ほんとの一人ぼっち
いつもと変わらない朝。
いつの間にか起きていた。
あくびをしながら起き上がり、オートマチックにベッドから風呂までを歩く。
シャワーを浴びるうちに意識が固まってくる。
チクチクするほど熱いお湯が肌に馴染んだ頃、浴室を出る。
身支度を整えて、コップ一杯の水を飲み、ワンルームを後にした。
大学までの道のりを歩く。
ごちゃごちゃした商店街に人々が止め処なく行き来している。
まっすぐ歩くことに集中する。
誰にもぶつからない。
途中で昼食を摂りに牛丼屋に入る。
券売機で買った券をカウンターに置き、水をちびちびすする。
カウンターは埋め尽くされ、皆、窮屈そうに牛丼を貪っている。
まだ品物が来ない客は、ほとんどがケータイを見つめ、残りのケータイを見つめていない客は、虚ろな視線を紅生姜やら七味唐辛子やらに落としていた。
午後イチの講義はすでに始まっており、出欠に間に合わなかったのでそのまま講堂のそばの大学付きの図書館に入る。
中には人が大勢いて、テーブルを囲む席と自習机は全て埋まって、所々ある小さな腰掛も先客がいた。
座る場所がないから、止め処なく書架の隙間を縫って歩く。
何週目かにテーブル席の一角の女の子がこちらに視線を向けた気がしたが、どうやらそれは気のせいだった。
図書館を出ると次の講義までまだ時間があるので講堂と講堂に挟まれた小さな芝の広場に行った。
中央に立派なソメイヨシノが若い葉を揺らしている。
樹に寄りかかる。
講堂の通路で話すもの。
芝生に直接座り、売店で買ったであろう惣菜パンを頬張るもの。
疎らではあるがとめどなく行き来される大学のメイン通路。
見上げると、輪郭のぼやけた雲が浮かんでいる。
そうやって、時間の流れを確認する。
「今日、夜、ライブ、行く?」
講堂に入ると声をかけられた。
人の集まらない学生バンドのメンバー。
人集めに躍起になっている。
二千円と引き換えにチケットを手にする。
そいつは拝むようにその金を受け取ると、満面の笑みで帰っていった。
一コマ講義を受けた後、サークルの集まりに参加する。
一応、軽音のサークルなのにみんな楽器も持たずに話している。
一人はバイトの話。
一人は失恋の話。
一人は、合コンの話。
一音も鳴らさず部屋を出た。
バイト先には5分前に着いた。
店長は小言を吐いた後、作り笑いを浮かべる。
家の近くという理由で決めたコンビニのバイト。
人が大勢来る時間は決まっていた。
忙しいときは無心にレジを廻した。
暇なときは商品を補充して、それでも暇なときは、店長の愚痴を聞いた。
時間は刻々と過ぎていた。
ライブハウスは小さく、学生達に使い古されていた。
受付の女の子に慣れた手付きでチケットを捥ぎられ、ドリンク代も奪われる。
中はすでに爆音だった。
何も聞こえない。
一番後ろに立って、安っぽい照明装置をぼんやりと眺める。
チケットを売りつけた奴が寄って来て、ビールを高々と掲げる。
そいつはビールが零れそうなほど体を揺らす。
何度も叫んでいるが、何を言っているのか分からない。
叫んだ後、どうだ、と言わんばかりに笑顔を向けてくる。
そしてまた叫ぶ瞬間、ギラギラと凶暴な目になって言葉を投げつける。
でも、何を言っているのかは分からない。
前のほうで、大勢がモッシュ&ダイブを繰り返す。
それを制限するべきスタッフはガムを噛みながらぼんやりとステージを見ている。
「踊ろうぜ!」
チケットを売りつけた奴が耳元で叫ぶ。
腕を引っ張られ、モッシュの最中に放られる。
体の自由を奪われる。
動かない自由さえ与えられない。
モミクチャにされながら、天井を仰ぐ。
安っぽいライトが、入れ替わり立ち代り天井を這っていた。
ライブハウスを出ると、汗が急激に冷やされ、くしゃみが出始めた。
周囲の音が、膜が掛かっているように遠くに感じる。
手に持ったビールの缶に、知り合いから次々と缶をぶつけられる。
飲み終わった缶を握りつぶした音にも、現実感はまるで伴わなかった。
家に帰ると、膜の掛かった静けさがワンルームに反響していた。
風呂に入って出てくると、ライブをやったメンバーが部屋に入り込んでいた。
五人全員がビニール袋を下げ、片手にビールを持っていた。
賑やかな話し声が部屋に響きわたり、笑い声が絶えなかった。
皆が寝静まった後、一口、温くなったビールをすする。
皆、寝息を立てている。
散らかったつまみの残骸を整理して、空き缶を分別して、落ち着いたら敷きっぱなしの布団に座った。
すでに二人が寝ているそこに、横になるスペースはない。
体育座りをして、今日の出来事を振り返る。
朝おきて、牛丼を食べ、大学に行き、一コマサボった後、一コマ講義を受けた。
サークルに行き、バイトに行き、ライブに行った。
そして帰ってきて飲み明かした。
一つ電気を消し、もう一つ電気を消すと、部屋は完全に暗くなった。
複数の寝息が、膜を通して聞こえてくる。
明日のことを考える。
明日もきっと、こんな感じだろう。
目を閉じて、そんなことを思った。