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第三章『愚者よ、舞え』(3)

 妙に静かだな、と真は階段を降りてまずそう思った。

 地下のトラップ迷路に足を踏み入れて、張り詰めるような気配を感じてはいるのだが、侵入者らしき人影が見当たらない。とりあえずはまだ迷っているのだろうが……ゴールされては困るので、真は降りてきた階段にロックを掛ける。階段の入り口は一瞬で消え、周りと全く変わらない白壁となる。実はここの出入り口は希紗の管理するバーチャルになっており、実体は無い見せ掛けの壁を作り出しているのだ。だから、侵入者がここから脱出する事はまず無い。

 真は警戒しながら白壁と十字路の続く迷路を行く。緊迫した静寂がどこからともなく漂っていた。

 突然、前方の十字路の右から肩からマシンガンを吊るした男が歩いて出てきた。あきらかに、武装グループの人間だ。


「「あ。」」


 どちらも予想していなかった突然の遭遇に驚く。警備員と侵入者の間に一瞬、なんとも言えない空気が流れ、そして……。

 連なる銃声、浴びせられる鉛弾!

「うわっ!?」

 やはりというか当然というか、マシンガンからのいきなりの攻撃に真は跳び退く。その侵入者の後ろから仲間と思われる男達数人が武装体勢で駆けつけてきた。

「いきなりナニすんねん! 危ないやろがー!」

 叫びながら銃弾を避け続ける。さらにその男の後ろから武装グループの仲間が三人、援護射撃まで始め、一面白い壁や床に次々と穴が開いていく。真の長いコートの端を、数発の弾が貫いていった。

「……しゃーないな」

 真はそれをある程度避けながら、右腕に握られている棒で弾き返していた。しかしその衝撃で、棒状の物体を覆っていた包帯がハラハラとほどけ、木の肌を晒していく。……丹念に削りあげられた木刀が、まるで本物の刀のように鋭く輝いていた。

「こいつ馬鹿か!? そんな物で俺達とやりあうつもりかっ?」

「まァそやけど……、痛い目みとうなかったら大人しく逃げるか捕まるかした方がエエで?」

「ははっ、正真正銘の馬鹿らしいな! すぐ楽にしてやるよ!」

「いや待てっ! こいつは生け捕りにするんだ。ここから脱出する手段をこいつなら知っているはずだ」

 頭を掻いて一応は忠告しておく真に、男は腹を立てるが、一人に止められて作戦を変更……つまり警備員の捕獲になったらしい。やはり侵入者達は迷っていた。銃ではなく、四人がかりで真に跳びかかってくる。

「エエんでっかァ? 生け捕りなんて生やさしーことで?」

 目と鼻の先に男達が跳びかかってくるまで頭を掻いていた真が、素早く木刀を水平に一閃させる。空気を斬るような音と共に、誰一人真に指を触れる間もなく白壁に叩きつけられていた。

「くっ、てめぇ、何を……!?」

「何をって言われてもなァ、見たとおりやがな。本気だした方がエエんちゃう?」

 真は男達がフラフラと立ち上がるのを待ってあげて、もう一度木刀を構える。右腕のみで木刀を横倒しの水平にさせる姿は、見た事もない構えだった。特殊な流派らしい。

「……じゃ、いきまっせ」

 ちゃんと侵入者が銃を再び手にした瞬間、顔を上げると金髪の警備員は既に男の真横まで来ていた。そのままの勢いで四人の間を走り抜け、男達の対応できない素早さで、全員を叩き斬っていく。呻く間も与えられず、いともあっけなく倒れていく武装グループ四人組。

 が、真に一息吐く間は与えられない。前方から「どうした!?」「銃声が聞こえたぞっ?」「こっちだ!」などと複数の声が聞こえる。今度はかなり大人数らしい。


「さっきのは先遣隊か……」

 舌打ちしてから真は背後を振り返り、十字路をまた左折して隠れて待つ事にした。人の気配が近づいてくる。十人……いや、それ以上だろう。

「おい! 誰か倒れてるぞ!」

「お前ら一体どうした!? しっかりしろっ!」

 先程倒した侵入者を気づかう声が聞こえる。大勢の侵入者達は、もうすぐそこまで迫っていた。

「ここに俺達以外に誰かいるっ、早く始末するんだ!」

 金属の擦れ合う音が近づき、二人が十字路まで足を踏み入れて来た。その二人が真を発見するより早く、一気に薙ぎ倒す!

「な!?」

「あっ、いたぞ!」

 すぐ後方にいた武装グループの仲間がいきなりの襲撃に驚きつつも突っ込んでくる。その後ろでは五人ほどが援護射撃の準備をしていた。これでは目の前の男達を倒しても一斉射撃を浴びてしまう。

 真は一歩後ろへ跳び退き、姿勢を低くして木刀を水平に構える。拳で迫ってきた男達との間合いを計り、刹那の勢いで木刀を大きく横一線に薙ぐ!

「《動》の章、第三奥義、羅刹っ!!」

 一刀の下に蹴散らされた仲間の前に立つ影を、後ろで待っていた男達が一斉射撃する。人影を無数の銃弾が貫いていった。

 が。

「な……!?」

 確かに金髪の警備員が見えた場所には何も無く、銃弾は虚空を飛んでいく。ふっと頭上の大きな影に気づいた時には空中から一閃された木刀に援護側も刹那に全滅。


「……今度からは相手を選び」


 カツン、と革靴で着地する音だけを響かせ、真はゆっくり周囲を見渡す。とりあえず、次の敵はすぐに来ないらしい。

 真の木刀は斬ることこそ出来ないが、強力な薙技を繰り出す。その中でも奥義『羅刹』は目前の敵を薙ぎ払った後で残像を残して後方の敵の頭上を跳び、不意をつく技だ。とある流派の技らしい。

 もうこの周囲には人の気配がしないのを感じ、真は先に進む事にする。この分だとまだまだ敵は多そうだ。

「おーい、誰かおるか〜?」

 侵入者全員を捜すのは骨が折れるので、声を出して呼んでみることにした。ふとまたでてきた十字路の中央で、真は足を止める。……殺気、それもかなりの数だ。


「いやァ、そっちから出てきてもらえるとえろう助かるわ。……でもちょーっと出てき過ぎやあらへん? ワイ的希望やとチマチマ出現してくれるんが楽なんやけどなァ」


 右、左、そして前の通路にそれぞれ七〜八人程度の武装した男達が身構えていた。全員が銃機器を真に向ける。後ろの通路に下がっても、前方からの弾は届くだろう。ならば。

「はァっ!」

 突っ込むような体勢で真はまず前通路の敵から薙ぎ倒す。七人全員を昏倒させたところで、今度は左右の通路から駆け込んできた男達に一斉に銃口を向けられる。

 この間合いでは中距離戦用の木刀は届かない。遠距離戦向きの銃機器の方が圧倒的に有利だ。予想していたとはいえ、この悪状況に舌打ちしたくなる。

「まったく、これだから人気モンは辛いんやねぇ」

「全員、撃てー!!」

 また床を蹴り武装グループに突っ込む。何度か木刀で飛んでくる弾丸を弾き返し、三メートルはあった距離は僅か一秒足らずで数センチまで狭められていた。腰を下げた低姿勢のまま真は木刀を構え直し、舞うように回転しながら上へと跳ぶ。男達は木刀に薙ぎられながら払われていく。

「な、な……」

 だがこれでもまだ終わらない。吹き飛ばされなかった者と後からどんどん来る者とでまた真は囲まれていた。

「……エエ加減諦めたらどーや? しつこいと嫌われまっせ?」

 余裕を保った真の顔に、一筋の汗が流れる。苦痛を伴う嫌な音が真の右腕に響いたからだ。

 先ほどの銃弾は全て回避している。しかしセレモニーの時に撃たれた傷の穴が開いてしまったらしく、コートの長袖の部分は紅く染まり、木刀を握ったままの右手に血液が流れ出したのだ。

「観念するのはお前のほうみたいだな! その腕じゃもう棒っきれも扱えまい!」

「一応ワイのプライドの為に言っとくがな、これはあんさんらがやった傷やないで? ホンマやって! あんさん達みたいな三流に傷一つでも付けられてみぃ、ロスキーパーの名が泣いてまうで」

「ロスキーパー? ……お前まさかっ、あの一流なのに変テコな裏警備会社の!?」

「……一言多いで。変テコってなんやねんっ!」

 そう怒鳴られて、武装グループの先頭にいた男とメンバーは目の前の警備員を上から下まで観察する。

 金髪にやや浅黒い肌、東京なのに関西弁、さらに武器は木刀? しかもこの人数にたった一人で乗り込んできた。これを『変』と呼ばずになんと形容すればいいのだろうか。しかも、『ロスキーパー』と言えば「社長が百歳越えているらしい」とか「沖縄にまで支部があるらしい」とか、変な噂の絶えない警備会社だ。


「――――いや、そのまんまだろ。」


 うんうん、と後ろの男達も武器を構えたまま頷く。真を除く全員一致で『変テコ』決定判決が下されてしまった。そこで中野区支部メンバーの顔が頭を過ぎり、真は哀しくもその判定があながち間違っていない事を認めてしまう。

「あ〜、その〜……、ならその変テコ警備員を倒してみぃ!」

 なんだかもう自棄っぽい警備員が木刀を水平に構えたまま跳躍して突っ込んでくる。突然だったので対応が遅れた武装者達は、その金髪『変テコ警備員』に次々と薙ぎ払われていく。

「痛ぇ!」

「かまわん、早く撃てっ」

 この人数の中心で一人、木刀を優美に薙いでいく警備員。

 その動作は日本舞踊のようで。銃を持つ敵の手を打ち、左腕のみの腕力で宙返りをして後方の敵に一撃、木刀を両手で握ったら思いっきり振り払うっ!


 しかし、鈍く皮膚が裂けるような痛みに真は一瞬唇を噛んだ。傷口がどんどん開いていく。右腕の出血は止まらず、木刀は彼の血液で紅く染まっていた。

 その瞬間だけ、鈍くなる真の動き。そこを狙っていたとばかりに、真の背後に回っていた一人がマシンガンを至近距離で向けた。

「ちっ!?」

「ここまでだ!」

 右腕の反応速度が痛みで間に合わない。




 銃声が響き、場は一斉に静かになった。


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