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第二章『紅を求める影』(2)

 会長が布を大袈裟にはらう瞬間、ホール内のスピーカーからけたたましい効果音が鳴り響き、ホール吹き抜けの上から無数の花びらが舞い降りてきた。この演出の中、澪斗が素早く銃を連射し、三人の放った弾丸を全てステージ前で撃ち落とす。

 ショーケースは下角四隅にそれぞれ宝石が埋め込まれた豪華な物だったが、そんな事には気づかないほど、ケース中の『鮮血の星』は激しく煌めいていた。全ての観客は凄まじい演出と美しい『鮮血の星』に魅了され、砕け散って悲鳴をあげた三発の銃弾などに気づきはしない。

 唯一、銃弾を放った三人だけが、何が起こったのかわからないような間の抜けた顔をしている。が、すぐさまとりあえずは失敗した事に気づいたのか、一斉に群がる人々を押しのけて背後の各通路に向かって走り出した。

「遼平、純也、澪斗! あんたらはそれぞれ三人を追うんやっ! ここはワイがなんとかする!」

 全員が頷いて、瞬時にそれぞれ任された所へ移動する。わざわざ話し合わなくても、遼平達はバラバラの方面に消えていく。澪斗は右通路、遼平は中央、純也は左に。真はあたかもずっとそこに居たかのように、ぴったりと宮澤会長の後ろに瞬間移動した。一瞬、同じく会長の背後にいた秘書が驚きの視線を真に向けたが、ほんの一瞬だった。


          ◆ ◆ ◆


「ちくしょう、こんなん聞いてねぇぞっ!」

 全力で駆けながら、スキンヘッドの男は背後を振り返った。淡い緑髪の、眼鏡をした鋭い眼光の男が顔色一つ変えず追いかけてくる。

「このっ」

 不意に男は立ち止まり、追いかけてきた警備員に銃口を向け、連射する。眼鏡の警備員は避けようともせず、いつの間にか引き抜かれていた銃で全ての弾丸をまたも弾き返した。警備員の撃つ銃は、男のモノと違って銃声がほとんどしない。

「なっ? じゃあさっきのもてめぇが邪魔しやがったんだな!」

「黙れ」

「てめぇ、警備員か? 一体ドコの人間だ!?」

「黙れ、と言っている」

 互いに銃口を向けあったまま、澪斗がゆっくりと歩み寄っていく。実力の差は歴然だった。諦めたように肩をすくめたスキンヘッドの男にもう一歩近づこうとした時、男の銃口が再び火を噴いた。

 ……が、その銃弾は全く警備員を狙っていない。通路に展示された美術品や大理石の壁に向けられたのだ。

「何処を狙っている!!」

 後ろへ跳び退いた澪斗は、また銃弾を狙い撃つ。だが、男は気が狂ったように辺りに弾を撃ちまくり、澪斗はそれらを全て撃ち落とさなければならなかった。今回の依頼はなにも『鮮血の星』を護る事だけではない。全ての展示品……つまりはこの巨大な美術館全体が守護対象なのだ。柱一本でも傷つけることは許されない。

 二人の周囲に、互いにぶつかり合って潰れた弾丸が転がる。

 こんなにけたたましく銃声が鳴り響いているのに、澪斗の背後の歓声のおかげで観客には全く気づかれていない。騒がしいクラッカーか何かと思われているのだろうか。本当に表の人間は呑気だな、と澪斗は嫌気がさす。

 いい加減男との撃ち合いで精神を消耗してきたので、一瞬の隙を窺って男に向かって一発撃ちはなった。パスッという、希紗が改良し消音対策の施された銃声が右腕からも伝わってくる。

 ……しかし、ようやくこの時点で、今回の『弾』がなんであったのかに澪斗は気づいてしまった。まだ戦闘中だというのに、深い疲労感が身体を満たしていく。




 …………弾丸は、ワインのコルク栓だった。




 コルク栓は男の左肩に当たり、ポロっとあっけなく床に転がっていった。だが、澪斗が驚いたのはその後だ。スキンヘッドの男は激痛の走ったような顔で左肩を押さえ、呻きながら膝からがっくりと倒れていってしまったのだ。

 そういえばコレで先程から鉄製の弾丸を撃ち落としていたのだから、やはりそれなりの威力はあったのだな……と脱力しながらも澪斗はなんとなく納得。

「くっそ、こんなモンで……! ざけてやがんのかコラァ!」

「俺が訊きたい……」

 精神的に疲労しきった表情で男の後頭部を踏みつけ、澪斗はため息を吐いた。


     ◆ ◆ ◆


「待ってよ〜」

「誰が待つかっ。おいガキ! てめぇ何モンだ!?」

 二階の左通路は絵画エリア。ゴッホやらピカソやらの有名な画が並ぶ長い通路で、純也は不審者の男を追っていた。中年ぐらいのたくましそうな身体つきの男だ。

「あ、僕は純也だよー!」

「お前の名前なんか訊いてねえよーっ!」

 前を走る男に聞こえるように純也はしっかりと自己紹介を叫ぶが、それに負けじと中年男も怒鳴り返していた。一体何を怒られているのかわからなくて、純也は駆けながら首を捻る。


(『何モン』って……名前じゃなかったら何て言えばいいんだろう? 性別かな……いや、でも僕一目で男ってわかるよね?? 年齢かなぁ……困ったな、僕十代だと思うけど覚えてないし。じゃあどうしよう? 趣味? そうだなぁ、料理と折り紙が好きだな。好きな色はー……)


「僕ね、青色が好きだよ――っ!」

「はぁ!? ナニをどう考えたらそうなるんだよ!」

「だって青は綺麗じゃないかーっ」

「いや、俺も青は好きだけどよ……って違ーうっ! な、ん、で、お前は俺を追ってくるんだって訊いてんだよー!?」

 純也は本来驚異的に頭がいいが、たまにドコかずれる時がある。今の場合、彼は本気で男の問いに答えていた。

 全力疾走+絶叫という状況に男は息を切らしながら、後ろを振り返る。白っぽい髪を振り乱しながら小さな少年が身軽に追ってきていた。しかも、その距離は段々と縮まってきているではないか。

「おじさんが逃げるからに決まってるじゃないかぁー!」

「だ、だからそんなコト訊いてんじゃねーってば!!」

「あ……っ!」

 やっと立ち止まって振り向いた中年男は、残っていた銃弾で駆けてくる少年に向かって威嚇のつもりでわざと外して撃った。が、何故か少年はその弾に向かって跳んで右腕を伸ばしてきた。

「なんだと!?」

 空が裂かれる鋭い音がして、男は少年のか細い腕を弾が貫通するのを想像した。

 しかしまるで舞い降りるように着地してきた純也の腕にはかすり傷一つない。一テンポずれて、弾丸が力無く空しい音を立てて二人の間に落ちてくるのみ。

「ダメだよ、そんな危ないモノ撃っちゃ……壁とかに傷がついちゃうよ」

 何が起こったのかわからず呆然と立ち尽くしている男の前で、純也はぱたぱたと右腕を振っている。一瞬で気圧を調整し風を凝縮してピンポイントで放つことなど、純也にとっては朝飯前の事なのだが、初対面の男にそんな事がわかるはずもない。

「僕は警備員だから、おじさんが泥棒さんで、攻撃しようとするなら捕まえなきゃいけないんだ。一応訊くけど、泥棒さんだよね?」

 確認のつもりなのかふざけられているのか、心配そうに訊ねてくる少年にどう返していいかわからず、男は戸惑う。ここで「警察を呼ぶぞ!」とか「覚悟しろっ」とか言ってもらえればどんなに気が楽だったろう。違う意味で、なんだか抵抗しづらい。

「だっ、だったらどうだって言うんだよ! 悪いがてめぇには消えてもらうぜっ!」

 もはや自棄になってしまった男は、ドコにそんな物を隠していたのか、いきなりバズーカ砲を純也に向けた。ずっと背中に背負っていたらしく、バズーカを構える前と比べ、身体が一回り小さくなったように見える。

「だからそんな危ないモノ撃ったら大変だってば〜……」

 うんざりした表情で純也は頭をかかえる。全然危なさなんて感じていない仕草だ。これが何なのかわかっていないのではないかと、男は少し不安になる。

 男が照準を合わせて発射の準備をしている僅かな間で、純也は計算していた。

 『バズーカ砲』。一般では対戦車用として使用されるロケット砲。手軽に扱えるが構造は単純、やや小さめなあのサイズで一発でも放った場合、被害は……ざっとこの通路の半分は床ごと吹っ飛んでしまう。なにやらブツブツと少年は呟き始める。

「……破壊規模予測、ポイントより約半径三メートル……抵抗風圧――――ジュール……!」

「全部壊れちまえっ!!」

 けたたましい唸り声をあげてバズーカ砲からロケットが発射される。と、同時に純也も勢いよく右腕を突き出した。放たれたロケット弾と純也の腕が触れる、その一瞬前。


 突如、物凄い風が通路全体に吹き荒れる。立っているだけでも困難な暴風の中、男はその風の中心が少年とロケット弾の接した場所である事に気づく。その空間だけ、時が止まったように全てが静止していた。……まるで、少年の前に見えない壁があるかのようにロケット弾が空中で止まっているのだ。


「……誤差、修正っ!」


 純也が右腕を大きく振るう。すると、何かをなぎ払うような音がして、男は今度ははっきりと目を開く事ができるようになった。風が治まりつつあるのだ。そして、眼前にある光景に男は目を見張る。

「な……っ?」

 ロケット弾は少年の目の前に転がり、彼の周りを取り巻くように風が起こっていた。やがてその風の渦も消え去ったころ、少年は左腕でロケット弾を重そうに持ち上げる。

 小さな拳銃の銃弾と違って、今度の大きなロケット弾を止めるのには少々手こずった。強力な風圧によって壁を作ったのだが、少し予測ポイントとずれてしまった為、もう一度気圧調整をしなければならなかったからだ。

 ちょっと腕がなまったかなぁ……、と純也は小さく苦笑する。誤差の分まで計算しておけばよかったと、減ってきたお腹をさすりながら反省していた。この力を使うと、かなりの体力を消耗してしまう。このくらいではまだどうということは無いが、使い過ぎれば自滅もありうる。しかし何より、純也はこの人ならざる不可思議な能力を使用するのを極力避けていた。

 それ故にあまり使わなかったのだが……久しぶりに使ったことが誤差の原因だったのかもしれない。


「さてっと……」

 片腕にロケット弾を抱え込んだまま、純也はまだ呆然と突っ立っている中年の男に歩み寄り、その腕を右腕で握る。腕が触れた瞬間、男は我に返った表情で少年を見下ろした。

「ごめんね、ちょっと一緒に来てくれるかな?」

 にこっと笑顔で見上げてくる純也に、男は抵抗する体力も気力も無いまま、項垂れて少年に連れて行かれた。


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