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第二章『紅を求める影』(4)

「本当に綺麗だね〜」


 感嘆した声で純也が心の底から、そう感想を述べた。目の前、豪華なショーケースの中で『鮮血の星』が三つのスポットライトを浴びて煌いている。

「そうかぁ? 俺にはマジで血の色に見えるけどな」

 指輪に魅入っている純也の横で、遼平は興味が全く無いのか一瞬見ただけで終わる。

「それにしてもさ、ショーケースのロック解除になってるキーってアレだよね? もしかして、あの四つの宝石って本物なのかな……」

 そう小声で言って純也はショーケースの下角四隅を指差した。それぞれ四色の大きな宝石が、『鮮血の星』の前で引き立て役のように情けなく光っている。

「あれは……エメラルド、アクアマリン、トパーズにダイアモンド、みたいだね。結局最後は取り出さなきゃいけないんだから、全部壊しちゃうのかなぁ?」

 他の客には聞こえないように呟くような音量で純也は惜しそうな言葉を発した。どれもけっこう高価な宝石で、こんなショーケースの前座でなかったなら、相当重宝されたことだろう。

「そのエメ……なんとかって高いのか?」

「エメラルドだよ、遼。そうだね、あれくらいの大きさならどれも百万円は下らないんじゃないかな」

「あんな石っころがか!?」

「遼! 声が大きいよっ」

 純也が焦って口の前に指を立てる。『鮮血の星』を取り囲んでいた客の眼が、この場には場違いに見える変な凹凸二人組みに寄せられていた。


 一人はまさに場違いなボサボサで中途半端な長さの紺髪の、一応は正装を着た男。顔つきといい片足に体重をかけた立ち方といい、なんだか浮いた若者だった。

 浮いている、というのならばもう一人の少年のほうも負けてはいない。同じく正装のスーツで、肩までの髪はとかしてあるのだが、その髪の色が珍しかった。国際化のせいなのか様々な毛色の人間がこの国に存在するが、天河のような白銀の髪など見たことが無い。


 そんな妙な二人に、長いコートのようなものを羽織った金髪の男が近寄ってきた。二人組と比べればかなりマトモな印象を受ける。

「……あのなァ、ちゃんと仕事しとるか?」

「あ、真君。どうだった?」

「一応表の警備員と接触して、不審者がいなかったか訊いてきたんやが……それっぽいんは館内にはおらへんって胸張りよった。ま、あっちはさっきの襲撃を知らんからなァ、呑気なモンやで」

 裏の警備員だと名乗っただけで邪険に扱われた真は、眉間にシワを寄せながら呆れを含んだため息を吐いた。普通、裏社会の人間は表の人間に忌み嫌われる。自分達の想像もつかない酷い事を平気でする無法者……そんな固定観念が暗黙のうちに『裏社会』には貼り付けられているからだ。ただ、光を浴びることのできない理由を持つ者の社会、それだけなのに。

「で、こっちはどうなん?」

「あ〜、真君の血痕以外は何にも。一応、拭き取っておいたよ」

「そうかァ、ありがとな」


「……?」


 ピクッとほんの一瞬だけ遼平の右腕が反応したが、真と純也は気づかなかった。……微かだが、銃声が聞こえたのだ。地下からだ……だが、この音は聞き慣れている。ニヤっと皮肉気に遼平の口元が引き上げられる。

「遼?」

「……ん、あぁ、なんだよ」

「どうしたん? 珍しく大人しいやんか」

「珍しく、は余計だっての。……いや、どーせあの宝石最後はぶっ壊すんだったら、そのカケラをかっぱらえねぇかなと思ってよ」

「遼、だからそれ犯罪……」

「あのアホは治せへんのか? 純也」

「ゴメン、僕の力じゃ遼の思考回路は治せないんだよ……」

「もはや不治の病かァ。気にすることないで、馬鹿ならともかく、アホは死ねば治るさかいに」

「え、そうなの? よかったね遼! 治るよ!」

「……なぁ純也、お前本気で言ってる?」

 医者として嬉しそうに笑顔で見上げてくる純也に、遼平は肩を落とした。純也はたまにワザととも天然ともわからないキツいボケをかましてくる事がある。

「あ、でも遼平の場合、馬鹿も入っとるから一度死ぬぐらいじゃ治らへんかもなァ」

「そっか……ゴメンね、遼……」

「いや、頼むからそんなガン申告みてえなツラすんな。おい真、てめぇも純也に変な事吹き込むんじゃねーよ」

 一喜一憂の純也の様子を面白がりながら見ている真を、遼平は睨みつけた。純也は人の言葉をすぐ真に受けるので、からかい易いのだろう。まぁ、そのへんは遼平も人の事を言えないのだが。

「そりゃあ、えろうすんまへんなァ、『お兄ちゃん』」

「お前なぁ……」

 先程の仕返しと言い返してくる真に、降参だと言わんばかりに両手を上げる。真は結構執念深いタイプだし、そもそも遼平は口論で他人に勝った例が無い。その理由を以前、「ボキャブラリーが極度に少ないから」と純也に説明された事があったが、遼平にはその言葉もよく理解できていなかった。



『ちょっと〜、和やかな談話に水をさすようで悪いんだけど、いい? ……どうぞ』

 警備員だけに希紗の陽気な声が届く。それぞれ三人が耳にしているイヤリングが、無線になっているのだ。遼平は片耳からイヤリングを外し、口に近づけて応答した。

「こちら遼平。意地の悪い上司との会話に水さしてくれて激感謝。で、なんの用だよ? ……どうぞ」

『あははは。用ってほどじゃないんだけど、そろそろ今日は閉館の時間よ』

「は? もう閉まんのか?」

 遼平は小声でイヤリングに向って話しながら、周囲を見渡す。そういえば、今やっと橙色の陽が射しかけてきたところなのに、客がぞろぞろと正面玄関へと向っている。普通、こういった美術展というのは夜に一番賑わうものだろう。

『あれ? 言わなかったっけ、初日は特別公開だから閉館が早いのよ。今日はとりあえず五時でお終い。明日からは九時まで開館するけどね』

「ふ〜ん。それで、俺達はこれからどうするんだ?」

『そうね、収穫も無かったみたいだし、一度監視室に帰ってきて…………って言いたかったんだけど、予定変更みたいね……』

「希紗? どないしたんや?」

 急に声色が変わって黙りこんでしまった希紗に、全員に嫌な予感が走る。普段うるさいだけに、希紗の沈黙は違和感があるのだ。


『まずいわね、侵入者よ、武装グループだわ。あの裏口からのトラップ通路と美術館のちょうど裏手、二階から侵入しようとしている二つのグループがある!』


「おいおい……面倒臭ぇな、一気に片付けるか?」

 少し楽しそうな表情を浮かべながらも、遼平は『鮮血の星』に振り返った。ちょうど退屈していたところだ、グループとあればなかなか暴れ甲斐もある。おそらくその武装グループとやらもこの『鮮血の星』目当ての強盗集団だろう。ならばここで待っていれば黙っていても獲物はあちらからやって来る。

『ダメ! まだ館内には一般人が僅かだけど残っているの! その人達の避難を最優先させなきゃっ』

「そうやな。人質に取られても厄介やし、何より事件が起きたと知られちゃまずい」

「それに、さっきの泥棒さん達の仲間ってことも考えられるね。だとしたら、このショーケースの開け方も知ってるはず……そうなると、ここで迎え撃つのは厳しいよ」

「じゃあどうすんだよ」

 冷静な真と純也の考えている事がよくわからない遼平は、とりあえず何をするべきなのか問う。自称《肉体派労働専門》だが、実は難しい事を考えるのが嫌いなだけで、ほぼ勘のみで遼平はいつも行動していた。

「分かれてそれぞれグループを撃退させるんや。客のほうは……希紗、頼めるな?」

『任せて、やってみる。それと、一般人を非難させたら各フロアをシャッターで遮断するわ。だから心置きなくやっちゃってちょうだい!』

「よっしゃあ! そうこなくっちゃな」

 希紗の言葉に遼平がガッツポーズをする。今回は美術品を気にして戦うこともない。

「なら、ワイは地下のトラップ通路に行く。あんたらは二階を頼むで」

「でも真君、腕のほうはまだ完全に傷が塞がったわけじゃないんだ。無理は禁物だよ」

「なァに、心配いらへんて。そうや希紗、ついでに澪斗を至急呼び戻しておいてくれ。どっちでもエエから援護に来るようにな」

『オッケー。じゃ回線切るわね。皆、ドジ踏まないでね!』

 無線の切れる音と共に、遼平はイヤリングを耳に付け直した。その顔には戦闘への喜びしか見られない。

「真、あいつの援護なんて必要ねーからな。俺一人だって充分だぜ」

「はいはいわかったから、早よ行ってくれや。純也、ワイは平気やから遼平と一緒に行き」

「うん。遼も手加減無いから心配だしね」

 頷いて、先に歩いていってしまった遼平の後を追う。真も二人の後姿を見送って地下へと続く路を急ぐ。途中、希紗の声で館内にアナウンスが流れるのを聞いた。


『皆様、本日はご来館真にありがとうございました。本日はこれにて閉館となります。まだ館内にいらっしゃるお客様は正面玄関へとお急ぎください。あと五分で正面玄関を閉めさせていただきます。繰り返します――――』


 よくも即席でアナウンスマイクを乗っ取れたなァ……と感心しながら、真は関係者専用の扉を開き、多数の人間の気配のする地下へと階段を降りていった。


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