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バッドエンドディストピア

作者: 漣 時雨

電車の中から広告を見上げる。きれいなデザインの洗礼されたキャッチコピー。

政府認定大自然フィギュアの大御所、太陽堂が展覧会をするらしい。

車内はその美しい広告で埋められていた。


以前は見出しを読むだけであれと思わされるようなゴシップ紙の広告もふつうに並んでいたが、最近はとんとみない。

それだけではない。ネットを使えば少し検索するだけで真偽問わずありとあらゆる情報にふれることができた。

その膨大な情報はいつの間にか整備され、今となっては都合の悪い真実なんてみたくとも見ることができない。


情報統制。


暴動が起きなかったのは、表だって統制されている訳ではないから。

一般人は気づこうとしなければ気づけない。すべての情報の発信から受信までの間に、いつのまにか見せられない情報はもみ消されている。

悪い面を見ることが減って、この世界はすべてきれいに見えるようになった。

けれどこのきれいな世界はとんでもなく巨大な暗い秘密を抱えている。


私は携帯端末を取り出した。一世代どころかずいぶん置いていかれたような古い型だ。

そして、その端末を操作して古い形式で連絡を取る。

=======================

件名:明日暇?

本文:太陽堂の展覧会行こう

=======================

少ない親友ゆっちゃんはとてもマイペース。

返信はきっと夜中にくる。もしかすると明日の夜中かもしれない。

でも唯一古い形式での連絡につきあってくれる友達だから、別に気にしない。もし、気づいてもらえなかったらまた予定を立て直そう。

端末を鞄の中にしまい込み、来そうにない返信までゆっくり過ごすことにした。


屋根すら無い田舎の駅で降りる。

都市はどんどん整備されているのに、まだここまで開発の手は届いていない。けれど隣の駅まで開発の波が来ているのでそろそろ電光掲示板ぐらいはつくだろう。

そう思い続けてすでに五年が経っている。未だ屋根すらついていない。


家路につくとなにやら家の周りに見覚えのない車が止まっている。家の中から赤子が泣くように大声がする。酷く騒がしい。

どうしようもない胸騒ぎがして、私は家に駆け入った。


「ただいま!」

不安で不安でたまらず、私はここにいると叫ぶように言った。

目の前では母が男にすがりつくようにして足止めをしていた。

「りっちゃん、大変。情報統制局の執行官よ!!」

必死が伝わる酷い顔で泣き叫ぶように母が教えてくれる。

荷物を放り出して一目散に自分の部屋へと向かった。

情報統制局は政府の機関。今のきれいすぎる世界を守るための機関。

最近はメディアの統制があらかた完了し、思想統制に着手し始めたらしい。父が先日言っていた。

執行官がこうして何の前触れもなくやってくるのも確か三ヶ月ほど前から始まった政策。けれど執行官のがさ入れについて情報はどこをさがしても出ない。情報統制の事実自体が情報統制の検閲に引っかかる。口伝の噂話以外でどんなことが行われたのか伝わることはない。


私はマンガが描きたかった。絵を描いてお話を伝えるのが小さい頃からの夢だ。……今政府に潰されかけている夢だ。

昨日は新しく描くマンガの構想を机に向かって書いていた。今日もその続きをする予定で……机の上にたくさん書きかけの設定が並んでいる。

今のこの社会ではそのマンガが仕上がったところで発表する機会はないと思っていたが、こんな見つかり方をすれば作品どころか自分自身が危ない。

それでも、描きたかった。描き続けなければいけなかった。いつか社会が元に戻り、好きに描けるようになったとき、たくさん描けるように。


それが、今思考統制なんてされたら……


私は走った。

ふざけた格好をした奴が立ちふさがった。

「退いてよ」

必死に訴える。

目の前の奴は黄色いクマさんの着ぐるみを着ているすごい長身。

通してほしくて暴れているのに、遠目に見たらきぐるみに興奮して抱きついているように見えるかもしれない。

私がどれだけ暴れようとばかげたきぐるみはビクともしない。

頭上からまっすぐ私のことを見下ろしてきて、無言で「あきらめな」と言っている。

ふざけた格好の、それでもきっと政府の執行官。

「あきらめるもんですか」

脇を抜けようとしたり、よじ登ろうとしたり気を逸らしてみようとしたりするけれど、謎の安定感は目前に立ちはだかる。

「あきらめるもんですか」

助走をつけて乗り越えるために、いったん距離を置いた。

きぐるみに思い切り体当たり。そのまま肩に手を置いて乗り越えようとした。

「私はあきらめない。いつか、私のことが大好きな王子様が現れてこんな世界から助けてくれるはずだから」

私の知ってるマンガの中では、女の子は必ず救われる。

酷い目にあっても救われる。でも同じ救われるなら、少女マンガのように素敵な人に救われたい。

救われるまで、自力でどんな危険からも抜け出してやる。

突拍子のない発言にきぐるみは少し動揺していたみたいで、パンチを繰り出す手がゆるまった。


チャンスを得た私は、きぐるみを振り払って階段を上る。きぐるみは階下から慌てて追いかけてきた。視界がよくないみたいで、よたよたと段差に苦戦している。「待て」とすがるような視線がきぐるみの頭から発せられる。無機物のくせに。

上った先に太った男の人が待ちかまえていた。こんなところで止まっている暇はない、引きつけてかわす。自重で倒れるところ、ついでに腕をつかんで階段の方へ放り投げてやった。これできぐるみの足止めも一緒にできる。我ながら名案だ。


自分の部屋へと向かうまでもなく、階段の上から中が見えた。

扉が開けっ放しにされている。女の人が机の前に座っていた。

その手にあるのは、昨日書いた設定集。

「この子が死ぬなんて。不謹慎ねえ」

ぺんぺんと手の甲で叩きながら、批判する。

不謹慎

近年ニュースでよく使われる言葉。不謹慎が使われるニュースはだいたいが規制された情報に関する話題。

人が死ぬマンガは今、出回っていない。規制の対象だから、どんな危機でも人は死なない。敵でさえも死なない。


「返して」

私は女性に飛びかかる。

けれど女性はまるでねこじゃらしで遊んでいるようにひょいひょいと私を釣る。

「この文章は保存に値しない不謹慎な情報です」

こんなメモつき落書きにまで情報統制が及ぶなんて思ってもみなかった。

マンガが発表出来ないどころか、下書きすら描けない世界。

目の前が真っ白になった。気がつけば泣き叫んでいるが、自分でも何を言っているのかわからない。

言葉にすらならなかった。こんな気持ちをいいあらわす言葉を私は知らない。


後ろから羽交い締めにされる。

目の前の女から引きはがされ、階段まで運ばれる。

離してほしくて暴れた。

もこもこの感覚はおおきくずれた。

浮いてずれた首がじいっと見下ろしてくる。

怖かった。

私が暴れるのを止めたのをみると、きぐるみは腕を放して私を向き直らせるとずれた頭をとった。


整った目鼻立ち。汗でぐっしょり濡れた短髪。暑かったのだろう日に焼けた黒い肌は真っ赤になっている。

それでもくたびれた表情は見せず、真摯な目がまっすぐ私を見た。

「君をずっと探していた」

その言葉でわかった。

「王子、様」

この人が私の王子様。

きっと今のピンチを助けてくれる。

「つきあってくれるね」

私は大きく首を縦に振った。

うれしい、こんなことはない。

私の王子様が見つかったのだ。


「まずは明日、一緒に太陽堂の展覧会に行こう。どうかな?」

鞄と一緒に玄関に放りっぱなしにしていた私の携帯端末を差し出した。

「はい!!」

初めてのデートのお誘いが来た。

諸君、陰謀論は好きか。

おびえることはない、私は好きだ。


この話を読んで突拍子もない「私」の思考回路につっこみを入れたくなった人もいただろう。しかし、「私」は情報統制された世界の人物なのだ。

思考回路は経験から発達する。これくらいヤバい思考回路なんて簡単に作られる。

今の世界ならこの「王子様」がどれだけヤバいか測ることも出来るだろう。このきぐるみは「政府」側、すなわち支配側なのだ。最終的に人の携帯を当然のように盗み見て、相手の予定を知っている。完全に支配側当然の人物。

けれど、「私」には「王子様」=「救い」でインプットされている。王子様という単語がでただけでもう他のことと結びつかなくなっている。思いこみって怖いね。


このネット社会に情報統制はありえないと思っているものがいれば、それはもう思想統制されている。

情報がほしいとき、検索するとき。普段あなたはどうしているか、振り返ってほしい。別に詳しい情報は必要ないけど軽く知っておきたい情報は、ある一社が提供する検索に頼っていないだろうか。


あまり言及すると、情報統制がこの小説にまで影響が及びそうなので深追いはしない。

だってアクセスは延びたほうがうれしいもの!読んでほしいんだもの!!

あわよくば感想という読者様情報が欲しいもの!

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