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第一章『星に集いし者』(2)


「『鮮血の星』。二十世紀最後の細工品の名匠、ガゼル・コリートによって造られた指輪。最も純度の高いルビーが散りばめられ、土台は全て純銀。現代の細工師も唸らせるその芸術は、時価十億とも二十億とも言われている。紅く強烈な光と斬新な造型は美しくもどこか恐ろしく、人を虜にするという……な〜んて、いわく付きの一品よ」


 一度解説されただけで全てを呑み込んだ純也の隣りで、遼平が「名匠……時価……トリコ??」と大して難しくない単語で混乱している。

「あー……純也、通訳!」

「はいはい。あのね、スゴイ人が造ったキレイな指輪があって、それはとっても値段の高いモノだから、僕達が護るんだよ」

「なるほど!」

 純也の小学生へ向けるような説明でやっと理解でき、手をポンと打つ。それを見ていた同僚達は。

「遼平、相変わらずアホなままなんやなァ」

「あははっ、やっぱり純くんが保護者みたーい」

「その愚脳は治らんのか、蒼波」

 仲間達の諦め、笑い、呆れの言葉が遼平に突き刺さる。怒りに震えて俯く遼平に、純也は必死にフォローしようとして。

「大丈夫だよ、遼! だって遼は、僕の言葉が通じたじゃない!」

「なぁ純也、それは俺に『人間の言葉が通じた動物』というフォローをしてくれているのか? 本気で怒っていいか?」

「良かったではないか、蒼波。どうやら貴様はギリギリの境界線で人類らしい」

「紫牙てめぇ、いつか殺す」

「生憎、俺は原始人に殺されるほど低能ではないのでな。よってその言葉は成立しない。惜しかったな、原始人」

「て、てめぇっ、絶対殺す! 俺が殺す! 即ぶっ殺す!!」

「喚くな畜生。俺の耳にその粗悪な声を触れさせるな」

 敵意むき出しの遼平と完全に侮蔑しきった声色の澪斗の間で、殺気が生じ始める。そこで遼平の頭上に、あのアイテムが迫った。

「ケンカ禁止やって何度言えばわかるんじゃボケェェ!! 澪斗も正座せぇ!!」

 二度目のハリセン直撃。痛みに悶絶する遼平を横目に真は床を指差して澪斗に命令するが、彼がそんなことに従うはずもない。澪斗の座右の銘(仲間達の勝手な予想)は、『天上天下、唯我独尊』なのだから。

「美術館開館セレモニーまであと一時間なんやで! 皆、準備開始っ」

 部下と大して年齢差の無い部長は、そう言い残すと長い制服を翻してロッカーへ歩いていってしまった。




 希紗は監視室長の監視モニター前に堂々と座り込み、無造作に取り出した片手に収まっている金属の箱を澪斗に投げてよこす。希紗の製作した澪斗用のカートリッジだ。

 裏警備員ともなると仕事は『死守』することであり、大抵は敵と戦闘することになる。そんな時、素手で相手を殴る遼平など、その身一つで戦える者と違い、澪斗は武器である拳銃を使用する。このカートリッジ式銃『ノア』も、希紗が製作したものなので特注品だ。

 投げられたモノを受け取り、澪斗はカートリッジをセット、予備のカートリッジをホルスターの横のポケットに挿し込む。

「今日のは何だ?」

 新しいカートリッジの収まった自分の拳銃を見、希紗に問う。澪斗の使用する銃のカートリッジはほぼ希紗の手作りで、弾丸もそのつど違う。以前、撃ったらビー球が発射されたことがあり、それ以来は必ず使用する前に訊くことにしていた。

「内緒〜。撃てばわかるから安心して!」

「それでは遅いから訊いているのだが」

 笑顔でVサインを突き出す希紗を、いつもの冷ややかな目つきで見つめ返す。これがいつものやりとりで、どうせ教えられないのに毎回訊ねるのが癖になってしまっていた。

 このカートリッジには明らかに製作者の遊び心が感じられるが、その場に合わせた最も有効な弾丸が組み込まれ、誤作動を起こさないことも事実だ。だから、渋々ながらも澪斗はカートリッジを突っ返すことなく受け取る。

「じゃあヒントだけど、今回のはサイレント系にしてあるわ。あと、命中精度を高くしておくためにも弾丸が軽め。でもそのぶん威力はぼちぼちだから注意してね〜」

「……そうか」

 珍しい希紗のヒントを聞きながら、確かにいつもより軽いノアをホルスターに戻していた。


「ほな、行こか」

 包帯が巻かれた棒状のモノを持った真が監視室のドアを開けて振り返る。男達が出て行こうとした時。

「あ、遼平ちょっと待って。耳栓、外してってよ」

「は? なんでだよ」

 希紗の要求に、遼平は心底嫌そうな顔をする。

 遼平は、人一倍耳がいい。いや、もはや『耳がいい』などというレベルではなく、その聴覚は人間の限界を遥かに上回る、特殊能力だ。遼平の祖先は『音の民』と呼ばれた特殊な聴覚を持つ一族で、鼓膜が異様に発達し、一般に超音波と呼ばれる高さの音までも聞き取り、操れる。それ故、現代のような喧騒に溢れた世界では耳栓を常に使用していないと、うるさ過ぎてかなわないのだという。

「ん〜、女の勘ってやつかな。それに、外してってもらったほうが仕事しやすいし」

「そりゃてめぇが、だろうが……」

 言いながらも、渋々耳栓を外す。中途半端な長さの髪が完全に耳を隠しているせいで、耳栓をしていることは他人にはわからない。耳栓を付けている時もその聴力は常人以上だが、本来の能力を持ってすればどんな音でも聞きつける。監視機器など必要無いくらいだ。

「あ〜、それと真、今日は高い所には行かないでね」

「それも女の勘でっか?」

「ううん、今日の星座占い。真のが十二位なのよね〜」

「せいぜい気をつけますわ……」

 机の下から占い雑誌を引っ張り出して、希紗は指差す。仕事中に読むなよ、と言っておくべきか真は迷ったが、諦めてドアを出た。


      ◆ ◆ ◆


 この美術館の中で最も大きい展示室でもあるメインホール。美術館で入り口から真っ直ぐ入った場所に位置し、両隅に螺旋階段があり、二階まで吹き抜けになっている。今、そのメインホールは客で大変賑わっていた。

 奥にロープで仕切られた小さなステージがあり、ステージ上には大理石の土台。

 開館セレモニーの時間が近づくにつれ、今回の目玉である『鮮血の星』を間近で見ようとロープぎりぎりまで人が溢れかえってきていた。

「ったく、うるせぇったらありゃしねーなっ」

「遼平、言っとくが客に噛みつくんやないで……」

 低く唸って今にも客に飛びかかりそうな遼平に、真が一応釘を刺す。遼平の服の裾を純也がしっかり掴んでいるから、最悪の事態は免れるだろう。……たぶん。

 希紗の半ば強制的な頼みで耳栓を外されてしまい、今や遼平の聴覚は全開。観衆の会話が超騒音となって頭に響いているのだ。

 表社会の警備員十数人がロープから乗り出してくる人を抑えつけているのを横目に、遼平らはステージ裏で待機している。表のと比べて人手が圧倒的に少ない事も理由の一つだが、遼平達、裏の警備員には別の仕事があるからだ。



 『裏社会』……警察の手が届かない、無法地帯を指す言葉。現代日本の問題の一つで、非合法なモノ達が当たり前のように行き交う社会。政府は手をこまねいているだけ、裏社会は巨大化する一方だ。

 そんな社会で珍しくも警備会社を経営しているのが、『裏警備会社ロスキーパー』。全国の裏社会に点在しており、危険な人物・品物を裏の人間から護ることを仕事とする。



「で、どうなんだ蒼波」

「あぁ? 今ンところは変な音は聞こえねえ! 黙ってろバーカっ!」

 腕組みをして今まで黙って壁にもたれていた澪斗が遼平に訊いた途端、噛みつきそうな勢いで罵声を返した。形の綺麗な澪斗の片眉が一瞬ぴくっと上がる。そんな澪斗が何か言おうと口を開く前に、純也が間に入った。

「そ、そっか〜。澪君、異常無いって! 良かったねっっ」

 遼平の服を握り締めたまま、笑顔でさりげなく澪斗から遠ざけていく。それでも遼平は「やんのかてめぇ!」とか喚いているし、澪斗は「丁度試し撃ちがしたかったところだ」とホルスターに手をかけている。純也が必死に二人を落ち着かせようと奮闘する中。

「純也も大変やねぇ」

「そう思うんだったら真君も手伝ってよ〜、部下が内輪もめしてるんだよっ?」

「いや、ワイ仕事前に疲れたかないし。」

「うわ〜、部長の台詞じゃないね〜……」

 もう遼平を壁に押しつけるかたちで、純也はこんな自分の役回りを呪う。

「来いよキザ野郎! 今日こそその無駄に上出来な顔に拳を叩き込んでやらぁ!」

「全く、愚か者こそよく吠えるな。その超軽量な頭に風穴を空けてやればもっとよく響くだろう、遠慮はするな、今すぐ空けてやるぞ」

「上等だぜっ、そんなオモチャに頼らなきゃいけねぇお前とは違うんだよ!」

「玩具、か。ではその玩具で貴様の醜い一生を終わらせてやろう」

「二人ともっ、今は仕事中なんだよ!? っていうか痛っ、蹴らないでよ遼! 澪君もっ、その照準じゃ僕に当たるって!」

 澪斗は完全に銃を抜いて構え、遼平は抑えつけている純也をなんとか退かそうと暴れていた。真は、いつもながらの光景に頭を抱える。そろそろ本気で止めないと、仕事どころではない惨事になるだろう。どこまで大人げない者達なのか。



 そんな時だった。ステージ裏に、若い女性を引き連れた初老の男がゆっくりと現れる。

 純也は一目見てその初老の男性が依頼書にあった写真の男、宮澤清十郎みやざわ せいじゅうろう、つまり宮澤財閥の会長である事に気づいた。焦って抑えていた遼平を放し、勢い余った遼平が転びかけていたが無視。

 真も澪斗も直立し、静かに一礼する。一人出遅れた遼平も純也に襟を引っ張られて頭が下がる。

「いやぁ、若くていいのぅ。血気盛んで結構、結構」

「すみません、お見苦しいところをお見せしまして。私共は、」

「あぁ、いいんじゃよ、そんな堅苦しい挨拶なんか抜きで。君達の名前ぐらいは聞いてるしの」

 深く被っていた帽子を脱ぎ、宮澤会長はにこやかに真に握手を求める。宮澤会長は真より背がやや低く、御歳七十九歳らしいがとても陽気そうだった。

 大財閥の会長を相手に緊張気味の真と軽く握手を交わし、宮澤会長は他のメンバーを一人一人観察するように見回す。

「君が代表の霧辺くんじゃね。それと、紫牙くん、蒼波くん。それから君は……」

 会長の指が、白銀の髪の少年のところで止まる。見た目の幼さから、という躊躇いもあったのかもしれない。

「あ、僕は純也です」

「そうか、純也くんか。悪いのぉ、最近物忘れが激しくて」

「いえ、気にしないでください」

 純也に合わせて膝を曲げて話す会長に、笑顔で純也は首を振る。マイナスイオンが発生してそうな柔らかな雰囲気が二人から醸し出されていた。なんだか祖父と孫みたいだな、と遼平は横目に思う。

 そんな和やかモードの二人に割ってはいるように、会長の後ろから女性の鋭い声がした。秘書らしき若い女性が、純也を見下ろしている。

「失礼ですが。純也さん、あなたの姓を教えていただけませんか?」

「え……」

 一応は疑問形で終わっているものの、明らかに命令口調の秘書の言葉に、純也は思わずたじろいでしまう。



 少年は、問いに答えずに俯く。その苦悩の表情は誰にも見られることはなく。

 だがついには思い切った顔で、彼はその答えを……過去を語るべく、口を開いた。



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