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まほろば  作者: 雨音かえる
秘伝書之段

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第拾弐話 刺客

 昨日の「刹先生」の失態が相当おかしかったのか、翌朝になっても梓はふとした瞬間に思い出し笑いをして、玄瑞に怪訝な顔をされていた。

「梓。団子の生地を練る手が止まっているぞ。何がそんなにおかしいんだ」

「いや、別に。ただ、竹馬に乗って必死な形相の……ぷっ、何でも……ないっ」

 裏方で黙々と団子を丸めていた玄瑞は、それ以上は追及しなかった。だが、隣で気まずそうに目を逸らしている刹を見て、だいたいの察しはついた。昨日の夕暮れ、二人が並んで帰ってきた時の、あのどこか毒気の抜けた空気。玄瑞はそれを、束の間の平穏として受け入れていた。


「刹。子守りは昨日一日で終わりだったか」

「おう。今日はもう主人が戻ってくるからよ。お前、絶対に梓から話聞くなよ? いいな、絶対だぞ!」

 刹の必死の懇願を、玄瑞は「わかった。わかった」と笑いながら受け流した。

「ところで、洗濯は終わったのか? 女将と一緒に俺らのもついでにやっていただろう?」

「ああ。さすがに汚れが凄まじかったな。特に玄瑞の着物は、血の匂いが染み付いてやがった」

「俺の一張羅だぞ? 年季が入ってんだ。あれじゃないと、どうにも落ち着かねぇ」


 宿場町での滞在は、思いのほか穏やかに過ぎていた。日銭も貯まり、三人の腹もようやく満たされていく。

 

 そんな団子屋の店先に、一人の旅人が現れた。

 薄汚れた麻の服を着た、どこにでもいる行商人の風体だが、その男は団子を注文するでもなく、梓の顔をじっと見つめている。


「娘さん。あんた、ここの娘さんかい?」

 梓の表情が、一瞬で「団子屋の娘」から、警戒を秘めたものへと切り替わる。

「いえ。雇われの身ですが。……それが何か?」

「いや。尋ね人を探していてね。あんたさんに風貌がそっくりだったもんだから」


 男は懐から、人相書きを出した。そこには梓の特徴が詳細に書かれており、さらには報奨金『三貫』の文字が躍っている。三貫――一人の若者を連れ去る対価としては、破格の値段だ。

 その様子を裏で見ていた玄瑞が、音もなく梓の隣に立った。

「本当にそっくりですなぁ。ですが、こいつは(ぎん)って言うんですよ。近在の村から働きに来ている、気立てだけが取り柄の娘でして」

「そうか。そいつは失礼したね」


 男は人相書きをしまうと、団子屋から出て行った。だが、男が去り際にほんの少しだけ、梓の方を振り返ったのを、玄瑞は見逃さなかった。

 隣にいる梓の指先が、微かに震える。

 玄瑞が奥に控えていた刹に目配せをすると、彼は頷きもせず、ただ影が溶けるように音もなく、裏口から出て男の後を追っていった。


「梓、戻るぞ。宿代を払って、今夜中にこの町を出る」

 玄瑞の低い声が響く。

「……わかった。団子屋の主人には今日で終わると話してくる」

 梓は奥に下がり、団子屋の夫婦に事情を説明しに行った。主人は「助かったよ」と礼を言い、女将さんは「さみしくなるねぇ」と今日の分の賃金を、おまけの団子と一緒に包んでくれた。


 宿に戻ると、間もなくして刹が裏窓から滑り込むように戻ってきた。その顔には、いつもの陽気さは欠片もない。

「玄瑞。あの男、団子屋を出たあと、橋の袂で男四人と合流しやがった。全員、懐に得物を隠してやがる。今は別の宿に入ってるが、確実にこいつの顔を確認してたぜ。……間違いねぇ、狙いは梓だ。しかも、ただの賞金稼ぎじゃねぇ。動きが統率されてやがる」

 刹の報告に、梓はきつく唇を噛み締めた。

「薬師村に追っ手が行ったんだ。俺の顔が割れてるなら、もうこの町にはいられない」

「行くぞ。荷物をまとめろ。裏道から抜ける」


 玄瑞の短い指示で、三人は闇夜に紛れて宿を抜け出した。月は厚い雲に隠れ、街道は墨を流したような暗闇に包まれている。遠くで犬が吠える声さえ、追手の合図に聞こえるような緊張感が三人を支配していた。

 町外れの林道まで差し掛かった、その時。

 突如として、前方の闇から三つの影が立ち塞がり、背後からも静かな足音が迫った。完全な包囲網。向こうは、三人がこの道を通ることを読んでいたのだ。


「逃げ足の速いお嬢さんだ。いや、薬師村の『梓』」

 暗がりから現れたのは、昼間の男だ。だがその手には、もはや商いの荷はなく、鈍く光る抜身の刀が握られていた。

「昼間、わざと人相書きを見せたんだよ。きっと慌てふためいて、あの町から逃げ出して来ると踏んでいたんでね。街道で殺るより、こういう人気(ひとけ)のねぇ林道の方が、死体の始末も楽だろう?」

 男は玄瑞と刹を横目にほくそ笑みながら、梓にじりじりと詰め寄る。

「武器も持たずにうろつくとは、用心が足りないな。……大人しく来てもらおう。赤坂の御方が、あんたのその『腕』を求めていらっしゃるんだ」


 玄瑞と刹は、梓を守るように背中合わせで構えた。相手は手練れの五人。素手の体術だけでこの抜身の刃の包囲を抜けるのは至難の業だ。玄瑞の脳裏に、紅梅を失ったあの夜の光景がよぎる。二度と、守るべきものを奪わせはしない。

 玄瑞は二人を背に庇うように一歩前へ出た。

「梓、俺の後ろに。男が動いたら全力で走って逃げろ」

「刹……」

 刹は不安そうな梓を背に庇い、自分が前に出た。(ちっ、面倒なことになりやがった……)刹の眼光が鋭く光る。

 男たちがじりじりと間を詰め、先頭の男が飛び掛かり踏み込んだ、その瞬間。

 

 ――ヒュッ。

 

 風を切る短い音が響き、梓を狙った男の腕を掠め、足元に一本の太い枝が、まるで杭のように深々と突き刺さった。

「ぐわぁっ!?」

 男がたじろいだ隙を逃さず、闇の奥から一人の影が躍り出た。

 影は流れるような動きで男たちの懐へ潜り込む。打撃というよりは、急所を的確に突く「処刑」に近い動き。かまいたちの風に切り裂かれたように血飛沫が上がり、敵は次々と地面へ叩き伏せられていく。


「……っ、何者だ!」

 行商人の男が刀を振り下ろすが、影はそれを紙一重でかわすと、男の腕を捻り上げ、容易く取り押さえてしまった。

 静寂が戻った街道に、呆れたような、しかしどこか懐かしく通る声が響く。

「……だから、体術はしっかり習得しておけと、あれほど言っておいたじゃろうが。お前は昔から、肝心なところで詰めが甘いよのう、玄瑞」


 玄瑞がハッとして振り返る。

 雲の切れ間から月光が差し込み、その男の顔を照らした。

 そこに立っていたのは、玄瑞の魂に深く刻まれた、小さな老爺――かつて玄瑞に忍びのいろはを叩き込んだ、あの「師匠」だった。



「久造のじいさんっ!」

 月の光を浴びて仁王立ちするその老爺は、名を久造(きゅうぞう)という。

 かつて忍びの里で、玄瑞にとっては恐怖と尊敬が入り混じった、文字通りの「師」であった。

「…………」

 刹は梓を庇いながら、何故か老爺に睨みをきかせ、警戒する。背丈も小さく、腰も少し曲がったどこにでもいるような老爺が、手慣れた刺客たちを赤子のように捻り倒したのだ。その異様さに、どことなく安心を置けない雰囲気が漂う。

 久造は玄瑞をちょいちょいと手招きをして呼び寄せると、「師匠と呼ばぬかっ!このバカタレッ!」と玄瑞の頭を小突く。

「師匠。なんであんたがここにいるんだ? 三年前、武者修行に出ると言って以来、音沙汰がなかっただろ」

 玄瑞が頭を押さえ痛がりながらも問いかけると、久造は首をゴキゴキと鳴らしながら、捕まえた男の腕をひねり上げた。

「それよりも、この男どうするんじゃ。何か吐かせるか?」

 久造がさらに腕を締め上ると、男が苦痛に顔を歪ませ、悲鳴にすらならない声を漏らす。

 玄瑞が男の方に向き直り、尋問を始めた。

「お前。赤坂の手の物か?手配書を持っている所を見ると、雇われの身か?どこまで知っている」

「…………」

 男はだんまりを決め込み、何も口を割ろうとはしない。

 玄瑞は半ば諦めたように立ち上がると、男を離すように久造に言った。……が、久造はそのまま男の首を掻き切る。

 断末魔ともいえる叫びと共に、男はその場に倒れこみ絶命した。鮮血が夜の地面を黒く染めて広がる。

 久造はその骸を、道の傍の草むらへと足で蹴り入れた。

「ふん。確かにこいつの言ったとおり、林道の方が始末が楽でええわい」

「じぃさんっ! 何も殺すこたぁねぇだろッ!」

 刹は梓の顔を身体で庇い、見せないようにする。

 久造は「猫手」と言われる暗器を手から外し、手ぬぐいで血を丁寧に拭き取った。

「こういう奴は、生かしておけば仲間に合図を送る。少しでも数を潰しておかにゃ、そこの坊主が明日をも知れぬ命になるぞ」

 久造は釘を刺すかのように、青ざめた顔の梓を射抜くような眼光で見つめた。


「ところで、お前。鍛錬を怠っておったんじゃなかろうな。素人の村の連中に捕まるわ、こんな坊主ども連れて歩くわ。何をしておる。はぁー、情けない」

 玄瑞の顔が、みるみるうちに真っ青、いや真っ赤に染まる。

「えっ、あ、ちょっと待てっ!なんで知ってやがるっ……!?」

「そんなもん。初めから見ておったに決まっておろう。里に帰りついてみれば、襲撃を受けてひどい有様。玄瑞は奪われた巻物を追って旅に出てすぐじゃった。追いついたかと思えば、そこの小僧を手下にし、村人に捕まり、そのちっこい坊主に手足のように使われておる。あげく儂の気配にも気づかぬ体たらく。恥ずかしゅうて里の者に顔向けできんわい!」

 久造は大袈裟に肩を落とし、「情けない、情けない」と空を仰いで嘆いて見せる。

 刹と梓は、玄瑞がこれほどまでに怯え、かつ子供のように怒られている姿を初めて見て、ただ茫然と見ているしかなかった。

「手下って……俺の事かよ」

 刹は不服そうに口をへの字に曲げる。

「……ねぇ、玄瑞。このじいさん、本当に大丈夫な人なわけ?」

「梓、口を慎め。このじぃさんは……」

「まぁ待て。お前らの事情はだいたいわかっておる」

 久造は急に真剣な顔になると、懐から無造作に、一巻の古びた巻物を取り出した。

「お前らが目的としておった巻物じゃ。赤坂城……少しばかり暇つぶしに覗いてきたわ」

 久造が放り投げたそれを、玄瑞は慌てて受け止める。

 広げて確認するまでもない。表紙の紋、独特の紙質。それは紛れもなく、紅梅が命を懸けて守ろうとした、あの『強靭丹の巻物』そのものだった。

「……は? いつ取り返したんだよっ! 」

「嘘だろっ!?」

 玄瑞と刹が絶叫に近い声を上げる。自分たちがこれから地獄へ踏み込む覚悟でいた場所から、この老人は散歩ついでに土産でも買ってきたかのような顔で戻ってきたのだ。

「お前ら、あの双子の浜で馬を置いて行ったじゃろ? あれを少し拝借してな。赤坂城まで行き、そのあとは馬を売って路銀にしたわい。あんな場所に馬を放置してからに。持ち腐れじゃろうがっ!」

 久造はまたも、玄瑞を叱りつける。

「あのような城。忍び込むのは造作もない事。……と、言いたいところじゃが、赤坂の忍びは侮れんぞ? そんなガキども連れていくなど。みすみす死にに行くようなもんよ」

 玄瑞は、手の中の巻物の重みが、急に重たくなったような錯覚に陥った。

 「……わかってるよ」

 玄瑞は、少し不貞腐れたような態度を取り、久造からそっぽを向く。

 久造はしばし考え、何かをひらめいたかのようにニタリと笑う。

 「玄瑞よ。この者たちを里に連れて行くのはどうじゃ。どうせこいつら行く当てもなかろう。特に、この追われとる坊主は、里の中におれば安全じゃろうて」

 久造の提案に、玄瑞は刹と梓を見た。

 久造は鋭い眼光を、呆然としている梓に向けた。

「いいか、玄瑞。巻物はただの『書き付け』に過ぎん。奴らが本当に欲しているのは、その書き付けを読み解き、さらに『改良』できる知恵……。つまり、そこにいるガキ、薬師村の梓よ」

 梓の背筋に、冷たいものが走る。

「城にはすでにな、巻物から書き写された『写し』がいくらでもある。儂が本物を奪い返したところで、奴らの手元には処方箋が残っておるのよ。そして、奴らは気づいておる……。巻物の通りに作っても何の効果ももたらさぬことを。梓の作った薬こそが、本来の力を発揮する物じゃった。だからこそ、梓を捕らえ、薬を量産し、『完全なる軍勢』を作り出そうとしておるのじゃ」

「……じゃあ、俺が捕まらない限り、あいつらの野望は完成しないってことか。俺はどこに行っても、捕まるのは時間の問題だな」

 梓が声を絞り出す。

「左様。先の男どもを見ろ。もはや正体を隠す気すらない。おぬしの首には、今この瞬間も多額の懸賞金と、城からの追跡令が出ている。どこへ行こうと、地獄は付いて回るぞ」

 久造の言葉に、玄瑞は拳を固く握りしめた。

 巻物を取り返せば終わりだと思っていた。しかし、敵はすでに梓という「人間」そのものを標的にし、逃げ場を塞ぎにかかっている。

「……じいさん。城の奴らが里に再び攻め込んできたら、俺らじゃこいつら守り切れねぇ。なんとかならねぇか?」

 久造は「ふむ」と顎に手を当て考えると、刹の体を触り筋肉を確かめようとするも、刹は瞬時に身をかわす。

 久造が訝し気に刹を見ると、刹はおどけて笑った。

「じいさん、くすぐったいって」

 そのことを気に留める様子もなく、久造は玄瑞に告げる。

「そうさの。お前ら、体術の『基礎』だけ、教えてやろう。あとは己で何とかせい」

 そういうと、久造はかつての懐かしい隠れ里へ向かって歩き出す。

 玄瑞と梓は久造の背中を追いかけたが、刹だけは久造に気を許せなかった。

 (こいつ……何者だ?)

 刹の中の野盗の勘が、久造の底知れなさを捉えた。

【あとがき:用語解説】

報奨金「三貫さんかん」:

当時の金銭価値で言えば、一人が一年間贅沢をせずに暮らせるほどの重みがある大金です。一介の薬師である梓にこれほどの懸賞金がかけられた事実は、赤坂側がいかに彼の「腕(調合技術)」を喉から手が出るほど欲しているかを物語っています。


人相書き:戦国時代における「人相書き」は、主に罪人や逃亡者を捕らえるための手配書であり、基本的には文字情報で容姿を記録・配布したものでした。似顔絵は少なく、高身長、丸顔、色黒などの「特徴」が記され、現代の「指名手配書」に相当します。これは江戸時代まで続く仕組みの基礎となりました。

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