第五章『破壊の芸術家』(2)
「そうでもねぇみたいだぜ?」
無音の如き、銃声。
ルインの細い指から放たれようとしていたダーツが、突如弾かれ、床に落ちた。……コルク栓と共に。遼平のぶら下がった手摺の後ろの通路から、長い上着である制服をまとった眼鏡の男が現れる。
「……なんでてめぇはいっつもそうキザな現れ方しかできねぇんだよ! もうちっと早く来いやバーカ!!」
「うるさいぞ。この仕事が片付いたら即刻始末してやるからそれまでは大人しくしていろ蒼波」
「ンだとコラァ! 紫牙てンめぇ!!」
「待ちきれないのか? ならば今すぐその手摺ごと撃ち抜いてやるが?」
「どーどー、落ち着きぃや。そんなコントやっとる場合とちゃいまっせー」
敵前で醜く罵声を上げる二人の部下を制止しながら、真はホールの一階の扉に寄りかかっていた。地雷の件は聞こえていたのでホールには足を踏み入れない。
澪斗の肩の上と、真の頭上にいた小さな蝙蝠が、一度遼平に鳴いてから外へ帰っていく。二人の出てくるタイミングを遼平が超音波で知らせていた、その伝達役だ。
「おい紫牙、ホール全てのタイルを撃て!」
「わかっている」
遼平の言葉の途中から澪斗はタイルをノアで撃ち始めていた。コルク栓がぶつかる衝撃で次々と地雷が爆発し、ホール中が振動する。爆煙がやっと晴れてきた頃には、ホールの床は全てえぐられ、悲惨な状況となっていた。その爆風に煽られ、遼平は何度か落ちそうになる。
「……てめぇな……、危ねぇだろうが! 辺り構わず撃つんじゃねーよっ!」
「だったらとっとと上がってこい。いつまでそんな格好をしているつもりだ?」
「好きでこんなになってんじゃねえんだよっ」
腹が立って頭上の澪斗を睨み上げ、遼平はもう地雷の無くなったボロボロの床に着地する。真は右手に木刀を握りながらゆっくりホールに歩み込み、澪斗も遼平とやや距離を置いた所に軽々と跳び下りてきた。
ルインはあの爆炎の中、無傷で『鮮血の星』のショーケースの上に立ち上がっていた。先程の地雷撤去作業の影響か、ショーケースの下角四隅の宝石の一つ、アクアマリンが砕けている。
残る解除キーはあと二つ……トパーズとダイアモンドだ。どうやらルインの目的は『鮮血の星』だけを盗む事でも壊す事でも無いようだが、ショーケースのロックが解除されては困る。やはり三人がかりでも早くこの侵入者を倒すしかないようだ。
嵐の前の静けさのような、張り詰めた空気がホール内に充満していく。ルインから放たれる莫大な殺気と、それを取り囲む警備員達の闘気が、今まさに解放されようとしていた。……のだが。
「おーいっ、みんなまだ生きてる〜?」
緊迫したムードに突如、不意打ちのような陽気な声が。あまりにも聞き慣れた、場違いなテンションの持ち主、希紗がホールに駆け込んできたのだ。
先刻の攻防は知らないが、大破した床と壁、警備員三人の中央の『鮮血の星』の上に立っている金髪の人物を見れば、希紗には今の状況が大体理解できた。……どうやら、自分はあまりお呼びでなかったらしい。
「希紗!? あんた何しに来とんねんっ!」
「いやぁ〜、何かおっきな音がしたから来ちゃったっ」
「ヤジウマか、お前は。……まぁ丁度いい、希紗、純也を頼む」
「へ? ……きゃっ」
遼平から純也を投げてよこされ、希紗はなんとか尻餅をつきながらも抱え込む。預かった少年は意識が無く、ひどい火傷でぐったりとしていた。
「純くん!? どうしたのっ、しっかりしてよ!」
ホールの隅まで移動して、希紗は純也を壁にもたらせる。ここでは何の処置も出来ない……本来なら応急手当ができるはずの治療員が、倒れているのだから。
真と澪斗はそんな純也の状況に、たった今気づいたようだった。純也は最初から、敵のレベルを測る物差しになるつもりだったのか。真の握った木刀に、力が込められる。
「……これでロスキーパーの皆さんは全員お揃いかな? フフフ、嬉しいね、やっと全てを壊せる……。それでは初めてお会いできた記念として、良い事を教えてあげよう」
「それはおおきに。初回特典ってやつでっか?」
「随分と気前の良いことだな」
ふざけた言葉とは裏腹に、真と澪斗の表情は極めて厳しかった。敵からの『良い事』が、朗報だった例が無い。
「私の足元……『鮮血の星』のショーケースの土台に、私が作った時限爆破装置が組み込まれている。あぁ、ちなみに、もう起動し始めているよ。地雷の起動スイッチと同じだったのでね」
美しい微笑みで、破壊の芸術家はその端麗な口から残酷な言葉を放った。
「何だと!?」
「地雷が起動してから一時間後……それがタイムリミットだ。この爆薬は特別製でねぇ、美術館ぐらいは軽く消え失せるよ」
全員の視線がルインからその足元の地味な土台に移った。まさか『鮮血の星』の土台に、最初から爆弾が仕掛けられていたなんて。
「おい蒼波! 地雷が起動してからどれくらい経っているんだっ?」
「知るかよ、ンなこと! 俺は時計は持たねー主義なんだっ!」
「威張るな!」
「……三十分だわ……」
「希紗?」
「あと三十分よ! 最初の爆発音が聞こえてからもう三十分経ってるもの!」
警備員達の顔に緊張が走る。あと三十分で眼前の厄介過ぎる敵をなんとかし、爆弾を解体しなければならないのだ。どちらだって三十分で片付く事ではないだろう。
「とりあえずアイツを『鮮血の星』から離すで。話はそれからや……希紗、爆弾の解体はあんたに任せる!」
「う、うんっ、了解!」
「では行くぞっ!」
澪斗の宣戦布告で一斉に三人の警備員がルインに攻撃を始める。遼平は至近距離からの体術、真はやや距離をとってルインの背後に回り込んで木刀を薙ぐ、澪斗は長距離からノアで射撃。彼ら三人は、部長のフォローがあって協力が成り立つ。真には、天性的な援護の素質があるからだ。
「喰らえっ」
遼平の左ストレートがルインの鳩尾を狙う。ショーケースからやっと跳び降りて遼平の拳を軽々と避けたルインに、予測済みかのようなポイントで澪斗のコルク栓が放たれていた。それをダーツ状の爆弾で爆破し、ルインが優雅に着地したところで前方で待ち構えていた真の木刀が水平に薙ぎられる!
「……面白いね」
「なっ!?」
薙ぎったはずの真の細い木刀の上に、ルインが軽く片足で遊ぶように立っていた。どこからともなくルインの指に、ダーツが現れる。
「退けっ、真!」
「くっ、わかっとるがな!」
放たれたダーツは、空中で破裂するっ!
ルインと真がいたはずの空間に小爆発が起こり、また壊された床の細かな欠片が飛び散って、粉塵がその周囲を包む。二人の影は見えない。
「真!」
希紗が叫び、遼平と澪斗は構えたまま煙が去るのを待っていた。突然、転がるように粉塵から飛び出てくる真。とっさに避けられたようだが、左肩に大きな傷が刻まれている。こめかみからの出血も目立つ。
粉塵は晴れ……コートに傷一つ無いルインが壁を背にして微笑みながら立っていた。その姿に、全員は息を呑む。
「流石はロスキーパーの皆さんだ。素晴らしい芸術が創れそうだよ」
「はァ? 芸術って何のこっちゃ?」
「《破壊》だよ。本当の芸術というのは壊れいくモノの中にある。全てが壊され、消え失せた時に私の作品は完成する……!」
「狂人だな。愚かな」
「真、まだいけんだろ?」
「当然や。こんくらいで舞台降りれるかっちゅーねん。希紗、爆弾解体しとけや」
「もうやってるわよ!」
ルインを警戒しつつ『鮮血の星』に振り向くと、既に土台を調べている希紗がいた。精密なはずの時限爆弾が組み込まれているというのに、希紗はスパナで強打して調べている。真は制限時刻の前に衝撃で爆発するのではないかと冷や汗が流れた。
「希紗っ、優しく慎重にドカッと一気にな!」
「言ってる事ワケわかんないわよ! そっちこそ、こっちに爆弾飛んでこないようにしてよねっ」
「……承知した」
真のやや混乱気味な言葉に希紗は反撃し、とりあえず希紗周辺に爆弾を寄せ付けないと澪斗が承諾する。同時進行で片を付けるしかなさそうだ。