第80話:木漏れ日の中でつかまえて
「うん、いいよ」
僕が一世一代の決心でフミさんに伝えた言葉は、拍子抜けするほどにあっさりと受け入れられた。
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「ねえ、付き合い始めるときってどんな告白したの?」
僕自身がフミさんに告白するにあたり、父と母それぞれに聞いてみた。しかし意外にも「特にそういうのはなかった」というのが両者の答えだった。学外サークルで仲良くなり、二人で会うようになり、食事デートなどを重ねるうちに……という流れらしい。さすがにプロポーズの言葉こそあったものの、「付き合い始めた日」がいつであるのかは覚えていないようだった。
「まあ、母さんたちみたいなケースは少数派かも知れないわね」
世の中には「付き合い始めた記念日」を祝うカップルも多いという。始まりがいつだったかもわからないくらい自然に一緒になるというのは、ある意味では理想的かも知れない。しかし、参考にはならない。たまたまめぐり合わせがよかっただけじゃないか。
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「そうだ。参考になるかわからないけど、ちょっと読んでみてほしい本があるんだ」
父はそう言いながら僕を書斎に招くと、本棚から1冊の本を取り出す。
「これは、言ってみれば父さんたちの大先輩の本だ。子供の頃からテレビゲームが大好きで、後にポケモンを作ることになる田尻智って人が、若い頃に自分の少年時代をつづった……まあ、半分エッセイで半分小説みたいなものだな」
そして、その黄色い表紙の『パックランドでつかまえて』という本を僕に手渡した。
「古い本だけど、ヒントくらいにはなるかも知れないぞ」
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僕は自室でその本を読む。舞台は1970年代から始まる。ファミコンが生まれるよりもさらに昔、ゲームと言えばゲームセンターでしか遊べなかった時代の話。とはいえ、僕にはインベーダーもゼビウスもよくわからない。適当に斜め読みしながらページをめくる。
9話目の「変則デート」という話に目が留まる。クラスの気になる女の子とゲームセンターでデートをして告白するが、その子は別の男の子が好きで、その男の子も別の女の子と付き合っている。結局、恋は叶わなかったという話だ。
「なんでこんな本を読ませるのかなぁ」
父も若い頃は、人並みに恋をして失恋をしたのだろうか。仮にうまくいかなくても気にするなという、父なりのエールなのかも知れなかった。それでも、本の中で彼女と遊んでいたマリオブラザーズは、とても楽しそうだった。
調べてみると僕の知っているマリオ、すなわち『スーパーマリオブラザーズ』とは別のようだがマリオシリーズには違いなく、もちろんファミコンにも移植されていた。インベーダーやゼビウス同様、父のコレクションには無かったけれど。
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「公園でチキンサンドを分けてくれたときから……いや、初めてファミコン売り場で会ったときからずっと気になっていました、かなぁ」
本の中で、若き日の田尻氏はただ「好きだ」と伝えただけだった。それじゃ駄目だろうと今の僕でもわかる。なぜ好きになったのか、好きだからどうしたいのか。ろくに伝えられない男を受け入れるわけがない。
「フミさんが好きです。まだ恋人なんて関係は早すぎるかも知れないけど、これからも一緒に遊んでください!……これでいこう」
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今日は5月30日「ゴミゼロ」の日。午前中は生徒総出で、学校の内外の清掃活動をする。僕たちのクラスは裏門の近くにある雑木林のあたりの、比較的広い範囲が担当であり、自然にフミさんと二人きりになるチャンスができた。もう少しロマンティックな場所がよかったが、チャンスは今だと思ったのだ。
「……でも、ちゃんと伝えてくれてありがとね。わ、私も、タケルさんのことが……」
絞り出すようにそれだけ言うと、恥ずかしそうに顔を伏せ、そして上げる。初夏の木漏れ日が、彼女の赤い顔をまぶしく照らす。
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「おーい、そっちは片付いたか?」
二人で見つめ合う永遠のような一瞬は、先生の声で終わりを迎えた。彼女の言葉の続きは聞き取れなかった。
「はい! 燃えるゴミの袋がそろそろ一杯ですね」
「そろそろ一休みしとけよ! 日差しも強くなってきたし、熱中症にならないようにな!」
日差しがなくても、僕たちの顔はすっかり熱くなっているだろう。
「行こう」
「うん!」
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裏門近くの集積所にゴミ袋を積み上げ、流し場で手と顔を洗う。弾ける水滴が日差しを反射して宝石のように輝いていた。
「ねえ。よかったら今度、私のうちに遊びにこない?」
「え、いいの?」
「うん。私の方からタケルさんの家に行ってばかりだったし、たまには連れて来なさいって親からも言われてて……」
僕が「好きだ」という気持ちを言葉にしたことで、彼女のほうも僕を受け入れる気になったのかも知れない。
「それに、一緒に遊びたいゲームもあるから。マリオブラザーズ……スーパーが付かない方のマリオブラザーズなんだけど、知ってる?」
「うん、二人で協力プレイできるやつだっけ?」
今まで、僕はアクション系のゲームをあまりやってこなかった。理由は、少なくとも今の僕の実力ではクリアできないものばかりだったからだ。逆に、RPGなら操作の腕は関係ないし、レベルさえ上げればどうにかなるという安心感があった。
しかし、例のエッセイを読んでわかったことがある。必ずしも最後までクリアできなかったとしても楽しいものは楽しいし、そもそも初期のテレビゲームは無限ループが基本で「クリア」という概念すらなかったようだ。
「アクション系は苦手だから、お手柔らかにね」
「大丈夫、私もそんなに得意じゃないから」
クリアすることにこだわっていた僕だが、今ならゲームそのものを楽しめそうな気がする。僕とファミコン……テレビゲームとの付き合いは、新たなステージを迎えようとしている。フミさんとともに。




