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まほろば  作者: 雨音かえる
秘伝書之段

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第肆話 薬師村

ルビ表示修正しました。

 もやの向こうから現れた村は、昨日立ち寄った村とはまるで空気が違っていた。

 野盗に襲われたのか、戦に巻き込まれたのか。家々は荒れ果て、人影は見られないが、いくつかの視線は感じる。

 ただ、濃い薬草の匂いが、湿った風に乗って鼻を突いた。確実に人はいる。

 さびれた村に医者がいるのかはわからないが、玄瑞はあたりを見回し、人を探した。

「……誰か、医者はいないか!」

 玄瑞は、背中の刹が発する熱に焼かれるような焦燥感の中で叫んだ。

 その時、村の中央にある古い井戸で、水を汲んでいた少女に気づいた。

「すまない! 手当をしてくれないかっ!」

 藁にもすがる思いで声をかけると、少女は水汲みをやめ、すぐさま玄瑞に駆け寄ってきた。

「どうされました? ……その傷、見せてください」

 少女の声は、少し疲れたように掠れてはいたが、落ち着いた優しいものだった。

 梓は、朦朧とする刹の状態を一目確認すると、迷いのない足取りで二人を近くの家へと促した。

「早くこちらへ。私の家です」

 案内された家の中には、無数の干し薬草が天井から吊るされ、柔らかな香煙が立ち込めていた。

 玄瑞が刹を寝台へ横たえると、少女は手際よく右腕の袖を切り裂く。

 紫黒く腫れ上がった肉と、そこから伸びる赤い筋。少女の細い眉が、わずかに寄った。

「あぁ……これは、錆びからですね。毒よりも質が悪い」

 梓は即座に火を強くし、鉄鍋で何らかの薬草を煎じ始めた。玄瑞がその一挙手一投足に鋭い視線を送る中、少女は動じることなく、慣れた手つきで刹の傷口を清め、青白い練り薬を塗り込んでいく。

「手慣れてるんだな」

「えぇ。この村は薬師村といい、薬師が大勢いた村です」

 大勢いた。という過去形の言葉に、玄瑞は引っかかった。

「応急処置は終えましたが……」

 梓は濡れ手ぬぐいで刹の額を拭うと、玄瑞の方を振り返った。

 その瞳は、玄瑞の正体を探るような野卑な光ではなく、ただ一点、救うべき命を見つめる「医」の冷徹さと慈悲を宿していた。

「……今晩が山場です。高熱に耐えきれず、心が折れれば、……それで終わりです」

「そうか……」

 玄瑞は熱に浮かされる刹を見ながら、梓に礼を言う。

「助かっても、助からなくても。礼だけは言っておく」

 少女は、何も言わず片付けをしていたが、玄瑞の方にくるりと振り返ると、冷たい言葉で現実を突きつけた。

「お代は……そうですね。治療費と薬代で一貫(いっかん)いただきます」

「一貫っ!?」

 思わず声が裏返った。一貫といえば、今の自分たちには到底払える額ではない。

「きちんといただきます。私たちも善意でやっているわけではありません。お金を頂かないと、私たちが飢えてしまいます!」

 少女の言葉に、何も反論できない玄瑞は、言葉を濁しながら持ち合わせがないことを告げる。先の村で手持ちの物はすべて奪われたこと。売られそうになったこと。逃げる際、刹が農具で負傷したこと。隠す余裕もなく、洗いざらい話した。

 すると、少女は大きくあからさまなため息をつくと、それまでの「薬師の慈愛」に満ちた態度を急変させた。

「はぁ……。っんだよ。金持ってないのかよ。これじゃ骨折り損じゃないか」

 ドスの利いた低い声。玄瑞は、その急激な声色の変化に驚いたが、何より()()の正体を見抜けなかったことに憔悴した。

「お、お前っ! 男かっ!?」

「だったら、なんだよ。ったく、一文無しの野良犬を拾っちまったか」

 少女は乱暴に頭を掻くと、腰に手を当てて玄瑞を睨み据えた。

「いいか。俺はこの村を守らなきゃならないんだ。金にならない客は、本来ならお断りなんだよ」

 その豹変ぶりに、人間の底知れなさを思い知らされる。

「ま、待て。金はないが、俺にできることなら何でもする。こいつを見捨てないでくれ」

「ふん。何でもする、ねぇ……?」

 少女は、玄瑞のその鍛え上げられた身体を値踏みするように眺め、にやりと口角を上げた。

「じゃぁ、その身体で払ってもらおうか。俺の名は梓だ。」

「梓、……か。俺は玄瑞。このガキは刹だ」

 玄瑞が短く名乗ると、梓は「玄瑞に、刹か」と、噛み締めるように繰り返した。

「お前、なぜ女の格好を」

「女の方が、外の連中も村の連中も油断するんだよ。このなりをしてりゃ、薬師としてだけじゃなく、いろいろ『便利』に扱われるからな」

 梓は自嘲気味に笑うと、腰に手を当てて玄瑞を睨み据えた。

 その時、静寂を破って庵の表から馬のいななきと、重々しい足音が近づいてきた。戸口の外で、大声を張り上げる男の声が聞こえてきた。

「梓はおるかっ!」

 梓は、びくっと体を一瞬震わせると、先ほどの女の声色で「ただいま」と返事をした。

「いいか。余計なことするなよ。黙ってここにいろ」

 梓は玄瑞に釘を刺して、戸口で訪問者を迎え出る。侍の出で立ちをした、ガタイのいい男だった。

「この処方に記された薬を作れ。十日後にまた来る」

 何を話しているのか詳しくはわからなかったが、何やら薬を注文しているようで、一枚の紙きれを梓に渡していた。

(この村は、このようにして生計を立てているのか)

 玄瑞は物音ひとつ立てず、黙って気配を消し、事の成り行きを影から覗いていた。

 しばらくして、梓が部屋に戻ってくると、緊張から解き放たれたかのように一息ついた。

「あいつは……。客か? 侍だったな」

「のぞき見かよ」

 梓は不機嫌そうに、紙切れを机の上に置いた。

 刹の額に乗った手ぬぐいを水にさらし、取り替えると、梓は遠い目をして、窓の外に広がる手入れの行き届かない薬草園を見つめた。

 そして、誰に言われるでもなく、ぽつりぽつりと話始めた。


「先の戦がすべてを変えた。この村は、城直属の薬を作る村だったんだ」

 梓から先ほどの威勢の良さは消え失せ、その顔色には影が宿る。

「敵に村のことが漏れて、城へ送られる薬の供給を断つため、この村は真っ先に狙われ、火を放たれた。……医を志した者たちは、その知恵ゆえに、戦の炎に巻かれたんだ」

 淡々と語られる凄惨な過去。玄瑞は、言葉を失った。親は死に、ほとんどの村人もいなくなった。だが、梓はこの村に残った。薬師としてしか生きられない自分は、他に残されたものと共に生きることを選んだという。

 未だ城のために薬を作り続け、その代償で生きながらえていた。


 ひとしきり語り終えた梓は、机に置いた紙切れを引き寄せた。

 無造作に書き殴られた処方箋を追う梓の瞳が、一瞬だけ鋭くなる。

「ちっ、面倒なものを。材料が足りないじゃないか」

 梓は舌打ちをすると、背後に控える玄瑞に向き直った。

「なぁ、玄瑞。さっき『身体で払ってもらう』って俺言ったよな」

 梓の冷めた視線に、玄瑞の脳裏には昨晩の嫌な生々しさが脳裏に蘇る。里の忍びとしてあらゆる拷問、辱めに耐える覚悟はあるが、この「女の皮を被った少年」にまでそちらの気があるのかと、玄瑞は一歩身を引いた。

「お前もかよっ!  なんなんだよ。どいつもこいつもっ! 俺にその趣味はねぇ!」

 玄瑞の切実すぎる絶叫に、梓は一瞬呆気に取られた後、腹の底から吐き捨てるように言い放った。

「阿呆か。誰がお前みたいなむさ苦しい身体を欲しがるかよ。実験台にもなりゃしないね。……これだ。この処方に必要な薬草が足りないんだ」

 梓は机の上の紙を指で叩いた。

「この辺りの山じゃ手に入らない。海の傍でしか育たない薬草だ。ここから南に下った、塩気の強い土地にしか生えてないんだよ」

 梓は玄瑞を射抜くように見つめ、残酷なまでの現実を告げる。

「その薬草を採ってきて、俺の手元に届ける。それがこのガキの命の代償だ。わかったか」

 玄瑞が反論しようとしたその時、寝台から「……う、……ぅ」と掠れた呻き声が漏れた。

 玄瑞が駆け寄ると、刹が脂汗を浮かべた瞼を、僅かに持ち上げていた。

「……げん、ずい……」

「刹! わかるか、俺だ」

「……わりぃ、な。……迷惑、かけて……」

 焦点の合わない目で、刹は精一杯の謝罪を口にした。その声は風前の灯のように弱々しい。刹はそれだけ言うと、再び深い意識の闇へと吸い込まれるように、がくりと頭を落とした。

「こいつに、どれだけの猶予がある」

 玄瑞が低い声で問うと、梓は冷徹に指を折った。

「まぁ、こいつは俺の匙加減だが。それより侍が来るのは十日後。調合する時間を考えりゃ、あんたに残された時間は七日だ。七日で帰ってこい。一刻でも遅れりゃ、このガキを山に捨てる。いいな?」

 玄瑞は沈黙した。ここからどれほどかかる? 片道三日半。いや、二日だ。海辺の土地まで走り続け、薬草を探し出し、再びこの村へ戻る。常人であれば不可能な行軍だ。馬があれば別だが。この村にはありそうもない。

「南には『大串浦』という漁村がある。そこで聞けばすぐに手に入ると思う」

「大串浦……」

「そこで、この絵のような紅い葉を探せ」

 梓は手際よく、紙の端に筆で一株の植物を描き出した。

「『潮凪草(しおなぎそう)』って言う名だ。波飛沫を浴びて育つ、鉄のように硬い茎を持つ草だ。これの根を煎じなければ、侍の求める薬にはならない。間違えるなよ」

 玄瑞は、梓の描いた絵を奪い取るように受け取ると、懐にねじ込んだ。

 梓の言葉は冷酷だが、その瞳の奥には「薬師」としての奇妙な義務感と、玄瑞の身体能力への淡い期待が混在している。玄瑞はそれを見逃さなかった。

「……刹を頼む。死なせるな」

「ふん、努力はしてやる。早く行けよ。一刻を争うのは、お前の方だ」

 梓は玄瑞に最低限の水と干し(いい)(炊いた米を乾燥させたもの)を用意してやる。

 玄瑞は家の戸口を勢いよく開けた。

 昨夜の夜通しの行軍の疲れなど、すでに玄瑞の頭からは消えていた。

(こんだけぶっ通しで走り続けるのは、若いころの鍛錬以来だな)

 玄瑞は地を蹴った。

 村の境界を抜ける際、井戸の影に潜んでいた村人の視線を感じたが、構うことなく速度を上げる。

 海までは、険しい山道を三つ越え、その先にある湿地帯を抜けねばならない。馬がいれば一日の距離。だが、己の足だけを信じる忍びの行軍ならば、二日で辿り着いてみせる。

(待っていろ、刹!)

 玄瑞は村の先に広がる、平野の芒の原へと消えていった。

 

 玄瑞が去った後、梓は静まり返った部屋の中で、再び机の上の「写し」に視線を落とした。

 玄瑞に見せていた「不足している材料」は、あくまで侍に頼まれた薬のためのもの。

 刹の治療は、今ある薬草で確実に助かることはわかっていた。

 だが、梓の指先は、その処方箋から薬がどのようなものなのかを読み解く。そして、何かに気付いたように目を見開く。

「……精力剤、ねぇ。……ふん、笑わせるなよ」

 梓は独り、毒づくように呟いた。

 その口角は、恐怖による戦慄か、あるいは禁忌への興奮か、微かに震えていた。

 梓は寝台で再び熱にうなされ始めた刹の顔を見つめ、静かにその手ぬぐいを取り替えニヤリと笑った。

【あとがき:用語解説】


一貫いっかん:現代の価値に換算するのは諸説ありますが、およそ十万円前後から、物価によってはそれ以上の大金。貧しい旅人や、没落した忍びが即座に払える額ではありません。

ちなみに、一文=八円ほどです。


干しほしいい:炊いた米を乾燥させた保存食。水で戻しても良いですが、忍びはそのまま噛み砕いて走りながら食べることもありました。


潮凪草しおなぎそう:本作オリジナルの架空の薬草。


上がりかまち:日本家屋において「上がり框」は、外(公)と内(私)を分ける聖域の境界です。簡単に言うと、「玄関の土間(靴を脱ぐ場所)と、家の床(廊下や畳)との境界線にある横木」のことです。

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