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絶滅危惧少女  作者: 壱式
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邂逅・文学少女

 配布された文書ファイルを見ながら、俺は迷っていた。

 この春俺が入学した高校では、全校生徒は何かしらの部活動に入らねばならないらしく、かと言って、何事にも興味のない俺としては、下手に部活に入ってその和を乱したりしたくはないわけだ。それに、運動部で体を動かしたり、文化部で熱心に研究や討論をかさねるなんて、面倒くさくて絶対に御免なのだ。

 しかし、入らなければどうしょうもなく面倒な部活に回されるのは間違いないだろう。昨今の少子化で生徒数は着実に減っている。部費の面でも、頭数が欲しいのはどこの部活でも同じだ。

 それにしても、やけに部活数が多い学校だ。最近は生徒がいないせいで廃校になる学校が少なくないというのに、この学校の人数の多さはこの部活の豊富さにあるのかもしれない。

 俺は配布された部活紹介のファイルをスクロールさせる。ひとつの部活につき一行程度しか載っていないのにA4サイズで二枚もある。一体この学校にはいくつの部活動があるのだろうか。

 どうやら、このファイルは上から部員数の多い順にソートしてあるようだ。

 一番上は天文部か。なるほど、こういう部活なら幽霊部員がいくらいようと問題はない。研究発表をしなければならないとしても、カメラと自動録画用プログラムさえ用意すれば天体の撮影はできる。それを元にすれば案外簡単だろう。

 一応一通り目を通そうとスクロールさせる。元々真面目に部活なんぞやる気はない。特に何も見つかりはしないだろう。これを見終えたら学内ネットの生徒用掲示板に行こう。多分「どの部活がサボるのにオススメか」みたいなスレッドが上がっているだろうからそれを参考に決めさせてもらおう。

 そう思って俺は部活名だけ斜め読みしながらどんどんスクロールさせていった。

 そして、一番下。そこに、今では存在しようもない部活名があった。

 部活名の欄には『文芸部』と書かれており、その隣には「忘れられたモノを、知る気はあるか」とだけ書かれていた。他の部活紹介のように「楽しい部活です!」や「一緒に青春しませんか?」みたいな、甘く、新入生を誘い込むかのような謳い文句は書かれていない。ただ、「忘れられたモノを、知る気はあるか」この強い口調での問いかけのみだ。それが、この問いかけが、無性に俺は気になった。

 活動場所は……第三多目的室か。確か旧校舎の二階にある教室だったと思う。場所は曖昧だ。ただでさえ部活関連の教室しか入っていないことから、部活棟とまで言われている旧校舎に、普段の学校生活で行くわけがないのだ。

 行けるかどうかはわからない。だが、俺はそこに向かうことにした。理由は特にない。強いて言えば、未だに現存している文芸部とやらを見てみたくなったのだ。

 現在、世界には紙を素材とした媒体は一切存在しない。昔は学生の必須アイテムだったというノートやシャープペンシルというものは、全てパソコンとキーボードに置き換わった。

 同時に、世の中に出回っていたすべての書籍が電子化され、電子書籍として読めるようになったのだ。かさばらず、手軽にいつでもモバイル機器で読める電子書籍は瞬く間に世間に浸透した。

 最初の頃は「やはり本は紙でないといかん」などと言っていた人もいたようだが、各出版社が「新刊は全て電子書籍で出版する」と発表すると、そのような人たちも減っていった。

 それでも、やはり官公庁の一部ではどうしても電子化できない重要な機密に関わる書類もあるようで、未だに印刷所はなくなってはいない。それでも、大手以外は潰れたといっていいほど減っているのは確かだろう。

 最近では、同人誌の販売も全てダウンロード販売だそうだ。なんでも、夏冬の三日間だけ稼働する特設サーバーがあるらしく、そこでは一足早く最新の同人誌などが買えるらしい。昔は暑い中並んだとかあれはあれで楽しかったとか、たまにファミレスやラーメン屋でおっさん達が話しているのを聞くが、俺にはよくわからない。

 ぼんやりと歩いているうちに旧校舎まで着いてしまった。

 これは腹をくくるしかないだろう。木造のオンボロ校舎だが、何も妖怪変化や悪鬼悪霊、魑魅魍魎の類が出るわけでもあるまい。いるのは自分の同級生か上級生、それ以外だと教員しかいないはずだ。他に爬虫類やら昆虫類やら小型の哺乳類が住んでいてもそれはそれだ。

 俺は、意を決して旧校舎に足を踏み入れた。

 中は昼間だというのに薄暗く、木製の床はギシギシと軋んだ音を立てる。未だに木造校舎が現存しているというだけでも驚きだが、そんなことよりも人気のなさの方に驚いた。

 後々知ったことだが、部活棟と言われてはいるものの、入っているのは各運動部の更衣室兼控え室兼荷物置き場のような部屋ばかりのようで、文化部はほとんど新校舎の方に部室があるらしい。ちなみに、ほとんどと言ってはいるが、この旧校舎にある文化部は文芸部一つのみである。

 誰にも出会うことなく二階の第三多目的室、目的の文芸部の部室にたどり着いた。

 新入生勧誘期間である今週いっぱい、各部活の部長は部室か部活の活動場所にいなければならないため、この活動しているのかすら怪しい文芸部にも誰かいるはずである。

 「こんちはー……」

 控えめに入った文芸部の部室には、一人の髪の長い女生徒が椅子に座り、机に向かって何かしていた。

 手元にノートパソコンやモバイル機器の類があるようには見えない。何よりも、その動作が何かコンピューターを操作しているような動作ではない。ペンタブを操作しているようにも見えるが、それにしては上から下、そしてちょこっと動いたかと思えばまた上から下……。ダメだ。何をしているのか全く見当がつかない。

 「あら、入部希望かしら、歓迎はしないけど拒みもしないわよ」

 その女生徒は名乗りもせず手元に目を向けたまま言った。彼女が部長なのだろうか。

 「いえ、見学です。部活紹介の紹介文が気になって来ただけなので」

 「……あれが気になったというの?」

 ようやく彼女がこっちを見て口を開いた。真正面から捉えた彼女の容姿は、非常に整っていた。きりりと締まった細い眉、切れ長の瞳とスラリとした輪郭の彼女は、絶世の美女、というわけではないが、その長い黒髪と相まって、すれ違えばついつい振り返ってしまうような美人だった。

 「ええ、あれが気にならないやつなんているんですかっていうぐらいのインパクトでしたよ」

 「そうなのかしらね、三年間ここで同じ文章を載せ続けてきたけど、来たのはあなたが初めてよ」

 そうだったのか。あの文章が気になって、俺以外にも一人二人来ているとばかり思っていた。

 「そういえば、名乗ってなかったわね。私の名前は硯川しおり、三年生よ」

 「俺は、作塚兼家。一年です」

 硯川先輩は簡単に自己紹介を済ますと、また机に向かって何かし始めた。十分ほど待ってみたが、何か他にアクションを起こす様子はなく、飽きてきたのと硯川先輩が何をしているかが気になる俺は、彼女の手元を覗き込んでみた。

 そこにあったのは方眼の書かれた紙と長ぼそい筆記具だった。

 「これは……原稿用紙とシャープペンシル?」

 「あら、知ってたのね、今時の人たちは知らないものだとばかり思っていたわ」

 彼女は意外だというような表情をしていたが、こっちとしてはそれどころではない。今時、そんな骨董品を使うような人間がいると思ってもみなかったのだ。

 しかも、その原稿用紙には何か文字が書かれている。すごく綺麗な字をしているので読みやすく、ほんの数行だが、文章の流れでこれが単なる文章ではなく、ひとつの物語だとわかった。

 「小説を書いているんですね」

 「そうよ、それが文芸部というものだもの。当然でしょう?」

 そう答えつつ筆が止まることはない。だが、そのさも当然の如く言う彼女に、言い出しにくいことができてしまった。

 「あの、言いにくいんですが」

 一応切り出してはみる。流石に上級生だ。下級生をむやみにいびったり、脅したりすることなんてないだろう。多分。

 「なに? 言ってみなさいよ」

 「俺、文芸部って何する部活かさっぱりわかりません」

 「はぁああああああああ?」

 キレられた。どうしょうもなくブチギレられた。

 「君、文芸部が何かも知らずに来たわけ? 何も?」

 硯川先輩はシャープペンシルを投げ捨て、俺の襟首に掴みかかるようにして詰め寄る。

 「ええ、何も知りません。そもそも文芸って何ですか?」

 俺も両手を頭の横辺りに上げて降参のポーズを取る。俺の身長は高くも低くもないが、硯川先輩が案外背が低かったので助かった。首が絞まるとつま先立ちになったり、引き剥がしたりしなくてはならなくて面倒くさい。

 「君って……はぁ、もういいわ」

 かあっと激昂したかと思ったら平静を取り戻したというか、どちらかといえば呆れたように俺の襟首を離した。そして、そのままの表情でさも気怠そうに俺を指差してこう命令した。

 「君、文芸部入りなさい。これは命令よ」

 「はぁ? 何言ってるんですか! そんな横暴な」

 「いいから! 君に文芸というものが何か、徹底的に仕込んであげる」

 俺の反発するのを遮って、不敵な笑みを浮かべながら硯川先輩は宣言した。

 「君には、私との“文芸談義”を通して、私の考えうる限り、知りうる限りの“文芸”というものを叩き込んであげるわ!」

 そう宣言した時の硯川先輩は、とても、とってもいい表情をしていた。顔立ち自体は整っているため、知らない人が見れば惚れてしまっても仕方ないな、と思えるようないい表情だった。

 「作塚君って言ったわよね、君、明日からここに来ること。週五日の内、月火水木の四日間出てくればいいわ」

 携帯電話のカレンダーを見ながら硯川先輩は勝手に俺の予定を立て始めた。俺が文芸部に入ること前提の行動だ。

 俺は、勝手に文芸部員にされてなるものかと硯川先輩を止めに入った。

 「いや、俺は文芸部に入るとは一言も」

 「お黙りなさい。来ないと私の権限最大限に活用してクラスを探し出すわよ」

 一喝された上に何にやら恐ろしい宣告をされた。しかし、硯川先輩の権限?

 「権限って……あなたにどんな権限があるというんですか」

 どう見ても大企業のお嬢様や、どこぞのお偉い様の娘さんのような生まれついてのエリートオーラはない。そもそも、そんな生徒は私立の有名校に行く訳で、こんな普通の公立校にいるわけがない。

 でももしかして……ということがある可能性も考えて、硯川先輩をまじまじと眺めすかしても、普通に普通な上級生にしか見えない。何か権限があるようには見えないが……。

 「こう見えて私、生徒会長なのよ。これから宜しくね、作塚君」

 「ははは……お手柔らかに、硯川会長……」

 こうして、俺は絶滅危惧種とも言える文学少女、硯川先輩と出会ったのだった。そして、硯川先輩との出会い、そして彼女と交わされる“文芸談義”が、まさか世界を変えるような事態になるとは、この時の俺たちは知る由もないのだった。


第一話はここまでとなります。

第二話の掲載は未定です。書きあがり次第投稿する予定ですのでよろしくお願いします。

誤字脱字、表現不足な点がございましたら、御手数ですが直接ご連絡ください。

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