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第三章『愚者よ、舞え』(2)

 これでようやく終わりだと思ったのに、囲んでいたはずの警備員達はその場にいなかった。武装集団の頭の上を跳んで既に背後に回られていたのだ。

 背後に気配を感じた時には二人同時に遼平の両腕が脇腹に埋め込まれていた。そこからまた遼平の猛攻撃が始まる。顎を蹴り上げ、次は右肘で思いっきり背中を突く。

 接近戦は不利だと感じたのか距離をとって拳銃を向けるが、なにせ素早く、しかも乱闘になっているものだから仲間に当たってしまう事のほうが多かった。それに、多少かすったぐらいでは紺髪の警備員には通用していない。


「スーパードロップロイヤルキぃぃ――ック!」


 またズドーンッと物凄い重量の音がして、数人が蹴散らされていくのを純也は横目で確認する。

「遼、もう名前変わってるよ……」

 以前真に、鶏は三歩歩くと物事を忘れてしまうのだと聞いた事があった。今の場合、遼平が移動した距離はジャンプを含めてだいたい五歩程度。自分の同居人であり今は一応兄役である男が、鶏とたいして変わらない知能レベルである事に少年はなにやら哀愁さえ感じていた。


 純也は割れたステンドグラスをもう一度確認する。まだそこから武装グループがどんどん侵入してきていた、このままでは埒があかない。

 ゆっくり深く息を吸い込む。そして、武装グループが派手に暴れてくれている遼平に目を奪われている隙に、なるべく敵の少ない方へと移動していった。そんな純也の様子を察してか、それともただ単にテンションが上がってきたからか、遼平はより豪快に叫びながら敵を倒していく。

 呼吸がどんどん荒くなる純也。疲労ではない、ゆっくりと力をその小さな体内に溜め込んでいるのだ。もう大半は砕け散っているステンドグラスから風を呼び込んで、自分の周囲に大きな気圧の差を作りあげていく。空気は気圧を変化させられて、風を起こそうと純也の力に抵抗する。


 まだだ、まだ解放するには早い。もう少し溜め込まなければ……っ!


「くそっ、まずはお前から!」

 急におとなしくなった純也に銃口が向けられる。集中している純也は今下手に動くことができない。そうすれば、調整している気圧が解放されてしまう可能性があるからだ。

 純也目掛けて発射される銃弾。それを知りながらも彼は身動きをとる事ができないっ!




 何かが凄い勢いで銃弾を弾いた音がし、純也の前に見慣れた大きな背中が現れる。

「……遼、ゴメン、もう少しだから」

「ったく、折角盛り上がってきたところだったのによぉ……しゃーねーから今回は見せ場をくれてやるぜ」


 まだ煙を上げながら、銃弾が遼平の握られていた右拳からゆっくりと落ちる。遼平が拳にはめている革製の手袋の中には重金属板が内蔵されており、普通の銃弾くらいならそのまま掴む事ができる。もちろん希紗の特製品だ。

 やや猫背の状態で俯いている純也と背中を合わせ、遼平は時折二人に撃たれる銃弾を弾き返したり握り潰したりする。珍しく純也のサポートに回ることにしたらしい。触れた純也の背中は人間の体温を超えて熱く、激しい心臓の鼓動が遼平にも背中越しに伝わってくる。

 武装グループが警備員を包囲し、その間隔を段々狭めてくる。今度こそ一斉射撃する気だ。

「動かないでね……」

 荒れた呼吸と共にかすれるような純也の囁き声が耳に届く。こくっと頷いて、遼平は姿勢をやや低くした。


「いいぜ……純也、今だ!」


「いくよっ、ごめんね!!」


 ほんの一瞬純也は全身の力を抜き、すぐにまた気圧を操りはじめた。そうすることで莫大な量の空気の流れが解放され、純也の意思通りに部屋全体に大きな旋風が巻き起こる。渦の中心にいる二人以外の全ての者が、なす術も無く風に乗って部屋を回る。

「うわあぁぁぁあっ」

「ひいいぃー!」

「ぐはあぁっ!」

 そのまま風に乗って回り続ける者、勢いで壁やシャッターにぶつかり気を失う者、運悪く割れたステンドグラスから外へ吹き飛ばされてしまう者など……、荒れ狂う暴風に侵入者達は一分としない内に全滅していた。

 純也がゆっくりと渦とは逆回転で右腕を掲げながら回す。すると、風はステンドグラスから逃げていき、まだ宙に浮いていた僅かな侵入者をやや乱暴に床に降ろしていった。


「……ふう」

 気圧を安定させ終えて、純也はちょこんと腰を下ろす。まだ全身が燃えているように熱く、すぐは動けそうになかった。やはりカンが鈍っているようだ。……いや、それより何よりお腹が減った。立てない理由の九割はそれだろう。

 遼平はというと、遠く吹き飛ばされてしまった侵入者達を見送るように割れたステンドグラスから外を眺めていた。

「おい、なんか数人飛んでいっちまったぞ?」

「あ〜、どうする? お迎えに行く?」

 座り込んだまま、苦笑して純也は問う。ちょっとやり過ぎてしまったかもしれない。遼のことを言えないな、と思った。

「……いや、止めとこうぜ。なんかこっちで手一杯っぽいからな……」

 そう言われて、純也は遼平の視線の先……滅茶苦茶に荒されてしまった(した)休憩所を見渡し、苦笑が一層深くなるのを感じた。


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