第四章『驚異の奇術師、現る』(4)
曇り空のせいで月光さえ射さない暗闇の中。黒く小さい影が一匹、男の肩に留まって鳴く。それを聞いただけで、遼平は頷いてその蝙蝠を闇へ返した。
「どうやら居るらしいな。宋兵衛達が緊張してやがる……それほどの強者ってか」
「ごめんね、遼」
「何が」
「僕に付き合ってもらってさ」
「……お前わかってたんだろ? 今晩敵が動くってコトが」
「うん」
二人の足音と呼吸しか聞こえない、メインホールへと繋がる通路。
「敵は必ず今日来る、最終日セレモニーが始まる直前にね。初日の襲撃は、僕らのレベルを測るための囮だよ。元から黒幕の人は、今日の一度の襲撃に賭けるつもりだったんだ。……だから、きっと今回の敵は今までの人達とレベルが違うと思う。だとすれば、いきなり全員で迎え撃って不意打ちをされたら全滅してしまうかもしれない。……それだけは避けたかったんだ」
「それで相手の懐を探るために戦力を分断したってわけか」
「先遣隊は別に僕一人でもよかったんだ、だから……」
「あのなぁ、レベルが違ぇんだったら尚更お前を一人で行かせるわけねーだろうが。勝手に犬死すんじゃねぇよ」
「ごめん」
「謝ンなよ」
「じゃあ……ありがとう」
「それもなんだかなぁ……」
頭を掻いて男は天井を仰いだ。こういう時になんと返すべきなのか、遼平は今までの経験上わからない。今まで敵意は星の数ほど浴びてきたが、好意に関しては遼平は免疫が無かったのだ。
二人の警備員は真っ暗なメインホールに足を踏み入れ、即座に異常に気づいた。みなぎる殺気……いや、殺気ではない、もっと圧倒されるような……。
「誰だっ!」
遼平は闇に向って叫ぶ。何か強大な気を放つ何者かがここにいる。
「…………随分と待っていたよ、ロスキーパーのお二人さん」
全く気配を感じさせずに二人を待っていたその人物は、堂々とホール中央の『鮮血の星』のガラスケースの上に腰掛けていた。フードのついた真っ黒なコートを着ていて、身体つきどころか顔さえよく確認できない。ただ、冷たく笑っているのが気配でわかった。
二人の顔に緊張が走る。予期していたとはいえ、目の前の人物が尋常ではなく強いのはまとうオーラでわかる。
「初めまして。私は《破壊の使徒》、ルインという者。皆さんがここへ来てくれたお礼に、今宵は素晴らしい芸術をお見せしよう」
性別さえわからない、中性的なアルトの声。ルインと名乗った人物が腕を掲げると、メインホールの照明が一気に点いた。そして、もう片方の手のひらの上に乗っていた小さな機械を弄ぶように指でいじる。
「さぁ、全てが壊れいく芸術……共に楽しもうじゃないか」
そう言ってルインは手のひらの上の機械のスイッチを入れ……遼平と純也の目前に轟音と閃光が張り裂けた。