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日常の夢

第十回創作五枚会投稿作品

テーマ『幸福』

禁則事項『手抜き禁止』

 これは夢だ。


 目が覚めてすぐ、俺はそのことに気付く。


 カーテン越しに朝の光が差し込む。


 寝息を立てる妻を起こさないよう布団から抜け出す。


 子供たちを跨いで、寝室を後にする。


 頭のもやもやが取れない。


 昨晩の日本酒がまだ体中に残っている。


 重い体に鞭を打ち、キッチンに行き湯を沸かす。


 休日の朝、俺は慣れない手付きで朝食を作る。


 卵を炒り、ウィンナーを焼き、トーストした食パンにマーガリンをたっぷり塗る。


 湯が沸く頃に、妻が起きてくる。


 なにやらひどく機嫌が悪いようだ。


「よく眠れた?」


 俺は穏やかな質問とともに温めておいたミルクを差し出した。


 が、答えは返ってこない。


 代わりに、イライラと髪を掻き毟る音が返される。


「今日、どこに行こうか?」


「昨日、何時まで飲んでたの?」


 質問を質問で返されて、俺の舌はコーヒーで火傷しそうになる。


 妻は一向にこちらを見ようとしない。


 こっちはひどく柔和な表情をしているのに。


「十二時くらいかな」


「あら変ね、一時半まで待っていたのに気付かなかったわ」


「じゃあ、その位かも―――」


「ヘラヘラしない!」


 笑っていると、妻の手がテーブルに叩き付けられた。


「ごめんよ…」


 肩を竦ませそう詫びる。


「さて、今日はたっぷりサービスしてもらいますからね」


 そう言って妻は飛び切り怖い笑顔を向けてきた。



 ☆★☆★☆



 俺は次男を背負い、長男を右腕に抱き、左手で育児バックを持っている。


 絞られてげっそりしている俺の顔色を見ようとしない長男は、どこに行きたいという質問に、動物園、と素直に答えた。


 こうして俺は、いつの間にか動物園の入場ゲートをくぐっている。


 ゴリラ、ライオン、シマウマ、ゾウ、キリン。


 子供たちは動物そっちのけで園内を走り回って遊んでいる。


 俺はやんちゃ坊主たちを追い掛け回すのに必死で、ろくに観れもしない。


 妻は目を輝かせて檻に齧り付いて離れない。


 子供がどこにいこうと構いやしないと言わんばかり。


「ねえ、おなか減った」


 そのくせ、一番に腹が減る。


「なに、その顔」


 で、少しでも不満顔をするとすぐに気付かれる。


「なに食べたい?」


 だから俺は、精一杯の笑みを浮かべる。



 ★☆★☆★



 高速道路を乗り継ぎ、往復二時間の道のりを一人で走破する。


 その間、母子三人は車内で暴れまわる。


 陽が傾いてくると、またお腹がすいた、と喚き出す。


 俺は仕方なく、サービスエリアで休憩がてら、アイスクリームを買い与える。


 みんなで分けようと二つ買ったのだが、運転席の自分には食べる順番がなかなか回ってこなかった。


「疲れて寝ちゃったみたい」


 この頃には、妻の表情も和らいでいる。


 少しは満足したようだ。


 そうだ、これから二人で久しぶりに話でもしよう。


 そう思った矢先、助手席に戻った妻は、シートを倒して横になった。



 ☆★☆★☆



 夕飯は子供達のリクエストでオムライスを作った。


 半熟はできないから、昔ながらのケチャップライスをオムレツで包んだやつ。


 次男はそこにケチャップを塗りつける。


 長男は不器用にハートのマークを描く。


 妻は器用に、『HAPPY BIRTHDAY TO』と長男の名前を書き、それを二人に食べさせる。


 俺も勢いで、アーン、と口を開けると、


「反省して」


 と妻は半笑いで睨んでくる。


 俺は苦笑いしてその少しべチャッとしたオムライスを頬張る。


 妻は俺のオムレツの上にもケチャップを塗ってくれたが、俺にはその意味が解読できなかった。


『BONHE―――』


 きっとあれはフランス語だった。

 

 いや、ドイツ語だったかも。


 とにかく、まともに読みきる前に妻はそれをがっついて見せた。


 笑っていた。


 みんな、笑っていた。



 ☆★☆★☆



 子供たちが寝静まった頃。


 妻が俺の名を呼びかける。


 ベッドに潜りこんでくる。


 俺は自然とその肩を抱く。


 背中を擦り、キスをする。


 妻の体は熱を持っている。


 その息遣いが耳元に届く。


 両腕できつく抱きしめる。


 溶けてしまいそうになる。


 ずっと、こうしていたい。


 俺は夢中でその体を貫く。


 夢中でその体に吸い付く。


 夢中で、妻と一緒になる。


 愛おしくて離したくない。


 何が何でも離さないから。


 絶対、ずっと一緒だから。


 まどろみの中、そう思う。



 ※※※※※


 

 突き刺すような白光に晒され、俺は薄く瞼を開ける。


 辺りは不穏にざわめいている。


 ひどく寒い。


 凍える体を擦りながら立ち上がる。


 俺は冴えない頭で人の波を掻き分ける。


 俺は今、どこにいる。


 ここで一体、何をしている。


 咽喉が渇いた。


 それより、妻は。


 子は。


 まだ戻りたくないと脳は主張するが、覚醒は問答無用で目の前の現実を突きつける。


 外に出ると、見渡す限り瓦礫が山のように積まれていた。


 俺にはそれが、どうしても現実として捉えられなかった。


「なにやってんの、早く」


 外に出ると、炊き出しを配る妻の姿があった。


 その顔には笑顔が。


 四歳と五歳になった子供達はきちんと座って豚汁を食べている。


 俺は今、この現実に生きている。


 思い出した瞬間、俺は校庭の真ん中で囲む炊き出しの輪に向かって走り出していた。

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