外交
気がつけば、多忙な日常を5か月も過ごしていた。
その記念すべき5カ月と1日目。ハルカは初めてシャマ国の外に出た。
次期女王としてセラとカイに付添い、他国との貿易交渉に向かったのだ。それにはタイラも同行した。
移動中は勉強を強要されることなく、ただ4人で会話を楽しんだ。
本当の家族のように笑顔が絶えない時間。セラとカイは見ているだけで仲睦まじいことがわかった。
ハルカは隣に座るタイラを見て、2人のような夫婦になりたいと思った。けれど、当たり前に流れる時間が幸せだからこそ、ハルカは時々不安に襲われる。セラの命はもうすぐ消えるのだ。それをカイもタイラも知らない。気付いてはいるだろうが、1年もないというは知らないだろう。
突然笑顔の途切れたハルカを見て、タイラが心配そうに覗き込む。
ハルカは小さく首を振った。
「大丈夫。何でもないよ」
タイラに笑顔を向ける。そして、思った。この幸せを、楽しもう。セラからもっと多くの事を学ぼう、と。
青い空に真っ白な雲が浮かんでいる。気持ち良さそうに浮かぶ雲が少しずつ動いている。
目線を下に向ければ、道に咲く色とりどりの花。その花が笑っているようにハルカには見えたのだった。
ハルカたちを乗せた馬車は隣国に到着した。すぐに大きな城の一室に通される。
大きな部屋。様々な絵画が飾られ、天井には大きなシャンデリアがついている。
中央には長い机が置かれていた。各国のトップが数人座っている。全員が男性だった。
宝石を身につけ、服装は派手だった。何枚も服を重ね着する彼らのスタイルは、動きにくいものである。けれど、それを思わせない涼しい顔をしていた。
扉を開けると全員がハルカたちを見た。
鋭く品定めをする目つき。
ハルカは嫌悪感を覚えた。そこに女性がいない理由もわかっていた。
シャマ国以外の国では、女性の地位は驚くほど低い。女性は奴隷のような生活をすることが決められている国もあるのだという。
立ち上がり、一礼する。セラに対し歓迎の言葉と皮肉交じりのお世辞を言ってきた。
国のトップが集まる場に女性が来ることを快く思っていないようだ。
セラは美しい笑顔を作ったまま、それぞれと一言二言交わしている。
会話に何度かハルカのことが取り上げられ、その度にハルカは軽く会釈をした。
セラは常に笑顔を保ち、静かで上品な口調で話を続けていた。
もうすぐ自分もこうなるのだ。そう思いながらハルカはセラの姿を目に焼き付けた。
国々のトップ同士のお世辞大会はそれから5分ほど続いた。だんだんと話声が小さくなり、会議が緩やかに始まっていく。
今回のテーマは関税の規制についてだった。
関税は輸入関税のことである。
今まで関税への規制やルールはなかったが、暗黙の了解で他国の介入ができない状況にあった。
しかしむやみに関税を高め、自国を守ろうとする国が出現し、それは今後の状況に芳しくない効果を与える。それぞれが危機感を募らせた結果、今回の会議が開かれたのだ。
各国の意見は違った。大きな違いも小さな違いも多数見られた。
関税撤廃を唱える者。統一した規制を創ろうという者。自分たちの国のものは素晴らしいので、自分たちのものだけは関税を撤廃してほしいなど自分勝手に言う者など様々だった。
セラは品に応じて相談した上で関税を設けたいと伝えた。
それぞれが主張を貫き通し、上手くまとまらない。
しかしそれでも、討論の節々に、シャマ国やセラへの厭味を入れるとことだけはまとまっていた。
女性ということが不利になるのだと痛感した。ハルカはセラやカナタから何度も聞かされていた。そしてそのことを自分では理解した気になっていた。それでも、ここまでなのか、と思ってしまう。性別が異なるだけで、ここまで。
今回の話し合いは結局はまとまらず、関税をむやみに上げた国を厳重注意した上で、今まで通りその国の方針に沿って行っていくという形に留まり、後日再び集まるという話で会は終了した。
議長が閉会の言葉を述べる。順番に部屋から出ていった。空は色を変え始めている。
4人も帰路についた。
今まで平然としていたセラは、馬車に乗ると疲れを見せる。伸びていた背筋は丸まり、笑みは消えていた。精神的な疲れが大きいようだ。疲れを隠すことさえしていない。
ハルカとタイラにとって、こんなセラの姿は初めてだった。
セラは大きく息を吐くと、カイの肩に寄りかかった。カイは落ち着かせるように頭をポンポンと叩く。
「…どうだった?」
カイの肩に寄りかかったままセラは聞いた。
「疲れました」
「素直ね」
「…私は何もしていないのに、すごく疲れました。大変だと思いました」
「ええ。大変よ。そして、これからはハルカがあの場に立つのよ」
「…はい」
ハルカの声が小さくなる。構わずセラは続けた。
「女性だってだけで嫌われ者よ。私への攻撃の時だけまとまるなんてね馬鹿げているし、すごく腹が立つわ」
「はい」
「だけどね、我慢しなくちゃいけないの」
「…はい」
「でも、ハルカなら大丈夫。ちゃんとあの場に立っても、堂々と立てると思うわ。自分を信じて入れさえすれば、何を言われたって平気よ」
「…」
セラの言葉にハルカは頷く。口に出して「はい」と言える自信はまだなかった。
「タイラもハルカをちゃんと支えるんだぞ」
カイの言葉にタイラは大きく頷く。
「ハルカと2人で何とかやっていきます。それでも上手くいかなかったらお兄さんたちに手を貸してもらいます」
「ええ。それでいいわ。全部一人で抱え込む必要はないのよ。貴方たちを支えてくれる人は、たくさんいるわ」
セラの言葉に2人は頷いた。
その様子を見て、セラとカイは嬉しそうに笑う。
セラはもちろん、ただ座っていただけのハルカたちも疲労を感じていた。馬車の揺れに瞼は下がる。心地よい揺れに4人の睡眠は次第に深くなった。
淡い星の光は暗い地上を照らす。
夜道でもはっきり見えるほど強い光ではない。しかし穏やかな眠りに導いてくれる光だった。温かいその光は人を笑顔にする。
眠りにつく4人の顔が笑っているのも、星の光のせいかもしれない。




