人々が寄り付かないのだけが不幸中のなんとやらか。
そんな状況のためか、当事者の一人であるレイフォンも帰れない日々が続いていた。
「まったく、やっと戻ってきたと思ってたのに」
「……そっスね。結局、何も終わっちゃいなかったんだ」
空を見上げる。
地球に帰ってきた時の快晴は見ることもできず、雲に覆われ、暗いどんよりとした空が、そこにあった。
―――――
―――
――
もうひとつ、不幸中の幸いがあったとすれば。
事件の後、この日に至るまで、広瀬涼は体力の限界に達し寝込み、安静にしていたことだった。
「落ち着いたか」
「ん、まあ。ありがと」
涼がようやっと動けるようになり、数日ぶりに浴びたシャワーから上がったところで、泊まり込みで看病をしていた俊暁が声をかける。
既に時刻は昼前と、シャワーには半端なタイミングであった。
空調のかかった部屋で、下着の上に白のシャツ&ジーンズといったラフな部屋着の涼。
普段ならば俊暁の視線は、ちらっとシャツから覗く谷間や、シャツを押し上げる胸元に目が行くのだろう。
そこからセクハラ扱いされるまでワンセットだ。
だが、角川俊暁は未だに不安を抱いていた。
カストロの言葉もそうだが、この局面で急激に住民が掌を返し、広瀬涼に対し攻撃的になっているのが、どうにも気にかかっている。
無論、体調を崩していた涼にそんなことを伝えることもできない。
逆に、それを伝えない理由も、涼を休ませる理由も、体調不良の四文字で済ませられたのは、かえってよかったのだろう。
「……なるちゃんは?」
「孤児院。事情知ってる人間多いし、安心だろ」
「まあね」
看病をしている間、流石にナルミまで近くに置いていくわけにはいかない。
由希子の方も涼と同様……休みなく調査に向かっているため、それ以上。
俊暁は、事情を知るアルエットやひなた、総一といった面々が居るポインセチアに、ナルミを預けることを選択した。
「でも、やっと少しは身体何とかなってきたし、孤児院いってなるちゃん引き取って……ってしないと」
「だな」
何かが起ころうとしている。
守らなければならない対象が多いにしても、出来るだけ目の届くところに置いておきたい。
「よし、支度したら出発だな。体調駄目そうだったらちゃんと言えよ」
「わかってる」
涼は外行きのためか再び着替えに入る。
その衣擦れの音が耳に入りながら、いつも通りの反応が返らない俊暁の様子に、涼もまた一抹の不安を覚えていた。
「……今、『何でこいつセクハラ発言しないんだ』って思っただろ」
「ソンナコトナイヨー」
気のせいだったようです。
―――――
―――
――
事件の際、落下した破片の一つは、エルヴィン郊外に落ちていた。
郊外の施設に仮拠点を構え、ファルコーポの一部社員はこの鈍色の破片の調査にあたっていた。
世論からの逃避、というのもあるだろう。
しかし実際の所、破片に新しい情報のひとつでもあれば、四面楚歌の現状を覆せる、かもしれない。
エルヴィン内に解決策はない、そう由希子が判断した結果の現状である。
「……ふぁ」
何時間ほど、作業に没頭していただろうか。
ふいに目が覚めれば、既に大幅に時間が経過しており。
設置された小屋、最も破片に近く、ガラス越しにすぐ破片を視認できる場所に、由希子は籠りきっていた。
「早く解析しないと……」
寝ぼけ眼を擦りながら、ずり落ちていた眼鏡をくい、と直し、再びパソコンの前に座りなおそうとする由希子。
「やあ。精が出るねえ?」
そのスクリーンセーバー越しに、背後に銀髪の人間が居ることに気づいた。
バッ、と即座に振りかえる由希子の表情は、青ざめながら、警戒心に満ち溢れたものであり。
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか」
「何の用ですか。あなたの気に障ることでも?」
設置されたデスクトップ式パソコンの、スクリーンセーバーが消え、元の作業画面が戻る。
偶然指が触れたのか、それとも何かしらの抵抗を残しているのか。
それを見た銀髪の人間は、さして変わりないといったようにまくし立てる。
「気に障る? 何故? 君は僕たちにとって良い結果に導いてくれたんだ。
物質の転送技術を使って、戦力も小惑星も、全部簡単に地球に持ってこられた。
感謝こそすれど、君に怒りの気持ちなんてこれっぽっちもないよ」
「……黙りなさい、フォース=プレスティ!」
愉快そうに笑うフォースを前にして、由希子は声を荒げた。
「エルヴィンの多くの会社とあなたは協力関係を結んだ。
協力すれば繁栄を、しなければ死を。そうやってあなたは、『あなた方』は社会に根を張ってきた」
「それは君だって例外ではない。だからこそ、余計な裁判に遭わずに済んでいたんだろう?」
由希子の心を見透かすように、フォースの瞳が、ぎょろり。
「支配者気取りですか。人の技術を奪って勝手なことを。
それに、今の世論はあなた方が作っているものでしょう?」
「作る? いいや」
面白いことを言う。そう言いたげに、ぷ、と噴き出しながら。
どこまでもフォースは、由希子を嘲り、言葉を並べる。
「作る必要なんてない。ちょっと垂れこませるだけだ。
あとは民衆が勝手に判断し、行動する。民衆は信じたいものを信じる。事実検証なんてどうでもいい。
敵が欲しいんだよ……自分が遠慮なく叩けて、自分が『そいつよりは上』だと錯覚できるような、都合のいい相手が」
由希子の頬に触れる、フォースの人差し指。
それは愚かさを認めさせるように、攻撃的で、粘質的で。いつまでも突き刺さる棘のように感じられた。
「だから信じ込んで、他の事実があったとしてもそいつらを自分より下と見て、いっしょくたに叩く。
つまり君は民衆から見て、もうエルヴィンの敵。最下層。ゴミクズ同然。
好き勝手叩いても平気へっちゃらなデク人形さ……ッハハ!!」
けらけら、心底愉快そうに。
その言葉に、由希子も返す言葉を持たない。
何故なら。
「何なら君も、親御さんみたいに首吊ってバイバイするかぁい?」
「―――!!」
パシン……っ!!
反射的に手を出した由希子の表情は、誰に見せたことのない怒りに満ち、その瞳に涙を滲ませて。
「……そうだね。君の両親も、『そうやって』潰されて、死んでいった。
でも、残された君も同じ運命辿っちゃうのも、僕は可哀想だと思ったんだよね?」
「何が……ッ!!」
肩をすくめ、オーバーアクションで距離を取るフォースに対し、由希子は感情で震わせる声を抑えられなかった。
それもフォースにとっては何処吹く風。
今の由希子の脳裏に、幼い頃焼きついた、縄にくくられた二人の男女の姿が浮かんでいても、何も関係がない。
「完成したんだよ。君のおかげで。
多くの人々の無念を、怒りを、絶望を喰らい、育て上げられた、究極の闇!
―――『D2』がね」
「D2……?」
その言葉について由希子が訊こうとした瞬間。
―――ドグシャッ!!
吹き飛ぶ仮設小屋の屋根。そこに居座った鈍色は、不定形の怪物のように、小屋を覆っていた。
「……ッ!!」
由希子は反応すらできず、降りてきた鈍色に、その身の全てを喰われ、呑みこまれていく。
「君が、そのパーツさ」
言葉は既に、彼女には聞こえない。
岩村由希子という人間は、フォースが『D2』と呼称した存在に、呑まれて、消えた。
Flamberge逆転凱歌 第29話 「悪意の胎動」
つづく。




