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まほろば  作者: 雨音かえる
秘伝書之段

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第拾壱話【閑話】忘らるる 身をば思はず

 宿の女将さんが用意してくれたのは、広々とした、木の香りが清々しい大浴場だった。

 久しぶりのまともな飯を食らい、腹を満たした三人は、今すぐにでも湯に浸かって旅の垢を落としたい一心だったのだが――。


「……よし、一番風呂は俺らがもらうぜ!  玄瑞、梓、行くぞ!」

 刹が景気よく手ぬぐいを肩にかけ、脱衣所へと踏み出そうとした時。ふと、刹は足を止めた。

(風呂……だよな。梓も一緒に入るんだよな……あの顔、あの肌……。待てよ、もし中で……いやいや、落ち着け俺ッ!)

 よからぬ想像が暴走し、口を手で覆いながら、耳まで真っ赤にしてニヤけ顔をさらす。

 梓はそんな刹の「猿のような思考」を瞬時に見越して、一切の容赦なく刹の足の甲を全力で踏み抜いた。


「いっ、でぇぇーっ!?」

「……バカなの?  そんなとこで下品な面さらして止まんないでくれる?  邪魔。どいて」

「お前、今よからぬ想像をしたろ。透けて見えるぞ、そのにやけ顔から薄い脳みそが」

 玄瑞にまで冷徹に図星を突かれ、刹は石像のように固まる。

「い、いやぁ~。そ、そんなことはねぇ……よ?  ほら、裸の付き合いってのは、()()()の基本だろぉ?」

「……はぁ。お前、ほんと変態なのな。救いようがないわ」

 梓にゴミを見るような目で見られ、玄瑞には溜息を吐き捨てられた。

「あー、俺、お前本気(マジ)で生理的に無理だわ」

(無理だわ……。無理だわ……。無理だわ……)

 刹の頭の中で、梓の冷たい一言が脳内に響き渡り反芻する。

 この一言にガックシと膝をついたかと思うと、刹は風呂にも入らず、幽霊のような足取りでとぼとぼと部屋へ帰っていった。その背中は、昨日の情報を瞬時にかっさらってくる野盗の威厳など、微塵も感じさせないほど小さく丸まっていた。


 翌朝。

 刹は、部屋の隅で一晩中膝を抱えていた。まるで雨に濡れた捨て犬のような湿っぽさを撒き散らしている。

 (俺って、やっぱ変態なのかな……。でも、年頃だし。玄瑞だってそうだったろ。いや、でも梓は男だぞ? となれば、梓の見た目が悪い。『人間は 少なからず 皆変態だ』……俺。字余り)

 ブツブツと独り言を呟き続ける刹に、玄瑞は「勝手にしろ」とばかりに、早々に団子屋へ出稼ぎに出て行った。

「あーっ! もう! いつまでやってんの、鬱陶しいなっ!」

 梓は辛抱堪らず、刹の傍に近寄り、仁王立ちになる。

「言い過ぎたよ。悪かったって。……だから、そのキノコが生えそうな空気、やめろっ!」

 梓が怒鳴ると、「何を朝から賑やかなことで」と女将が食事の膳を下げに来た。

 部屋の隅で完全に「無」になっている刹を見て、女将さんはパンと手を打った。

「あんたさん、体は丈夫そうだね。どうだい? 人手が足りなくて困ってる所があるんだが、手伝っておくれよ」

 刹は無言で、幽霊のようにこくりと頷いた。


 送り出された先は、町長屋の子守り場だった。

「すみません! 一日だけ、この子らをお願いします!」

 到着早々、子守り場の主人は腰を押さえながら、逃げるように医者へと走り去ってしまった。

 残されたのは、やりたい放題のガキ共だ。


「お前! そこ登ったら危ねぇだろ! おい、こら!  勝手に出ていくな!」

 聞いていた話とは違い、鼻垂れ小僧から赤子まで揃っている。

「お前らー! ちったぁ大人しくしてろっ!  殺すぞッ!」

 怒鳴る刹に対して、子供たちは一切の畏怖もなく、むしろ馬鹿にするように笑う。

「つまんなーい!  殺すとか犯罪だかんなぁ!」

「お腹すいたー!  お団子、食ーべーたーいー!」

 刹はかつて数々の修羅場を潜り抜けてきたが、この「予測不能な小動物たち」の襲撃には、防戦一方だった。

 長屋隣の奥さんが、「少しは静かにさせてちょうだい!」と怒鳴り込みに来る始末。

 刹はひたすら「すみません……申し訳ねぇ」と、頭を下げ、謝罪を繰り返すばかり。

 それを見ていた"(せり)"という少年が、ニヤニヤしながら刹の(すね)を蹴った。

「いっでぇー! てめぇ! 何しやがんだッ!」

「刹せんせぇー、そんなに謝ってばっかりでさ。もしかして、竹馬勝負から逃げたいだけ?」

「竹馬? んな子供の遊び、やるわけねぇだろ」

「へぇー。せんせぇさー、実は竹馬()()()()んだ。ダサいねー」

 その挑発的な響き。刹の額に、ピキリと青筋が浮かぶ。

「いいだろう……お前ら全員、完膚なきまでに叩き潰してやる。泣いて謝る準備しとけよ」

 

 勝負は、長屋の端から端までを駆け抜ける単純なもの。

 だが、大人用の竹馬などない。刹は小さな子供用の竹馬に無理やり足を乗せる。

「じゃあ、いくよー! はじめっ!」

 開始早々、刹は派手によろめいた。長すぎる足が邪魔をして、竹馬が悲鳴を上げている。

 だが、ここで負ければ男がすたる。

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 なりふり構わぬ、まさに執念の突進。 周りの子供たちの野次が歓声に変わる中、芹が恐怖を感じて振り返ると、そこには鬼神のような形相で、竹馬を全力で漕ぐ刹が迫っていた。

 必死に逃げる芹など物ともせず、刹は一気に追い抜かし、駆け抜けた。


「よっしゃぁぁぁ!  勝利だ!  俺の勝ちだぁぁ!」

 刹は天に竹馬を掲げ勝ち誇った。まるで強敵を討ち取ったかのような、あまりにも純粋で、あまりにも大人気ない叫び。


「……何、やってんの?」

 氷点下の声が届いた。

 振り返ると、そこには問屋帰りの荷物を抱えた梓が、信じられないものを見るような目で立っていた。

「あっ、梓ぁぁぁぁぁぁぁーッ!? な、なんでお前がここに!?」

「仕事のついでに、刹がちゃんとやってるか見に来てあげたんだけど……。ぷっ、くくく……っ」

「……ど、どこから……見てた?」

 刹の耳が瞬時に沸騰した。

「……竹馬で、ガキ相手に『殺すぞぉ!』って叫びながら走ってるところ……。あはははは! 腹痛い! 死ぬっ!」

 梓はついに耐えきれず、その場に(ひざまづ)いて爆笑した。普段の毒舌な彼からは想像もつかない、涙を流しての抱腹絶倒。

「子供に、子供にムキになって……あはは! あの顔! 本気すぎるでしょ!」

 

 笑い転げる梓と、顔を真っ赤にして固まる刹。真っ赤な顔を覆いながら、その場にしゃがみ込んだ。

 結局、刹は小さな芹に「せんせぇ、そんなに照れんなよ」と頭を撫でて慰められるという、屈辱の結末を迎えた。


 帰り道。夕暮れに染まった街道に、二人の長い影が並んで揺れていた。

「刹先生、いくらなんでも子供相手にあの形相は『なし』ですよ?」

 梓はまだ思い出し笑いを(こら)えながら、からかうように肩を揺らす。

「……うっせぇ。俺はいつだって真剣勝負なんだよ」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、刹は梓の見たこともないほど解けた笑顔に、胸の奥がじんわりと軽くなるのを感じていた。

(まぁ……あんなに笑うなら、たまには馬鹿を見るのも悪くねぇか)

 そんなことを思いつつ、刹はわざとらしく大きなあくびをして、梓の歩幅に自分の影を重ねた。

【あとがき:解説】


忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな:右近が読んだ歌です。この歌は読みようによっては、いろいろな情念を感じさせる歌のようです。

ここでは、あなたに忘れられる自分の身はどうなってもいいんです。でも神に誓った「君を忘れない」のひとことを破ったあなたの命がどうなるか、それが心配なのですよ。

歌はこのような意味です。


【現代語訳】忘れ去られる私の身は何とも思わない。けれど、いつまでも愛すると神に誓ったあの人が、(神罰が下って)命を落とすことになるのが惜しまれてならないのです。

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