episode:1
僕はいったい誰なんだろうか…。
なんて言うのは、文字通り自分のことがわからない。つまり記憶がないということだ。
いわゆる記憶喪失。
覚えているのは自分の名前くらいだ。
まるで前まで僕は存在していなかったかの様な感覚。今時間が動き出したようにさえ思えた。
視界に映るのはぼろぼろの廃墟。
ここはどこ?
自分はただ立ちすくんでいた。
しばらくして、僕はただぼーっとしていることに退屈さを感じた。
とはいえ記憶がないのに外へ出るのはなんとなく怖いからとりあえず廃墟の中を探索しておくことにした。
ここは学校か何かだったのだろうか?
けっこう広いし机や椅子、黒板だってある。
床に転がっていた埃まみれのロッカーを開けてみるとそこには箒が一本あった。
かなり古くて使いにくそうだけど、使えないことはないようだ。
とりあえず掃除でもしておこうかな。
瓦礫まみれで歩くのも危険だし、どうせ何をすればいいのかわからなかったところだ。
退屈しのぎにはなるかな。
ー
それからどのくらいの時間が経ったのだろうか。
時計はあるにはあるが動くことなく、時計の意味を果たしていなかった。
感覚ではかなり時間が経った気がする。
掃除するの、大変だったな。ここ、広いからなぁ。
それでも不思議なことに疲れは感じなかった。
散々動いたのに喉も渇かなければお腹もすかない。
そういうもんなのかな?
窓の外はすっかり暗くなっていた。
もう夜なのか。
掃除し始めたのは何時頃なんだろうか。
何時間くらい掃除してたのかな?
知る術はない。
まぁ、知ったところでだから何?って感じなんだけどね。
やることもなくなってしまい、ぼーっと外を眺める。
不意に外に人影が見えた。
(…?こんなところに人が何故?)
校庭らしき広い空間に一人、うずくまっているように見えた。
気になってその場所へ行くと少年が一人いた。
足音を聞いた少年は驚いた様な表情をした。
「…誰かいるのですか?」
「そっちこそ、こんなところに夜に来るもんじゃないよ。」
それは自分自身にも聞きたいところだけどわからないのはしょうがないからとりあえず自分のことは棚に上げとこう。
「………!!」
少年は何故かますます驚いた様な顔をした。
本当に人がいたということに驚いたのだろうか?
「………ユウ?」
少年から放たれた言葉に今度は自分が驚いてしまう。
「どうして僕の名前を?」
少年は自分の質問には答えず、言った。
「明日。昼にまた来ますから、良かったら姿を見せて下さい。」
そう言って少年は去っていった。
無くなった記憶と関係があるのかもな。
僕はそんなことをぼんやりと思った。
ー
窓からは光が差し込み、廃墟の中もだいぶ明るくなっていた。
時計がないので今が朝か昼なのかわからない。
自分は昨日会った少年に言われたことが気になり落ち着かなかった。
どのくらい待っていただろうか?
不意に扉が重苦しい音を立てて開かれた。
「本当に、来てくれたんですね。」
少年は嬉しそうに言った。
「来るというか、僕はずっとここにいる。」
僕の発言に驚く様子もなく少年は僕の元へと駆け寄って来た。
「昨日は夜でしたし、暗くて貴方がよく見えなかったから確信出来なかった。でも…」
少年は真っ直ぐに僕を見て、言った。
「貴方はやっぱりー」
何か言いかけた時、不意に扉が強く放たれた。
「誰かいるのか?」
「も、もしかして本当に幽霊がいるんじゃ…」
「何お前、もしかしてビビってんの?」
幼い子どもたちだ。ここを探索しにでも来たのだろうか?
そんなことを思いながら少年の方に視線を戻した。
その瞬間。
まるで少年と僕を隔てるかの様に大量の瓦礫が降ってきた。
その衝撃でなのか脳裏に記憶の断片が浮かぶ。
ーお前など生まれてこなければ良かったのに。
冷たい視線。聞き飽きた台詞。
一つ思い出した途端、堰を切ったかの様に記憶は蘇る。
ー嫌だ
僕に向けられる鋭い言葉。
誰もが僕を避けていく。
誰もが僕に冷めた視線を向ける。
ーイヤだ…
最後まで僕を守ろうとしてくれた存在。
それは誰だっけ…?
ーイヤだ!思い出したくない!!
思考が麻痺して起こした僕の過ち、あの人の………
ー大事な大事な兄さんの、悲痛な表情が脳裏に浮かんだ
そうだった…僕はー
気がついたら僕は逃げていた。
廃墟の外へ飛び出してひたすらに走った。
僕は、本当に最低だ。
唯一自分を認めてくれた大事な人を悲しませた。
「ごめんなさい…兄さん。」
きっとまた兄さんを傷つけただろう。
でも、怖いんだ。兄さんと会うのが。
「ごめんなさいごめんなさい。」
走って、走って、それから…それから?
行く宛なんてない。外の世界に僕の居場所なんてない。
この世界に、僕は要らない。
唯一の居場所さえも自分から遠ざかってしまったから。
とてつもない虚無感に襲われ、足を止める。
もういっそ、誰とも関わらず消えてしまえば幸せだろうな。
足下の水たまりに、映っていた筈の僕の姿はいつの間にか見えなくなっていた。
まるで、僕の決意を映すかの様に。
あぁ。
ー小さな幸せにバイバイ