episode:3
思い出せば後悔ばかりだ。
それならいっそ独りがいい。ずっとそう思っていた。
でもそれはただの言い訳であり、現実逃避だったのかもしれない。
思えばいつも逃げてばかりで、肝心な所から目を逸らし続けていた。
僕は本当に弱い奴だ。
困難な壁に目の前を塞がれても、それでも逃げずに立ち向かった人の姿ってのはとても眩しくて、太陽のようだと思った。
ねぇ、僕もいつかそんな風になれるかな?
今更そんな事、思っちゃったんだ。
自分の気持ちに気付くのに時間をかけすぎたようだ。
ー目の前には成長した兄の姿が、冷たく横たわっていた。
あぁ、今更…。
もう遅いんだ。
ー
「………」
「ユウ!!」
唐突に名前を呼ばれて目を開くと、心配そうに自分を見ているレンの姿があった。
どうやら自分は眠っていたようだ。酷い汗をかいている。
「大丈夫?凄くうなされてたようだけど。」
「あぁ、うん。…悪い夢を見た。」
眠っていて夢を見るなんていつぶりだろうか。それも、兄が死ぬ夢なんて皮肉なものだ。
「ユウ…?どうしたの?」
レンはまだ、心配そうに僕を見ていた。
「ううん…。何でもない。」
そうか。僕にはまだ、やるべきことがあった。
「ユウ!?」
二階の窓をすり抜け、家の外へと飛び出す。
「ありがとう。レン。」
そう呟いて走り出す。
レンは僕に大事なことを教えてくれた。
僕はやっと自分が確立した存在だってこと、気付けたよ。
それと同時に、今もずっと世界は周り続けている事を知った。
もう、遅いのかもしれない。
それでも走った。
夢で見た、兄の元へと。
知る筈のない目的地へと。
不思議と不安は無かった。
ー
ふと気がついたら病院の前にいた。
迷わず進み、ある病室へと向かう。
病室の扉を開けると、そこにいた一人の老人に目がいった。
見た目はかなり変わっているけど、僕には分かった。この人が自分の兄だということが。
兄はどうやら眠っているようだ。
「兄さん。」
声が届いているのかいないのか、彼はゆっくり目を開いた。
しかし、目が合う事はなかった。
「分かってたよ。兄さん。」
これは僕が犯した罪に対する罰だ。
「僕はずっと、貴方から逃げていました。きっと兄さんのことだから勘違いしたでしょう?」
僕は未熟さ故に最低な決断をした。彼を残して死んだ事がずっと、心残りだった。
こんな事を思うのは自己中心的だということは十分分かっている。
きっと、彼はずっと苦しんでいたんだろう。
「ごめんなさい。」
僕はきっと、ずっと謝りたかったのだろう。
これが死んでもなお生き続けた理由なのかもしれない。
「ありがとう。」
不意に彼は口を開いた。
「えっ?」
彼の目が僕を捉える事はない。だけど、その言葉は確実に自分へと向けられていた。
「来てくれたのでしょう?」
彼は丁寧な口調でそう言った。姿こそは変わっても、彼は何も変わっていなかった。
「ずっと…待っていました。」
彼は小さく笑って言葉を繋げる。
「貴方の事だからきっと、何も変わっていないのでしょう?またあの姿が見えないのはとても残念です。」
彼は楽しそうに笑って、そしてはっきりと僕を見て、言った。
「もう強がらなくていいよ。」
その一言で頭が真っ白になった。
僕を止めていた何かが動き出すのを感じる。
こみ上げてきたそれは頬を濡らし、彼の手に落ちた。
彼はその手を見つめ、温かな笑みを浮かべた。
それは、あの日自分で殺した僕を取り戻した瞬間だった。




