第78話:麻婆豆腐で学ぶ知識の基礎
「へえ、最後のボス倒したんだ」
「うん、でもまだ完全にクリアはしてないみたいでさ」
月曜の朝練でフミさんと話す。結局、昨日はあれからプレイしなかった。
「クリアした後も続くRPGってやったことある?」
「うーん、私はまだやってないけど、ドラクエだと5からクリア後の隠しダンジョンとか、裏ボスっていうのが定番になってるみたい」
メタルマックスには、当時のファミコンのRPGとしては珍しかったが、現在では定番になったような要素が多いと父に教えてもらった。例えば装備を変えると見た目に反映される(戦車のステータス画面のみだが)、攻略とは無関係なインテリア(家具)を買って自宅を飾れるなどだ。
そして、それらの要素が当たり前ではなかったということは、ファミコンの名作RPGをプレイしてきた今の僕にはよくわかる。90年代に入るとソフトの容量も増えて、遊びを入れやすくなったのかも知れない。
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さて、今日は調理実習の日だ。両親の頃は生徒がそれぞれ材料を持ってきていたようだが、今では教材費を使って学校側が用意をする。衛生面や公平性を考えると、こちらのほうが無難だと思う。
エプロンを持って家庭科室に集合する。みんな、小学生時代の家庭科で作ったと思われるものだ。
「中学にもなると、これはちょっと恥ずかしいかもな」
ドラゴンが大きくプリントされたエプロンを付けて、ソウタが笑う。
「ま、いいんじゃないか? こんなエプロンなんて他じゃ手に入らないからな。俺もせっかくならもっと派手なのにすればよかった」
そう言うハルキはシンプルなデニム地だった。僕も無難なチェック柄なのだが、どうせなら家庭科の教材でしか見ないような柄のほうが面白かったかも知れない。
「確かに。これも、恥ずかしい時期もあったけど今は一周回って気に入ってるかも」
ソラのエプロンは宇宙空間に浮かぶ地球。確かに本人のイメージぴったりだ。
僕は視線を泳がせてフミさんを探す。彼女のエプロンは、薄いベージュの生地に小さい猫がたくさん描かれている。よく似合ってるし、かわいい。いつもあれを付けてサンドイッチを作っているのだろうか。
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「まずは豆腐をさいの目に切って下茹でしましょう。こうすることで余計な水分が抜けます」
豆腐は一人一個ずつ、小さいサイズのものが配られた。これをそれぞれ自分で切るのだ。
「まな板で切ると崩れちゃうから、手のひらの上でね。まず横に切って、縦に切る時は包丁をまっすぐ落とすだけ。絶対に前後に引いたりしたら駄目!」
まずは先生がお手本を見せる。ハルキをはじめ、何人かは手際よくやってのける。包丁は一つの班に一本ずつなので、必然的に慣れている生徒から順番にやっていくことになる。
「できない子は、できた子に教えてもらってね。崩しちゃってもまあ大丈夫だから、あんまり気にしちゃ駄目よ」
僕はちょうど今朝、味噌汁を作る時に事前練習したので、多少端っこが崩れたくらいで上手にできた。しかし、手のひらに包丁を立てるのが怖いのか、豆腐を乗せたままなかなか切れない人もいて、何人かは先生に直接指導されていた。
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「調味料はこれだけでいいのか」
ハルキが言う。机の上に用意されたのは味噌と醤油、砂糖。それに一味唐辛子と鶏ガラスープの顆粒だけだった。
「今日作るのは、一番シンプルなレシピの麻婆豆腐です。豆板醤とかオイスターソースを入れると本格中華になるけど、ありふれた日本の調味料だけでも十分おいしくなるんだから」
ひき肉を炒めたところに、調味料をきっちり計って入れていく。香りが出てきたら水を注いで、ザルに空けて湯切りした豆腐と、刻みネギを煮込んでいく。
「最後に火を止めてから水溶き片栗粉を回し入れてね。ダマにならないように、手際よく、だけどゆっくりね」
片栗粉は水に完全に溶けるわけではないので、かき回したらすぐに、しかし少しずつ入れなければならない。この過程はどの班でも料理慣れしている人が代表して行い、他はそれを見学する形だ。
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「美味い! 俺、クックドゥとかの素を使わない麻婆豆腐って初めてかも」
ソウタがあっという間に平らげた。この後は給食があるので、一人分といってもだいたい半人前くらいの量だ。
「すごいな、日本の味噌だけでもこんなに味が出るんだな」
ハルキが感心しながら食べている。こちらは逆に、普段はもっと本格的なレシピで作っているのだろう。
僕も食べる。自分で作った料理はおいしい。豆腐が不揃いだったり崩れてたりしてちょっと不格好だけど、味には何の関係もない。
「麻婆豆腐は、動物性タンパクと植物性タンパクを同時に摂れるから、育ち盛りの君たちにはぴったりの料理です。でも、油の摂り過ぎには注意してね」
トレーニング部の顧問でもある家庭科の先生は、栄養学的な面でも麻婆豆腐を評価している。
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「今日教えたのは基本形。これをもとにアレンジして、自分だけの味を作ってみてね」
片付けの後、残った時間を使ってアレンジのアイディアを、先生がホワイトボードにまとめていく。香り付けにニンニクやショウガ、花椒という中国の山椒。辛み付けに豆板醤やラー油、生の唐辛子。旨味としてオイスターソースやXO醤。さらには鶏ガラスープのかわりに和風だしやコンソメを使ったり、カレー粉を入れてみるなど、中華の枠にとらわれない発想には驚いた。
今は情報があふれている時代だ。料理のレシピを一つ調べても、たくさんの材料を使った複雑なものがいくらでも出てくる。しかし最もシンプルな基本形に帰ることで、改めて自分だけの料理への道筋が見えてくるのだろう。
それはゲームの世界にも当てはまると思う。今のゲームは高度に発達しすぎて、何が基本の要素であるのかがわかりにくくなっている。改めてファミコンの時代に帰って、時代を追体験するのは良い経験になると思っている。
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「テレビゲームが一生ものの趣味になるなんて、父さんが子供の頃は笑い話だったけど、今は違うからな。ここ30年くらいだけでも大発展したんだ」
以前、父が言っていた。父にとっても、おそらく僕にとってもテレビゲームは一生の付き合いになるだろう。義務教育であらゆる学問の基礎を学ぶように、若い頃に昔のゲームをプレイするというのも、将来を豊かに過ごすのための重要な投資になるかも知れない。




