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流星嵐の夜に

第八回創作五枚会参加作品

テーマ『光景』

禁則事項「直喩法使用禁止」「固有名詞使用禁止」

2000文字

 画面の中ではニュースキャスターが今夜飛来するという流星群についての説明をしている。手持ちフリップには、『神出鬼没!?百年に一度』と大きく書かれている。説明を求められたお天気おじさんは、銀河系の概要を見せながら流星群の成り立ちについて短い間に巻くし立てたが、キャスターは話が終わらないうちにカメラを強引にスタジオに戻すと、「それでは、一生に一度の奇跡を楽しみましょう」と満面の笑みで番組を締めくくった。

 僕はパソコンを消すと、来る流星群に備えた。テレビを消し、蛍光灯を消し、部屋中の灯りという灯りを消す。そしてベッドの上で毛布に包まって、窓枠に縁取られた夜空を見上げた。冬の空はひどく澄んでいて、普段は目にとまらない星たちまで今夜は輝いて見える。改めて見る夜空は、それだけで綺麗だ。

 間も無く、星の雫がポツリポツリと降り始めた。僕はその雨を仰ぐために身を乗り出し、窓枠に手をかける―――拍子に携帯電話が床に落ちた。仕方なく手を伸ばすと切っていたはずの電源が立ち上がっていることに気づいた。少し腑に落ちない気がしたが、知らぬ間にウェイクアップ設定にでもなっていたのだろうと再び電源ボタンに親指を乗せた―――するとなにやら電話から声が聞こえてきた。

「―――えますか? 聞こえますか」

 その声は、耳を押し付けて漸く聞き取れる程度の音量だった。ひどくしわがれた老人の声。僕は慌てて受話レベルを確認したが、最大になっている。きっとどこか遠くから掛けているのだろう。

「あの、どちらさまでしょう」

 僕の返事に、向こう側から息を呑む雰囲気が伝わってくる。ディスプレイを確認しても、電話番号の表記は無かった。

「驚かないで聞いてくれ」

 その老人はいきなりそう告げた。そして、

「私から通信があったことは、生涯、誰にも言わないでくれ」

 などと奇妙なことを言い始めた。

「約束できるかい?」

 あまりに突然の出来事に、僕は口をあんぐり開けて空を見上げることしか出来なかった。

「時間が無い。返事をくれないか」

 答えあぐねていた僕は向こうの声に促され、一つ大きな唾を飲み込んだ。思えば怪しい気がしないでもない。中学生の自分に年老いた老人が電話を掛けてくることなど、まずありはしない。

「どちらさまでしょうか」

 もう一度そう訊くと、向こう側からなんだか聞き覚えの有る、唾を飲み込む、ごくんという音が聞こえてきた。

「実は、私は百年後の君なんだ」

「はい?」

 僕は思わず聞き返した。

 事態を飲み込めないでいる僕に、老人はあれやこれやと難しい理論で説明をはじめた。時と場所、状況など諸々の条件が、今この瞬間、奇跡的に揃っているのだという趣旨のことを彼は語った。が、僕はそんな小難しい理論なんかより、人に何かを説明するときの必死さやなにかがあまりにも自分とそっくりだったから、この途方も無い冗談に少しの間付き合ってあげなくもないかなと思った。

「いや、信じてくれなくてもかまわない。むしろその方が好都合だ」

 僕が何かを説明した際、最後に置く常套句を使って老人は説明を終えた。その頃には遥か彼方にいるはずの老人がとても近くに感じられていた。

「もしあなたが本当に百年後の僕なら…」

「未来のことは何一つ教えられん」 

 老人は僕の質問に先回りして釘を刺した。だから僕たちは結局、くだらない世間話くらいしかできなかった。でも、楽しかった。

 夜空には止め処なく星屑が降り注いでいる。身を乗り出して見ると圧倒され、次第に吸い込まれていく感覚に陥る。

 そんな流星も、次第にその数を減らしていった。

「そろそろダストトレイルを抜ける時間だな」

 老人はポツリと呟いた。

「もしかして、そっちも星が降っているの?」

「ああ、さっきも言ったじゃないか」

「ごめんなさい、実はほとんど話を聞いていなかったんだ」

 すると向こうから笑い声が聞こえてきた。

「そうだった。あの頃の自分は、人の話なんてこれっぽっちも耳に入らなかった」

「ごめんなさい」

「謝らなくてもいい。君はなにも悪くない。仮に悪くても、自分自身に謝ることなんてないだろう?」

 老人は可笑しそうにそう言う。雨はパラつく程度になり、光のシャワーに磨かれた星たちが一層強く煌めいた。

「時を経て、こうして同じ空を見ていられる」

 老人の声に、僕は百年後、同じ場所で同じ空を眺めている自分を想像してみる。

「あの時どうして自分があんなことを言ったのか、今になって漸くわかったよ」

 百年後の僕はきっと毛布に包まり、今の僕と変わらない格好で夜空を仰いでいる。

「すばらしい人生をありがとう、君のおかげだ」

 老人の言葉が遠のく。

「時間のようだな」

「また話せる?」 

「未来のことは教えられないと言っただろう」

 老人は愉快そうに笑った。

「未来は、これから自分で確かめていけばいい」

 一筋、飛び切り強い光を放つ流星が夜空をゆっくりと横切った。

 僕はその時、心に決めた。

 百年後、きっと僕はもう一度、ぼくと話すと。

一言でも感想いただけると嬉しいです。


よろしくお願いいたします。

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