できること
6.できること
「さあ、ハルカ。問題よ。魔力を使う私たちにはタブーが3つある。それは何?」
突然の問いかけにハルカは首を傾げることなくセラを見る。
「それってさっきまでの話と何か関係ありますか?」
「ふふふ、あると思う?」
「…ないですよね」
いたずらが成功した子どものようなセラの笑み。
「余談も必要なのよ。それに、タブーの話、聞きたいでしょう?」
その言葉にハルカは頷く。堅苦しい話の中にこういう話を織り交ぜてくれるセラの優しさが好きだった。
「3つのタブーは過去を変えること、自然への過度な介入、そして心を覗くことです」
「最後の1つをハルカはしようとしたわね」
「はい。…すみませんでした」
「ハルカ、タブーを犯すとどうなるかわかるかしら?」
「災いが起こります」
「その災いはどんなこと?」
「わかりません」
「そうね。大抵の人は知らない。ただ、『タブー』として伝わっただけだもの」
「はい」
「でも、本能的に恐れているの」
「本能?」
「ええ。怖いのよ。タブーを犯したその先によくないことが起こると本能が教えているの。だから、私たちはタブーを犯さない」
「…でも、私は」
「ええ。ハルカはタブーを犯そうとした」
「…はい」
「決してできないことではないの。ただ、嫌なのよ。怖いの。…けれど、それを越えてしまうことがある。本能が拒否してもそれでも、タブーを犯さなくてはいけないと思ってしまう時があるの」
「…」
「ハルカの場合は、裏切られたくないという気持ち、それからタイラを想う気持ちが本能を打ち消そうとしたんだと思うわ」
「…災いって何なんですか?」
「記憶が消えるのよ」
「…記憶が消える?」
「ええ。自分が大切に思っている人、もの、事の存在を忘れてしまうの。大切に思っている順に1つずつね」
「…」
「それをたとえどんなに愛していても、自分の中でその存在はないものとなってしまうのよ」
記憶が消える。考えただけでも怖かった。
自分の大切な人の記憶が消えたことを想像する。心にぽっかり穴が開いた気がした。
淋しい、そう思った。
「ねぇ、ハルカ。なぜタブーなのだと思う?」
「え?」
「本に封印するのではなく、なぜ、タブーという形なのだと思う?」
「封印ができなかったからですか?」
「初代女王の魔力なら可能だった筈よ。それにその3つだけできないというのはおかしな話ではないかしら?」
「…じゃあ?」
「アイリ様はご自身が使えるようにタブーにしたのよ。タブーの3つの力は、濫用してはいけない力でしょう。でも、国を守る人として必要な力だった。少なくともアイリ様はそう考えた。だからいざという時、自分が犠牲になってその力を使い、この国を守るおつもりだったと思うの」
「…」
「アイリ様は結局そのタブーを犯しはしなかった。けれど、長い歴史の中で、タブーを犯し、この国を守った女王もいるわ。大切なものを忘れて」
「…それは、つらいですよね」
「ええ。忘れる方も、忘れられる方も、つらいわ」
「…セラ様は」
「ん?」
「セラ様は、もしタブーを犯す必要が出てきたら、タブーを犯しますか?」
真っ直ぐな視線にセラは笑みを浮かべた。けれど、いつもの笑顔ではなくどこか困ったような表情だった。
「難しい質問ね」
少しの間沈黙が流れる。ハルカはただセラの答えを待っていた。
「…わからないわ」
セラが首を振る。素直すぎる答えだった。
「でもね、ハルカ、これだけは覚えていてほしいの」
「はい」
「私はあなたにタブーを犯して欲しくはないわ」
「…」
「大切な人を忘れて生きるなんて…きっと耐えられない。私は耐えられないわ。…あなたに女王である前に、ハルカであって欲しい。そう思うの」
「はい」
「…女王が言うべき言葉ではなかったかしらね」
「いいえ」
「ありがとう」
「セラ様。約束はできません。けれど、ハルカはハルカです」
約束はできなかった。その場面に立たないとわからない。そして、きっと、セラも同じなのだと思った。
セラは軽くハルカを抱きしめた。そのぬくもりが温かく、ハルカは目を閉じる。
「それじゃあ、また本題に戻りましょうか」
離れるとセラは軽く手を合わせ何事もなかったかのようにいつもの調子に戻った。
「はい」
勉強部屋の窓から、見える真黒な夜空には、無数の星が輝いている。
その輝きが国を照らしていた。セラの目を少しだけ盗み、ハルカは星を見つめた。
星は自身を燃やして光っているという。その輝きを見ていると、誰かの犠牲の上に立つ幸せがいいものなのか悪いものなのかわからなくなってくる。
それでも、ハルカは女王である前にハルカでいたかった。
女王になる資格はないのかもしれない。
それでも、今のハルカには忘れたくない大切なものが多くなりすぎた。
目の前の美しい母も、もちろんそのひとりである。
熱心に勉強に励むハルカはようやく文字を完璧に覚えた。次第に暗記した呪文の数も増えていく。
「呪文って貴族がほとんど握っているんですよね?」
ハルカはカナタの授業を受けていた。珍しいことに今日はホタカも一緒だった。
「そうですよ」
「でも貴族は自分が汗を流しているわけではないんですよね」
「いや、偏見入りすぎだろう。ま、だいたいが使用人たちに働かせてはいるんだろうけどな。汗は流さないけど頭は使ってるぜ」
「使うならもっといいことに使えばいいのに。自分たちだけいい思いしようとしないで」
「人間なんてそんなもんだろ。中には女王になる試験のためだけに呪文を独占している奴らもいるらしいぜ」
「呪文を厳しい生活をしている人たちに伝えればいいのではないですか?王家の力があればそのくらいできるのではないですか?」
「残念ながらそれはできないのです。貴族も国民です。権利があります」
「…」
「それに、貴族がいなければ国の財政が成り立たないのも事実なのです。ですから平民階級の人々の味方をするわけにはいかないのです。我々は公平でなくてはならない」
「…でも!」
「それに貴族だけ悪く言うのもどうかと思うぞ」
「なぜですか?奴隷のように扱われ、食事もろくに取れない人たちと自分の好き勝手お金を使える人がいるなんて…貴族ばかり幸せで不公平です」
「それはハルカが貧しい人の立場に立っているからそのような回答しか出ないのではないですか?」
「…」
「あなたは貴族側の立場に立って物事を考えようとしたことはあるのですか?」
「それは…」
「ハルカ、お前の考える幸せってなんだ?」
「え?」
「飯食えてれば幸せか?」
「…いいえ」
「豪華な服を着れば幸せか」
「いいえ」
「貴族に生まれて家族は金儲けで忙しくて、構って欲しい時に構ってもらえない。でも女王になれって圧力だけは掛けられる。そんな苦しみを誰にも言えずひとりで抱え込んでいる。貴族にはそんな奴もいる」
「…」
「金がある家だと男に生まれたらがっかりされるしな。これじゃあ王家に入れないとか何とかで」
「…」
「ハルカ、金があれば幸せってわけじゃない」
「そうですね。ホタカの言う通りです。確かに生命の危機を感じる人々の方が大変です。私たちは安全で安心感のある生活を保障すべきです。そのために貴族の方々にある程度妥協していただくことや負担をかけることも必要かもしれません。しかし彼らだけが幸せなのではないのです。彼らも時に不幸なのです。人はそれぞれ何かしら抱えているものです。女王ならば一点だけにとらわれず、いろんな方面から物事を考えなさい」
「…はい」
「それに貴族にお前が文句言うといろいろうるさいぞ」
「何でですか?」
「平民、いやそれ以下の出身だからだ。そういうのは言わなくても何となくわかっちまうんだよ。身分なんてものは、本当は俺たちのことをなんにも表現なんかしてくれねぇ。でも、人が信じるのは、そんなくだらねぇもんなんだよ」
その言葉にハルカは無意識に俯いた。平民以下の出身、その言葉が思いのほか胸に突き刺さる。
「落ち込まないでください。それは事実なのですから」
「…はい」
「ホタカの言うことは事実です。貴族の中にはあなたのことを快く思っていない人がいます」
「でも、お前は女王になる」
ハルカはゆっくりと顔を上げた。
2人の表情に優しさを感じた。
以前、セラとカイが言ったことを思い出す。
「平等を求めるならば、多くのものを見極めなさい。そして、すべての人々が生きるか死ぬかという生活から逃れることを望むなら、やはり上手く貴族を扱うことも大切になってくる筈です」
「…上手く扱う?」
「はい。ある程度お金を持つ人はプライドが高い人が多い傾向があります。成功してその場に立つのですから自信を持つのが普通なのかもしれませんね。そういう人々は一度首を縦に振れば間違いだった、ということができなくなるものです」
「…どういうことですか?」
「あの手この手を使って頷かせる。理論とか持ち出して袋小路に追い込む。そうやって貴族って存在を使うのも重要ってことだ。ただ真っ直ぐに向かうんじゃなく、頭を使わないといけなくなってくる。これからのお前は」
「けれどハルカはまだまだ未熟すぎます」
「はい」
「優しさも必要です。けれど時には冷静さと残酷さも必要なのです」
「…」
「お前は今はまだ貴族のことは考えるな。残酷になりきれないなら軽くあしらわれるだけだ。全員が幸せなんて綺麗事にすぎない。もし、そんな世界ができたとしても、そうなるまでに多くの幸せは奪われる。そうやって俺たちは前に進んで行かなくちゃいけない」
「…はい」
「…今は、俺やカナタ兄に任せとけ。ハルカはハルカにできることからやっていけばいい」
「私にできることって何ですか?」
「何でも聞くなよ。自分で考えてみな」
「ホタカの言うとおりです。自分のことくらい自分で考えなさい」
2人の口調がいつも通りに戻っていた。
ハルカは自分に何ができるか考えた。
自分の覚えた呪文を貧しい人たちに教えればいいのではと持ったが実際の生活で活用するには少なすぎる。
字が書けなければ呪文は使えない。識字率を向上する必要があった。
学校を建てることも考えた。しかしそれはもうすでに政策として行われている。
日々の仕事に追われ、行きたくても行けたい子どもたちが多くいるようだ。
結局いい案は浮かばなかった。
しかし自分らしい方法はどこかにあるような気がした。
なんて言うか、思ったよりいちゃいちゃしてないですね…。
あと少し続きます。宜しければお付き合いください。




