第一章『星に集いし者』(3)
「実は、僕は――――」
「こいつは俺の弟だ。蒼波純也。同じ苗字のヤツが二人いると面倒だろ?」
軽く純也の頭に手を乗せ、一歩踏み出した男がいた。
あまりに堂々と答える遼平に、内心純也は驚いていたが表情には一切出さなかった。言葉を遮られたうえに、その答えは真実ではない。
純也には、姓が無い。いや、あったのかもしれないが、純也は自分の姓を覚えていなかった。二年前、記憶を失って行き倒れていたところを遼平に拾われ、今は居候の身。自分のことは未だに何も思い出せないでいる。
過去への手がかりは、『純也』という名前、『風を操れる』という特殊能力、そして子供ならぬ高い知能。
「……そうですか。わかりました」
決して似ているとは言えない二人の《兄弟》を交互に見ながら、表面上は納得した言葉で女性は手帳に書き込んだ。
「そうかそうか、君達は兄弟だったのか、悪かったのぅ。あぁ、言い忘れていた、彼女は私の秘書の米田凛子くんじゃよ」
米田秘書が軽く礼をする。長髪をそのまま下ろしていて、美人だが、厳格そうな雰囲気の人間だった。
「会長、準備が整いました」
別のスタッフが呼びにきて、宮澤会長は「それじゃあよろしく」と言って立ち去ろうとした。が、途中で立ち止まる。
「そうそう、依頼内容じゃが……正確に頼む。その為に、君達を雇ったんだからのぅ」
そう言い残し、会長は陽気にステージの反対側へステップ気味に歩いていった。
「……会長、あの方々で本当に平気なのでしょうか。私にはとても腕利きの警備員には見えないのですが」
歩きながら、秘書は明らかに訝しげな眼で小さく会長に尋ねた。あれだけの人数で、しかもあんなメンバーでは普通の警備員としても充分怪しい。
「米田くん、君もまだまだじゃの。彼らの場合、見えてはいけないんじゃよ。私が彼らに依頼した内容を君は覚えているじゃろう? ……それにロスキーパーに任せておけば、大丈夫なんじゃ」
「はぁ……?」
まだ納得しきれていない表情の秘書の横で、宮澤会長は愉快そうに微笑んでいた。
◆ ◆ ◆
煙が充満し、既に霧状態になっている部屋に一筋の光が差し込む。窓際に立つ大柄な男がシャッターカーテンに指を挟んで隙間から外を覗いたためだった。
「……いよいよだな」
低いしわがれた声で呟くようにそう言った窓際の男は、また大きく煙を吐く。
机の上の灰皿には煙草の吸い殻が山となり、まだ微かに紫煙を上げていた。
「ぬかりは無いんだろうな?」
シャッターから指を離し、煙草を吸い殻の山に押し付けながら念を押す。
「フフ、まぁそれなりに。不安かな?」
部屋の隅に寄りかかっていた細い影が一歩踏み出した。
「そうではない。だが、この仕事は必ず果たしてもらわねばならぬのだ」
「ご心配なく。あなたの依頼は確かに引き受けている、後は任せておくんだね。……フフフ、それにしても今回の仕事は……なかなか楽しめそうだな」
細く黒い影は手の上の小さな機械を見、口元の端を引き上げて奇妙に微笑んだ。
「それでは、失礼しますよ」
「成功を祈る」
軽く礼をしてドアを出て行く影を見送り、男はまた外を覗く。口にくわえた新しい煙草に火をつけ、鼻から息を吐いた。
「……今度こそ……、これが最後の好機なのだ……」
己に言い聞かせるように言葉を放ち、男は煙草を噛み潰した。