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第五章『破壊の芸術家』(5)

 強い風圧の空気弾がルインに向って数発放たれる。舞うように避けたルインのいた場所の壁に穴が開いた。風が、ルインに抵抗するように向かい風となって視界を妨げる。

「容赦せェへんで!」

 阿修羅がルインの髪を斬り、輝く金髪がハラハラと数本舞い落ちた。次の一閃がルインの腹部を斬り裂く!

「失せろ……っ」

 援護……などというつもりは全く無いのだろうが、不意を突いて澪斗は後方から援護射撃を繰り返す。その反動で身体中の骨が軋んだが、引き金を引く指は止まらない。その内ニ発がルインの脚を貫いた。

「袋叩きでボコらせてもらうぜっ!!」

 ルインがバランスを崩してよろけた一瞬の隙に、高く跳び上がっていた遼平の足蹴が直撃する。内臓が破裂したのではないかという衝撃で。超重量の音を響かせ、ルインは床を転がっていく。

「フフ、全てを……壊す……壊れていく! いいね、楽しんでいるかい? 我が《同胞》よ……!!」

「……何度言わせりゃ気が済むんだよ、俺はてめぇとは違う……《護る者》だ!」

 激しく出血しながら、それでもルインは顔を上げ、遼平を直視してくる。他の誰も見ず、遼平だけを。

 まるで、遼平の隠している強い疲労を見抜いたように? 否、男に宿る《本質》を見通そうとするかのように。

 だが遼平はその眼差しに気圧されることなく目を閉じた。人間には聞こえない高音域の歌を口ずさむ。蒼波に伝わる歌、『覚醒の調べ』を。



『我が名は蒼波、音を統べし者。陽よ、汝が力を我に貸し与えよ。闇よ、汝が力を我が身に宿せ。眠りし力、今解放を望む。――――我、覚醒を望む者なり!』



 歌が……音が遼平の身体の中で響いていく。脳の身体能力を制御する部分を自ら麻痺させ、リミッターを取り除く。これが蒼波一族継承歌の一つ、上級音『覚醒の調べ』。

「くっ!?」

 あり得ないスピードで遼平は床を蹴る。今の彼は人間の能力を最大値まで引き上げた状態だ、全ての能力が格段に上昇している。

 ルインから放たれる無数のダーツが、遼平には止まって見える。刹那の勢いで繰り出した回し蹴りを寸前でルインはガードするが、受け止めた両腕の骨が見事に折れる!


「これで……最後だぁぁーっ!!」


 全体重をかけ、左拳を思いっきり振り下ろす。ルインを中心に深く床がえぐられ、中央のルインは血だまりの中でうつ伏せに気絶していた。粉塵が完全に消え去ったころ、爆弾魔の姿と、左拳の手袋が破け、血を滴らせている警備員が見えた。

「……倒せた、んか?」

「たぶん……」

 まだ呆然としていたが、警備員達は突然の希紗の叫びに現実に引き戻される。


「取れたーっ!」

 振り返ると、随分と質量のありそうな黒い箱状のモノを希紗が勝ち誇った表情で頭上に掲げていた。あれが時限爆弾の本体なのだろう、タイムリミットまであと三分も無い!

「お、おいおいっ、どないするんやアレ!?」

「僕に任せて……。希紗ちゃん! それ遼に渡して!!」

「了解っ」

「俺かよ!?」

 投げてよこされた爆弾を危なっかしくなんとか遼平はキャッチする。その箱は思いのほか重量があり、ズシッときた。その箱に設置された電工板には、《02:25》と刻まれ、その文字も一秒ごとに減っていく。

「澪君! あの天井のガラスの部分を撃ち抜けられる?」

「あぁ、無論だ……」

 弾倉に残っている弾丸を確認し、澪斗は吐血を繰り返しながらも強気な言葉を返した。

「純也、一体何する気なんっ?」

「あそこから風の力を利用して爆弾を打ち上げる……被害が及ばない高度まで吹き飛ばすんだよ」

「でもそないなコトしたらあんたの身体がっ」

「……ありがとう。でも、それしか方法が無いから……」

 一度真へ優しい微笑みを向けてから、純也は気圧の調整を始めていた。爆発範囲からなるべく遠ざけ、被害を抑える。しかしその範囲は半端なく広いのだ、全精力を使い切るしかない。……それが純也自身の自滅を指しているのを、真はわかっていた。


 澪斗は指示された通り銃口を天井に掲げて撃とうとするのだが、目が霞んで照準が定まらなかった。立ち上がろうとしても身体が言うことを聞かず、激痛が走る。もう動けるような状態ではない。

 立ち上がれなくて震える澪斗の横から、ふと屈んだ影が差した。

「もう、無理し過ぎないでよ。死なれちゃ困るんだから……」

「希紗」

 横から澪斗に肩を貸し、希紗が体重を支えて二人で立ち上がる。意外そうな表情で澪斗は希紗の横顔をまじまじと見ていた。小声で、希紗が独り言のように呟く。

「どうして庇ってくれたの……?」

「爆弾をそちらへ寄こすなと言ったのは貴様だろう? 理由がいるのか?」

「…………バカ」

 俯いた希紗の横顔からは表情を窺うことはできなかったが、澪斗を支える腕の力が強くなった。静かに、今度はしっかりと銃を構え、天井のガラス張りの部分を狙う。

「……いいのか?」

「私なら平気よ。今はそんな事言ってる場合じゃないでしょっ」

 しかし希紗の身体は小刻みに震えていた。拳銃を恐れ、銃声に怯えているのだ。今まで希紗の見える範囲ではなるべくリボルバー式の方は使わないようにしていたのは、ただ単に、ノアの方が性能が良いからだけではない。


「すまない。」


 銃弾がガラスを見事に粉砕し、欠片が舞い散る。その中央で、純也は跪きながらありったけの力を溜め込んでいた。割れた天井のガラスから、純也へと風が集まってくる……タイムリミットまであと一分。

「あぁああぁぁ……!」

 絞り込むように力を溜め続け、気圧を凝縮させていく。限界が近い……風が集まるのが先か、純也が力尽きるのが先か。

「全員伏せろっ!」

 吹き荒れてきた風が渦巻くホールの中で、遼平が叫ぶ。この勢いだと全員吹き飛ばされかねないからだ。それぞれが壁に這いつくように倒れこんだ。


 残り十八秒、十七、十六、十五……。


「遼っ! お願い!!」

「任せたぜ、純也!」


 あと十秒、九、八、七……!


 振りかぶって、遼平は天井の穴の開いたガラス部分へと時限爆弾を放り投げる!



「はあああぁぁぁあぁぁ――――っっ!!!」


 ホール中に嵐が巻き起こり、遼平は急いで床に這いつくばった。その嵐の中心で純也は千切れんばかりに右腕を掲げて背を伸ばしている。絶叫のような純也の声と共にピンポイントで、上空を舞う爆弾を穴から空高く打ち上げていく。黒い箱は急激な速さで上昇していき、そして……。



 遠いくぐもった音を夜空に鳴らし、小さな光となって散っていった。爆発で、垂れ込めていた雲達が円形の夜空を残して消え去る。月光が、割れた天井からホールへと降り注いできた。




 ……暫くは誰も喋らず、静かに皆月光を浴びていた。純也はホール中央で倒れていたし、遼平も身体中のリミッターを外してしまったことで極度の疲労を感じて仰向けに寝ていた。

 真がふと携帯端末を取り出し、仰向けに倒れこんだまま起動させた。仕事がほぼ終わった事を連絡する為に。しばらく呼び出して、画面に宮澤会長が映る。

「こんな夜遅くに大変申し訳有りません、黒幕の差し金と思われる侵入者をほぼ全員征討しました……」

『あぁ、それは大変ご苦労じゃったね。それで、何か?』

「はい、その……、メインホールがほとんど全壊してしまったのですが……」

 非常にバツが悪そうに、真は段々語尾が小さくなっていった。もうホールは悲惨を通り越して切なささえ漂わせる状況なのだ。

『なんじゃ、そんな事かのぅ? 細かい事は気にしなくていいんじゃよー。じゃあ今すぐそちらに美術の担当員を送らせるからの。……それと、医療員も必要かね?』

 あっさりと笑顔で承諾した会長に肩すかしを喰らわせられて、真は脱力する。会長は画像の真を見て状況を理解したようだった。

「はァ……じゃあお願いします……」

 そう言って、真は携帯端末と、意識を手放した。



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