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第四章『驚異の奇術師、現る』(2)

「な〜にやってんだ、純也?」


「あっ、りょ、遼……」

 よりにもよってこんな時に、と純也の横顔に冷や汗が流れる。遼平のことだ、李淵が不審者だと知れば即刻格納庫へ連れて行ってしまうかもしれない。何故か、どうしてもそれだけは避けたかった。

「純ちゃん、この人は?」

「おい純也、誰だよコイツ?」


「え〜っと………リンリン、僕の同僚の、遼だよ。遼、一応泥棒さんらしいリンリン、林李淵さん」


「えぇ!? この人も警備員なのっ!?」

「はぁ!? コイツ泥棒なのか!?」

「あぁっ、二人とも声大きいってば!」

 同時に叫んだ遼平と李淵を焦って抑える。休憩所にいた数人の一般客がこちらに視線を向けていたのだ。

「……で、お前は泥棒目の前にして何やってんだよ?」

「違うんだよ、遼! 確かにリンリンは自称泥棒さんだけど、なんか違うみたいでっ」

「何言ってんだ? とりあえずコイツは監視室に連れてくぞ」

「えぇ!? まっ、待ってくれよ、俺はただっ、」

 遼平に強く手首を握られてしまった李淵は、必死に抗う。純也も遼平の腕を押さえて連行を止める。


「お、俺は、何も盗む気なんか無かったんだ。ただ、少し……ほんの少しだけっ、大理石を持っていけないかと思って……」


「「は?」」

 二人の警備員は、最初何を言われたのか理解できなくて目を丸くし、そして数秒後に同時に脱力した。李淵の手首を掴んでいた遼平の腕が、だらんと落ちる。

「……つまりリンリンは、大理石の柱を削って欠片を持ち帰ろうとしたワケ?」

「う、うん」

「シャベルと金槌で?」

「うん……」

「「……」」

 遼平と純也は顔を合わせて困惑していた。依頼内容は美術展を護る事なのだから、李淵はそれを犯そうとしているわけだし、放って置くわけにもいかないだろう。しかし、そのままにしておいてやっても明らかに害は無い……というか彼には何もできない。なにせ、所持品がシャベルと金槌なのだから。

 一体これからどうするべきなのか考えあぐねていたが、とりあえず遼平は李淵を挟むように純也と反対側に腰掛けた。

「何でこンな時間に来たんだよ、人に見られるかもしれねーじゃねぇか」

「それはそうだけど、なんかこの美術館って夜は蝙蝠がたくさん飛び回ってて怖いし、それに俺基本的に夜って暗いから苦手で……」

「はぁ? 泥棒が夜嫌っててどうすんだよっ?」

「だ、だって暗いと何か出そうで怖いじゃんか!」

「お前なぁ、そんなんで泥棒勤まってんのか?」

「いや、だからなかなか上手くいかなくてさ……もっぱらアルバイトとかしながら食い扶ちを稼いでるんだ」

 そうだろうな、と遼平は隣りに座っている男を横目で確認する。いかにも小心者で、裏の人間らしくない。裏社会の人間だとしても、これでは泥棒稼業は勤まらないだろう。

「リンリンは今回は誰かに雇われたの? 例えば『鮮血の星』を狙え、とか……?」

「『鮮血の星』? まさか、俺はそんなスゴイ物狙ったりしないよ! それに雇われてなんかいないし」

「そっか……」

 嬉しそうだが少し残念そうでもある純也を見て、李淵は不思議そうにする。何か手掛かりが掴めるかと思ったのだが、外れたらしい。しかしそれはそれで純也には喜ばしい事だったのだが。


「それにさ、もし……いやもしもの話だけど、俺が『鮮血の星』なんか狙ってたらやっぱ人がいる時間には来ないよ。深夜(はすごく怖いけど)とか、あんまり騒ぎにならない時間のほうが盗り易いじゃん?」


「バーカ、ンなの当たり前だろうが。な、純也?」

「……」

「おい、純也?」

「……え、あぁ、そうだよね」

 気が抜けてしまったようにぼーっとしていた純也が我に返って頷く。そんな少年を見て、(自称)泥棒は何やらごそごそとポケットを漁って、あるモノを取り出した。

「ごめん、俺なんか変な話しちゃった? 代わりと言っちゃなんだけど、純ちゃんと遼さんに面白いモノ見せてあげるよ」

「誰が遼さんだ、俺は遼平ってんだよ! この赤毛弱虫っ!」

「ひどっ、俺には林李淵っていう名前が……」

「じゃあ略して『赤虫』だっ」

「純ちゃ〜ん! あの人がいじめるよぉ〜っ」

「あぁ、ゴメンねリンリン。遼はちょっと口が悪いから」

 泣き付いてきた李淵を優しく純也が宥める。遼平はまだ腹が立っているのか、その後ろで唸っていた。

「それで、リンリンは僕達に何を見せてくれるの?」

「俺さ、実はマジックが得意なんだ。二人ともこのカード見てくれる?」

 李淵は二人の前に立ち上がり、裏が赤いチェック模様のトランプを一枚差し出した。

「何やらかそうってんだよ赤虫?」

「その呼び方止めてほしいな……。まぁ、黙って見てて。ここに運命を表すエースのカードがある」

 言ってそのカードを裏返すと、クローバーのエースのトランプだった。そのカードを確認するように遼平に渡し、遼平が普通のカードである事を確認して李淵に返した。

 黙ってまた裏返したトランプを掌に乗せ、模様が見えるように二人の前に出し、純也に手をこの上に乗せるように指示した。

「これから、このカードは君達の運命によって変化する。クローバーのままなら何事も起こらない。ダイヤなら良くも悪くも衝撃的な事が起こるだろう。ハートなら幸運が君達を待つ。しかしスペードなら……災難を意味する。何が出るのかは俺にもわからない。さぁ純ちゃん、カードをゆっくりめくって」

「なんだ、そりゃ?」

「じゃあめくるよ」

 すっと深呼吸して純也は遼平と共にカードの表が見えるようにめくる。確かにクローバーのエースだったトランプは…………スペードのエースに変わっていた。

「なっ!?」

「これは……」

 驚いてまじまじとカードを眺める二人の警備員が顔を上げた時、目の前にいたはずの泥棒の姿は無かった。遠く通路を駆けていく赤毛の男が一瞬だけちらっと見えただけだ。



「「速っ!?」」


 カードの手品にも驚いたが、何よりもその逃げ足の速さに二人は驚愕していた。遼平や純也でさえ追いつけるかどうかわからないスピードだ。ある意味、やっぱり李淵は泥棒に向いていたのかもしれない。

「あんにゃろー、結局逃げやがった!」

「あれ、何か後ろに書いてある……?」

 赤いチェック模様が描かれていたはずのトランプの裏に、李淵の直筆であろう速書きのような文字を見つけた。真っ白な面にマジックで、『ごめんね純ちゃん、俺捕まりたくないから逃げるよ。お仕事ガンバレ!』と。

「……」

 泥棒からの激励にどう感じていいのかわからず、苦笑しながら純也はそのカードを胸ポケットにしまった。おそらくもう李淵はこの美術展に現れないだろう。

「ったく……。とりあえず戻るぞ、純也」

「うん」

 純也は俯きながら遼平の横で、絵画の並ぶ通路を行く。そういえばこの辺で、セレモニーの襲撃の時、ロケット弾を放たれたのだった。自分が相手だったから良かったものの、普通だったら大騒ぎになるのに……。

「どうしたんだ?」

「え? 何が?」

 前を見て歩いたまま、遼平が何気なく呟いた。突然の問いが何を指しているのかわからず、純也は訊き返していた。

「今まで何考えてたんだって訊いてんだよ。ま、俺には理解できねぇ事かもしれねーがな」

「……もしかして僕を迎えに来てくれたの?」

「そんなんじゃねーよ。ただ、お前は何か考え始めっといつもに増して抜けるからな。変な事起こされる前に見に来てやったんだ」

「あはははは、遼にそんな事言われるとは思わなかったなぁ〜」

 可笑しそうに笑う純也の横で「どういう意味だよ」と遼平はむすっとしていた。ただ、久しぶりに見た純也の素直な笑顔だった。

「で、何考えてんだよ?」

「うん、実はね、ずっと引っかかっているコトがあるんだ。それが何かはわからないんだけど……この四日間それが頭から離れなくて。今回の仕事、もっと深いモノがある気がする……」

 違和感を持つそれぞれのピースが、パズルの台にはまっていかない。単なる思い込みなのか? いや、違う……!

「なんだ、そんなコトかよ。だったら俺の得意分野じゃねーか」

「え?」

「お前は頭が固過ぎんだよ、俺みてぇに勘に頼ってみろ。そうだな、例えば……デカいモノに囚われないとか、な」

「遼は勘に頼り過ぎなんだよ。……でも、確かにそうかもしれない。囚われないこと……」

 純也は『鮮血の星』を中心に組み立てようとしていたパズルの台を一度ひっくり返す事にした。もっと簡単な台でいいのかもしれない。李淵の言葉がふと頭を過ぎる……『深夜とか、あんまり騒ぎにならない時間のほうが盗り易い』、そうだ、騒ぎを起こせば美術展が中止される恐れがある……それを阻止する為に自分達は雇われたのだ。


「そうか!!」


 いきなり純也は顔を上げて叫んだ。周囲の視線など全く気にせず、立ち止まって思考の中でピースがぴったりとはまっていく感覚に震撼していた。気づけば単純な事だったのだ……強い思い込みが真実を自ら隠していただけのこと。

「……解けたみてぇだな?」

「うん。リンリンと、遼のおかげかな」

「は? まぁいい、ならとっとと戻ろうぜ。やる事はたくさんあんだろ?」

「そうだね……急いでみんなの所へ行こう!」

 ふっ切れた表情で純也は駆け出し、遼平も元に戻った純也の様子にニヤつきながらその後を追った。



 本当の仕事は、これから始まる……。


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