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第五章『破壊の芸術家』(1)

第五章『破壊の芸術家』



「爆弾!?」

 突如の閃光と共に二人の足元が爆発した。とりあえず跳び退いて直撃は回避したが、爆風で吹き飛ばされ、身体の軽い純也は壁に叩きつけられる。

「ぐぅっ」

「地雷だとっ?」

 二人がそれぞれ立っていた大きめの大理石のタイルが見事に砕け散っていた。純也は壁に埋め込まれたような体勢でズルズルと床に倒れこんでいく。

「そう。このホールには前もってタイルに地雷がセットされている。この機械がその起動スイッチだったのさ。そうそう、《当たり》と《ハズレ》があるから、爆発しないところもあるよ」

 悪戯を明かすようなおどけた声色で、ルインは楽しそうに手のひらの上の機械を弄んでいた。なんとか立ち上がった純也を見て、爆弾魔はふと首を傾げる。

「……報告では君達、兄弟ってあったけど……嘘だね? 君は蒼波の人間じゃないだろう?」

「そうだよ……、僕には家族がいない」

「フフ、そうかい。でもこんな警備会社にいるってことは、君も私を楽しませてくれるモノなんだよね? どれ、ちょっと挨拶代わりに試してあげよう」

 そう言っておきながら、ルインは右手に出したダーツを遼平に向ける。そして軽いスイングで、下手に動けない遼平へソレを放った。

「爆弾!? させないよっ」

 ダーツに小型爆弾が付いていることに気づいた純也は、焦って両腕をダーツへ伸ばし、打ち落とすべく疾風を放つ!

「バカッ、純也! 狙いはお前だっ!!」

「え……」

 遼平へのダーツは確かに吹き飛ばした。だが、遼平の言葉に純也がルインの方へ振り返ると……。


 左肩の肉に突き刺さるダーツ、そして破裂!!


「ああぁああぁぁっっ!」

 肩が焼ける激痛に純也は倒れる。血が噴き出すように床に流れるが、かろうじて腕は繋がっていた。

「なるほど、風を操るのかな? そして蒼波君が危険になると周りが見えなくなるらしい。フフフ、《化け物》のようだ」

「化け物……」

 肩の痛みより深く、その言葉が純也の心に突き刺さる。あまりにも聞き慣れた、もう二度と聞きたくなかった名称。

「てめぇ、よくも……!」

 歯を食いしばってルインを睨みながら、遼平は純也へ駆け寄ろうとする。しかし、痛みに耐えながら少年は叫んだ。

「遼、来ないでっ!!」

「……ふむ、賢明な判断だね。蒼波君、そこを動けば地雷を踏む可能性がある」

「ちっ……」

 震えながらも、純也は立ち上がろうとしていた。右手で止血点を押さえているから、まだ動けるのだろう。遼平は足下を忌々しげに見下ろす。

「でも、残念だよ。……そこも《当たり》だからさ」

 ふらつきながらも純也が足を踏み出したタイルが、爆発炎上する。地雷を踏んでしまったらしく、今度は避ける間もなく純也は爆発にもろに巻き込まれた。

 しかも吹き飛ばされた先にまた地雷……と、連鎖的に純也は次々と爆炎に身を焼かれていく。

「ぐぅ……っ、う、あああぁぁー!」

「純也ぁぁっ!」

 赤き炎に弾かれ、紅い血を撒き散らしながら少年は何度目かの爆発でホールの隅に倒れ込んだ。そこには地雷はセットされていないようで、もう爆発は起こらない……が、遼平と随分距離が離れてしまった。

「あぁ、やはり美しいね。真の芸術とは血で描かれるモノだ、壊れていくその過程もまた素晴らしい!」

「ルインっ!」

 遼平は拳を握り締め、切れるほど唇を噛んでいた。全く動かなくなってしまった純也が心配だが、そこへ行くことも叶わず、遼平は地団駄を踏みたい気分だった。


 悔しい。助けたいのに、己の危険怖さに踏み出せない、自分のエゴが悔しくてたまらない。恐怖など捨て去ったモノだと、思っていたのに……!


「……もしかしてあっちの《化け物》はもう壊れてしまったのかな? 幻滅だな」

 落胆したような声色でルインは純也を見やる。うつ伏せに倒れているせいで顔は見えないが、制服は所々焼けて肌はひどく火傷していた。出血も尋常ではない、生きているかどうかさえ危うい。

「じゃああの子はもういい。美しく散ってもらおうか」

 ダーツを純也に向け、ルインは放とうとする。遼平はもう、躊躇わなかった。

 珍しく遼平の思考が速く回っていた……というより、ほとんど勘で突っ込んでいく。「一度爆発した場所はもう起動しないっ!」……特に根拠の無いそんな考えを胸に、純也が爆発を受けた場所を経由して遼平は純也の元へ駆けつける。

 爆破されて砕けたタイルを次々と跳躍して遼平は急ぐ。既に爆弾は純也に向って放たれていた!

「くそっっ!」


 

 漆黒の翼が、男の背中から刹那羽ばたいた。



 張り裂ける爆発と共に、純也が倒れていた床は跡形もなく吹き飛び、何も残ってはいない。




「……楽しいね。まぁ、そうでなくては私もつまらないよ」


「それはそれはどーも。俺も退屈してたトコだけどよ」

 煙が晴れていき、遼平の感情のこもっていない声が響く。遼平は……純也を右脇に抱える形で黒い翼を羽ばたかせながら宙に浮いていた。

「いいね、その翼。最低最悪の裏切り者、《邪鬼の権化》にはよく似合う姿だよ」

「はっ、《破壊の使徒》とやらに言われたかねぇな。俺ってば有名人か?」

 遼平を床へ下ろすと漆黒の翼は散っていき、無数の蝙蝠に戻る。瞬時に援護に来てくれた宋兵衛に礼を言い、遼平は蝙蝠達を外へ帰した。

『てめぇ一人でなんとかなるのかよ?』

『平気だ、宋兵衛。お前の群れを傷つけるわけにはいかねぇ』

 遼平はちらっと右脇の純也を見やる。微かに息はあるが、意識は無く、医学の知識の全く無い遼平でも厳しい事はわかった。

 薄らと口を開いてホール内を見渡してみる。地雷がセットされているタイルなら、普通の物とは何らかの違和感があるはず。それを超音波を発しながら反射してくる音で解析しているのだ。……結果は、ほとんどのタイルに地雷がセットしてある、という厄介なモノだったが。

「それでは、《創作》を再開しようか」

 ここでは分が悪いのは明らかだ。音で調べた情報を元に、遼平は地雷の無いタイルに跳ぶ。が、更にそこを狙ってダーツは連続で投げられてくる。

 片脇に抱えた純也の体重など無いかのような反応速度で、地雷のセットされていないタイルに次々と跳び移っていく。

「この!」

 飛んできた大きな大理石の尖った欠片を掴み、移動しながらルイン目掛けて放つ。遼平の投げた欠片はダーツとすれ違い、ルイン本人に届いた。だが、顔を逸らされ、爆弾魔の深いフードを拭い去るだけに終わる。

 投げ止んだダーツに、遼平も足を止める。フードから現れたルインの顔に、遼平は驚きを隠せなかった。


 背中までの流れるような鮮麗な金髪。宝石のような銀の瞳。顔立ちは芸術的に整っていて、外人のようだが……性別がわからない。

「フフフ……! 素晴らしいっ、実に君は素晴らしいよ!」

 自分の金色の髪を指で弄びながら、ルインは遼平に賞賛の声を向ける。その瞳は子供が純粋に喜んでいるような輝き。

「遼平君、といったかな? あの『音の民』、蒼波一族の末裔なんだよね。……似ているな」

「は?」

「君は、私とよく似ている。君は私と同じ、《破壊者》の眼をしている。《壊す》ことに何よりも快感を抱き、《破壊》や《破滅》を求め続ける者の瞳だ」

「なんだとっ」

「否定できるかい? ……私は前々からこのロスキーパーと接触したいと思っていた。《護る》だなんて馬鹿げた事の為に芸術を阻止しようとする輩……きっと美しく壊れてくれることだろうと思ってね。しかし笑える事に、なんとその警備会社の中に私の《同胞》がいた……!」


「……違う」


「同類だよ、私と君は。君なら私の芸術を理解できる筈だ、共感できる筈なんだ。ほら、胸の奥で破壊を求める衝動がうずいてきただろう? 『全てを壊したい』と!」


「違う……!」


「ならその拳の力は何なのかな? その身体に刻まれた生まれ持った能力は?? ……そう、君は生まれながらに《破壊》を運命付けられた人間なんだ。現に君は、仲間を裏切り秩序を破壊したじゃないか。君の存在意義は《破壊》にこそ有る!」



「違うっ!!」



 遼平の絶叫にも近い叫びと同時に、音にはならない衝撃波がホールに響き渡り、木霊する。ルインが腰掛けていた『鮮血の星』のキーの一つ、エメラルドが粉砕された。

 宝石の砕ける音にはっとし、遼平は我に返る。感情が高ぶり、自分でも無意識の内に超音波を発してしまった……滅多にこんな事は起こらないのに。下手をすれば周囲の人間の鼓膜が破れる。

「おぉっと、危なかったな」

 瞬時にフードを被り直していたルインがまたフードを下ろし、乱れた髪を梳かすような仕草をして嬉しそうに冷笑する。

「ほら、自分で実証したね? 君のその破壊の力を、私は買っているのだよ。どうしてそんな力を持つ君が、警備員なんて不相応な事をしているのか……理解しかねるね。どうだい、私と共に《芸術》を創作していく気はないかい?」

「……微塵もねーよ」

 直視してくる銀の眼をキッと睨み返す。

 破壊業への勧誘を拒み、守護業を選択した……その答えの理由を、遼平ははっきりとは理解していない。ただ……そう、ただ勘なのだ。本能ともいえる遼平の直感が、《破壊》を嫌っている。何故なら……。


「残念だ。では最後に問おう。……君は何故そこに存在する?」


「まだ、失えねぇモノが有るからだ。だから俺は護り続ける……失われるモノが有る限りは!」


 右脇のぐったりした少年の身体から微かな鼓動が伝わってくる。まだ温かい、失われつつあるモノ。自分の命でさえ、《あの時》は大切ではなかった。しかし今は奪われたくないモノ達がまだたくさん有るのだ。

「フフ、くだらないね、戯言はこれくらいにしようか」

「そうだな。そろそろてめぇのバカさ加減にも呆れてきたトコだ」

 両者が笑い合う。それぞれの笑みで。そこには確かに《破壊者》と、一人の《守護者》がいた。


 空気を裂き、ダーツが飛んでくる。もう近くに地雷の無いタイルが無くて、遼平は跳躍して二階の手摺にぶら下がる体勢となった。ここからでは何処に着地しても爆発に巻き込まれる!




「これで《完成》、かな」


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