二度目の初恋も、君と。【2000文字】
アイドルを卒業した。
16歳の終わりにグループに加入して、24歳の昨日、グループから卒業した。
アイドルに憧れて、好きだったグループでアイドルをすることが出来た。
駆け抜けた7年間だった。
「卒業後はどうされるんですか?」とよく訊かれた。
「アイドルを全力でやりきってから考えたいので、まだ決めていません」と答えていた。
アイドルになりたかったんだ、他のことはまだ考えられなかった。
「卒業したら恋愛解禁ですね、恋愛したいですか?」はもっと訊かれた。
「しばらくはゆっくりしたいですね」と笑うしかなかった。
嘘は言っていない。
アイドル時代、全部は話さなくても嘘を吐いたことは一度もない。
それだけはファンに誓って言える。
ダンスも歌もその他も人並みだった私が、唯一誇れる部分かもしれない。
恋愛禁止と言う割に、恋愛に絡めた質問はたくさんされた。
『どんな人がタイプ?』
『理想のデートは?』
『初恋は?』
「寡黙な人が、一緒にいて落ち着くかもしれません」
「図書館デートとか憧れましたね」
「同じクラスの男の子でした」
どれも嘘じゃなかった。
アイドルになってみて、私は1つのことにしか集中できないとわかった。
仕事以外のスペースが私にはなくて、遊んだりすることも難しかった。
他のみんなはどうしていたか知らない。
私は、恋愛なんて程遠かった。
「真面目だねぇ」と言われてきた。
「将来、変な男に引っかからないか心配」とメンバーに不安そうにされた。
「大切にしてくれる男を選ぶんだよ」と最後の握手会でたくさん言われた。
そんな私だけど、ファンにもメンバーにも、誰にも言ってこなかったことがある。
高校1年生の冬、グループのオーディションに合格した。
春からレッスン、夏頃に正式加入することがあっという間に決まっていった。
学年が変わる頃に、地元から離れるのも決まった。
そんな春、私は少しだけ寂しかった。
アイドルになること、その背中を押してくれた人がいた。
高校1年の夏休みから、冬まで付き合っていた人だった。
同じクラスの、寡黙で、図書委員の男の子だった。
初恋だった。
昔、アイドルになるのが夢だったんだと言った時に、今は違うの?と彼は訊いた。
今更そんな…と尻込みした私に、やるだけやってみてもいいと思うよと彼は言った。
応援する、とも言ってくれた。
だから私は初めてオーディションを受けた。
それに合格したのは、運がよかったと思う。
合格通知を持って、彼の家に行った。
いちばんに報告した。
一緒に喜んでくれた。
お祝いしようと、その足で駅前のドーナツ屋さんに行った。
お花屋さんでピンクのラナンキュラスを一輪買って渡してくれた。
嬉しかった。
そして、その帰り道、「別れよう」と言われた。
アイドルの君を応援するって決めていたから、と彼は寂しそうに微笑んだ。
私に嫌だと言う権利もなくて、静かに頷いた。
それっきりだった。
初めての恋で、初めての失恋だった。
結局、彼とは手を繋ぐこともなかった。
そんな淡い恋だった。
「寒ぅ…」
マフラーに白い息がかかる。
昨日華々しく卒業したとは思えないほど、今日は普通の日常だ。
コンサートに立っていた景色を思い出しながら、いつも通る道を行く。
家でゆっくりするつもりが、まさかコンビニ行くことになるとは…。
最近忙しすぎて、公共料金の支払いをすっかり忘れていた。
「恋愛、したいですか…、ねえ」
よくされていた質問を口にしてみる。
恋愛をしたいわけではない。
ただ、初恋をもう一度やり直したい気持ちは、たしかにずっとある。
今、あの人はどんな大人になっているんだろう。
もう結婚したかな、さすがにまだかな。
お互い24だから、もうすぐ社会人3年目、とかかな。
元気にしてるかな。
「乾、静くん…」
あの日以来口にしてこなかった名前を呟いてみる。
当時でさえ名前で呼べずに、名字で呼んでたくせに。
コンビニが見えてきて、ポケットに入れた払込票を取り出す。
前から男の人が3人で歩いてくる。
顔を見られないように俯きながら歩くのは、もう癖になっていた。
すれ違う時、一番近い方の人が乾くんに似ていた気がして、大人になったらあんな感じかもと思った。
我ながら、未練がましいな。
はは、と苦笑いした時、後ろから声をかけられた。
「あの」
「へっ」
肩がビクッとして、その拍子に払込票を落とした。
「ああっ」
「あ、すみません。急に声かけて…」
私はマフラーに顔を埋めながら、拾うためにしゃがみ込んだ。
話しかけてきた人も同時にしゃがんで、私より先に拾ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。…海野、卒業おめでとう」
「えっ」
顔を上げた時には、その人はもう立ち上がっていて、困ったように笑っていた。
そしてそのまま踵を返す。
「静―、なーにしてんの」
「悪ぃ、なんでもない」
さっきの3人組のうちの1人だったみたいで、そこに戻っていく。
「乾くん…!」
気づいたら、呼び止めていた。
だって、初恋が再び動き出したがっていたから。
了
毎日投稿8日目。お読みくださりありがとうございます!




