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モンスターパーティ

死霊使いと死霊

作者: 夏野ゆき

 陰気な娘だ。

 肌は白を通り越してどこか青い。不健康そうだと思う。髪はなぜだか艶々としていたが、その色は重い黒だ。闇から持ってきて闇を閉じこめたような、黒髪。

 瞳は妖しく紫色で、伏せがちな睫が瞳に陰を作っている。

 

 ──実に俺好み。


 にたりと闇に笑うのは、物の怪でも魔物でもない。独占欲に満ちた死霊だ。

 くすんだ金色の眼を闇に光らせて、するりと死霊は娘のそばに降りたった。

 娘には在るべきモノがない。

 ぼんやりと見上げてくる幼い少女に、死霊は甘く囁いた。


「──お嬢ちゃん、“お名前”は?」


 返ってきた二文字に、死霊はますます愉しげに笑う。


 ──そうだ、この娘を俺のモノにしてやろう。





「ない」


 いつか聞いた二文字。感情があるのだかないのだか分からないような声音で、黒髪の娘が静かに紡ぐ。それに気づいた男が振り返り、「何がないんだ?」と娘に問う。


「──ぬいぐるみ。小さい、ウサギの」

「あん? ──ああ、あの汚いやつか」


 男の知る限り、娘は幼い頃からあのウサギを肌身離さず持っていた。多分白かったであろうその布と綿の塊は、娘と過ごした時間のぶんだけ汚れている。そんなモノのどこが大事なのか、男には少しわからない。


「いいじゃねえか、あんなの──」

「……」


 男がそう口に出せば、娘は少し落ち込んだように目を伏せる。

 めんどくせえな、とは口に出さず、男は少女の顔をのぞき込むと「代わりならいくらでもやるから」と頭を撫でる。

 その言葉に一瞬悲しそうな顔をしてから、少女はこくりと頷いた。


「お前が望むものなら何でもくれてやるよ、ニヴァリス」

「……うん」


 少女が悲しそうな顔をしたことなんて気づかずに、男は満足そうに少女を腕に抱く。

 病気がちな娘は、驚くほどに軽い。

 初めてであったときから変わることのない、血色を感じられない白い膚に目を細め、男は紛い物の肉体を動かす。


「さて、次はどこに行こうか、ニヴァリス?」

「……甘いものがたくさんある場所がいい」

「了解、俺のカワイイお姫様」


 娘を抱えて微笑んだ男の周りには、人魂のような光の玉が、ひとつ、ふたつ、みっつ。

 ふわふわと淡い光をまき散らし、光の玉は二人の周りをくるくると回り続ける。

 月の光に照らされた二人の周りには、首のない肢体が、ひとつ、ふたつ、みっつ。

 死体となった肢体には目もくれず、男は誰かの腕を踏んづけながら、次の目的地へと向かう。

 この場で唯一の生者の娘がこほん、と小さく咳をした。

 ばきん、と男の靴の下、骨の折れる音が響く。





 ガランサス・ニヴァリス。

 図鑑に載っていた白い花を指さして、珍しく少女が微笑んだ。


「ねえ、この花、わたしと同じ名前」

「だろうな。そこから取ってきてるから」


 そうなの、と少女は紫色の目を丸くする。

 スノードロップ。清廉で潔白な、慎ましい花。

 膝に乗っている少女の髪をなでながら、金色の眼を持つ男はゆっくりと口の端をつり上げた。


 何も知らない清廉な娘。

 俺が名付けた愛しい娘。


 娘の腹に回した手はそのままに、男は図鑑にその節の目立つ長い指を滑らせた。

 男の指の動きをたどって、娘の眼は左右に動く。

 花言葉、と娘は呟いた。


「希望……」

「そうさ、ニヴァリス。スノードロップの花言葉は“希望”。お前に贈りたかったんだよ」


 希望、と小さく繰り返してから、娘はくすりと微笑む。素敵な名前をありがとう、と。

 その言葉にどういたしまして、と優しく笑ってから、男は喉の奥で低く笑う。

 どうしたの、と娘は訊いた。

 何でもない、と男は答える。


 ──スノードロップの花言葉。


 希望に満ちているのは、人に贈るまでだ。

 手折って贈ったスノードロップは、あとは枯れゆき朽ち果てる。


 ──なあ、知ってるか。


 スノードロップを人に贈る。その行動のさす意味は。


 【貴方の死を望みます】。


 ──早く俺のものになってくれよ、ニヴァリス。






 

 

 

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