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二度目の初恋も、君と。【2000文字】

作者: 有梨束
掲載日:2026/01/08

アイドルを卒業した。


16歳の終わりにグループに加入して、24歳の昨日、グループから卒業した。

アイドルに憧れて、好きだったグループでアイドルをすることが出来た。

駆け抜けた7年間だった。

「卒業後はどうされるんですか?」とよく訊かれた。

「アイドルを全力でやりきってから考えたいので、まだ決めていません」と答えていた。

アイドルになりたかったんだ、他のことはまだ考えられなかった。

「卒業したら恋愛解禁ですね、恋愛したいですか?」はもっと訊かれた。

「しばらくはゆっくりしたいですね」と笑うしかなかった。

嘘は言っていない。

アイドル時代、全部は話さなくても嘘を吐いたことは一度もない。

それだけはファンに誓って言える。

ダンスも歌もその他も人並みだった私が、唯一誇れる部分かもしれない。

恋愛禁止と言う割に、恋愛に絡めた質問はたくさんされた。

『どんな人がタイプ?』

『理想のデートは?』

『初恋は?』

「寡黙な人が、一緒にいて落ち着くかもしれません」

「図書館デートとか憧れましたね」

「同じクラスの男の子でした」

どれも嘘じゃなかった。

アイドルになってみて、私は1つのことにしか集中できないとわかった。

仕事以外のスペースが私にはなくて、遊んだりすることも難しかった。

他のみんなはどうしていたか知らない。

私は、恋愛なんて程遠かった。

「真面目だねぇ」と言われてきた。

「将来、変な男に引っかからないか心配」とメンバーに不安そうにされた。

「大切にしてくれる男を選ぶんだよ」と最後の握手会でたくさん言われた。

そんな私だけど、ファンにもメンバーにも、誰にも言ってこなかったことがある。


高校1年生の冬、グループのオーディションに合格した。

春からレッスン、夏頃に正式加入することがあっという間に決まっていった。

学年が変わる頃に、地元から離れるのも決まった。

そんな春、私は少しだけ寂しかった。

アイドルになること、その背中を押してくれた人がいた。

高校1年の夏休みから、冬まで付き合っていた人だった。

同じクラスの、寡黙で、図書委員の男の子だった。

初恋だった。

昔、アイドルになるのが夢だったんだと言った時に、今は違うの?と彼は訊いた。

今更そんな…と尻込みした私に、やるだけやってみてもいいと思うよと彼は言った。

応援する、とも言ってくれた。

だから私は初めてオーディションを受けた。

それに合格したのは、運がよかったと思う。

合格通知を持って、彼の家に行った。

いちばんに報告した。

一緒に喜んでくれた。

お祝いしようと、その足で駅前のドーナツ屋さんに行った。

お花屋さんでピンクのラナンキュラスを一輪買って渡してくれた。

嬉しかった。

そして、その帰り道、「別れよう」と言われた。

アイドルの君を応援するって決めていたから、と彼は寂しそうに微笑んだ。

私に嫌だと言う権利もなくて、静かに頷いた。

それっきりだった。

初めての恋で、初めての失恋だった。

結局、彼とは手を繋ぐこともなかった。

そんな淡い恋だった。


「寒ぅ…」

マフラーに白い息がかかる。

昨日華々しく卒業したとは思えないほど、今日は普通の日常だ。

コンサートに立っていた景色を思い出しながら、いつも通る道を行く。

家でゆっくりするつもりが、まさかコンビニ行くことになるとは…。

最近忙しすぎて、公共料金の支払いをすっかり忘れていた。

「恋愛、したいですか…、ねえ」

よくされていた質問を口にしてみる。

恋愛をしたいわけではない。

ただ、初恋をもう一度やり直したい気持ちは、たしかにずっとある。

今、あの人はどんな大人になっているんだろう。

もう結婚したかな、さすがにまだかな。

お互い24だから、もうすぐ社会人3年目、とかかな。

元気にしてるかな。

「乾、静くん…」

あの日以来口にしてこなかった名前を呟いてみる。

当時でさえ名前で呼べずに、名字で呼んでたくせに。

コンビニが見えてきて、ポケットに入れた払込票を取り出す。

前から男の人が3人で歩いてくる。

顔を見られないように俯きながら歩くのは、もう癖になっていた。

すれ違う時、一番近い方の人が乾くんに似ていた気がして、大人になったらあんな感じかもと思った。

我ながら、未練がましいな。

はは、と苦笑いした時、後ろから声をかけられた。

「あの」

「へっ」

肩がビクッとして、その拍子に払込票を落とした。

「ああっ」

「あ、すみません。急に声かけて…」

私はマフラーに顔を埋めながら、拾うためにしゃがみ込んだ。

話しかけてきた人も同時にしゃがんで、私より先に拾ってくれた。

「あ、ありがとうございます」

「いえ。…海野、卒業おめでとう」

「えっ」

顔を上げた時には、その人はもう立ち上がっていて、困ったように笑っていた。

そしてそのまま踵を返す。

「静―、なーにしてんの」

「悪ぃ、なんでもない」

さっきの3人組のうちの1人だったみたいで、そこに戻っていく。

「乾くん…!」

気づいたら、呼び止めていた。

だって、初恋が再び動き出したがっていたから。



毎日投稿8日目。お読みくださりありがとうございます!

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